83 二日目-終:ケーシーの秘密
ケーシー達に魔力の見方を教わり、完全に用事が無くなったナターシャ。
今はリビングで姉とリンのチェス勝負を見ながら風呂を沸くのを待っているが、ふと昨日、ケーシーに聞きそびれた事があったのを思い出す。
「……ねぇケーシーさん。昨日光の精霊さん呼び出した時の話なんだけど」
「ん? 何かな?」
ナターシャの問いかけに反応するケーシー。
ナターシャはそのまま質問の続きを話す。
「あの時喋ってたのってどこの言葉?」
「あぁ、あれね。遥か昔、神様が今の言語を制定する前に使われていた古代言語で、レノワール語って言うんだ」
へぇーと感心するナターシャ。
「なんで喋れるの?」
「そりゃあ勿論、勉強したからです」
ケーシーがえっへんと威張る。
しかしリンがチェスをしながら茶々を入れる。
「……まぁ、ケーシー一人じゃどうしようも無かったから私も付きっ切りで調べたけどね。そのせいで私もレノワール語に詳しくなっちゃった」
裏情報を言われ、えへへ……と申し訳なさそうに頭を掻くケーシー。
なんか結構深いファンタジー要素が出てきた。少し気になる。
もう少し詳しく聞いてみる事にする。
「そうなんだ。……レノワール語っていつまで使われていたの?」
「レノワール語って言うのは、凡そ2000年前に使用されていたとされる言語。起源は分かってないけど、レノワールって人が最初に話した言語らしいよ。だから、レノワール語」
「レノワールさんって誰?」
首を傾げるナターシャ。
「うーん、それはあんまり文献に残ってないんだよね。この人が最初にこの言葉を話したってだけ」
「へぇー……」
まぁ2000年前だし、少しでも文献に残ってるだけマシか。
……もしかして、俺より先にこの世界に来た転移者か?割とあり得る気がする。
「レノワール語以外の言葉ってあるの?」
その問いにはケーシーに代わりにリンが答える。
「……ううん、レノワール語以外の言語は文献にも伝承にも残ってない。歴史研究者の話では、神様が時代に合わせて言語を統一しているって予測しているよ」
「……じゃあ、今話してるこの言葉が決まったのっていつ頃?」
口元を指差すナターシャ。
リンは姉のポーンをナイトで取りながら話す。
「……言葉の切り替わり時期は分からないけど、凡そ600年前って言われてる。そこから文献で使用されている文字も変化し始めたし。面白い事に、私達が神様からスキルを授かるようになったのもその時期かららしいよ」
「……成程。エンシア王国建設と丁度同じ時期なんだね」
顎を触りながら話すナターシャ。
リンはナターシャの言葉を聞いて嬉しそうな顔をする。
「そうみたい。何があったのかは目下研究中、だって。私達人間はスキルを授かれるようになった事で身体能力、魔法の才能が飛躍的に上昇したらしいから特に困る事は無いね。寧ろ神様には感謝しないと」
成程なぁ。
と歴史の勉強はそこそこに、ケーシーの話題へと舵を取り直すナターシャ。
「……歴史についてはよく分かりました。それで、ケーシーさんがレノワール語を勉強し始めたきっかけってなんですか?」
ナターシャの問いに少し陰るような表情をしたケーシー。
しかしすぐに笑顔を取り戻し話し始める。……あ、不味い話題だったかな。
「まぁ、個人的な理由なんだけど……。私が魔法を使う時、髪が伸びて白く輝くんだ。それでまぁ、地元で色々あってね。どうしても自分の事を知りたくなって、もしかしたら世界の歴史に私の秘密があるんじゃないかなー……って思って調べてたの」
笑顔は崩さない物の口調が少し重い。
ナターシャは話の選択をミスったと後悔する。
「それで学校の図書館で調べていく内に、光の精霊と巫女、そして勇者の話に辿り着いたの。ちっちゃい子の読む御伽噺みたいな文献の中に、光の巫女フラーシカが私と同じように髪が白く輝くっていう記述があったんだ。だから、光の精霊さんなら何か知ってるんじゃないかな、って思って。精霊さんは古代言語を話すらしいから、会話出来るようにリンと一緒にレノワール語を勉強して。そしたらたまたま、エンシア王国に来たナターシャちゃんが精霊魔法を使えるって聞いて嬉しくなって使って貰ったら……あんな事に。……凄かったなぁ」
遠い目をするケーシー。目を伏せるナターシャ。
ケーシーは何処か嬉しそうで、ナターシャはとても申し訳なさそう。
少し回想するように目を細めていたケーシーは、最後に楽しそうに笑いながら話す。
「フフ……でも、ナターシャちゃんのお陰で私の秘密が分かって良かった。うん、良かった! だって、もう誰に何を言われたって気にならない! 私の力は巫女の力なんだもん! ……ありがとうナターシャちゃんっ!」
ケーシーはナターシャの後ろに回ると、嬉しそうに抱き締めてくれる。
ナターシャは結果オーライなんだろうか、と思いながら曖昧な笑みを浮かべる。
4人の少女そのままわいわいしていると風呂場のドアが開き、一人の西洋甲冑が入ってくる。
「ナターシャ殿、風呂が沸きましたぞ」
濡れた籠手をタオルで拭く斬鬼丸。新手の主夫のようだ。
……甲冑主夫ってなにさ。
「お、ありがとう斬鬼丸。……じゃあ皆さん、先にお風呂に入らせて戴きます!」
ナターシャはケーシーの抱きつきから逃れて椅子から立ち、斬鬼丸の傍に行く。
姉達に軽くお休みの挨拶を告げた後、ナターシャは風呂場に突入。
ま、風呂に入れば後は寝るだけ。長いようで短かったエンシアでの宿泊もようやく終わりを告げる訳だ。
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風呂から上がり、部屋に戻ったナターシャ。白い亜麻布で出来た丈の長い肌着を着ている。
少し火照った頬でベットにダイブし、履いていたブーツを脱ぎ捨てて寝転がる。
そのまま布団を被るも全然眠くない。これは昼寝を取り過ぎたなと反省する。
まぁ寝れない時の最終手段としてあの魔法がある。後悔はせずにいこう。
睡眠霧を撒き散らす魔法があるお陰で即効眠れる為、ナターシャは暇つぶしに軽く何かをしようと思い立つ。
まずは教えて貰った魔力知覚を使い、暗闇の中での魔力の流れを見る。
すると、暗がりの中なのにも関わらず、魔力の流れのお陰でナターシャの身体の形が丸わかりになる。
しかし周囲の様子は分からない。暗視魔法とは行かない様子。
試しに魔力察知も同時に使ってみるが、壁を貫通して他人の魔力を見れる程高度な魔法では無いようだ。
……ふむ、色々と改造の余地はありそうだな。そう考えるナターシャ。
上手く変えれば暗視魔法と透視魔法としても使える地力はある筈。
でも、出来ればコンパクトな詠唱に収めておきたい。そもそもそういった魔法を使う状況って緊迫しているし。長い詠唱じゃあ気軽に使えない。
意外と難題だ……と思いながら、他に良い暇つぶしを思いつかなかったので夢現乃境界線を発動。
すると体内の魔力の流れが激しくなり、身体の周囲から結構えげつない量の魔力が放出されて睡霧に変わっていく。
……うわぁ、俺ってこんなえげつない魔法使ってたのか。改めて実感する。
そりゃ極唱魔法に行きつく訳だよ。
睡霧に変わったナターシャの魔力は部屋に広がり、充満する。
そして面白い事に、魔力知覚と魔力察知を使用しているお陰でこの部屋の詳細な形状が手に取るように分かるようになった。
……おぉ、霧か。いいヒントだ。
ドリームワールドクラスの濃密な魔力の霧を自分の周囲に散布して、敵の詳細な位置、行動を知る。
壁越しだろうと俺の見えない魔力の霧に引っかかれば立つ場所が分かるようになる。うん、良い。素晴らしい。
そんな様子を眺めながら、ナターシャは睡霧吸い込む為大きく深呼吸。
睡霧が肺の中に入る。すると一気に眠くなる。即効性の睡眠薬よりすげぇや。
ナターシャは先ほどまではっきりとしていた思考、視界をぼやけさせながら目を閉じ、眠りに付くのだった。
サクッと忘れてたものを回収。
割と重要なので後出し出来てよかった。




