84 三日目:寝起きの一コマ
青い空、白い雲。
夏の日差しが照り付けるような熱さを予感させる前触れを見せる朝の陰り。
「……来たか」
とあるビルに囲まれた影の空き地。黄昏る黒コートの少年が呟く。
その場に集うは4人。各自痛々しい見た目ながらも主への忠誠を示す為、その場に跪く。
少年は彼らを敢えて見ず、腕を組んで顔を背ける。
そして語り始める。
「……よくやった諸君。これで機関の術式が発動前に一つ破壊され、僅かだが世界の寿命が延伸された。……しかし、これは大いなる一歩である。一分一秒の差で世界の生死が決まる中、僅かながらでも休息が堪能出来るというのは僥倖だ。褒めて遣わそう」
『恐悦至極の極みで御座います』
跪く4人も主からの祝福の言葉に謝辞を伝え、軽く笑みを浮かべる。
しかし休む暇など無い。次の指示を仰ぐ為、4人は口を揃えてこう囁く。
『……では我が盟主、次の指示を』
「……良いだろう」
バサァッ、と黒いコートを靡かせながら振り向く少年。
その顔に在る瞳は人の物に非ず、魔に魅入られし神極の賜物。
世界の深淵を示す漆黒の左瞳に、未来の齟齬を視通すような金色に輝く瞳。
怪しく左手で右眼を覆い、右手で嗤う口元を少し見せつけるように隠しながら少年は4人の仲間に次の指令を出す。
「……これより、|閉塞世界変革術式・泡沫乃夢(ワールドコーディネーティングディストーション:アニムスゲフェングニス)解除のた…………ぁぁぁあぁあああああ――――――――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――ぁぁぁぁああああああッッ!!!!」
暗闇の中、ナターシャがガバァと布団を跳ね上げて起きる。呼吸は荒く、額に汗を流している。
……ゆ、夢か。なんかやけに生々しい夢だった。
額に流れる汗を腕で拭き、寝癖混じりの銀髪を手櫛で撫で付けて気持ちを落ち着かせる。
……厨二病要素が濃密に練り込まれた夢だった。明らかに前世の中学時代だったよ。
普段あんまり夢を見ない方だから気にした事なかったけど、やはり睡眠中は無防備らしい。
デメリットの影響が強く出るようだ。
忘れる為に頭をぷるぷると振り、気付けとして両頬をパチンと手で叩く。
あー忘れよ忘れよ。風呂場で顔洗おう。
そう思いながら動こうとすると部屋のドアをノックする音が聞こえる。
『ナターシャー。叫んでたけど何かあったの?』
姉の声だ。どうやら外まで聞こえていたらしい。
「何でもないよー。ちょっと悪い夢見ただけー」
個人的な黒歴史です。はい。
姉はそれが気がかりなようで、ドアを開け、部屋の中に入ってくる。
「……大丈夫?」
ナターシャの居るベットの淵に座り、ナターシャの頭を撫でる。
寝癖混じりの銀髪をくしゃくしゃされるナターシャ。
「……寝癖も酷いわね。ちょっとお姉ちゃんの部屋に来なさい。髪を梳いてあげる」
「うん」
ナターシャは肌着のままブーツを履き、姉に連れられて姉の部屋に。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
姉の部屋。
部屋の中は勉強机にベット。それにいくつかチェストボックス。部屋の奥には窓が付いていてとても明るい。
そして見た目なのだが、とっても可愛らしい。
棚が付属されている勉強机の上は綺麗に整頓されていて、何冊かの本と共に小さく可愛い熊のぬいぐるみが2体並ぶように設置。
ベットの上にも大小、素材も様々な可愛い熊のぬいぐるみが置かれていて、姉の枕を囲んでいる。
年頃の女の子らしい……んだろうか。そもそも見た事ないから分からん。
「ほら、椅子の上に座って。服も着なさい」
「あ、うん」
ナターシャは言われた通りにアイテムボックスから服と装備を取り出し着用。
今日の服は白いワンピースに地味目な色のロングカーディガン。それを装備の付いたベルトで括る。
まぁ基本マントで隠れてるから殆ど見えないんだけど。
その間にユーリカは勉強机の棚から一本の両歯櫛を取り出す。
取り出した櫛は半透明で、少し緑色がかった輝きが美しい。そして両歯なのに上下両方の歯に荒歯と密歯が存在している。
そして櫛の中央には一本の溝が彫られている。
……分からない人向けに簡単に言うと、姉の櫛は上下に爪があり、その両方に目の細かい爪と荒い爪が同居している。そして櫛中央には横一直線に溝が入っている。以上。
姉はその櫛を使い、妹の髪を梳く。
まず荒歯でざっくりと妹の髪を纏め、次に密歯で寝癖や髪の引っかかりを直す。
最初は優しく、引っかかっても痛くないように細かく梳き、ある程度直った所で流すように梳いて髪を撫で付ける。
寝起きでくちゃくちゃになっていたナターシャの髪の毛が綺麗なストレートヘアーに戻っていく。
こうやって人に髪を梳いて貰うのは気持ちが良い。美容院とか異世界にないのかな。
その後、マントに付いた埃などを洋服用ブラシで払ってくれる。至れり尽くせり。
姉により身だしなみが整えられたナターシャは元気いっぱい。
自慢の銀色の髪も元の輝きを取り戻して元気100倍だ。
椅子から飛びだす感じで床に降り立つと、姉に向かって振り向いて笑顔で感謝する。
「お姉ちゃんありがとう!」
感謝の意を伝えると姉も嬉しそうな表情。世話焼きさんなんだね。
姉は櫛を懐に仕舞うと一言。
「さ、身だしなみは整ったからご飯食べに行きましょう」
「うん。その前にお風呂で顔洗ってきていい?」
「良いわよ」
「ありがと。じゃあ少し待っててね」
ナターシャは少し駆け足で一階へと降りていく。
残されたユーリカは、椅子を片付けた後、少し寂しそうな顔で部屋を出る。
今日でお別れか。早かったなぁ。
……私、お姉ちゃんらしく振舞えたかしら。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
水で顔を洗い、姉達が使っているタオルを勝手に借りて顔を拭いてからリビングに出る。タオルは申し訳ないけど畳んで脱衣所に放置。
リビングでは姉と斬鬼丸が既に待機していた。昨日見たねこのポーズ。
「ご飯食べに行きましょうナターシャ。最後だから好きな物頼んでも良いわよ」
姉の提案を受けたが、首を振って否定の意を示すナターシャ。
「いや、ポグピッグで良いや」
「……あら。ナターシャもポグピッグの良さに気付いたの?」
まぁね。
高い物が美味しいかどうかはまだ分からないし。
料理で冒険するにはもう少し冒険者ギルドで情報を集めないといけない。
「何というか……、冒険も良いけどやっぱ実家に居るのが気楽かも。って感じ」
妹の言葉を聞き軽く頷く姉。
噛み締めるように話す。
「うん、中々良い言い回しね。これからも精進しなさい。気軽にジョークを言える人は好かれやすいから」
「でも、程々を見極めろ、でしょ?」
「良く分かってるわねナターシャ。見知った顔じゃない限り痛い所は突かないようにね」
安心しろと言わんばかりに両手を左右に広げて挙げるナターシャ。顔には自信が溢れている。
大丈夫大丈夫、そこら辺は前世の記憶がありますからね。
多少は警戒しながら話せますとも。まぁ、詰めが甘いのが俺の悪い所だけどね。
「ま、与太話はこれくらいにして早く行きましょう。王都から出発する時間は早いほど良いからね」
「はーい」
姉の指示に従い宿舎を出る一行。
外は昨日と変わらず快晴。寒いながらも差し込む陽気が心を温める。
さぁまずは冒険者ギルドで食事だ。美味しい物を食べて馬車に乗って帰宅。
初期案と違い旅には冒険者の護衛も居るし、かなりまともである。
……そんな3人の居る場所、一人の騎士が走ってくる。
手には封筒を持っている。
「失礼。この中にユリスタシア・ナターシャさんはおられますか?」
ナターシャは手を挙げる。
「おぉ、貴女ですか。……ガエリオ隊長から親書を預かっています。ご確認を」
ナターシャは赤い蝋で封をされた封筒を開け、中の文を読む。
封筒の中の手紙の素材は紙ではなく羊皮紙。折り畳まれて入っている。
開いて読むと魔術による偽造、変更阻止魔術など、色々と制限が書かれた文の下に本文がある。
“個人協定締結書”
“此度はリターリス副団長の次女、ユリスタシア・ナターシャに私の名前を使用する許可を出すと共に騎士宿舎への宿泊、騎士への助力要請。そして、従者であるユリフォース・ガレット、アル・クレフォリア、斬鬼丸、フォンウッド・ケビンの4名にも騎士宿舎への同行宿泊を認可する旨を此処に明記する。”
“エンシア国家騎士団所属、騎士隊長ガエリオ・スタンビート”
こんな感じの文。
ガエリオのサインの上には騎士団のマークであろう、デフォルメされたドラゴンのバックには盾と、二本の剣がクロスして突き刺さった赤い判子が押されている。
うん、良い物だ。ナターシャは背中に背負うリュックに羊皮紙を仕舞う。
持って来てくれた騎士には感謝の意を告げて別れ、一行は冒険者ギルドに向かう。




