72 二日目:あの冒険者ギルドで昼食を。
今朝方の買い出し終わりと同じ道筋を辿り大通りに出る。
大通りに出てしまえば迷う事は無い。冒険者ギルドは左手だ。迷わずに真っ直ぐ歩いていく。
街の人とすれ違いながら歩いていると、ギルドの中から見知った顔が出てくる。
そしてナターシャ達を見つけると景気良さそうな表情で挨拶するように手を挙げる。
「ようナターシャ!」
ディビスだ。
ナターシャはギルド前で待つディビスに近付く。
「大分景気良さそうだね」
ナターシャは腕を組み、ディビスを見上げながら話す。斬鬼丸も後ろで腕を組む。
ディビスは一応周囲を確認してから話し始める。
「まぁな。……実はさっき、情報屋に飯と交換でクエストの事をリークした」
「ふぅん? 言い忘れてたけどクエストには人数制限あるよ?」
「それくらいは長年冒険者やってりゃ分かるさ。大事なのはギルド直々の依頼ってとこだ」
そう言うとディビスはしゃがみ、ナターシャをチョイチョイと呼ぶ。
ナターシャは更に近付き、ディビスに耳を貸す。
「……ギルドの依頼ってのは大体は質の悪い依頼が多いから滅多に受け手が居ない……が、だ。冬場に限ればそうはならない。なにせクエストをこなす代わりにギルドが飯やら宿の手配をしてくれるからな。しかも大抵は難度が高いから青銅なんかの弱い冒険者は撥ねられる。つまりクエスト攻略までの期間、宿と飯を腕が立つ見知った仲間内で独占する事が出来る。時期を選べばかなり好条件なんだよ」
ディビスはそう言い終わるとナターシャから離れる。
「……つまり、今回のギルドのクエストにはディビスの知り合いがいっぱい来るって事?」
ナターシャは結論付けて話す。
ディビスはそれを聞いて頷く。
「そういう事だ。まぁ俺はソロ専だから前衛とかシーフが居ない時くらいしかパーティ組まないがな。それでも強さは保証してやる。……そんで俺の予測なんだが、お前もそのクエストに紛れ込んでるんだろ?」
その疑問にヘッ、と鼻で笑う事で返答するナターシャ。一々言わせるなよ。
ディビスは眉間をマッサージして質問した事が間違いだったと気付く。
「……そりゃあそうか。居もしないのにわざわざクエストの事話したりしないよな。しかし腹立つな……」
そりゃあ煽ってる訳ですしね。
まぁ挨拶位はしとくか。
「ま、色々と宜しくね。先輩?」
「……やっぱり読み通りか。クエストの内容は?」
「それくらい待てば分かるじゃん?」
「馬鹿野郎、情報屋から金を引き出すチャンスなんだよ。教えろって。な?」
ディビスが詳細を聞き出す為にナターシャの肩を触ろうとすると、斬鬼丸が剣を軽く抜いて剣の腹を見せる。チャキ……という音がその場に響く。
それを見たディビスは引き攣った笑みを浮かべながら出した手を引っ込める。すみません、うちのセキュリティ万全なんで。
ナターシャは顎を触りながら呟く。
「あんまり言えないんだけど……そうだなぁ」
もう少し恩を売っておけば後々助かるかもしれないな。チョロっとだけ出すか。
「クエストの行程は8日程。その間旅をする事になるね」
ディビスはその情報から、予測を立てて質問する。
「8日間ずっと旅か? 王都に帰ってこないのか?」
「うん」
「……成程、クエスト内容が分かった。ありがとよ!」
そう言ってディビスは冒険者ギルドに駆け込んでいく。
クエスト貼り出し時刻が決まっている以上、情報の精度が高まる情報は高値で取引出来る。
更に冬場のギルクエは好条件というディビスの話が事実なら、クエスト内容の特定なんてそりゃもう高価に違いない。
自分の利益に正直な所が冒険者らしいね。
ナターシャもお腹が空いてきたので冒険者ギルドに入る。
昼時が近いからか、酒場が込み始めている。席が埋まりかけだ。
そして酒場の奥の丸テーブル席ではフードを被った男と話し合っているディビスの姿が。ふふ、やってるやってる。
ディビスの様子を微笑ましく見ながら、たまたま空席だった酒場中央のテーブル席に座り、メニューを手に取る。斬鬼丸もナターシャの隣に座った。
うーんそうだなぁ。外れじゃない物が食べたい。カエル肉はささ身のから揚げ食べてる感覚だったし。
なので、姉が頼んでいたポグピッグのステーキをウェイトレスに注文する。
銀貨を一枚渡し、会計が終わる。後は待つだけだ。
ナターシャは暇なのでリュック内でバレないようにスマホを弄る。
人を隠すなら人込みの中。近くには斬鬼丸も居るしバレないバレない……というかそろそろ触っておかないと心が落ち着かない……。
軽くネットサーフィンしてニュースを漁る。……えっ、〇〇ロー引退!? 嘘だろ!?
暫くそんな風に暇を潰していると料理がやって来る。
トンテキにパンとスープ。ニンニクの香ばしい匂いが強くて良きかな……。
スマホを収納し、リュックを後ろに回す。
さぁ飯だ飯。ショッキングなニュースを吹っ切る為に景気よく肉を食べよう。
ナイフをフォークを手に取り、一口大に切り取って食べ始める。うん、美味い。
ジューシーな脂身と肉から旨味がジュワーっと染み出てくる。それをガーリックソースがキュッと引き締める。
ユーリカ姉が注文する理由も分かるなぁ。これ安定過ぎて他の肉食べる理由が無いもん。安いし美味いし。
ナイフとフォークを置いてパンを手に取ると一口サイズに千切り、肉から零れたガーリックソースに付けて食べていると男性の声が。
「すいませんお嬢さん。相席しても宜しいですか?」
紳士服を着込んだ金髪のショートカットの男性だ。オールバックにきめた髪型が美しい。
木製の杖を片手に持ち、何処か気取った装いで立っている。
「どうぞー」
ナターシャは少し皿をずらし、男性用のエリアを作る。
紳士服の男性はナターシャと対角に座る。
男性もポグピッグを注文している。やはり安定なのだろうか。
ナターシャは男性を気にせず黙々と料理を食べている。
男性は暇を持て余したのかナターシャに話しかけてくる。
「……お嬢さん、その食べている物って?」
「ポグピッグのステーキ」
テキトーに返答するナターシャ。
「ほう。私も同じものを頼んだんですよ! 奇遇ですね?」
そうだね。
ナターシャはうんうんと二回頷くとステーキを切り取って頬張る。
男性もこれ以上話しかける気は無いようで飯の到着を待つ。
そして、ナターシャが半分程食べきった所で男性の料理が来る。
男性は出された料理に手を擦り合わせ、パチンと指を鳴らして人形を召喚する……人形!?
驚いて固まるナターシャ。男性は金属製の人形を後ろから自身に覆い被さらせて二人羽織の状態になり、人形に食器を持たせて食事を始める。
人形は慎重にナイフとフォークを伸ばし、肉を固定して切り取る。しかし切り取るサイズは一口と言うには明らかに大きく、男性は恐慌するような表情を浮かべる。
そして人形に、馬鹿、大き過ぎる! そんな量は口に入らない! など忠告するも人形は容赦なくステーキを切り取り、元の面積の半分程の量を男性の口に近付ける。
男性は嫌がるそぶりを見せ、何とか避けようと顔を背けるものの無慈悲に口元に当てられるステーキの熱さで悶えてジタバタし始めて、その様子を見ていたナターシャは面白くなって笑う。
男性もナターシャを笑わせられて嬉しかったのかまた話しかけてくる。
ステーキを口元に運ぼうとする人形の手を止めながら。
「ハハ。私の一発芸なんですが、どうですかな? 面白かったですか?」
「うん」
久しぶりに見たから懐かしくて笑った。
ベタだけど、だからこそ面白い物ってあるよね。
「そうか! それは良かった! 子供にも通用すると分かったのはとても嬉しい!」
男性は未だステーキを押し付けようとする人形の手を払いのけ、ナターシャに手を伸ばす。
ナターシャが握手をしようとすると男性の手の中から何かを包んだ紙が出てくる。
「お近づきの印に飴なんて如何かな? ……あっづ!」
キザっぽく笑う男性。その顔の真横にステーキが直撃してまた男性が熱さで悶える。
なんか面白い人が話しかけてきたぞ?




