66 二日目:市場での出来事
市場は広く、大通りの半分くらいの幅。道の左右に露店が並んでいる。
メインである行商人の露店の他に、区画を貸し切って行われるパフォーマーによる大道芸。
更には農村から出向いて来た人が野菜、自作のパンや織物、更には服なんかも売っている。
服には結構凝った作りの物もあるので手間をかけているんだなぁと思う。自由だね異世界の農民。
姉はガレットさんにあれこれ指差している。対してガレットさんはしっかり目利きしているようで、姉の指差す露店の良し悪しを精査しては次に行きますよと進んでいく。
「ガレットさん、あのお店の野菜どう!?」
「……ふむ。このじゃがいもは良いですね。店主さん、このじゃがいも4個貰えますか」
順調に買い物を行っているようだ。
じゃがいも4つに銀貨一枚支払うと小銀貨3枚が帰ってくるらしい。
店主に更に小銀貨一枚を渡してそれなりの大きさの麻袋も買う。そこにじゃがいもを入れる。
でもなんでわざわざ所持しているんだろう。直接宿舎に送り届けるんじゃなかったのか?
「さて、次に行きますよ。ビーツを買いましょう」
「分かりました! 早く行きましょうナターシャ」
「はーい」
姉に呼ばれて軽くスキップしながら付いていく。
まぁ気にするだけ無駄か。見たところ買っている量は少数だし。
基本観光する以外は暇なので斬鬼丸に話しかける。
「斬鬼丸ー」
「……なんでありますか?」
「エンシアに来てからあんまり喋らないけどなんで? もっと話に寄ってくれば良いじゃん」
「……生憎気配察知の訓れ……悪意がある人間が近づいてこないか常に目を光らせているので忙しいであります故。皆が安心して買い物を楽しめるよう職務に従事するのも従者の仕事であります」
「真面目だねぇ。……あ、食べ物食べるコツ掴めた?」
「いえ、皆目見当が付かないであります。きっとまだ鍛錬が足りないので御座ろう」
「食べれるようになったら良いねー」
「そうですなぁ。リターリス殿と飲み比べをするのが楽しみであります」
考えるポーズを取って思考を始める斬鬼丸を見て、食事する方法を割と深刻に考えとかないとなぁと思っておく。魔法でどうにかなるかな。
姉とガレットが再び露店の前で立ち止まり品定めを始めたので、ナターシャは両の手を頭の後ろに回して待機する。
斬鬼丸も暇そうに腕を組み、楽しそうにショッピングをする姉とガレットの様子を眺める。
そこに先ほどからナターシャの後を付けていた男の手が伸びてきた……と思ったら斬鬼丸により腕を掴まれ捻り上げられ、そのまま背中に回されたと思ったら足払いで空中に浮かせられ、空中で腹を殴られて背中から思いっきり地面に叩きつけられる。
「いっでぇぇぇぇえええええッッ!!!!」
ズダァン!という音と共に叩きつけられた男が叫び、周囲の通行人が突然起こった事件に驚き後ろに下がって男と斬鬼丸を取り囲む。
ナターシャも叫び声に驚きビクッ、と身構える。
「……貴様、我が主に対して何を狙っていた。事の次第ではこの場で首を跳ねる」
膝を男の腹に乗せ、抜いた剣を首筋に当てる斬鬼丸。
男は恐怖で黙りこくり、手を上げて動かなくなる。
「な、何事?」
驚いたナターシャが後ろを振り向くと、茶色のロングヘア―の男が地面に組み伏せられていた。
服装は冒険者っぽい普段着。茶のブーツ、黒のズボン、白い上着に緑のマント。
腰のベルトにはポーチと剣。どちらも使い込まれている。
ナターシャはその顔に見覚えがあった。
「……ディビスじゃん」
そう、ディビスだ。
先ほどからナターシャを追跡していたのは昨日冒険者ギルドで出会った男。
今は確か……ビックチキン狩りを生業にしている男。
「……ようお嬢ちゃん。昨日ぶりだな。出来るなら従者さんに俺は悪人じゃないって言ってくれないか?」
「従者が居るの知ってるのに後ろから話しかけなかった時点で怪しいと思うよ?」
困った表情でディビスに言うナターシャ。
ディビスは半笑いで返答する。
「……いや、まさかここまでされるとは」
「……貴様の狙いを早急に答えろ。10秒以内に答えなければ首を跳ねる。10、9……」
斬鬼丸が剣を振り上げ、カウントを始めた事でディビスは焦り正直に理由を話す。
「ちょちょちょ待ってくれ! 分かった! 言うから! 昨日の事が気になって話しかけようとしたんだよ!」
成程ね。まぁ見てたから当然か。
でもすまん。教えられないんだよ。
「あぁ、あれね。……悪いけど教えられないよディビス。ギルドマスターと契約したからね」
「マジかー……あの場で聞くべきだったな……」
それを聞くと残念そうに腕を大地に投げ出し、悔しそうに大きくため息をついている。
「ちょっとナターシャ、何があったの?」
騒動の最中、後ろから姉が話しかけてくる。
「斬鬼丸が昨日冒険者ギルドで知り合った人を捕獲したの」
「……知り合いなのになんでこんな状況に?」
考えが甘かったからじゃないかな……呆れた感じのジェスチャーを取るナターシャ。
ディビスは未だ首筋に剣を当てられている物の、座る体勢に移行している。
そして悪びれない声で弁明する。
「いや、悪気は無かったんだ……肩に手を置いて話しかけるのはいつもの癖でな……」
「だってさ斬鬼丸。悪い人じゃないのは知ってるし離してあげて」
ナターシャは斬鬼丸に解放を促す。
斬鬼丸は命に従い、ディビスの首筋に当てていた剣を鞘に戻す。
「……一応知り合い故見逃すであります。余り気安くナターシャ殿に触れないで欲しいであります」
解放され、安堵のため息をつくディビス。
「やっぱ貴族って容赦ねぇなぁ……」
そういう問題じゃないと思う。
まぁでも冒険者らしいよねこういう所。嫌いじゃない。
「……そうだねぇ。昨日の事は教えられないけど、今日の事は教えられるよ。気になる?」
なので個人的趣向も兼ねて情報を提供しておく。
それでどうするかは彼に委ねよう。
「……どんな事だ?」
「今日の午後2時、冒険者ギルドのクエストボードにクエストが貼られるよ。ギルド直々のね」
「……それはお前に関係しているのか?」
「言わせるの?」
それを聞いたディビスは笑顔になり立ち上がる。
「良い情報感謝するぜ。名前は?」
「ナターシャだよ。また会った時はヨロシク」
手を差し出す。
「……ナターシャか。あぁ分かったナターシャ。よろしくな」
ディビスもその手を取り握手する。
今、一人の護衛役が俺の釣り針に掛かった。
見知らぬ冒険者の中に一人くらい知り合いが居る方が色々と都合が良い。
ディビス、この情報の対価は高くつくぞ?
黒い笑みを浮かべるナターシャに別れを告げ、気分良くその場を去っていくディビス。
フフ、我ながら完璧な作戦だ。
騒動が収まり、人も再び流れ始めた所で姉とガレットさんに進む事を告げられる。
次の露店でビーツとかいうカブのようなカブじゃない野菜数個を購入したガレットさんはこれくらいで良いでしょうと言う。
「後は塩と香辛料、塩漬け肉を少し買いましょうか。場所を移しますよ」
市場を離れたナターシャ達が次に向かう地点は食肉街。
冒険者ギルドから降ろされる肉や農村から買い取った家畜の肉を販売するエリアだ。
食肉街は市場の西方、簡単に言うと市場を突き進んで道を抜けた先にあった。地続き。
石畳の道の先には同じく石造りの家が立ち並び、独特の雰囲気を出している。
因みにここにある肉屋は香辛料も共に売っているらしい。年に一回、オリジナルのミックススパイスの美味さを競う大会も開かれるそうだから楽しそうな街だと思う。
中には買い食いが出来るようその場で調理を行う店もある。冒険者ギルドで食べた肉とはまた違った刺激的な香りが食欲を誘う。あ、あの串焼き一本買いたいなぁ……
飛んで火にいる夏の虫のようにふらふらと誘われるナターシャの手を掴み、はぐれないよう引き戻す姉。
「ナターシャ、匂いに釣られるのは良いけれど貴女辛い物食べれないでしょう。諦めなさい」
せやかて姉ちゃん。美味しそうなんだもん。
未だ子供な自身の舌に早急な成長を望むナターシャちゃんなのだった。
あんまりにも展開に迷うので見直しせずに投稿し始めた作者が居るらしいですよ
勢いで書いてしまえホトトギス……独眼竜推して参る……




