60 一日目:食後の昼下がり……じゃないね。もう夜だし。
「ご飯美味しかったね」
「えぇ。やっぱりあの食堂は一味違うわ」
(でも、その分料金も高いのよね……。城壁の内に住む貴族や豪商向けの食堂だからしょうがないんだけど……)
食事を終え、帰宅しているナターシャ一行。
既に日が落ちていて空は暗んでいるが、光りながら倉庫の屋根程の高さに浮く球体のおかげで周囲はとても明るい。
姉曰くあれは宮廷魔術師が創り上げた魔道具の一つで、光を放つ魔法・宙に浮く魔法・磁力を持つ魔法で制御されているらしい。
だから宙に漂いながらも球体同士でぶつからず、朝の開門と共に回収する事も容易なのだそうだ。
簡易な機構なのに便利な物が存在しているんだなぁとナターシャは感心する。
「でもさ、魔道具って魔力流してないと動かないんじゃないの? あれ遠隔操作だよね」
そして当然の疑問に至るナターシャ。
今までの経験則からの質問だ。付与魔法だけで効果を発揮するとは思えない。
確実に魔力供給源が必要である。
「あぁ、それね。私も知らないのよね。どうも機密事項らしいわ」
「……そんな機密の塊を街に放って大丈夫なの?」
「私にも分からないわ。風の噂ではあれでも失敗作だって聞くし。盗まれても問題ないんじゃないかしら」
そういう物なのかなぁ。
首を傾げながらも来た道を戻っていくナターシャ。
斬鬼丸も空を見上げて観光気分で歩いている。
ナターシャはそんな斬鬼丸の様子を見て良い事を思いつく。
……観光かぁ。いいね。
「そうだお姉ちゃん。あの魔道具って外の街にも浮いてるの?」
「えぇ、日々量産されているわ。最初は城壁の内側の街だけだったけど次第に数を増やしていって今では外の街も照らしているの。夜間でも活動出来るから商人なんかには好評ね」
「見に行っていい?」
「良いけど……迷子にならない?」
「……あれ、お姉ちゃんは付いてこないの?」
少し間の抜けた表情をするナターシャ。
ユーリカは仕方なさそうに話し始める。
「そうしたいけど、部屋の片付けが残ってるもの。もう一人のルームメイトもそろそろ自室に帰ってきているだろうから3人でさっさと終わらせないと」
「……あぁ、そういえばそれが残ってたね。じゃあ、大通りから外れないから見に行っていい? 斬鬼丸も護衛に付いてるから暴漢に襲われても大丈夫だよ」
ユーリカは少し考えたのちにOKを出す。
大通りなら他にも観光目的で魔道具を見ている人がいるから、何かあってもすぐに騎士団に連絡が入るだろうという判断だ。
それに大通りは守衛の宿舎も近い。流石に半刻程度なら斬鬼丸さん一人でも時間を稼げるだろう。
というかそれくらいの実力が無いと旅の護衛なんて任せられない。
これは姉なりの斬鬼丸への試練でもあるのだ。
「ただナターシャ、大通りから外れちゃだめよ? 路地はまだ照らされてない所もあって危ないんだから」
「はーい」
まぁ本当の目的地は冒険者ギルドだからまだ分かれないけどね。
姉の忠告を真摯に受け止め、ナターシャは一旦姉の宿舎へと戻る。
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宿舎に帰ると青い長髪の少女がケーシーと共にチェスをしていた。
リビングのテーブルを挟んで向かい合っている。
「はいチェック。……そろそろ止めない?」
「ま、まだ……うう……そのナイトをどけられれば……」
どうやら青髪の少女が優勢らしい。
「ただいまリン。用事は終わったの?」
ユーリカが話しかける。
リンと呼ばれた青髪の少女が反応して振り返り、返答する。
寡黙でおしとやかそうな少女だ。
「うん終わったよ。お兄様が心配性で未だに私の騎士学校入学に反対して抗議するから、ちょっと物理的に怒っちゃった。もう入って3年経ってるのにね」
呆れたいったようなポーズを捕る青髪の少女。
ユーリカも腰に手を当てて更に聞いていく。
「大変ね。それで、解決したの?」
「解決させた。今度ちょっかい掛けてきたらお兄様と絶縁するって宣言したら土下座して謝って来たの。それだけは勘弁してくれーって。それを見てちょっと笑っちゃった」
ふふ、と軽く握った手で口元を隠し笑うリン。
ケーシーとユーリカも軽く笑い返し、そうだ、とユーリカは妹の紹介に入る。
「ケーシーにはもう紹介したけど、私の妹がエンシアに来ているの。ほらナターシャ、自己紹介」
ナターシャは元気よく出てきて挨拶する。
「オッス、私ナターシャ! よろしあ痛ぁ!」
容赦なく飛んできたげん骨がナターシャの脳天にぶち当たる。
両手で頭を押さえ、涙目になりながら殴った本人である姉を見上げる妹。
「真面目に自己紹介しなさい」
「はぁい……」
ナターシャは軽く回復魔法を唱えて痛みを無くすと、リンに向かって真面目に自己紹介を始める。
「ユリスタシア家次女、ユーリカの妹のユリスタシア・ナターシャと言います。初めまして」
スカートの両裾を掴んで上げ、会釈するナターシャ。
ナターシャの丁寧な自己紹介にリンも立ち上がり、髪を手で後ろに流すと同じく自己紹介をする。
「スレイト家次女、スレイト・クェイトイン・リインネート。名前、呼びづらいと思うからリンって呼んで」
リンはナターシャに手を差し出す。
「はい。よろしくお願いしますリンさん」
ナターシャも手を取りしっかり握手をする。
対等で居ようという証なのだろうか。
「次は斬鬼丸さんですね。よろしくお願いします」
姉の言葉に反応してナターシャの後ろに控えていた斬鬼丸がナターシャの隣に出る。
「拙者はナターシャ殿の護衛役であり、使役されている精霊でもある斬鬼丸という者であります」
「精霊……」
リンは少し驚いた表情をしてから斬鬼丸に近付き、兜の口元を上げて下から中を覗く。
「……ホントだ」
「……少し恥ずかしいでありますな」
頬を掻く斬鬼丸。
リンはその言葉にハッとしたのか兜の口元を下ろして斬鬼丸に失礼しました、と告げる。
その表情はとても恥ずかしそうだ。
そんな自己紹介が終わった後、ユーリカはルームメイトの二人に問い掛ける。
「突然なんだけど、私達の宿舎に妹と斬鬼丸さんの宿泊を許可して貰えないかしら。お父様に面倒を見ろって言われているのよ」
「私は全然良いよー。寧ろ恩人だし大歓迎かも!」
ケーシーは元気そうに答える。
姉も予想通りのようで軽く頷き、リンに問いかける。
「リンはどう?」
「ユーリカの妹ちゃんは全然大丈夫。斬鬼丸さんは……まぁ、精霊なら……」
「……やっぱり不安?」
「……うん」
不安そうなリンの為、斬鬼丸が一つの提案を持ちかける。
「……ならば、拙者は外で焚火でもして夜間を潰しましょうぞ。生憎護衛の為、ナターシャ殿からあまり離れられない故この方法を取らせて頂くしか無いのでありますが……」
その言葉を聞いたリンが申し訳なさそうな顔をして話す。
「それは……気が引けるので止めて下さい」
「しかし、女性を怖がらせてまで部屋に泊まるのは……」
「じゃあ、約束。一つだけ守ってもらえるならOKなので」
「……約束でありますか。なんでしょう」
リンは恥ずかしそうに斬鬼丸に近付き、頭を下げて貰って耳元で囁く。
斬鬼丸はそれを聞き……成程、と呟く。
「理解し申した。リインネート殿との約束、必ずお守りしましょう」
斬鬼丸はリンに向かい軽く礼をする。
「あ、あの……リンで良いです……フルネームはちょっと契約違反……」
「むぅ……難しいでありますな……」
少し恥ずかしそうな顔をして話すリンに困る斬鬼丸。一体どんな約束なんだろうか。
姉がリンに再び許可を問い、OKが出たことで斬鬼丸も宿舎に泊まる事が決まる。
姉達三人は早速片付けを行うようで、ナターシャ達とはお別れだ。
街を見に行ってくると告げるナターシャを見て、ケーシーがユーリカに尋ねる。
「ん? 妹ちゃんお出かけ?」
「えぇ。大通りの空に浮く魔道具を見たいんだって」
「あー成程。確かに見ごたえあるよねアレ。妹ちゃん、迷子にならないよう気を付けるんだよ?」
ケーシーが優しく撫でてくれる。
「うん!」
ナターシャも元気に返事をしておく。勿論笑顔も忘れてないよ?
リンはナターシャと目が合うと優しく手を振ってくれる。
「じゃあお姉ちゃん、行ってきます!」
「ナターシャ。何度も言うけれど大通りから外れちゃ駄目よ?」
「分かってるってー」
と言っている割によく分かっていなさそうなナターシャを見たユーリカは軽くため息をつくと、その後ろに居る斬鬼丸に対して話しかける。
「じゃあ斬鬼丸さん、妹を必ず無事に返してくださいね」
「百も承知」
斬鬼丸は先ほどまでと違い、気合を入れて警護に当たる様子を見せる。
ユーリカもその様子に少しだけ安心する。
「じゃあ行こっか斬鬼丸!」
「御意」
出発するナターシャの呼びかけに答え、その後ろを歩いていく斬鬼丸。
ガシャガシャと鎧の擦れる音を鳴らしながら夜の街へと消えていくのだった。
そんな二人を見送ったユーリカは、後ろで呼びかける二人の親友の元へ戻っていく。
二人は玄関の近くで待っていて、ケーシーはチェスボードと駒と入れた小箱を持ち、その後ろにリンが居る。
集まってまず最初に話し始めるのはユーリカ。
「さーて、私達はさっさと部屋の掃除終わらせてしまわないとね」
「そうだね、サクッと終わらせよう」
その言葉にリンも無言で頷く。
「……終わった後どうする? またチェスでもする?」
ケーシーがリンに聞く。
リンも条件付きでOKを出す。
「家の中でならいいよ」
「やった♪ 次は負けないから!」
「なら、私はそれの審判でもすれば良いのかしら?」
「じゃあユーリカはどっちが綺麗に美しく駒を動かせたか採点して! そしたら芸術点で勝てるかもしれないし!」
「……チェスは駒の取り合いや駆け引きを楽しむゲームで、芸術性を競い合うゲームじゃないよ?」
「うっ、リンちゃんのマトモな一言が突き刺さる……ッ!」
「ふふ、まぁ片付けを終わらせてから遊びましょ」
「だね」「うん」
三人は仲良くテラスの右側にある玄関に入り、誰も居なくなった外は静寂と明光に包まれた。




