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256 EXTRA_STAGE 《エキストラ・ステージ》

 それは丁度、クーゲル帰還後に始まるであろう怪獣撮影会に向けて、序盤の撮影位置ロケーションを決めていた時の事だった。


「んー下から煽るべきか、それとも序盤のエモさを優先して、朝日をバックに全体像を映すべきか――――……ん?」


 樹海と化した秘密工房付近を飛んでいると、遠くの方――フミノキース方面の空が赤く染まり始めた。

 定期的にピカピカと発光していて、何やら不穏な雰囲気だ。


「何だろう?」


 そのまま眺めていると突如――パッ、と南方が白く染まって、大きなキノコ雲が発生した。

 その百秒後にはドォォ――ン……という爆発音が遅れてやって来た。


「……え? えっ?」


 思わず目をぱちくりさせるナターシャ。

 何かの冗談では?と思ったが、足元からの声でそうじゃないと気付いた。


『――我が盟主マイロード! どうか私と共に出撃の準備を!』

「リズール!? な、一体何が――」


 声の主はリズールだった。

 幻想結界は既に切っていて、隔離していた五千もの敵主力は、物理的に拘束した上でローワン達に判断を委ねた。

 彼女はナターシャと同じ高さまで浮かび上がると、とても緊張した表情でこう言った。


『それは移動中にお伝えします! とにかくこのままフミノキースへと向かって下さい!』

「う、うん分かった! リズールも乗って!」

『はい!』


 ナターシャはリズールを後部に乗せて、フミノキースへと急いだ。

 距離にして三十~四十キロを、白い箒星が駆け抜けていく。





 移動中にリズールから話を聞いたが、“フミノキースが第二の戦場になっている”というウィローの発言は本当だったようだ。ただ、戦争が始まった理由は彼女にも分からないらしい。


「――でも、どうして戦争してるって分かったの?」

『工房地下の魔力波探知器が南方での戦略級大魔法を感知し、大きな警告音を鳴らし始めましたので、そう判断した次第です』

「な、なるほど」


 とっても現代戦な理由だった。


『――! 我が盟主マイロード、フミノキースに到着します。衝撃的だと思いますが正気を保って下さい』

「う、うん」


 そうこう言っている内にフミノキースの原野が見えていたが、端的に言って()()だった。


 そこは、爆炎と閃光が撒き散らされる大戦禍の地。

 防衛側である城壁都市――フミノキースは城門の鉄柵を降ろして、完全に籠城の姿勢だ。

 その東の草原には謎の空間異常が発生していて、そこからはひっきりなしにゾンビの軍勢が出現し、城門目掛けて突き進んでいる。数にして数十――いや、百万。


 城壁側から放たれる爆炎魔法の弾幕によってまだ辿り着けていないが、それも時間の問題だろうと思った。


「う、嘘でしょ……!?」


 ナターシャは思わずそう呟いた。

 ビビって前進を止め、その場に滞空し始める。


我が盟主マイロード、このまま少々お待ちください』

「りょ、りょうかい」


 その間に、背後のリズールは灯魔法を使用して、城壁側に向かって何らかの発光信号を送った。

 すると城壁側も返答らしき信号を返してきた。


 リズールと城壁側は何度か会話した後、相手が青の光を出して会話が終わった。


『これでフミノキース内に入れます。背後――西方から内部に侵入しましょう』

「分かった」


 ナターシャは進行方向を変えて、フミノキースをぐるっと回り、西方にある城門の上に一時着陸した。

 そこには数人のスタッツ国軍参謀の他に、クレフォリアちゃんとその護衛部隊が待っていた。


「あぁっ……な、ナターシャさまぁぁ~~~~!」

「クレフォリアちゃん!?」


 恐怖を押し殺していた金髪のお姫様は、上空からやって来た銀髪の魔女っ娘を見た途端、その服装の変わりようにびっくりしたようが、すぐに涙を浮かべながら駆け寄ってきた。

 ナターシャはクレフォリアを受け止めて、胸の内で慰めた。


「うぅ、とっても怖かったですわぁ~~……!」

「よしよし……」


 そうしていると、一人の騎士が近付いて来て、ナターシャに話しかけてきた。


「――こんばんはナターシャ様、護衛隊長のウォルターです。ご無事で何よりで御座います」

「あ、はい、こんばんは。えっと……ここで何があったのか教えて貰えますか?」

「分かりました。少し長くなりますので――まずは簡単に言っておきます。この戦争は“事故”です」

「じ、事故?」

「はい、実は――――」


 そこからは護衛騎士による経緯の説明が始まった。

 まず最初に、クレフォリアちゃんがユーシア騎士団長と共に軍部に乗り込んだ事から話が始まる。

 アポイントを取っていなかったので慌てた様子の一般兵に止められたが、この小さなお姫様はエンシア王家の威光でゴリ押しして、グレオリオン元帥の執務室まで強硬突破したらしい。


「な、なるほど……?」

「そうなんです、するとそこでは――――」


 すると執務室内では、グレオリオン元帥とアルベール奴隷商会の長、アルベールが会談していた。

 元帥の傍には一人の少女――クレフォリアちゃんの知り合いであり、ガーネット公爵家の本流の血を受け継いでいる赤髪の女の子“エリオリーナ”が居て、今まさに彼女を奴隷化しようとしていた場面だった。

 それを見たクレフォリアとユーシア団長は激昂し、軍部での大戦闘が開始したらしい。


「ほ、ほう……?」

「そしたらですね――――」


 グレオリオン元帥とアルベールは当然ながら逃亡を図った。

 その際、エリオリーナの父であり、既に奴隷化していたガリオリウス魔導隊長を操って、“十傑作”と呼ばれる戦略級ゴーレム三体をその場に召喚させたようだ。

 しかしユーシア団長の圧倒的な剣技と、クレフォリアが熾天使から授かった精霊魔法“召喚(サモン)騎士精霊ソーヴァント・シルフィース”によって無事に討滅し、エンシア王家だけが持つ“王家の恩赦”というスキルで魔導隊長の奴隷化を解除した――とかなんとか。


「へ、へぇ……」

「するとですね――――」


 敗北を悟ったグレオリオンとアルベールだったが、そこでようやくアルベールが動いた。

 彼は逃亡までの時間稼ぎとして、東の草原にある“魔力溜まり生成装置”を暴走させたのだ。

 その途端、東の草原に空間異常が発生し、ゾンビが大量発生するようになって今に至るらしい。

 どうやらアルベールが装置に何らかの工作をしていたようだ。


 アルベールはその場で捕縛出来たようだが、グレオリオンは取り逃がしてしまったらしく、ユーシア団長とその近衛兵が後を追っているらしい。


 ――因みに。

 エンシア国家騎士団は名前の通り、“国家”の枠組みを超えた犯罪者追跡も行っているので、スタッツ国内でも活動出来るのだ。これは昔から知ってた。


「――まぁ、逮捕は時間の問題でしょう。本気のユーシア団長から逃げられるのは副団長くらいですから」

「な、なるほどー……」


 ナターシャは胸中の少女を撫でつつも、ちょっと困った声音で聞いた。


「ね、ねぇクレフォリアちゃん……」

「うぅぅ、分かっています……少し王家の威光を使い過ぎました……」

「うんそうだね……」


 反省してるみたいだし、可愛いからまぁ良いか……

 可愛いは全てを許すのだ……


『――おおよその事情は分かりました。戦況はどうですか?』


 すると、沈黙していたリズールが言葉を発した。

 その質問にはスタッツ国軍参謀が対応してくれたが、どうやらこのままではジリ貧らしい。

 ここで情報を開示するのも、藁をも掴みたい状況だからだそうだ。


 戦況を打破するには、魔力溜まり生成装置を無力化するしかないが、装置は“イクトル”とかいう奴隷商の命令が無いと解除コードを受け付けないように仕組まれていたらしい。

 現在、エンシア北方のエルリックという街にて、イクトル捕獲作戦が決行されているそうだ。

 タイムリミットは三時間。朝日が昇るまで。


 しかし参謀が言うには、それまで耐えきれない可能性の方が高いらしい。

 元帥が逃亡し、魔導隊長――軍部を実際に指揮する人が魔力切れで昏睡してしまったスタッツ国軍は、もはや烏合の衆に近いようで、早くて一時間、持ち堪えられても二時間が良い所かもしれないとの事。


 なので次なる手として、地中に埋められた魔力溜まり生成装置を物理的に破壊してしまう方法が取られたが、アダマンタイト製の装置は生半可な攻撃では破壊出来ず、少し前に一人で前線へと向かった赤髪の少女、エリオリーナが極唱魔法(エクスペル)という大魔法を発動した物の、それでも完全には止められなかったそうだ。


「なるほど……」


 つまり魔力溜まり生成装置って奴をぶっ壊せば良いんだな?

 作戦目標を完全に理解したナターシャは、真っ先にこう質問した。


「ねぇ兵士さん、極唱魔法エクスペルを後何発放てば装置を止められる?」

「け、計算上は後一発ですが――」

「そうですか、分かりました」


 ナターシャはクレフォリアの肩を掴んで、ゆっくりと身体から離すと、相手の表情を伺いながら言った。


「クレフォリアちゃん、ちょっと戦争を――」

「イヤですっ! 私もついて行きますっ!」

「――だ、大丈夫?」

「大丈夫じゃないんですっ! ナターシャ様が居ないと怖いんです――っ!」


 な、なるほど……

 少し戸惑っていると、リズールが助け船を出してくれた。


『護衛騎士のウォルター様、クレフォリア様と共に同行して貰えますか?』

「あぁ構わない。我々にもエリオリーナ公爵令嬢を匿うという任務があるからな」

『ありがとうございます。では皆様、早速向かいましょう。――参謀様、案内をお願いします』

「え? あっ、わ、分かりました! コチラです!」


 その場の空気に飲まれたのか、スタッツ国軍の参謀さんはナターシャ達を前線へと案内した。

 街を取り囲む城壁の上を右回りに通って、東の最前線へと進む。



 前線では苛烈な絨毯爆撃が繰り広げられていたが、いざ近付いてみると――


「クソッ、死ねッ! 死ねェッ!」

「お、俺達の街に近付くなァァァッ!」


 ――半狂乱状態で魔法を放っている兵士が多く、悲観的に見られても仕方ないかも、と思った。

 あれかな、SAN値チェックに失敗したんだろうか?


「……い、居ました! エリオリーナ様です!」

「「「――!」」」


 参謀さんがそう叫ぶと、道半ばでへたり込み、すすり泣いている緋色の髪の少女――エリオリーナを見つけた。

 自分と同年代らしきその少女は、ボロボロの布切れのようなワンピースを着ていて、足には何も履いていなかった。綺麗な髪もぼさぼさで、体つきはとても貧相だった。


「うぇっぐ……まりょぐが、もうないの……ひぐっ……ぐすっ……ごめん、なざい……」

「あ、あれが……!?」


 本当に奴隷化されかけていたのか、と改めて理解したナターシャは、少女の元へと急いで駆け寄った。

 その後ろにはクレフォリアとリズール、その他の面子が続く。


「ごめん、なざい、おどうざま……やぐに、ただないこで、ごめんなさ……ッ――」

「――――ッ!」


 銀髪の魔女はそれ以上言わせまいと動いた。

 即座にマントを外すと、エリオリーナを包み込んだのだ。

 そのままギュッと包み込んで、相手の頭を撫でながら優しく呟いた。


「もう大丈夫だよ、大丈夫」

「ふえ……?」


 突然、人の温もりを感じたエリオリーナは、自分の事を撫でてくれる相手に問いかけた。


「だれ……?」

「君を助けに来た人さ。後は任せて」

「え……? うわ……っ」


 少女を軽く抱き上げたナターシャは、後ろを向いてリズールに預けた。


「リズール、この子に怪我が無いか見て」

『分かりました』

「ふぁ……」


 リズールがマントに包まれたエリオリーナを受け取ると、簡易診断を始めた。

 ナターシャはその後、戦場の方を向いて大きく深呼吸をした。


「――ふぅ、さて……」

「ナターシャ様、どのような極唱魔法(エクスペル)を……?」

「ん……まぁ、うん。エリオリーナちゃんが使った奴かな」


 クレフォリアに尋ねられたナターシャは、何となくそう答えた。


「では詠唱は――」

「大丈夫、何となく分かるんだ。だからクレフォリアちゃん、安心して見てて」

「――わ、分かりました……!」


 そう言われたので、クレフォリアは引き下がった。

 心から信じると決めているからだ。


「すぅ――――」


 ナターシャは再び深呼吸すると、最後にこう呟いた。


「――ふぅ、じゃあ皆、危ないから少しだけ離れてて。ちょっと本気出すから」

『分かりました。――では皆様、危険ですので我が盟主マイロードから離れて下さい』

「了解した。クレフォリア様、下がりましょう」

「は、はい……」


 クレフォリアは護衛騎士に手を引かれながら、ナターシャの傍を離れた。

 魔王候補はそんな少女に軽く手を振って元気付けると、まず最初の封印を解いた。


「“終式拘束開放――我が封印を解き放つ――”……」


 すると、終式封印の真の効果――累積強化が発動する。

 左腕に巻かれた包帯が指の先からボロボロと焼け散っていき、金色の光を宿した左手へと姿を変えた。

 ナターシャはその手で右眼の眼帯を掴むと、そのまま勢いよく引き千切った。


 その瞬間――――金色の光がそのまま右眼へと移動し、蒼い瞳を金色へと変貌させた。


「魔眼――“因果観測眼(ラプラス・アイ)”開放……続いて――――」


 ――我が組織、暗黒の月曜日(ブラック・マンデー)の根城をこの地に出現させる。

 そのためのヒントは、覚醒した事によって既に得ていた。




「“未来は我が手中に有り――”」




 詠唱が始まり、大気が揺れる。

 夜空には、双子の半月を背景にして巨大な金色の瞳――魔眼、因果観測眼(ラプラス・アイ)”が開眼した。

 その魔眼は、眼下で怯える無辜なる民には救済の未来を、敵には終焉の結末を、フラッシュバックしたかのように見せつけていく。

 狂乱の坩堝にあったスタッツ国軍の兵士や予備役の人々は、突如として見えた未来に驚き、はたと攻撃を止めて空を見上げた。




「“過去は我が魂に在り――”」




 続いての詠唱で、少女の背中から黒い何か――コートのような物が現れた。

 それは背後に向かって伸びていき、あっという間にフミノキース全体を覆い尽くした。

 街の中で未だに怯えている人々を優しく包み込んだのだ。



「ククク……」



 ナターシャは右手の中指と人差し指で魔眼の周囲を抑えると、敢えて見せつけながら最後の詠唱を述べた。




「“故に、我が組織は現在(いま)に或る――永久に残れ、我が闇の組織よ。暗黒の月曜日(ブラックマンデー)”」




 二つ名を言い終わると同時に魔法が発動した。

 黒い幕から影の巨塔――巨大なビルのような建造物が突き出してきて、フミノキースの上に聳え立ったのだ。

 それは――ナターシャが創り上げた秘密結社、暗黒の月曜日(ブラックマンデー)という概念そのもの。

 全てを守り抜くために創り上げた中二病設定の集大成であり、隠されたダアトだった。



「……なるほど、こういう感じになるのか」



 そしてこの状況下において、ナターシャという少女は真に最強となる。

 組織の長モードに切り替えた少女は、背後の巨塔に一息で飛び乗ると、眼下に迫るゾンビの軍勢を睨み付けた。




「――では、最後の仕上げと参ろう。我が才にひれ伏せゾンビ共……」




 取り出したるは銀縁眼鏡。

 少女はそれを杖に変え、魔法の言葉を口ずさむ。

次話は12月30日。一応の最終回。

朝8時にポン、と出ます。

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