255 年末大将戦 結句 【年末大将戦 - 戦争終結】/ 終句【…?】
「フンッ、何が“最後の戦い”だッ!」
王の背後に隠れているウィローは、相手を馬鹿にするような口調で叫んだ。
「たかが二人で何が出来ると――――」
「では刮目なされよ――シバ、いざ征かんッ!」
「ハイ!」
「――――はぁ!?」
しかし、彼が言い切る前に斬鬼丸とシバが先陣を切った。
構えはそのままに、近衛兵達に向かって駆け寄る。
「「ウォォ――――ッ!!!」」
「正気ですかぁ――ッ!?」
宰相ウィロー渾身の叫びだった。
何故、二人で攻撃を仕掛けるのか、彼には一切理解出来なかったのだ。
ここはどう考えても数で囲んでくる場面だろうに、どうして、という考えが彼の脳裏を占めていた。
だが、敢えてそうした理由は斬鬼丸の二手によって判明した。
『ク、クルゾ――』
「失礼ッ」
『ナニィィ……!?』
銀の甲冑騎士は、シバを後方に残したまま一瞬で距離を詰めると、
「六の太刀、“旋閃”」
『ギャアアア――――……ッ!』
……一瞬千撃。
自己流剣技を使用して、近衛兵三十人を瞬く間に戦闘不能にした。
王の足元でドサドサ、と崩れ落ちていく。
「……は?」
「ふぅ――」
近衛兵はブレストプレートこそ切り裂かれた物の、一切の怪我は無かった。
二刀を振った騎士は、王を睨みながら構えた。
「――残るは大将だけでありますな」
「はぁぁ――――ッ!?」
またしても、ウィロー渾身の絶叫が夜の森に響く。
「バ、馬鹿な……!?」
(なっ、い、一体、目の前の騎士は何をしたと言うんですか……!? どうやって三十人もの近衛兵を無力化した!? 私には、剣と斧を振りかぶった瞬間しか見えなかった……!)
「――父ヨ! オ覚悟ォォ――――!」
「……なっ!?」
彼が狼狽している内に、斬鬼丸の背後から駆けてきたシバが、最後の一撃を加えるべく動いた。
シバは斬鬼丸の背中を台にして高く跳躍すると、一つの剣技を使用した。
「――“不殺太刀”!」
「グ……!?」
シバの黒刀に青い光が宿る。
刀は真っ直ぐに彼の父――オークキングに迫ると、
「御免!」
ザンッ――――
「ウグォォ……!?」
そのまま袈裟に斬り伏せた。
「グ、グゥ……!」
「ひぃっ!?」
オークキングはそのまま跪くが、不思議な事にどこも斬られていなかった。
しかし大ダメージを受けたのは間違いないようで、これ以上の戦闘は不可能だ、と周囲に理解させた。
「――フゥ……」
「き、貴様らッ! 私の兵士と王に一体何をした!?」
慌てたウィローは思わず叫び散らした。
「ン?」
「何とは?」
「な、何をしたと聞いているんですよ!」
『うぉお――――』
「……んん!?」
だが、答えが返ってくる事は無かった。
上空から白い彗星――ナターシャがやって来たのだ。
「間に合った――――!」
「今度は何ですかぁぁ――――!?」
小麦パンを片手に持った箒乗りの少女は、跪いているオークキングに即座に近付いて、
「良くやったぞ皆! 後は任せろ!」
「「「ハイ!」」」
「な、何――――」
「“詠唱破棄”――“隷従証解放”!!」
パンを代償に、問答無用で奴隷化解除魔法を使用した。
オークキングを中心にして出来た魔法陣が白く輝いて、そのあまりの眩しさに、少女はギュッと目を瞑る。
さぁ、悪魔との取引の時間だ――――
◇
「――認める」
「え?」
次に気が付いた時には、目の前の悪魔にそう言われた。
テーブル前に座らされていたのは相変わらずだし、周囲は真っ暗だったが、まぁ、うん。
「は、話が早くて助かります。それで――」
「贄も要らん。亜人奴隷に取引するほどの価値は無い」
「――え?」
予想外の言動が続く。
ナターシャが『どうして?』という表情でキョトンとしていると、従属の悪魔は笑顔になった。
「私が要らないと言っているんだ。表情で問いかけるな。――それとも、悪魔の思惑や思想をわざわざ口頭で聞きたいのか? 大事な熾天使との縁を切ってまで、私の眷属に加わりたいとでも言うのかね?」
「ご、ごめんなさい……」
なんか怒られたので素直に謝った。パワハラ怖い……
従属の悪魔は『それでいい』と言うと、指を鳴らしてナターシャを現世に返した。
その際、彼の口が何かを言っていた。
「おめでとう――――」
◇
「――ハッ」
次の瞬間には元の世界に戻っていた。
魔法陣が消えていくドンピシャの場面で、そのまま前を向くと、目の前のオークキングの瞳に光が戻った。
彼は自分の手を見つめると、何度も握って確かめていた。
「オ、オォ……? コレハ……!?」
「はぁッ!? ば、馬鹿な!? どうして王の奴隷化が……!?」
衝撃を受けたウィローは、脚を震わせながら後退った。
そんな彼にシバが返答した。
「――何ヲ驚イテイル。奴隷化魔法ガ有ルナラ、解除スル魔法ガ有ルノモ当然ダロウ」
「ばっ、馬鹿な……!」
ウィローはまたしても驚いた。
「馬鹿なッ、馬鹿な馬鹿な馬鹿な……ッ! そ、そんなッ、詠唱魔法だけで奴隷化を解除出来る訳が……ッ!」
「――それがあるんだよ。こんなナリだが、生憎と魔王候補なモンでね」
「なッ……何だとォォォォ――――ッッ!?」
ナターシャにカミングアウトされた彼は、また数歩ほど後退って、遂に陣幕の傍まで辿り着いた。
「ま、魔王候補……!? なっ、何でそんなのが、こんな、場所……――ッ!?」
その時、たまたま幕に手が触れて“この瞬間しかない”と感じた彼は、
「――ふふ……くっふ、くふふふ……」
「え?」
「はーはっはっはっはっは……!」
『――!?』
何故か笑い始めた。先遣隊に動揺が走る。
彼が再び前を向いた時には、とても嫌味ったらしく聞こえる口調で話し出した。
「……いやぁ、まさかまさかですねぇ! ローワンめ、まさか私に勝つためだけに魔王候補と手を組むとは! いやはや、道理で敵が強いと思った! ここで私が勝てないのも当然でしょうねぇ……! あっははははは……!」
「――何が可笑しい。お前は負けたんだぞウィロー」
先遣隊を引き連れて、オークキングの元まで来たクーゲルが目を細めながら聞くと、ウィローは強きに返した。
「ははは、まだ分からんかこの愚か者どもめッ! 私が単独で――この地域だけで戦争していたとでも思っていたんですかぁっ!?」
「……なんだと?」
『ドウイウ意味ダ……!?』
『ナ、何ダッテ……!?』
はてなマークが浮かぶナターシャとシバ、怪しむクーゲルと斬鬼丸、ざわつく先遣隊。
ウィローはニヤリと笑うと、こう言い放った。
「ふふ……良い事を教えてあげましょう。貴方達はテスタ村を守り抜いたようですが、その奥――スタッツ国の首都、フミノキースで何が起こっているか知らないでしょう?」
「お前……お前、何を言っている……?」
クーゲルがそう発言した瞬間、彼は楽し気に語った。
「なんだ、知らないのか馬鹿どもめ! ならば教えてやる! 今のあそこはねぇ……第二の戦場になっているんですよぉ……ッ! 私に隷属魔法を教えた奴隷商達が、この国を乗っ取ろうとしてねぇッ!」
『ナ、何ダッテェェ――――ッ!?』
先遣隊の面々は思わず叫んだ。
しかし、クーゲルは冷静に対処した。
「……意味不明な揺さ振りを仕掛けるな。真実かどうかも分からない事を言うな。まずは跪いて投降しろ」
彼女はマスケット銃で地面をスッと指し示して誘導しつつ、ウィローを強く睨んだ。
彼は言われた通りに跪いたが、敢えてこう言ってのけた。
「私の言葉が嘘か誠かどうかは、実際に確かめないと分かりませんよねぇ? ……まぁ少なくとも、私が裏で奴隷商と繋がっていたのは事実です。そして、彼らが国を乗っ取ろうと画策しているのも事実……あぁ、何なら彼らの組織名も出しましょうか?」
「……何だと?」
「ええと、最初に接触してきたのは一番下っ端の、ムーラという街を仕切っている“フェリドール奴隷管理組合”で、その大元はスタッツ国元帥グレオリオンが懇意にしている“アルベール奴隷商会”という組織なのですが――」
「待て」
「――おや、何ですか?」
しかしクーゲルが発言を止めさせた。
彼女は照準を彼に定めながらも、冷静にこう尋ねた。
「ウィロー貴様、ここでそれを語ってどうするつもりだ。まさか“情報提供を引き換えに生かせ、処刑を取りやめろ”とでも言うのか?」
「ふふふ、よくお分かりじゃないですか……!」
遂に食いついた、と判断したウィローは、ようやく本題を切り出した。
「――そうです。情報を知りたいなら、私を生かしなさい。私にはまだまだ利用価値がある。殺すのは惜しいと思いますよォ……?」
「チッ……ゲスめ……」
舌打ちしたクーゲルは、背後の仲間に尋ねる事にした。
彼を生かすか、殺すか。
――胸元の小型通信機に向かって。
「だ、そうだ。――リズール」
『“えぇ、素晴らしい情報提供をありがとうございます。――クーゲル、ウィローを絶対に逃がしては行けませんよ”』
「了解」
「え? な、何を――」
ウィローが動揺を示した瞬間、クーゲルは彼の頭を撃ち抜いた。
パァンッ!
「ギョェェ……ッ!」(シュオォォォォ……)
「「「!?」」」
するとウィローの身体は、白い煙を出しながら小型化し、黒くてギョロっとした目を持つ魔物――イビルアイへと変化した。脳天から赤い血を流している。
「ナ、何ダト!?」
『ウィローガ、イビルアイニ……!?』
「む!? いつの間に入れ替わっていたのでありますか!?」
シバや先遣隊、更には斬鬼丸でさえも気付いていなかったらしい。
正体を暴かれた彼は一瞬だけ悔しそうな目をしたが、クーゲル以外は騙せていたと分かった次の瞬間、ニヤリと笑いながら言い放った。
「ギッギッギッ……! 残念ダッタナ! ウィロー様ハ、モウココニハ居ナイ! 私ト入レ替ワル事デ逃ゲオオセラレタ! 残念ダッタナ馬鹿メ! 馬鹿メ馬鹿メ! ギハハ、ギハハハハ……――」
彼はそう言いながら、白い灰になって消えていった。
クーゲルの弾丸によって浄化されたのだ。
「……全く、悪魔ってのはつくづく面倒だ」
銃身を肩に乗せながら悪態を付いた彼女は、思考停止していたナターシャにこう言った。
「ナターシャ、カメラとマイクを借りてって良いか?」
「あ、うん」
ナターシャがクーゲルを指差すと、どこからともなく黒猫カメラと白猫マイクが現れて、彼女の背後に付いた。
[何?]
[なんぞ?]
コメント欄も困惑していた。
クーゲル特に意に介していないようで、『ありがとよ』と言うと、話を続けた。
「それと皆、悪い。ちょっと今からウィローを探しに行く。ただ深い事情があるから誰も付いてくるな」
彼女からの言葉に一同は首を傾げた。
だがしかし、『十傑作としての個人的な因縁が云々があるんだ』と語った事で、全員何となく納得した。
多分そういうモンなんだろう、と。
◇
先遣隊全員でクーゲルの出発を見送った後、ふと我に返ったナターシャは斬鬼丸に尋ねた。
「ねぇねぇ斬鬼丸」
「何でありますか?」
「さっきのウィローの話って嘘かな?」
「いや、流石の拙者でも何とも……リズール殿に聞いた方が良いと思うであります」
「だよねぇ……」
とは言いつつも、お互いに冗談だと思った。
彼女の近くにはオークキングと久しく話すシバ、それを優しく見守っている先遣隊が居て、何となく戦争は終わったのだ、という雰囲気になっていた。
――――それから一時間後、フミノキース方面でキノコ雲を伴う大爆発が発生するまでは。
次話は12月29日。午後10時~11時です。
24時制で22時~23時。




