64 一日目-終:君は何を差し出せる?
「ふむ、正しい道か……」
また大層な問いかけだとフランシスは思考する。
しかしこの少女が天啓を得たのは事実。
それは神がこの世に相応しい正義だと理解した上で授けたに他ならない。少女が私に正義を問うのも道理だろう。
ならば世の理に従って自身が正義だと名乗り上げようではないか。
「……あぁ、勿論誓えるとも。神に誓って……」
「違います、フランシスさん」
「……なんだって?」
ナターシャの言葉に困惑した表情を浮かべるフランシス。
目の前のクッキーを貪る少女は皿の上に乗っていたクッキーを完食すると、人差し指を挙げて問いの内実を明らかにする。
「私が誓ってほしいのは神に対してではなく、貴方という一個人の正義。強いては貴方のプライドに掛けて、自分は正しい道に使える。決して違わないと誓えるか、という事なのです。……神に誓うのは簡単です。私が知りたいのはそういう事ではない。貴方が悪ではないという正しさを証明してほしい」
7歳の少女が問うのはフランシスという人間が信用するかに値するかという事。
面白い問いかけだとフランシスは笑みを浮かべる。
成程。この少女はあくまでも私と自分以外を全て排除した上で、それでも貴方は正しいのかという事を質問しているのか。
少女の正義に沿う行動を示さない限り、私が信用するに値しないとそう言っているのだな?
フランシスは久しく忘れていた駆け引きに心が高ぶり、手に汗が滲むのを感じながら少女の求める正義を示す事にする。
「……私個人のプライド、ギルドマスターを纏める者という地位や、フェスティの現領主という地位全てひっくるめて正しい道に使うと誓おう。決して道を違えないとも。……それで、君の求める物は何かね? 正しさを証明する為なら何でも差し出そう」
例え全てを失うにしても、ギルドの繁栄が約束されるなら本望である。
それが長年冒険者ギルドを纏めてきた者としての矜持であり、全てを犠牲にしてでも得たい称号である。
さぁ、私は全てを差し出す覚悟が出来ている。君は何を要求する?
人生の中で一番重い駆け引きのスリルを味わいながらフランシスは微笑む。
……あれぇ、思ってた返答と違う。
それを聞いたナターシャは困惑する。
自身に誓うのは難しいけど、私は正しい道に使おうと思っています程度で良かったんだけど……
まぁでも、本気で自分に誓うって意外と難しいんだよね。仮に誓っても気軽に誓う人間は信用ならないし、じゃあ無理、って突っ撥ねられるから昔よく使ってたんだよな。
……それがどうした。信用される為なら何でも差し出す。そう言ったぞ、このギルマス。
全部失ってでも冒険者ギルドに尽くすとか社会人の鑑かよ。
フランシスの覚悟の重さに若干引きながらも条件を考えるナターシャ。
……食糧や金品はコチラの格が落ちるから選べないよな。だとするとやはり信頼や安全を大々的に出すのが一番か?
そこからすると今必要だと思うのは……やっぱスタッツへの護衛か。
道中何があるか分からんから、斬鬼丸とガレットさん以外にも護衛が居てくれれば便利だよな。
よし、それでいこう。ただ、目立ち過ぎない程度に抑えて貰おう。
軽く微笑み、フランシスの覚悟を理解した風を装って話し出すナターシャ。
「……貴方の覚悟は理解しました。コチラから要求したい物は至極単純な物です」
「何ですかな?」
フランシスは手を握り締め、表情を変えずに問いかける。
「実は明後日、私はこの国を離れ、スタッツに向かわなくてはなりません。その間の護衛を用意してほしいのです」
「……成程」
「しかし、私達は目立つと非常に困るのです。なので、護衛する者にも私達を護衛していると気付かれないよう護衛を手配して欲しい」
その要求を聞き、少し考えるフランシス。
目の前の少女が要求しているのは旅の護衛。しかし、目立つと困る。
なので、護衛にも自信が護衛だと悟られないようして欲しい、と。
一つ思い付き、ナターシャに提案する。
「……こんな方法はどうかね? スタッツには魔法をスキル化する為に、我々の伝令も向かう必要がある。更に、スタッツ周辺は温暖で冬場でも魔物が活動している。冬場収入の少ない冒険者の中にはスタッツに向かいたい者も多い。我々ギルドは冒険者を食事付きでスタッツに送る代わりに、道中の伝令の護衛を任せる。君たちはその馬車の一団に紛れ込み、スタッツへ向かうという方法だが」
ナターシャはその方法に笑みを浮かべ、同調する。
「……良いですね。私は一旦領地に戻り、一日置いてから出発する事になります。それも日程に組み込んで頂けますか?」
フランシスも笑い、日程を組み立てる。
「その程度お安い御用だよ。出発後、一日ユリスタシア領の村で食糧調達なんかを理由に一日時間を作ろう。伝令は一度ユリスタシア家に向かわせ、ナターシャくん達と共に向かうと告げるという事で宜しいかな?」
「はい。コチラとしても護衛が増えて安心してスタッツに向かえます。その後、スタッツに向かう日程はギルドに一任致します」
「あぁ、任された」
話が纏まり、双方円満な解決が成された所でフランシスが小声で話しかける。
「……では早速だが、魔法を教えてくれるかい?」
「喜んで。これからも天啓を受ける事があると思いますので、その時は懇意にさせて下さい」
「コチラとしても願っても無い提案だね。有用な魔法は買い取らせて頂こう」
「はい、お願いします。では詠唱ですが――――
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「……ナターシャ殿は話し上手でありますな」
話が終わり、ギルドから解放されて大通りを歩くナターシャに話しかける斬鬼丸。
あぁ、黄色い紙は帰り際、ギルドの受付で待っていた眼鏡の人に貰った。
内容は魔物の名前と品質。品質は異世界数字なので読めないが、スラッシュの隣にある数字の桁を見比べてみた感じあまり良さそうじゃない。
ただ、ブロックボアーの討伐ランクは鉄らしい。紙にそう書いてある。
ナターシャは貰った紙を背中のリュックサックに仕舞って、斬鬼丸に返答する。
「話上手じゃないよ。相手が賢いから通用する話術。かなり相手に依存してる」
「そうで御座ろうか。かなり上手く立ち回っていたようでありますが……」
「思い込み、先入観、勘違い。私の話術はそんなん利用する物ばっかりだよ。正義を問うなんてのも体のいい逃げ技に過ぎないし、問いを出す本人に正義なんてありゃしない」
「……それを話し上手と言うのではないのでありますか?」
「強いて言うなら口達者だね。話し上手じゃないよ」
「謙虚でありますな……」
「それほどでもない」
適当な所で話が終わり、宿舎に向かって歩いていくナターシャ達であった――――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――……今何時だと思ってるの?」
「ら゛っ゛で゛、魔道具綺麗だったんた゛も゛ん゛……!」
姉のげん骨を受け、涙目で言い訳するナターシャ。
「もう夜中の10時よ? ナターシャが家を出てから4時間近く。それまでずっと外で魔道具見てたっていうの? ……違うでしょ。絶対何か別の場所に行ってたわよね?」
「行゛っ゛て゛な゛い゛も゛ん゛……!」
ユーリカはナターシャから後ろの斬鬼丸に視線を移し、問いかける。
「……斬鬼丸さん。ナターシャが何処に行ってたか言ってくださらないかしら」
「……大通りからは外れていないであります」
「それで? 大 通 り の 何 処 に 居 た ん で す か ?」
斬鬼丸がナターシャを見るが、ナターシャはぷるぷると首を振る。
「……大通りに居たであります」
「嘘は通用しませんよ。……さては冒険者ギルドに行ってたんでしょうナターシャ! 昼間の行動からお見通しよ!」
「行゛っ゛て゛な゛い゛ーー!」
ぎゃあぎゃあ言い張る主とその姉の様子を見て、あの時の威厳は何処に行ったんでしょうな、と瞳代わりの炎を薄める斬鬼丸だった。




