71 二日目:天使ちゃん降臨☆(1日ぶり2度目)
「会いたかったよぉぉぉぉー!」
「なんで居るのさ……わっぷ」
駆け寄ってきた天使ちゃんに抱き着かれ、顔が埋もれるナターシャ。
嬉しいが、嬉しいのだが何故相変わらずこんなにハイテンションなのだろうか。
いやでも年齢相応の大きさも中々良い物だね……じゃなくて。
「どうやってエンシアに来たの? まさか馬車?」
顔を上に向けて天使ちゃんを見上げながら話す。
天使ちゃんはぎゅっと抱きしめてくれてとっても温もりが伝わって嬉しい……あったかい……
「まさか! 天使ちゃんですから転移魔法くらいなんて事ないですよ?」
指をくるくるりんと回す天使ちゃん。
「……へぇ。教えてくれない? それ」
悪い笑みを浮かべて教示を乞うナターシャ。7歳の子がする顔ではない。
俺も天使ちゃんみたいに気軽に転移魔法使ってエンシアと実家を魔法で反復横跳び出来るようになりたい。
「教えても良いけど魔法適正Lv9必要だからまだ使えないよ?」
クソァ! 転移系は必須レベルLvたけぇなやっぱ!
「天使ちゃんの魔法適正ってLvいくつなの?」
「天使ちゃんは天使ちゃんだからスキルに縛られないのさ☆ ふりーだむっ!」
ピースサインを横から目元に当てる天使ちゃん。
相変わらず言い回しが変だけど多分神の使いだからそういう制限とかないんだろうね。
残念そうにため息をつくとナターシャは元々尋ねる予定だった事を聞く。
「それで、天使ちゃんがここに来た本当の理由って何?」
「ないよ?」
は?
「えっ、無いの?」
「ないよ?」
無いんだ……
静寂の時間が抱き合う二人の間に流れる。
も、もしかして、俺に会う為にわざわざ転移をしてくれたのかな……?
やだ、なんだか恥ずかしくなってきた……ドキドキする……
そんなピンク色の思考が脳裏を過りナターシャの頬が少し赤くなる。
「って言うのは冗談♪ ちゃんとリターリスさんからのお手紙を受け取ってます☆」
天使ちゃんはアイテムボックスから手紙を取り出す。
それを見て残念そうな顔でしょんぼりするナターシャ。
あげぽよ天使の何気ない冗談がナターシャの繊細な童貞心を傷つけたのだ。
その様子がなんか可愛かったのか、満面の笑みを浮かべてナターシャを更に抱きしめる天使ちゃん。
「やだなぁもう! なっちゃんに会いたかったからわざわざ転移魔法で来たんだってー! そもそも私となっちゃんのアイテムボックス繋がってるし☆」
わざわざ会いに来たという言葉に元気を取り戻すナターシャ。所詮童貞心である。
「っていうか、俺のアイテムボックスって天使ちゃんのと繋がってるの?」
そして元気を取り戻したてなのでつい素が出る。
「そうだよ? でも基本は別々の空間だから安心してね。ただこれの詳細教えるとなっちゃんが大変な空間魔法作っちゃうかもしれないからまだ教えられないんだ。ごめんね? ……まぁでも、なっちゃんが中二病から解放されるまでには教えてあげられるから大丈夫。それまで我慢してね?」
天使ちゃんはそう言ってナターシャを解放すると目線を合わせて頭を撫でる。
ナターシャも不服ながら頷く。
「じゃあはい。お父さんのお手紙」
天使ちゃんはナターシャに父からの手紙を手渡す。
ナターシャが手紙を受け取ると天使ちゃんが離れていく。
「……もう帰るの?一緒に観光しようよ」
残念そうにナターシャが聞く。
折角来たんだから楽しもうよ。
「……一つ忠告しておこうなっちゃん」
天使ちゃんは腕を組み、仁王立ちでナターシャに告げる。
「実を言うと私の二日酔いはまだ治っていない。……マジで今にも吐きそうなのホント。転移魔法使うと酔うから尚更キツイ……」
腰を丸めて口元を抑える天使ちゃん。よくそんな状態で普通に振舞ってたな。
ナターシャは少し考えたのち、先ほどの証言の矛盾点を指摘する。
「でも飲み会したの一昨日じゃん。流石にそこまでは……」
「いや、昨日も飲み比べしたから……」
何やってんだよこの熾天使。アホなのか。
「馬鹿なの?」
「だってさぁ、地上でこうやって人と触れ合う機会って中々無いし楽しいんだもん! 天使ちゃんだって遊びたいっ! 遊びたいのーっ!」
天使ちゃんは駄々をこねる子供のように肘を丸めて腕を振る。
まぁ、中々無い機会だから羽目を外すって気持ちは分からんでもない。
ナターシャは仕方なさそうにため息をついて忠言をしておく。
「飲むのは良いんだけど、節度は守ろうね?」
「分かってるってー! それに、お酒の量制限したから今こうして動けてる訳だし大丈夫☆」
Kみたいなポーズを取ってくるくるりと回り始める天使ちゃん。
まぁ確かに? 一昨日の酷さからしたら大分マシに見える。流石に反省はしているのだろう。
ナターシャが納得した所で天使ちゃんの回転が止まり、こちらを振り向いて話し出す。
「と言う訳で天使ちゃん、ユリスタシア家に帰還します♪ さらばっ!」
「うん。またね。」
ナターシャが手を振ると天使ちゃんはキメ顔でビシッと敬礼しながら転移する。
いやホント、前触れ無しに忽然と居なくなった。光ったりとか魔法陣の発生とかはしないんだね。
俺もいつか転移魔法使えるようになりたいなぁ……と、さてさて?
残されたナターシャは天使ちゃんにより授けられた手紙の内容を読む。
父からの手紙の内容は要約するとこうだ。
“テント魔法が使えなくなった時の予備として、中サイズのテントセットを2つと中等級の毛布を3枚購入して欲しい。”
とのこと。
でもお金足りるかな。良く分からないけどテントと毛布って高そう。
ナターシャはリュックで隠しながらアイテムボックスを開き、金貨の枚数を確認する。
銅貨は兎も角、金貨は後31枚。俺のお小遣いは残り46枚。合わせると77枚。銀貨や小銀貨が少々。お小遣いが減っている理由は串焼きを食べたという理由でお察しいただきたい。
流石に1セットで金貨10枚はしないだろう。というかそんな物を買わせるような親じゃない。
もしそんなに高いのなら必ず妥協点を見つけて伝えてくれるハズだ。
つまり余裕があると判断した上での手紙に違いない。
何にせよ行動だな。まずは地図の確認。
テント売り場は……ある。この地区の下方、大通りの向こう側に野営用の装備を買えるエリアがあるらしい。
その地区に行っても良いが、今朝方行ったウィード商会で買い付けしても良いな。旅のことならなんでもお任せって言ってたし。
……うーん、質とかもウィード商会の方が安定している可能性が高そうだ。そうだな、ここは商会で買う事にしよう。
目的地が決まったのでナターシャは地図を畳み、ベルトの隙間に収納。
「斬鬼丸ー」
「なんでありますか?」
「武器屋後回しで良い? 先にウィード商会に行こうと思うんだ」
「構いませぬ」
おっけー? 許可は取れたのでサクッと済ませよう。
ナターシャは来た道を戻り、ウィード商会へと向かう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
再びウィード商会。昼時が近いからか人は少々疎らだ。
ナターシャは今朝方と同じ窓口に近付き、職員に話しかける。
「すみません」
「はい、いらっしゃいませ。何をお求めですか?」
商会の職員がナターシャに返答する。
「騎士団の使いです。6号の201号室。追加の注文を任されたので来ました」
「何を追加注文されますか?」
「テントセットを2つ、毛布を3つお願いします」
「はい。テントのサイズはどうなさいますか? 毛布の等級は?」
「テントは中サイズで。毛布も中等級でお願いします」
「承りました。合計で金貨12枚になります。コチラにサインをお願いします」
ナターシャは羊皮紙の商品名に間違いが無いかしっかり確認し、サインを記入。
職員に12枚の金貨を支払って会計を終える。
「またのご来店を」
職員の丁重な声を聞きながら退店。慣れたもんだ。
店を出て、大きく伸びをして自身の成長を実感する。身長はまだ伸びていないがね。
そうした後、元気いっぱいな表情で斬鬼丸に話しかけるナターシャ。
「さぁて! 今度こそ武器屋にいこっか!」
「ふむ……」
斬鬼丸は空を見上げ、お日様の位置を確認する。
「……ナターシャ殿。そろそろお昼時であります。先に冒険者ギルドで食事を済ませましょうぞ。武器屋は後でも構いませぬ」
「んー? んー……斬鬼丸がそう言うなら。じゃあご飯を食べに冒険者ギルドに向かおーう!」
「御意」
二人は近場の冒険者ギルドに向けて歩を進める。
……そんな二人を後ろから見守る男が一人。
紳士服のその男、杖を回して孤独に語る。
「……冒険者ギルドで食事ですか。良いですね。私も一緒に食事を致しましょう。共に食べれば仲も深まりそうですね」
クラウンメイクは既に落とし、髪は金髪で短めのオールバック。
両眉を中指でキリリと整え愉快に二人の後に続く。




