33 父親に嘘の状況説明する為に全力を尽くす7歳の少女の様子 前編
両親にチートバレの危機に陥ったナターシャ7歳。
何とかそれを阻止する為に当事者であるクレフォリアを抱き込む事にする。
果たしてクレフォリアはどう答えるのか。
「……はい。誰にも言いません。神様に誓って」
クレフォリアは真剣な瞳でナターシャを見つめる。
「……分かった。じゃあお父さんに聞こえないようにもっと近づいてくれる?」
「はい……」
クレフォリアの顔が赤城恵の顔の横に付く。こっぱずかしいが、我慢だ。
ナターシャはクレフォリアから必要な情報を引き出し、説明を創り上げる事にする。
まるで頭脳戦を繰り広げる漫画みたいだな。
……まずは盗賊を無力化した時についてだ。
クレフォリアがどういう情報を持っているのか聞いて行こう。
……まぁ今までのやりとり全部抱きしめ合った状態のままってのは置いておいてね。
「……私が盗賊無力化したのは知ってる?」
「はい。状況からそうだと理解しております」
「……つまりどう無力化したのは知らない?」
「そうですね。騒ぐような声とバタバタと倒れた音しか聞こえませんでした」
「……じゃあ、あそこで寝てる盗賊がなんで寝てるかは分かる?」
「……魔法……でしょうか。でも範囲魔法という事は……“睡眠霧”をお使いに?」
スリープミスト。良い魔法だ。有名なのだろうか。
しかしここでクレフォリアちゃんの物知りっぷりが生きた。
有難く使わせてもらう。
「……まぁそんな所だよ。霧を出して眠らせたんだ。……でも、クレフォリアちゃん寝てなかったよね。荷台の中に居たから?」
嘘じゃあない。霧を出したのは事実だ。
「……多分、そうではないかと。運よく霧が荷台の中に入ってこなかったのでしょう」
まぁ、そういう可能性もあるよな、と納得するナターシャ。
「……しかし、密室なら兎も角、街道のような開けた場所で盗賊全てを眠らせるようなスリープ・ミストを使うのは大変だったと思います。大丈夫ですか?」
「……まぁ、強い霧を出したからね。あれは大変な作業だったよ」
嘘じゃない嘘をつく。強い霧だし魔法の創造は大変だしね。
そうなのですか、と今度はナターシャの首に腕を回し、胸に顔を埋めるクレフォリアさん……クレフォリアさん!?
「ど、どうしたの?」
「……いえ、ナターシャ様の魔法の才が羨ましくなりまして」
なってもその行動には至らないと思うんだけど!?
一時は慌てふためいたナターシャだが、まだ慌てるような時間じゃないと心を落ち着かせて思考する。
……そ、そう。これで盗賊無力化の説明はつく。濃いスリープミストを使った事にしていこう。
次は奴隷紋の解放か。クレフォリアちゃんにはなんて説明すれば良いんだろう。
まぁとりあえず聞いてみるか。
「……次はクレフォリアちゃんの奴隷紋の制約を打ち切った魔法の時の話なんだけどさ、覚えてる?」
「……はい。
ナターシャ様は詠唱魔法のみでの奴隷紋解放を行った第一人者です。
本来なら奴隷商会のみが知る特殊な手段でのみ解放可能なのですが……
ナターシャ様は何度も新詠唱に挑戦されて、
最後には神様とお作りになると言われましたが、あれは本当だったのですか?」
ナターシャの胸に頭を埋めたまま顔だけを上に向けて話すクレフォリア。少しくすぐったい。
そこで考える。あの時は別にバレたっていいと思ったが、何とか帳尻を合わせないといけない。
なので神様という事実は曲げずに別の方向性に進んでいく。
まず最初に付く嘘を悟られないようクレフォリアをワザとぎゅっと抱きしめる。
互いの心臓の鼓動が胸を通じて伝わる。
「……何度も詠唱に挑戦したのは奴隷化の魔法の詠唱を知ってたから。状態異常解除魔法みたいに出来ないかって思ってやったんだ。……でも、やっぱり無理だった」
完全に嘘だ。でも声音は隠せる。慣れてるからね。
「ナターシャ様……」
クレフォリアはナターシャの行動に嬉しそうな反応を示す。
それにこの程度の嘘で鼓動が早くなるような柔い心臓なんて持っちゃいない。伊達に付きなれてないってこった。……まぁ、嘘を付きなれてるって褒められたもんじゃないが。
「……でも、神様っていうのは事実だよ。ちょっとだけ違うけど」
「……と、言うと?」
クレフォリアが離れ、顔を見せる。
……そう言えば、クレフォリアちゃんはあの時スマホの事を聞いてきてたな。
どれくらい理解してるか聞いておこう。
「……あの時、使ってた魔道具の事覚えてる?」
「……はい。見た事も無い文字が表示されていました。ナターシャ様はそれを操作して返答をしているように見えました……」
うわー……と心の中で小さな悲鳴を上げる。
これだと神様の奇跡ルートは使えない。でも、だ。この世界には必ず魔法を極めた人間や集団が居る筈。その人達を神だと崇めていく方針で行く……!
「……実はね、あの時とある人と通信していたんだ。……魔法を極めたとされる者とね」
「……つ、つまりあの時、ナターシャ様は現魔王様と通信なされていたのですか……!?」
ま、魔王が居るんだ……ナターシャは衝撃の事実に驚く。
しかし顔には出さずに話し続ける。
「……うん。その人に詠唱魔法を尋ねていたんだ。
どうすれば詠唱魔法だけで奴隷紋の解除が出来るのかって。
私はその人を魔法の神様だって思ってるから、神様と一緒にって言ったんだ」
「…………そうですね。当然です。魔法を使う者にとって現魔王様は憧れの存在。神様と思っても差し支えない存在ですね……」
まぁコッチはその魔王様が人かどうかすらも分からんけどね。
「……そしたら、神様が色々と教えてくれたんだ。代償の事、詠唱魔法とかをね。その人は特殊な文字で返答してくるから、昔は文字覚えるのが大変だったよ」
「……そうなのですか。……では、精霊魔法の時も同じように?」
きっとその時も魔道具を触っていたからそう思ったのだろう。
事実だけど事実じゃない。
「……いや、精霊魔法についての半分は自分で思いついたんだ。……信仰はお父さんやお姉ちゃんが剣士だから、もしかしたらそういう精霊も居るんじゃないかって元々思ってた。魔力はそう、ほんの少しだけ私の魔力で賄った」
「……では、膨大な魔力は何処から……」
クレフォリアが困惑の表情を浮かべる。
まぁ当然そうなるよねクレフォリアちゃん。
ここでスイッチをオンにする。
「……存在しないなら膨大な魔力が要る。でも違う。剣技の精霊は元々存在する為の依り代を探していた。既に世界には精霊を生成するだけの魔力が溜まっていたんだ。私は熾天使アーミラル様の告げるがまま、大気中の魔力を集めてそのコアを創っただけに過ぎない」
厨二病と言うデメリットをMAX大活用して言葉を紡ぐ。
驚いた表情をするクレフォリア。そして微笑んで話し出す。
「……何という奇跡でしょうか。ナターシャ様は天使様にも愛されておられるのですね……」
クレフォリアが愛おしそうにナターシャの頬に触れる。
ナターシャは若干困惑しつつも肯定する。
「……う、うん。神様と、熾天使アーミラル様のお陰だよ。神様は2回も魔法を教えてくれるし、教会に行って天使様にしっかり感謝の想いを伝えないとね」
ワザとらしくへへ、と笑う。
さぁどう返してくるクレフォリアちゃん。
赤城恵にはこれ以上の上手い説明は不可能だぞ……!
対するクレフォリアは再びナターシャにもたれ掛かり、言葉を話す。
「……そう、ですね。二人一緒に教会に行って感謝の祈りを捧げないといけませんね。……婚約の儀式のように」
クレフォリアがナターシャを見てニッコリ笑う。
ナターシャは口角が引き攣ってふへ、と変な声を漏らす。
こ、婚約の儀式のように祈るのはちょっと違うんじゃないかな?
……ま、まぁこの際気にしちゃだめだ。クレフォリアちゃんは少し大胆な子だからそういう言い回しが好きなんだという事にしておこう。ナターシャは話を続けるために言葉を投げかけていく。
「……色々あると思うけど、疑問とかは浮かばないの?」
「……いいえ、ナターシャ様がそう言うならばそれが真実です。私はどんな言葉だろうとナターシャ様の言葉を信じます」
キラキラとした瞳でナターシャを見つめるクレフォリア。
ナターシャは何も言えずとりあえず頭を撫でる。
クレフォリアは嬉しそうに目を閉じてその愛情を受け取っている。
……困ったな。
クレフォリアちゃんの好感度高いのは良いんだけどあんまりにも従順過ぎて逆に不安になってきた。後で利用されて裏切られたりしないかとか、吊り橋効果長すぎないかいコレとか思いつつナターシャは思考を整理する。
盗賊はスリープミストで無力化。可能かどうか聞かれたら強い霧を出したと言う。魔力の半分を持っていかれる程だったと。
クレフォリアちゃんに効かなかったのは、偶々荷台に霧が入り込まなかったからじゃないかと予測を立てる。というか他に理由を知らない。尋ねられたら逆にコッチが聞きたいくらいだ。
奴隷紋は魔道具を使って魔王様に魔法を教えて貰った事に。精霊魔法も同じく魔王様に……ってダメじゃん!
クレフォリアを撫でていた手の指がビシィ、と張りつめて凍り付く。
それ結果的に魔道具持ってるって両親に宣言しちゃうじゃねぇか!
こ、これじゃ言い訳にならねぇ! 何とか言い逃れる方法……スマホ……はお父さんに買ってもらった……って言ったから、そ、そうだ……!
お母さんに内緒にして欲しいから、スマホの事は知らない事にして欲しいという方向で……っ!
何とか道を開く為、ナターシャは少し俯きつつクレフォリアに話しかける。
「……く、クレフォリアちゃん、ちょっと良い?」
「……何でしょうか?」
ナターシャはクレフォリアを呼び耳元に顔を近づける。
流石にもう心臓バックバクだ。隠せないので少し乱暴にクレフォリアを抱きしめる。
「な、ナターシャ様……っ!?」
クレフォリアは驚いてナターシャの服をギュッと持つ。
「……ごめん、我慢出来なくって」
「……そう、ですのね。分かりました。……私もそのお気持ちを受け入れるつもりです。とても、嬉しい、です」
二人の少女は暫く抱き合う形になる。
互いの吐息が上気した感じになっているが少し興奮気味のクレフォリアに対して、ナターシャの心中は穏やかじゃないからこその荒い呼吸だ。ここからどう話を続けていくかという思考で満たされている。
……というかもしかしてこのハグって愛の告白に返答してないか俺。大丈夫なのか?と不意に思ったが、まぁいいやとそっち方面の思考を現在は放棄。
ナターシャは数度深呼吸してからクレフォリアの肩を掴んで離し、ほんの少しだけ距離を取ってから話し始める。勿論お父さんに聞こえないように小声でね。
「……実はね、お父さんに買ってもらった魔道具の事、お母さんには内緒にして欲しいんだ」
「……何故でしょうか?」
不思議だと言わんばかりの表情を浮かべてクレフォリアは首を傾ける。
「……お父さんがツテを通じて内緒で買ってくれた物だからね。お母さんにバレると怒られるから秘密にして欲しいって」
「……やはり、魔王様だから、ですか?」
クレフォリアは少し考えた上で不安そうな表情を浮かべながら質問してくる。
いやコッチだって分かんねぇよ! 逆に教えてくれよ!
「……詳しくはよく知らないんだ。でも秘密にして欲しいって。だから本当はクレフォリアちゃんに教えるのも駄目だったんだけど……」
ナターシャは少し落ち込んだ表情を見せる。
その顔を見たクレフォリアが同調した後、少し嬉しそうな顔を見せて頭を撫でてくれる。
「……だから話そうか戸惑ったのですか。お父様思いの優しいお方ですね、ナターシャ様は」
「……うん。でも言わないと駄目だって思ったんだ。クレフォリアちゃんは大事な人だもん。……だから、魔道具の事はお父さんにもお母さんにも秘密にして話さないといけないの。……手伝ってくれる?」
ここで漫画やアニメで死ぬほど見たあざとい表情を使う。日頃の経験がここで生きたか。
今の俺は美少女であるナターシャちゃんだ。きっと様になる。
クレフォリアもドキッとしたのか目を大きく開いてから、綺麗な笑顔で対応してくれる。
……心理描写が泥臭くて薄汚い? コッチはチートバレない為に必死なんだよ勘弁してくれ。
「……えぇ、構いません。ナターシャ様の為なら多少の嘘も方便です。お手伝いいたしましょう」
「……ありがとうっ」
そう言ってナターシャは笑顔でクレフォリアを再び抱きしめる。
クレフォリアもナターシャの頭を撫でながら私はいつでもナターシャ様の味方です、と言ってくれる。
そして赤城恵はクレフォリアの見えない所で顔を歪めてニヤリと笑う。
へ、へへ、計画通り……
割と深刻な状況です。ナターシャに然り執筆者に然り。
これも神の意志でしょう。おのれデウス・エクス・マキナ。




