51 一日目:エンシア入国とお姉ちゃん。
およそ20分くらい経った頃かな。検問の時間がやって来た。
守衛が御者の男性に身分証の提示と馬車の検査を求めている。
御者がポケットから何かカードのような物を取り出して守衛に見せると、お疲れ様です!と守衛が叫ぶ。騎士団について何か書いてあるのかな?
そして軽鎧を装備し、帯剣した数人の男性が馬車に乗り込み検査に入る。
全員剣と反対側の腰に板と紙束を吊るしている。
「お前達、身分証は持っているか!」
ナターシャは父に言われた通り赤い蝋で封をした封筒を手渡す。
封を開け、中に入る身分証明書を見る守衛。
「……これは! リターリス副団長の御息女でしたか! 失礼な発言、申し訳ありません!」
検査に入った男性が全員並んで謝罪する。少しだけ良い気分。
証明書をナターシャに返却した男性はもう一枚入っている手紙の方を読むと検査を仲間に任せて即座に馬車を降り、城門に付いているドアの中に入る。
すると数秒後、手紙を持った伝令役と思わしき人間が出てきて街の方へと走り去っていく。
斬鬼丸は証明書を持っていないので守衛と共に入国手続きの紙に記入する事になっている模様。
しかし顕現時に人の記憶が薄れた影響で文字の記憶も喪失したのか、文字が分からないと言っている。
守衛も想定済みなようで紙を固定した板を持ち、斬鬼丸から情報を聞き出し記入していく。
守衛さんが書くのは文字の読み書き出来ない冒険者対策だろうね。
斬鬼丸も読み書き出来るよう早いうちに教えてあげないとなぁ。
「馬車の検査は終わりました! 呼び出された人間が来るまで検問所近くでお待ち下さい!」
守衛の指示を受け、御者の男性は馬車を操作して城門を潜り抜け、検問所近くに上手く停止させる。
城門の中にある街並みは正しくファンタジー。
規格を統一した石材を敷き詰めて作られた太い道路。幅は帆馬車二つ分くらい。歩道付き。俺達は他の人の邪魔にならないようその路肩近くに停車している形。
路肩には等間隔で隙間が空いていて、水の流れる音が聞こえる。
検問所の少し先には馬車が止まれるように歩道が少し窪んだエリアが作られており、そこで馬車が乗客の乗り降りを行なっている。そこの隙間は車輪が嵌らないよう格子が嵌めてある。
乗客を降ろした馬車の行方は様々だ。客の昇降エリアを進んだ場所にある十字路を右左折したり直進したり。
しかし、魔物を乗せた荷車や馬車だけは決まった方角、この道を直進していく。
その周囲には武装した集団が見えるのできっと冒険者ギルドに向かっているのだろう。
冒険者ギルドが魔物解体を請け負うのなんて当然の事だからそう分かるんだ、って俺の記憶が言ってる。大分幻想に偏ってる俺の記憶が。
家の建築様式だが、一階部分は煉瓦で出来ていて間をモルタルで接着してあり、入口は木製の片開きドアや両開きなど。はたまた馬車を収容出来るほどに大きく口を開けた家も存在する。
二階以降は剥き出しになっている木の軸組の間を白や黄色っぽい漆喰で塗り固めている。壁の仕上がりは家によってバラバラだ。
家の屋根は当然の権利のように全て赤瓦。しかし劣化しているのか若干オレンジっぽい色。
そんな家々が、視界の最奥に存在する城壁まで綺麗に並んでいる。
その城壁は大通りに面した部分に城門が作られている。内と外で交通の便が良さそうだね。
道行く人々の服装ももちろん多種多様。
帽子を被り、白い長袖の上に単色の袖の無い服を着て革のベルトで止め、裾の広いズボンを革のブーツの中に詰め込んだのであろう、膝下辺りでズボンが膨らんだ男性や、何枚か着重ねたスリット付きのローブ姿で街を行く男性。聖職者だろう。
中世らしく頭巾で髪を隠し、長袖の上にフェルトで作った厚手のワンピースを着て、肩にケープを羽織って歩く女性が居れば、黒に赤の生地を合わせたフリル地獄のような華やかなドレスを着て、服と同じ雰囲気の傘を差しながら街を歩く女性も居る。
黒髪だけど毛先は紅くなっていて小さくカールしている。染めてるのかな?
他にも冒険者らしい軽装備から、騎士の鑑のような重装備。
更に警備隊なのか、守衛と同じ装備の三人一組が街を歩く住民に目を光らせている。
治安対策もしっかりしてる街なんだなーと思いつつ、ナターシャは御者台にて座りながら一定の間隔で跳ねる。ぴょん、ぴょんくらいのペース。
正直待ってられない。街を観光する為に走り回りたい。
大人なら怒られるだろうが今のこの可愛い姿なら絶対怒られないと断言出来る……と思っていたら普通に怒られた。
流石に調子乗りすぎました。本当に申し訳ない。
暫く御淑やかに待っていると遠くに見える城門、そこから此方に走ってくる金髪の女騎士が。
その女騎士はおおよそ十数分程でナターシャの乗る帆馬車の近くに到着する。
普通のポニーテールのはずなのだが、何故か高貴さを感じられる髪型。
上着はくすんだ赤っぽい色の長袖の服の上から、それよりも濃い色のベストを着ている。
ベストの内側なんかはウールが縫い付けてあるのか白くもこもこしている。
腰には太めのベルトを巻いていて鞘入りの剣を帯刀。下は皮のブーツに茶色くスマートな長ズボン。
着ている服は総じて分厚く、暖かそうだ。
「エンシア王国騎士訓練学校所属、ユリスタシア・ユーリカ。只今到着致しました!」
走ってきた女騎士の正体は姉のユーリカ。
ポニーテールはお父さんに憧れてやってるのかな。確か家にいる間は纏めてなかったよね。
少し息を切らせているものの美しく姿勢を整えた姉は、御者台に座る銀髪の少女の姿を見て仰天する。
「……えっ!? な、ナターシャ!? なんでエンシア王国にいるの!?」
ナターシャは可愛く手を振り姉に挨拶する。
「久しぶりお姉ちゃん。実はエンシア王国に用事があって来たんだ」
「用事って……わざわざナターシャが出向くくらいならお父様が…………まさかっ!」
何かを理解したのか考え込む姉。
少ししてから悟ったような口調で話し始める。
「……遂にナターシャが動かなきゃいけないような事態になっているのね。理解したわ」
理解が早いようで助かる。
多分前やった厨二病な説明なせいで解釈の違いは起こっていると思うけども。
ナターシャは父から預かった封筒をユーリカに手渡す。
「お姉ちゃんこれ。お父さんから」
「お父様から……?」
封筒を受け取り中を見る。まず見たのは騎士団宿舎への宿泊許可証。
ユーリカはまず一回目のため息をつく。
「……ナターシャ達が私の部屋に泊まる事になるのね」
「そういう事だね。よろしく」
「はぁ……部屋片づけないと……」
部屋の掃除を決めたユーリカはもう一枚手紙が入っている事に気付く。
そして二枚目の手紙を取り出し読んで、再びため息をつく。
「……なんだか仕事が多いわ。ナターシャは王都に3日も宿泊……しかも冒険者ギルドへの登録とガレットさんの呼び出し、更には四人、一週間分もの食糧買い込み……ユリスタシア家に別の領地からお客様が泊まりに来るの?」
「もう来てるというかこれから泊まりに行くというか……」
「……どういう事?」
「……実は私、旅に出る事になったんだ」
「た、旅!? ちょっとナターシャ。ホントにどういう事よ」
ナターシャは今家に泊まっている子の為にスタッツ国に向かわないといけない事を説明する。
その際に少女との出会いも説明し、ナターシャとその少女が共同で創り上げた精霊が護衛として必要な事も。その精霊がこの後ろにいる鎧の人だとも話した。
ユーリカはナターシャからクレフォリアの名前が出た時はかなり驚愕したが、すぐに何でもないと言って静かに話を聞く。
話が終わった後は少し考えさせて、と言って帆馬車から離れ、暫くして情報の整理が出来たのかゆっくり戻ってくる。
「……ナターシャには全て分かっていた、という訳ね。流石だわ」
何の話だよ。
ユーリカはまず冒険者ギルドに登録しに向かいましょう、と言ってナターシャを御者台から降ろす。斬鬼丸もそれに続いて降りる。
御者の男性とは一旦ここでお別れだ。
御者さんは男性用の騎士団宿舎に泊まるらしく、泊まる宿舎の番号と部屋番を教えてくれた。
食糧買い込みの注意点としてまず最初に騎士団の使いの者だと宣言する事と、購入した食糧は決して持ち歩かずに商人に宿舎の番号と部屋番を教え、直接俺に届けさせるようにと念を押してその場から去っていく。
ユーリカ姉曰く商人の数量詐欺を防ぐ目的らしい。
騎士団相手に詐欺行為を行った事が露呈すれば死罪確定だからね。
……まぁそれでもなんとかやり込もうとするのがプロの商人なんだよなぁ。俺も騙されないように気を付けよう。
ナターシャは御者の男性に大きく手を振りながら感謝の言葉を言って見送った後、ユーリカ姉に連れられて冒険者ギルドへと向かっていく。
斬鬼丸は辺りを観光気分で見回しながらその後に続く。
異世界生活始めて7年目にして初めてとなる冒険者ギルド。
なんだかすっげぇワクワクしてきたぞ。
大分ハイで書いてた部分を修正。
スリーマンセルの集団ってなんだよ




