77 二日目:青と赤
一飛びで路地から大通りに飛び出した斬鬼丸。左腕でナターシャを抱えている。
ナターシャに着地の衝撃を与えないように自身の脚をクッション代わりに利用。
着地の際に右膝を曲げ、左膝を地面に付けて勢いを殺す。
そこに鳴り響く甲高いブースターの噴出音。斬鬼丸はその音に気が付き真上を見上げる。
音の根源は斬鬼丸の遥か上方。首の外郭が割れ、内部構造が僅かに見えている人形。その名をリリィ。
最大出力で噴出口を起動し、炎と熱波の柱を背中に抱え斬鬼丸に向かい猛進。
空中の魔道具をすれ違う衝撃で数個破壊しながら飛び抜け、身体を前回りに一回転させ双剣の両の刃を斬鬼丸に叩きつける。
斬鬼丸は主を抱き抱える不利な体勢なまま右手を挙げ、その攻撃を剣の腹で受けてガード。
互いの剣が交わり、金属が打ち合って弾ける。
耳鳴りする程大きな音が街中に響き、更に衝撃による風圧が発生。
ドーム状に広がった衝撃波は、空に浮かぶ魔道具を吹き飛ばし、その場一帯を静寂と夜の漆黒で包み込む。
無理な姿勢故に攻撃を受け流せなかった斬鬼丸の身体が悲鳴を上げ、ミシミシッと嫌な音を立てる。
「ぐぅ……ッ!」
呻き声を上げる斬鬼丸。青い炎の瞳が消えかかる。
リリィもブースターの火力を弱めず斬鬼丸をその場で押し潰そうとする。
突然の戦闘発生に、周囲でのんびり空を見ていた観光客や冒険者も驚き、恐怖して叫び、逃げ出す。
しかし中には事態を収める為に城門に向かう者、冒険者ギルド内に駆け込む者も。
恐怖で足が竦んでいたヘカトリリスも仲間の戦闘に参加する為、勇気を振り絞って身体を動かし路地から大通りに飛び出す。
斬鬼丸は既に気絶しているナターシャを強く抱き抱え、右手を握りしめて襲い来る圧力に耐える。
相手のブースターから来る振動で腕と剣が震え、カタカタと音を立てる。
しかし、リリィがいくら押してもその身体は一切動かない。そして剣の向こう、兜から漏れる青い光はリリィの顔を睨んで掴み、一時も離さない。
このままでは勝負がつかない事を予備演算で結論付けたリリィはブースターを止め、斬鬼丸の振り払う渾身の力で自身の身体を斜め上後方に弾き飛ばす。
そのまま空中で一回転し、ブースターで姿勢制御。更に着地前に強く放出する事で衝撃を無くし、ヘカトリリスの前にゆっくりと着陸する。
両者剣を下ろし、再び向かい合う。
「ふぅー……」
一旦仕切り直しと悟り、身体に籠めていた力を抜く斬鬼丸。ボシュゥゥ……と背中から青い炎が噴き出す。
『……熱量過多。ハッチを解放して緊急急冷を行います。再戦闘には10秒程掛かります』
対するリリィも肩、脇腹、背中、脚部の太もも部分のドレスが破れてハッチが開き、白い蒸気を放出する。
シュゥゥゥ……と出る水蒸気が煙幕のように辺りに漂う。
そしてリリィの発言を聞き、自身の出番を理解するヘカトリリス。
両袖から刃付きの金属製の長いチェーンを垂らし、ジャラリと音を鳴らしながら鎖を掴んで構える。
そこに聞こえる男性の声。
『お前達! そこで何をしている!』
内の城門から鎧を着た守衛が何人も走ってくる。その中にはナターシャの姉であるユーリカの姿も。
『お前ら! 武器は持ったか!』『応ッ!』
反対側では冒険者ギルドから武装した冒険者がワラワラと出てくる。
その中にはディビスの姿もある。
道の両端を塞がれたヘカトリリスは時間切れだと悟り、撤退の判断をする。
……しかし、だ。堅く閉じていた口を開くヘカトリリス。
恐怖で少し声が震えているが、斬鬼丸にしっかりと聞こえるよう話す。
「……ナターシャの従者。貴方に伝える事がある」
「何用か」
斬鬼丸はその場から動かず返答する。
「……旅先で出会う奴隷商会には気を付けなさい。それは貴方達の敵」
「貴様の言う事、など……!」
軋む身体を起こそうと動く斬鬼丸。ギ、ギギ、と鎧が嫌な音を立てる。しかし動かない。
何故なら先ほどのリリィによる衝撃で斬鬼丸の鎧に強い歪みが出来ているからだ。
本体は無事な物の、鎧の影響でこれ以上の戦闘は難しいだろう。
そして斬鬼丸から発せられる音に驚き、少しリリィの傍に近付いたヘカトリリスは撤退の指示を出す。
「……別に信じなくても良い。これは個人的な警告。……リリィ。逃げるよ」
『承認。急速冷却終了。バスターモードを終了しノーマルモードに移行。同時にカモフラージュエリアを展開し現在の位置から離脱します』
リリィの身体のハッチが閉まり、実体剣に変形していた腕が元のスラっとした物に戻る。
そしてヘカトリリスとリリィ両名の姿が背景に溶け込み、次第に消えていく。
「貴様ら、逃げる気、か……ッ!」
敵の逃亡を防ぐべく無理矢理身体を動かそうとする斬鬼丸。鎧がググ、グゴゴ、と大きな音を立てると共に脚部分、鎧を繋ぎ止めていたベルトのピンが数個はじけ飛ぶ。
そこにリリィからの声が掛けられる。
『対象、ユリスタシア・ナターシャの守護騎士。貴方を当機と同等かそれ以上の戦力として認識し、エンシア国家騎士団の言葉を応用して懇願します』
「懇願……?」
敵対相手からの懇願と聞き、困惑して動きを止める斬鬼丸。
『”正義は常に我々と共に有る”そして、“我らが前に決して立ち塞がるべからず。我々はそれを打ち払うべく戦う事になるだろう”』
「一体、何を……」
斬鬼丸の問いに答える前にリリィとヘカトリリスは姿を消し、その場から居なくなる。
残された斬鬼丸は力が抜け、未だ眠る主を抱えたままその場で右手に持っていた剣を落とす。
戦闘の疲れなのか、はたまた喜びからなのか、だらりと垂らした右腕が小さく震え始める。
呆然とする斬鬼丸の横から、比較的聞き慣れた声が掛かる。
「斬鬼丸さん! ナターシャ!」
守衛と共にやって来たユーリカが斬鬼丸に駆け寄り、その腕に抱かれているナターシャの安否を確認する。
「ナターシャ! ナターシャ!」
妹の肩を掴み、強く揺さぶる姉。その表情には焦りと恐怖の感情が浮き出ている。
姉に強く揺さぶられ、気が付いたのかん、んん……と声を出してナターシャが目を開ける。
瞳にはしっかりと意思が宿り、自身を抱き抱える斬鬼丸と肩を掴む姉を見て驚く。
「……な、何事?」
「良かった……っ! ナターシャー!」
ユーリカは目を覚ましたナターシャを思いっきり抱きしめ、斬鬼丸も安堵したように瞳の光が薄まる。
ナターシャは何が起きていたのか理解が出来ず、何?何なの?と言うばかり。
……俺の知らないうちに一体何が起こったんだ?
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「ぐごー……。」
闇夜の灯りという宿屋。その個室。
キングサイズのベッドの傍にはシルクハットの掛かったコート掛け、窓際には二人掛けの丸テーブルという簡素な部屋。
部屋のベットの上で大の字に寝て完全に占拠しているのは紳士服で金髪ショートカットをオールバックに決めた男。気持ちよさそうに爆睡している。
そんな男の顔にバチンとビンタが入り、突然の衝撃で男が驚いて目覚める。
「……ね、寝ている人に暴力を振るうなんて! なんなんですか!? 訴えますよ!?」
そう言いながら怒り心頭な表情で身体を起こす男。
対して叩いた方は合成音声のような女性の声で返答する。
『反論。当機にはその権利があると宣言します。自称メカニックのピエール』
リリィはビンタ終わりの体勢から棒立ちに移行して男を見つめる。
その隣に居る女性も挨拶する。
「おはようピエール」
男に手を振るヘカトリリス。右眼は金色に戻っていて、袖から出していた鎖も内部に収納している。
ピエールと呼ばれた男は髪を掻き上げ、ぎゅっと後ろに回しながら話す。
「おやまぁヘカトリリスとリリ……り、リリィ!? 何ですかその見た目は!」
ピエールの言う通り、リリィの見た目は凄い事になっている。
斬鬼丸の攻撃を受けた首には大きく亀裂が入り、欠けた部分からは内部の配管や配線、発声装置の一部などが丸見え。
そしてドレスは斬鬼丸による斬撃とその際に発生した真空刃、そしてハッチ解放の影響でかなりボロボロの状態。所々金属製のボディが見えている。
特にスカート部分は斜めに大きく破れていて金属製の生足が露わになり、少し扇情的だ。
自機を見直したリリィはピエールに向かっていつも通り言い放つ。
『疑問。非生物である当機に欲情するのは生物として機能不全であるかと』
「私はそんな変態ではありません」
『当機の感情回路が暴走。欲情すべきだと警告』
「して欲しいのか欲しくないのかどっちなんですか!」
いがみ合う一機と一人。バチバチと火花が散る。
そこに手を前に出して止めるヘカトリリス。
「……まぁまぁ、落ち着いて二人とも。今は言い合ってる時間は無いの」
ヘカトリリスの言葉を聞き静かになる二人。しかしむすっとしている。
その様子にため息をつくヘカトリリスは一度深呼吸してから計画の概要を話し始める。
「じゃ、本題ね。……少し強引だけど、エンシア王国内にも種は撒かれた。私達の計画、“Line:Herd(ライン:ハード)”を本格始動するよ」




