260 咎人行進曲《ブラック・パレード》
クーゲルの発言でその場は静かになった。
オークキングがぽつりと漏らす。
「セメテモノ慈悲トシテ、我ガ処刑斧ヲ、振ルウ予定ダッタガ」
「――だけど、ウィローはそれを拒否した。死にたくないからだ」
「ソウダナ……」
キングは黙り込む。
次はローワンが口を開いた。
「長よ、ウィローは逃亡によって我々の法律を――法廷を侮辱しました。どうか、慈悲無きご決断を」
「ウム……」
キングは少しだけ黙考し、処刑を他者に一任する覚悟を決めた。
「……クリスタリア・クーゲル。旧宰相ウィローヲ処刑シ、ソノ首ヲ持チ帰レ。手段ハ問ワヌ」
「任せろ」
許可を得た途端、彼女の姿が消え、一つの薬莢が床に落ちる音だけが響いた。
◇
暗くて見通しの悪い森の中を、一匹のオークが駆けていく。
彼の背後からは、常に聞こえ知らぬ歌声が聞こえる。
少しづつ忍び寄って来る。
『Wer reitet so spät durch Nacht und Wind?
Es ist der orc-druide willow;
Er hat den schatz wohl in dem Arm,
Er faßt ihn sicher, er hält ihn warm.』
夜の風をきり馬で駆け行くのは誰だ?
それはオークドルイドのウィロー
彼は財宝を腕にかかえ、
しっかりと抱いて温めている
ガオォ――ン……
重い銃撃音が響く。
一発の銃弾が顔の横を通過し、頬を揺らす。
「ひっ!?」
追手が来た。
それもあの人間だ。
理解した瞬間、耳元で声がした。
「一発目」
「ひぃぃぃぃっ!」
彼はなりふり構わず森の中を逃げていった。
『"Mein Sohn, was birgst du so bang dein Gesicht?"
"Siehst, Vater, du den Schütz nicht?
Den Freischütz mit Zauberkugel und Muskete?"
"Mein Sohn, es ist ein Nebelstreif."』
私の息子よ、何を恐れて顔を隠す?
お父さんには射撃手が見えないの?
魔弾とマスケット銃をもった魔弾の射手が
息子よ、あれはただの霧だよ
ガオォ――ン……
二度目の射撃音が鳴る。
太ももの近くを掠め、地面を穿つ。
「二発目」
「ひっ、ひぃぃっ……!」
『"Du liebes willow, komm, geh mit mir!
Gar schöne Spiele spiel ich mit dir;
Manch Cluster-Amaryllis sind an dem Strand,
Meine Mutter hat manch gülden Grabtuch."』
『可愛いウィローや、私と一緒においで
楽しく遊ぼう
キレイな彼岸花も咲いて
黄金の聖骸布もたくさんある』
森を抜けて、草原に出た。
すると、目の前に赤い花畑が現れる。
黄金の司祭服を纏った女性のような何かが現れて、彼を誘う。
「あ、あぁ……!」
彼が契約した魔の聖母、キムラヌートだった。
契約に基づいて彼を救済しようと言うのだ。
『"Mein Vater, mein Vater, und hörst du nicht,
Was Freischütz mir leise verspricht?"
"Sei ruhig, bleibe ruhig, mein Kind;
In dürren Blättern säuselt der Wind."』
お父さん、お父さん!
魔弾の射手のささやきが聞こえないの?
落ち着くんだ坊や
枯葉が風で揺れているだけだよ
ガガォ――――ン――
今度は二連射。
ウィローのこめかみと脇腹を掠め、悪魔の母を撃ち殺し、彼岸を焦土に変えた。
「三発目、四発目」
「ひぃ!? だ、誰か助け――」
『"Willst, kluge Ork, du mit mir gehn?
Meine Begleiter sollen dich warten schön;
Meine Begleiter führen den nächtlichen Reihn
Und wiegen und tanzen und singen dich ein,
Sie wiegen und tanzen und singen dich ein."』
『賢いオークよ、私と一緒においで
私の仲間が君の面倒を見よう
歌や踊りも披露させよう』
次に現れたのは貴族風の男性――エーイーリーという悪魔だった。
ウィローの賢さを見込んで割り込んできたのだ。
悪魔の背後には、壮健強固な兵団と美麗な都市が存在していた。
「――あぁ、助かっ――――」
『"Mein Vater, mein Vater, und siehst du nicht dort
Freischütz am düstern Ort?"
"Mein Sohn, mein Sohn, ich seh es genau,
Es scheinen die alten Weiden so grau."』
お父さん、お父さん!
あれが見えないの?
暗がりにいる魔弾の射手が!
息子よ、確かに見えるよ
あれは灰色の古い柳だ
――パァン!
背後で――至近距離で銃撃音が鳴る。
頬を掠めたそれは、悪魔の心臓を撃ち抜いて殺した。
「五発目」
「――ひ、ひ、ひぃ、ぃぃ……っ!」
恐怖で尻もちを付き、じわ、と股座から暖かいものが漏れる。
「もう逃げられないな、ウィロー」
怯えた彼が振り向くと、銃を構えた魔弾の射手と――
「ひ、ひぃ――じゅ、従属の悪魔……!?」
――黒いスーツ姿の従属の悪魔――アンドロマリウスが立っていた。
「ど、どういう事です……ッ!? 従属の悪魔は自身の空間から出られない筈――」
ウィローが言い切る前に、従属の悪魔は彼の頬を両手で包むと、ニッコリと、心から嬉しそうに笑った。
「"Ich liebe dich, mich reizt deine entkommen Gestalt,
Und bist du nicht willig, so brauch ich Gewalt."」
「へっ……?」
キョトンとしていると、悪魔は統一言語に翻訳し直した。
「お前が大好きだ。逃げるその姿が。
いやがるのなら、力ずくで連れて行くぞ」
「ひっ!? やだ、やめっ、嫌だ、嫌だ死にたく―――――――!?」
慌てて逃げようとしたが、謎の壁に阻まれて逃げられない。
従属の悪魔の力だ。
咎人を捕らえる次元の檻だ。
彼は既に捕らえられていた。
「殺せ、レラジェ」
「あいよ」
「――い、嫌だ、やめてくれ……!」
指示を受けたクーゲルは一発の銃弾――黒い金属製のライフル弾を創造した。
彼女はマスケット銃に装填すると、ウィローに狙いを定めた。
しかし――
「――や、止めて下さい……! 殺さないで、お願い、お願いします……! は、反省します、しますから……! もう二度と、このような事は起こしませんから……! お願いします……ッ! この通りです……ッ!」
――もう逃げられないと悟った彼は、その場に跪き、両手を組んで涙ぐみながら懇願した。
情に訴えて罪悪感を生み出し、何とか逃れようという策略だった。
「……なるほど」
従属の悪魔が口を開く。
「では、ウィロー。奴隷商の誓約を言ってみろ」
「よ、“欲に負け、罪なき者を奴隷にしてはならず”……!」
「そうだ。お前は私が決めた誓約を破った。万死に値する」
「そ、そんな……やだ、あぁ、そんな……!」
悪魔との契約は絶対だ。
破ると言う事はつまり、悪魔が全力で殺しに来るのだ。
そこに情けや容赦はない。
ただあるのは、これから殺される者の魂の奪い合いだけ。
彼らを助けに来た悪魔も、ただ横取りを狙っただけなのだ。
「もう良いか?」
「いつでも良い」
「はぁ……」
クーゲルは面倒そうにため息を付くと、ようやく引き金を引いた。
「後は地獄で償いな……――」
ズガァンッ――――
「あ――――」
ウィローの額に赤い穴が開く。
後頭部から血が噴き出す。
「――六発目、“咎人行進曲”」
すると、彼の周囲に沢山の白い彼岸花――咎人草が咲き誇った。
更に飛び散った血によって、白いお花畑に赤い十字架が描かれた。
「あ、ぁ――――」
そのまま後ろに倒れ込んだ彼の顔は、全ての欲が無くなり、悟りを開いたように幸せそうだった。
「死こそ咎人の救済たれ」
従属の悪魔、アンドロマリウスは最後にそう呟いた。
◇
ウィローの首を斬り落としてずた袋に入れると、残された身体は灰になって崩れた。
このまま咎人草の養分になるだろう。
クーゲルはそのまま去ろうとするが、従属の悪魔が金貨袋を差し出す。
「凶弾の悪魔、今回の報酬だ」
「悪魔の金貨なんぞ要らん。使い道がない」
「ならば預かっておこう、必要に応じて受け取りに来い」
「はぁー……」
クーゲルはとても面倒そうに肩を落とした。
何を隠そう彼女、百年前の戦で、魔弾の射手として使い潰される人生を全うした事で、その狂気にも等しい献身ぶりを地獄の主に認められ、空席だった狩人の悪魔――名を変えて凶弾の悪魔に宛がわれたのだ。
本人は拒否したのだが、それが逆に気に入られる要員にもなっていた。
「何が不満だ?」
「……別に」
しかも悪魔に変質させられた際、元は緑だった髪が黒く変色してしまった。
元の髪色を気に入っていた訳ではないが、『悪魔になった』と実感させられるのが嫌なのだ。
更に、先ほどから好意的な従属の悪魔――アンドロマリウスは、彼女の後見人として活動する場合のみ、現世への帰還を許された。
時は満ちた、世界に満ちる罪人の魂を回収せよ、との通達が地獄の主から出されたからだ。
「あぁ、そうだ。お前の仕事はこれから沢山増えるだろう、資金が必要ならすぐに言え」
「……」
世界を蝕んでいた三巨悪が完全に消滅し、輪廻の輪が正常に戻った事で、天界の天使と魂を奪い合う必要が無くなったから、という事情もある。
だがクーゲルは、前世の因縁から悪魔が大嫌いだった。
「では元の場所に戻る。次の依頼を待て」
「一昨日きやがれ」
従属の悪魔は存在が揺らぐようにして、その場から消失した。
残された彼女は、頭を掻いて考えを吹っ切ると、血の滴る袋をぶら下げたまま、オークの里へと歩を進めた。
予定外ですがもう一話追加します。
それで今度こそ完結。
今日の18時くらいに見れる予定。




