ep0:『とある男奴隷商の末路』
うっすらと雪化粧が残るエルリックの街並みの中、路地から一人の男が現れる。
商人の風貌をした男は大通りを逃げていく。
「ハァ、ハァッ……――――」
背後からは西洋鎧を装着し、緑の防寒マントを羽織った騎士の一団が迫る。
『どこに行った!?』
『あそこだ! 逃がすな!』
『イクトルを捕らえろ!』
「ひぃ、ひぃぃ――――!」
商人風の男――奴隷商イクトルは必死の形相で逃げる。
左目にあった魔眼はとうに消え失せて、ただ一人の罪人になっていた。
残るは脚力のみだったが――――
『クソッ、地味に足が早い……!』
彼は意外と逃げ足が早かった。
すると一人の騎士が痺れを切らし、
『私が行く!』
『支部長!?』
マントを外し、ブレストプレート・腕の装甲を引きちぎって投げ捨て、スピードを上げた。
全力でイクトルに迫る。
「逃がすかァァ!」
「ひ、ひぃ――――」
「――ハァッ!」
「ぐへっ!」
騎士が猛然とタックルを仕掛け、イクトルを地面に押し倒した。
彼は白い金属の枷――魔封じの錠を掛けるべく、イクトルの背に乗る。
「もう逃げられん――」
「隷魔眼・再起動ォッ!」
「なっ!?」
しかしイクトルは真の奥の手を残していた。
魔眼の再起動。
一部の強力な魔眼に課せられた『一日一度』という使用制限を破るための邪法だ。
代償として視力と寿命が削られるが、一時的に魔眼の力を発動させられる。
「貴様、私から離れろ!」
「ぐうっ!?」
イクトルは血の涙が流れる左目――金色の魔眼で背後を睨む。
彼の魔眼は『見つめた者を奴隷化する』力を持っていた。
従属の悪魔が持つ瞳の力で、奴隷商会から抜けるためにヘカトリリスが捧げた能力だった。
運悪く目が合ってしまった背上の騎士は、都合のいい操り人形となってしまう。
「ぐ、ぐ、ぁ」
「私が逃げるまで時間を稼げ!」
「ぐッ――――」
『し、支部長……!』
操られた一騎士は、仲間へと刃を向け。
「――――ァァァァアアアアアッ!!!!」
ザンッ!
気合と共に奴隷化を破ってイクトルの首を切り落とした。
呆気に取られた顔が地面に転がり、残された体も数回ほど血を噴き出してから地面に倒れ伏す。
「ハァ、ハッ……!」
「し、支部長!」
騎士は膝を付く。
周囲には仲間も集まった。
「支部長、な、何が」
「――分からん。だが、悪魔曰く『善意』とのことだ」
「そんなことが……」
理由を聞いた彼らも、本人でさえも戸惑いを隠せない様子だ。
灰色に曇った空からはしんしんと雪が振り始める。
騎士は仰ぎ見て、少し嫌な予感がした。
斬首刑が執行された日に雪が降るのは、エルリックという街では凶兆とされていたからだ。
不安になったのか、イクトルの遺体を見た。
「ごきげんよう、諸君」
「!?」
そこには、一体の首無し女騎士が立っていた。
白銀の鎧と赤黒いマントを身にまとう女騎士の亡霊だった。
彼女はイクトルの体を肩に乗せ、首を大事そうに抱えていた。
この場にいた誰も気付けていなかった。
「そしてご苦労様」
「――ッ!?」
その一言を受け、エンシア騎士団は一瞬で臨戦態勢に入る。
剣を抜いて対峙し、包囲網を作らんとする。
遺体を取り戻すためだ。
最後に支部長が立ち上がり、エルリックの伝承に基づいた疑問を口から漏らした。
「ま、まさかお前、あの、銀雪の亡霊アンネリーゼ――――」
「ふはは」
デュラハンは軽く笑うと、存在しない口元に人差し指を当てた。
正体を語るつもりは無いらしい。
更に、戦う気も無かったようだ。
「ああそれと、残念だが戦う気は無い。君たちは必要じゃない」
「……そう言われて引き下がるとでも?」
「だが悪いが、この男の体と魂は私達が貰う。必要なんだ」
「返せ」
「断る。逃げさせてもらおう」
デュラハンが手を振るう。
すると緩やかだった天候が荒れ、猛吹雪が発生。
騎士団はあまりの風圧に顔を隠してしまい、相手が見れなくなった。
次に気がついた時にはデュラハンは遺体ごと消えていて、赤黒い血痕だけが地面に残されていた。
「し、支部長! 一体何が起こっているんですか!?」
一人の新米騎士が状況を飲み込めずに叫んだ。
一騎士は諦めたようにため息をつくと、淡々と答える。
「イクトルは不死の軍勢・三帝が一人、銀雪の亡霊アンネリーゼによってさらわれた」
「ど、どうなるのですか?」
「この世界は再び、勇者によって封印されし闇の眷属――不死の軍勢に脅かされることになる」
「そ、そんな……!?」
彼の仲間たちは後ずさる。
騎士は周囲を優しくなだめると、事後処理と撤退指揮を開始した。
ここでの出来事は騎士団上層部に連絡し、判断を仰ぐ他しか無いのだ。
今の彼らに出来るのはそれしか無かった。
「運命とは残酷だな……」
イクトルは死んだ。
確かに死んだ。
しかし、彼の意思は。野望は。
世界を制服しようとする執念は、まだ止まらないだろう。
何故なら、不死の軍勢は死者をアンデッドにする術に長けた勢力。
いずれはイクトルもアンデッドとして復活し、再び世界を手に入れんと。
自身を殺し、陥れた者に復讐をするだろう。
今度こそ手段など選ばすに。
「だが、だからといって。諦めることは出来んのだ」
一騎士――支部長は、雪が降りしきる空を眺めながら、未来に控える死闘を予測し。
せめて後釜となりうる人材を探そうと。
今よりも強くなろうと、そう願った。
待たせたな。(CV:大塚明夫)
このあとがきを見ているということは、相当な物好きさんなのかな、なんて。
エクスペルの続編は新作として投稿する予定です。
この文章を書いているのが5月10日ですので、少し時間に余裕を取って、5月20日辺りを目安に新作を公開します。
もう少しだけ、ナターシャたちが綴る物語にお付き合いいただけると嬉しいです。
では、また会いましょう。
これからしばらくよろしくね。
追伸:続編のページを公開しました。
第一話はまだですが、良かったら覗いてみて下さい。
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