69 二日目:用事が終わったナターシャ一行
「では帰りましょうか。私も明日出発する為の準備が必要ですから」
ガレットさんはそう言って商会から出ていく。
ナターシャは姉に撫で回されながら表に出る。何故撫でられているんだ俺は。
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来た道を戻り再び十字路。
右に行けば食肉街、左はまだ見た事の無いショッピング街。真っ直ぐ行けば塩と海産物街だ。
今度は左に曲がるらしい。
左の道は建物の造りが変わり、大通りのように漆喰と木組みの景色に戻る。
商店というより居酒屋、中世的に言うとサルーンなんかが多い通りだと思う。建物に付く看板には液体の入ったジョッキが彫ってある物が多いし。
石畳の道を歩いているとなんか人だかりが出来ている。楽しそうに笑う声が聞こえるので何か見世物でもやっているのだろうか。
すると民衆の中から頭二つ分高い位置に道化師の姿が現れる。
「はぁーいお楽しみ頂き光栄で御座いますエンシア国民の皆様! 私の名前は旅芸人のグランツ・ニュールと申します! どうぞこれからもお見知りおきを」
丁寧に礼をする紳士風の道化師。どうやら丁度終わった所らしい。
頭に被るシルクハットを脱ぎ、前に出すと銅貨や小銀貨が投げ込まれる。
「有難う御座います有難う御座います!」
もう少し早かったら見られたのになー。残念。
ナターシャ達はそんな集団の隣を通り過ぎていく。
「今回見れなかった方、道行く方々もまたお越しください! 明日も 此 処 で芸を披露致します!」
そうなんだ。まぁ明日帰るから見る事は出来ないんだけど……
「……見たかったなぁ大道芸」
ポツリと溢すナターシャ。
「また機会はあるでしょうぞ」
斬鬼丸にそう慰められる。あったら良いね。
道化師から目を逸らし、前を向いたその視線の先には黒髪の毛先が赤く染まっていてカールした女性が居る。
黒に赤を合わせたフリル地獄のドレスに同系統の傘を差す姿は流石に見覚えがありすぎる。昨日城門付近で見た人じゃん。
女性はナターシャと視線が合うとニッコリ微笑んでくれる。良い笑顔。碧色の瞳が綺麗。
ナターシャも微笑み返し、何事も無かったように通り過ぎる。愛想のいい人だね。
のんびり辺りの景色を眺めながら次の事を考える。
この後何しよう。
やっぱ宿舎で新作の魔法でも創るか……? ここ二日ほど作業出来てないし。
でも、何かそれって勿体ない気がするよな……なんか面白い事でもねぇかな……他人にバレたら困るからスマホ使い辛いんだよ…………
なんで持っていて当然程度のしょぼそうな効果なんだよ……他人には認識できなくなるで良かったじゃん……神の加護がただの運気上昇スキルっていう説明といい、なんか弱くないとダメな理由でもあんのか……?
神様の祝福に疑問を感じるナターシャだった。
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(……今のはリターリスの娘のナターシャ。情報によれば食料の買い出しに来ているみたい。市場で目立つ行動を取ってくれたお陰で部下の網に引っかかったのは助かったかも)
ヘカトリリスはナターシャが隣を通り過ぎるのを眺めた後、計画の初期案を起動させる為に思考する。
(クレフォリアにはヘレンから急ぎでスタッツ国に向かう指示が出されている。食料も監視によれば保存食が多い。それが旅の食料かもしれないという予測は出来る。でも確定じゃない。まだ動けないなぁ……)
傘をくるくると回しながら歩き、先ほどまで芸を披露していた道化師に近付く。
「ニュール、趣味の大道芸は終わった?」
「えぇ! やはり大勢の前で笑い者にされるというのは何とも言い難い快感を覚えます。これこそが真の幸福なのでしょう。」
相変わらず変わってるなぁと思うが、自分も大概だと思い直して仕事の話に入る。
「さっき通ったリターリスの娘が旅の食料を買い込みに来ている疑惑がある。もしかしたらリターリスがクレフォリアを保護しているのかもしれない。直接会って、ここに来た理由だけでも聞き出して。ただ、あの護衛の騎士には接触しないように。なんか嫌いな臭いがする」
「ご命令と有らば。……しかし嫌な臭いですか。貴女の血が嫌う者ですか?」
「そんな感じ。臭い移ったら縁切るからね」
「おぉ、それは怖い。精々食べ頃になるまで熟す程度に抑えましょう」
「落ちて腐ったリンゴになっても知らないから。あと報告は早い目にお願い。場所はいつもの所」
そう言ってヘカトリリスも去っていく。
残された道化師はシルクハットを目深に被り、クラウンメイクの顔で楽し気に笑う。
「……次の観客は女の子ですか。良いですね。飴なんかをあげればついてきてくれるでしょうか」
地面に置いていた黒い杖を拾い、慣れた手つきで回した後地面を叩きカツンと音を鳴らす。
そしてハッと気付いた顔になる。
「……その前にどう接触しましょうか」
自分の言動で少し可笑しな気分になり笑う道化師。
笑い方も何処かピエロのようで面白い。
「ホホ……まぁ、まずは追いますか。昼食のタイミングで接触を図ってみましょう」
そして仕事の顔になると再び杖を回してナターシャ達の向かった方角に歩いていく。
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酒場街は大通りに繋がっていたらしく、細い路地を抜けてナターシャは比較的見慣れた景色を見る事になる。
現在は内の城門付近に屯っている。真っ直ぐ行けば冒険者ギルドに着くし、後ろに入れば宿舎街へGOだ。
ガレットは少し疲れた表情で軽くため息をつく。
「では、私はこのまま自分の部屋に帰ります。ユーリカ、ナターシャ、気を付けて帰りなさい」
「はい。ありがとうございましたガレットさん」
「ありがとうございます」
感謝を込めて礼をする姉と妹。
ガレットはそれを見終わると軽く労いの言葉を掛けてから踵を返して内の宿舎街に入っていく。
後ろ姿が大人の女性らしくて美しい。
「ふぅ、用事終わったわねナターシャ」
「そうだね。まだお昼じゃないし」
ナターシャの言う通り、まだ日が昇り切っていないうちに今日の用事が終わってしまった。
お日様の角度的に言うなら今は昼の10時半くらい。お腹もそんなに空いていない。
「……とりあえず宿舎に帰る?」
「そうね。街を見たいなら見てきても良いわよ?」
妹の提案に提案を重ねる姉。
「なんか迷子になりそう」
対する妹は若干引きこもりの心意気を見せる。
「街の何処からでも内の城壁が見えるでしょ? まずはそこまで辿り着いて、城壁に面した道を城門が見えるまで歩けば宿舎街に戻れるわ。」
姉は迷子になった際の術を教え、妹に外出を促す。
「まぁ、そうだね。……でも、ねぇ?」
姉の正論を受け、肯定はする物の帰宅したい気持ちを出す妹。
「折角エンシアに来たんだから、もっと観光してきなさい。冒険者ギルドに行けば外の街の地図ぐらいなら売ってるわ」
追加で情報を出し、更に外出を促す姉。
「……むぅ、お姉ちゃんは来ないの?」
妹は逆に責任者としての義務を問う。
先ほどからどう聞いても一人で外出させたそうにしているからだ。
「着いてきてほしいなら着いていくけど?」
姉は同行する事を認めながら、敢えて妹に判断を委ねる事で揺さぶる。
「え? 私は……」
妹は言い淀む。割と決断力の乏しい所が弱点だからだ。
姉も分かっているようで追撃の一手を加える。
「斬鬼丸さんっていう保護者が居るんだから危ない事も無いわよ。……市場でもしっかり仕事してたし、昨日の夜も無事に守ってくれてたみたいだからね」
斬鬼丸を引き合いに出し自身の不要さをアピールする。
そう、既に姉の中で斬鬼丸に対する信頼度は高い。
市場での疑わしきは罰せよを体現した行動といい、明らかに何かを知っているにも関わらず、主の為に大通りに居たという嘘までつくのだからその忠誠心は本物だ。
更に姉も妹が冒険者ギルドで何かひと騒動起こしたと予測している。ただの魔物の売買程度で4時間も掛かる訳がない。
姉は未だ迷う表情を見せる妹にトドメを刺しに掛かる。
「……まさか、残りの時間ずっと宿舎に引きこもってるつもり? 駄目よ。ただでさえ実家では引きこもり気味だったんだからもっと外で遊んできなさい」
「うぅ……」
「それに、昼食を自由に取れるだけのお金も持ってるんだからついでに色々と食べてきなさい。でも、辛い物は食べ過ぎないように注意するのよ?」
「はい……」
姉に言い包められ、広大な街を探索する事になるナターシャ。
うぅ、スマホ弄りたい……
ナターシャは斬鬼丸と共に冒険者ギルドに向かう。
ユーリカは二人を見送って一言。
「さて。ナターシャが帰ってくるまで私は練習場で剣の鍛錬でもしようかしら」
妹に負けてられないもの。
……それに、妹に見られながら鍛錬するのは少し恥ずかしいからね。
ガレットと同じように踵を返した姉は城門を通り宿舎街へと帰っていく。




