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59 一日目:ガレットさん食堂

 ロッジを上がり、建物に付いている玄関のドアを開ける。

 ドアに付いているベルが鳴り、カランカランという音を鳴らす。

 中は大きな食堂とその奥に厨房という造りで、食堂には長椅子とテーブルが規則正しく並べられている。

 忙しい時間帯は過ぎているのか人は疎らだが、少なくとも10人は食事をしている。人気店だな。

 厨房には料理を出しやすいよう食堂に面する位置にカウンターがあり、ウェイトレスがそこに出された料理を運び会計なども行っている。どうやら食い逃げを防ぐ為に事前に料金を払う方式らしい。

 厨房の中は見えるだけでも5人の料理人が働いている。


 ユーリカはウェイトレスに掛け合いガレットさんを呼んでもらうように連絡する。

 ウェイトレスは笑顔で姉の言葉に了承を返し、厨房の中を覗きながら呼び出す。

 暫くしてコックの服装をした女性が現れる。多分ガレットさんなのだろう。50代くらいの女性だ。

 何故かカバーを掛けたバスケットを腕に吊るしている。


「……突然どうしたんですかユーリカ。また訓練中にお腹が空きましたか?」


 ガレットはバスケットの中からパンを取り出しユーリカに差し出す。

 姉は差し出されたパンを押し戻しながら話す。


「き、今日は違います……。実はガレットさんにお願いがあって来たんです。ほら、ナターシャ」


 姉に促され、ナターシャは姉の後ろから姿を現す。


「ユーリカお姉ちゃんの妹のユリスタシア・ナターシャです。初めまして」


「……おや、あの末っ子ちゃんですか。私はガレットです。随分と大きくなりましたね。パンを食べますか?」


 ガレットはパンをナターシャに差し出す。小麦で出来た良い香りのするパンだ。

 ナターシャは喜んで受け取り食べようとするが姉に押収される。

 どうやら先に用事を済ませてからという事らしい。

 ナターシャは背中に背負っているカバンを前に向け、アイテムボックスではなく実際にカバンの中に入れている封筒を取り出しガレットに差し出す。


「お父さんからのお手紙です」


「リターリスからですか。ふむ……」


 ガレットは封筒を受け取り、中に入っている手紙を取り出して読む。

 ナターシャは仕事を終えたので姉からパンを返してもらい食べる。

 バターや砂糖・蜂蜜の入っていない素朴な風味のパンだが、生地のしっとりした食感が美味しい。プロの仕事だ。


 そして入っている手紙を全て読み終えると軽くため息をつくガレット。


「……また難題をお願いしてきますねリターリスは」


 手紙を畳み封筒に戻すとパンをモグモグと食べるナターシャの頭を撫でてもう一つパンを手渡す。へへ、ダブルブロートだ。


「……ただ、護衛は貴方ですか。お名前は?」


 ガレットはウェイトレスを呼びバスケットを手渡すと斬鬼丸に向かい話し始める。

 斬鬼丸も正直に受け答えする。


「拙者は斬鬼丸と申す。ナターシャ殿に創り上げられた精霊であります」


「ほう、精霊なのですか。魔法をお使いに?」


いえ、拙者は剣技を司る精霊。生憎披露出来るのは剣の腕だけであります」


 腰に付けた剣を触りアピールする斬鬼丸。


「そうですか。それは手間が省けました」


 ガレットはウェイトレスの持つバスケットからオタマを取り出し、斬鬼丸に向けて宣告する。


「では斬鬼丸さん。貴方の実力を確かめる為に薪割りをやって頂けますか」


 ボヨヨン、とオタマが揺れる。


「…………薪割りでありますか?」


 予想外の言葉に困る斬鬼丸。


「えぇそうです。早速始めましょう。さぁ付いてきて下さい」


 斬鬼丸の手を掴み、強引に厨房へと引っ張っていくガレット。

 厨房の中に入る直前、思い出したように立ち止まると振り返ってナターシャとユーリカに指示をする。


「あぁ、貴女達は席に座って待っていなさい。すぐ終わりますから」


「わ、分かりました……」


 ユーリカが返事をする。

 当然斬鬼丸は主を見る。主であるナターシャは軽く笑みを作り、送り出すように手を振りながら、


「斬鬼丸、“ガレットさんが満足するまで薪割り頑張って”ね?」


「なッ!?」


 と斬鬼丸にお願いをする。さっきのお返しだこの野郎。

 喋るときに強調する感じで言うのがお願いのポイントだ。


「な、ナターシャ殿ォ――……!」


 斬鬼丸は主の命により厨房の裏で薪割りをする事になった。

 ひと時の別れだ斬鬼丸。強くなって戻ってこい。


 ……ただ、お願いって命令じゃないから強制力は無いはずなんだけどなぁ。


 時間が空いたユーリカとナターシャはそのまま近くの食堂の席に座る。

 バスケットを持っているウェイトレスが二人の前にそっとメニューを置く。


「ご注文がお決まりでしたらまたお呼びください」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……酷いであります」


 大体3時間ほど経った頃だろうか。斬鬼丸がガレットさんから解放されて帰ってきた。

 その時にガレットさんも共に戻ってきて、斬鬼丸の力量を見込んだ上で許可すると伝えてくれた。


「私も昔は騎士に仕えていたのです。その時に剣術指導なども受けました。なので剣筋を見れば相手の力量が分かります。えぇ、決して丁度いいタイミングで薪割り係が来たなんて思っていませんとも。えぇ」


 と早口で語ってくれたガレットさんが非常に満足した笑みだった事は斬鬼丸の頑張りを鑑みて忘れないようにしておく。……旅の間こき使われそうだなぁ斬鬼丸。


 現在、斬鬼丸はナターシャの横にてテーブルに身体を預けている。


「……酷いでありますナターシャ殿。無慈悲であります」


 恨みがましく顔だけ此方に向けて話す斬鬼丸。心なしか兜の中の炎が弱弱しい。


「私は受けた仇は必ず返す主義だから。ただ倍率はランダムに決まるからどうしようもないかな」


「ナターシャ殿……」


 斬鬼丸は諦めたようにはぁ、とため息をつく。


「でも疲れてる感じじゃないよね。 意外と余裕だったの?」


「……そう言われればそうであります」


 思い出したように起き上がり、自分の手を見やる斬鬼丸。

 そして互いを見やるナターシャと斬鬼丸。


「……はて?」「なんでだろうね?」


 同時に首を傾げる。

 ユーリカはそんな茶番を行う二人の肩を叩き、


「さ、終わったんだから早く帰るわよ二人とも。お客さんが増える前に退散よ」


 と帰宅することを告げる。


「……お腹減ったなぁお姉ちゃん」


 ナターシャはわざとらしくお腹を押さえる。

 とってもキュートな視線は忘れない。


「さっきパン食べてたでしょ」


「それだいぶ前の時間ー」


「ごねてないで帰るわよ。ご飯は帰ってから」


 姉は妹の頭をポンポンしてあやす。


「ちぇー。帰ろっか斬鬼丸」


 ナターシャは後ろを向いてから立ち上がり、姉の近くに移動する。


「そうですな。拙者も身体を動かせてスッキリしたであります」


 斬鬼丸も立ち上がり腕をグルグルと回す。やっぱ元々乗り気だったんじゃねぇか斬鬼丸。

 三人が店を出ようとすると厨房の奥からガレットが呼び止める。


『待ちなさい三人共』


 三人は何事かと振り返る。


「なんですかー?」


 姉が返答する。

 声が若干上ずっているのは何故だろうか。


「お腹が空いているでしょう。ご飯を食べていきなさい。斬鬼丸さんの薪割りの対価です」


 ガレットさんは料理をカウンターに出し、ウェイトレスに三人の席に持っていくよう指示する。

 ウェイトレスは二人分の料理を持ってナターシャ達の近くまで運ぶ。

 その料理に二人の視線は釘付けになる。


「……食べよっかお姉ちゃん。用意してくれたしね」


「……そうね。食べないとせっかく用意された料理が勿体ないものね」


 姉と妹は自身の気持ちに正直になると席に座り、斬鬼丸はナターシャの隣に座る。


 目の前に出された料理はハーブと黒胡椒の香りが漂う焼きたてのステーキ。パン付き。

 熱された鉄板の上でジュウジュウと良い音を立てている。

 い、異世界で見た中で一番美味しそうな料理だ……。

 料理と共に用意されたナイフとフォークを持ち、ゴクリと喉を鳴らすナターシャ。


 ま、まずは一口だ。

 フォークでステーキを押さえ、ナイフで切る。

 綺麗に香ばしく焼かれた肉は思っているより柔らかく、前後にナイフを揺らすだけで刃が入っていく。

 ステーキの切れ目からは肉汁が溢れ出し、鉄板に流れ落ちて更にいい音と肉の香りと共に食欲を湧き立たせる。


 そしてフォークで切り取った肉を口元に運び、食べる。

 肉は柔らかく、しかし歯ごたえはしっかりしていて、噛めば噛むほど肉の旨味とすり込まれた程よい塩の味が口の中に広がる。

 更に肉の中に染み込んでいたハーブと香味野菜のエキスが更に味を引き立て、鼻に抜ける黒胡椒の香りが味の全てを纏め上げてナターシャの身体がポワンと緑色に光る。

 満足げに頷きながら目を瞑り、味を……


 ……なんで!?


 突然の回復効果発生に困惑するナターシャ。

 噛む動作を停止し、目を見開いて驚く。


「突然身体光ったけど一体何なの!?」


 そして姉に聞く。


「あぁ、ひょうりにやくそうがつわわれてるからね。っんっ、ハーブとしても優秀なのよ」


 大分食い気味に喋る姉。物理的に。

 そして姉の身体もポワンと緑色に光る。


 ……なるほど。薬草の使い道が回復ポーションだけだと誰が決めたんだ、という事か。

 薬草を料理に使えば美味しくなるし、ついでに回復出来るしで一石二鳥。

 なんとも素晴らしいじゃないか異世界の薬草。冒険者ギルドから薬草採取の依頼が無くならない訳だ。


 異世界物にはほぼ必ずと言っていいほど存在する冒険者ギルドが上手く経営できている理由。

 それがこのステーキの中に詰まっていると理解し、しっかり噛みしめて味わうナターシャ。うん美味い。


「無念無想……」


 そしてその隣で、小さく呟く斬鬼丸だった。

薬草の正しい使い道。

ゲームで出る回復効果のある料理とかなんでだろうと数秒思考した結果生まれました。安易。

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