250 年末大将戦 承句② 【迷宮入りする敵傭兵部隊 - 魔王候補、出撃す】
そして、ツリー達が敵傭兵部隊を追跡している時、
(『南方工作部隊の皆様に通達します』)
「ん」
「ン?」
(敵のオーク傭兵部隊が結界の外に出ましたので、追撃する場合は相手を殺さないように注意して下さい』)
「あら、リズール師匠の声だわ」
「敵が範囲外に出たから殺さないように、との通達でござるな」
結界を維持しているリズールからの通知が入った。
全殺しにしようと画策していたツリーも、尊敬する師匠の言う事ならば、と半殺しに切り替えた。
「さ、師匠からの諸注意も聞いた所だし、先に進むのだわ」
「合点承知の助!」
「……狩人さん、早く行きなさいよ。アイスが索敵しないから道が分からないのだわ」
「ソウダ。早ク進ンデクレ狩人」
「……はぁ、言われなくても分かっている」
狩人を先頭にして、彼女達は追跡を再開する。
◇
「ハァ……ハァ……」
ようやく自分達の本陣――小湖畔にある仮拠点に帰ってきた傭兵長は、先に帰還していた仲間達に手を振りながら、魔物の皮を繋ぎ合わせて造った簡易テントの中に入ると、作戦の立案をする事にした。
「オ呼ビデスカ傭兵長?」
「ナンデショウカ?」
「ヨク来タナ。マァ開イテイル場所ニ座レ」
「「「ハイ!」」」
一番後続に居ながらも、自分を救うべく動いたオーク達を新たな重臣に据えて。
前の重臣達は、罠と奇襲によって全滅したのだ。
彼らは傭兵長を上座に置いて、机を取り囲む。
「……デハ、次ノ襲撃方法ニツイテダガ」
「傭兵長、ソノ前ニ地図ガ見タイデス」
「分カッタ」
傭兵長は旧ムーア村周辺地図を、テントの隅にある木箱の中から取り出した。
内部には新品の三角定規や筆記具の他に、羊皮紙の束などが未だに眠っている。
「傭兵長、ソノ木箱ノ中身ハ……?」
「アァコレカ? ウィローカラ貰ッタガ、俺ニハ使イ方ガ分カラン」
それらはすべて、ウィロー陣営からの贈呈品だったが、毛の生えた蛮族に過ぎない彼らでは使い熟せなかった。
地図は経路を覚えるのに使っただけで、作戦立案も大雑把で、どういう場所に罠が仕掛けられていそうか……など、前の重臣たちは無学過ぎて『それが重要だ』という発想が湧かなかったのだ。
「ヨ、傭兵長!」
「ナ、ナンダ?」
「ソノ木箱ニ入ッテイル物ヲ、机ニ広ゲテモ!?」
「構ワナイガ……何故ダ?」
「ソレハ――――」
しかし、新しい重臣達は違った。
実は彼ら、いつも後方に追いやられていた訳では無く、自ら望んで後方に滞在して、敵の様子や戦力を図ってから戦闘に参加していたらしい。
だからこそ、贈呈品の戦略的な重要さをすぐさま理解したのだ。
「オォ! コレハ便利ダ!」
「ナンテ使イヤスインダ!」
「ソ、ソウナノカ?」
「ハイ! コレガアレバ、今度ハ無傷デ敵軍ノ本拠地ニ侵入出来ルカモシレマセン!」
「何!? ソレハ本当カ!?」
傭兵長はその発言に驚いて、思わず身を乗り出した。
まさか、オークの間では不遇扱いだった最後続の戦士に、こんなにも有能な人材が居たとは。
今度こそ成功しそうだと知った彼の心が躍る。
「フフフ、頼ンダゾ!」
「ハイ! 少々オ待チ――――」
「こんばんは傭兵オークさん」
「会議中に失礼するでござる」
「「「!?」」」
そしてもちろん、そこで潰すのがツリーとアイスが十傑作たる所以である。
「ニンゲン!? ナゼ、ココニ――」
突然、傭兵長の背後に現れた二人の人間に驚いた重臣たち。
各々が後退って武器を抜こうとしたその瞬間に、ツリーとアイスが動く。
二人は無詠唱で武器を召喚すると、一方は武器を金色に光らせ、一方は刀身から白い霧を放った。
「ナニヲ……」
「じゃ、理由はないけれど」
「天誅でござる」
「エッ――――」
ド――――――ン……
『ギャアアアアアア――――――……』
「……」
「オォ、デッカイ木ダ」
傭兵部隊の悲鳴と共に、彼らの本陣があった場所――小湖畔に、樹と氷で出来た世界樹が生えた。
トコと狩人は草むらに隠れながらそれを見ていた。
「ウ……ググ……?」
世界樹の幹は驚くほどに太く、背は雲を突き抜けるほどに高い。
「イテテ……」
「ナ、何ガオコッタ……?」
そして根っこの部分は、傭兵部隊を纏めて収容出来る程に大きな牢獄になっていた。
逃げ延びた八百八十八人の傭兵オークがまるっと中に入っている。
「よし、収容成功!」
「やったでござるな!」
当事者である二人はとても楽しそうにハイタッチした。
実はアイス、ツリーの暴走を止めるというのは建前で、彼女自身もやりたい放題したかったらしい。
片や元暗部で、片や元後方勤務&研究者。
よほど前世でのストレスが溜まっていたのだろう。
「二人共! もう出てきていいのだわ――!」
「早く来るでござるよー!」
「行クカ?」
「あぁ」
「分カッタ」
二人は敵が状況に気付いて騒ぎ始める前に、トコと狩人を呼んだ。
ツリーは、どうやってこの世界樹を立てたのかは省いて、『これで傭兵部隊を完全に無力化出来たので、南西での本格的な戦いは無いと思うのだわ』と語った。
狩人は(比較的マトモそうに見える)アイスに尋ねて、『拙も同意見でござる』と返答されたので、更に念のために、根っこの大牢獄を自身の蛇腹剣で斬り付けてみた。
「……フッ!」
ズバァッ――ガキィンッ――――
『ヒィィッ!?』
「――ッ!? ……どうやら本当のようだな」
「まさか拙、狩人さんに信用されていない……!? どうして……!?」
ついショックを受けるアイス。
だが狩人が『疑うのは俺の癖だ』と言った事で、彼女は何とか安心した。
話がひと段落ついた所で、ツリーがこう話す。
「――さて、続きは私がやっておくわ。アイスは先に報告してきて」
「合点承知! 忍法、“瞬間移動の術”!」
アイスは参謀本部にドロン、と転移していった。
残るはツリー・狩人・トコだが、
「狩人さんと部隊長も、もう帰るといいのだわ。コイツらの見張りは私がするから」
「大丈夫なのか?」
「ええ、捕虜の扱いは上手なの。こう見えて元軍人だから」
「そうか、頼んだ。帰るぞトコ」
「分カッタ。ツリー、頼ンダゾ」
「お任せあれ」
ツリーは狩人とトコも帰らせた。
彼女は二人が見えなくなるまで手を振った後、嬉しそうな顔で後ろを振り向いた。
「「「ヒィィ……!?」」」
樹木と氷で出来た檻の中には、ようやく状況を理解して震えあがっている傭兵オーク達が居た。
彼らは、深刻なトラウマを受け付けたあの人間が目の前にして――死を前にして震えているのだ。
ツリーはそれを見て、ついついこう言っちゃうタイプだった。
「あぁ、そんなに震えて可哀想に……でも私は優しいから、貴方達に逃げ延びるチャンスをあげるのだわ」
「「「チャ、チャンス……?」」」
傭兵達も共鳴するように尋ねる。
そうよ、と同意した彼女は、パチンと指を鳴らした。
ゴゴゴゴ……ドン……ッ
「「「!?」」」
すると牢屋の奥に、上へと続く階段が現れた。
内部は水色の光――発光する氷によって照らされていて、とても明るい。
「じゃ、まずはゲームの説明から――」
そこからツリーによる簡単な解説が始まる――――筈だったのだが。
「オ、俺ガ先ダ――――!」
「ドケェ――――!」
「あらら……」
説明を聞く前に、殆どの傭兵オーク達は上階へと進んでいってしまった。
残ったのは傭兵長とその重臣達のみ。
「……なによ?」
「ウッ、ソノ……――」
傭兵長は緊張しながらも、代表としてツリーに話し掛けた。
「――……ソレデ、ソノ“ゲーム”トハ?」
「ふふーんっ、簡単なのだわっ!」
ツリーは腕を組んでドヤ顔をすると、ルールの説明をした。
「これから貴方達には、地上百階層からなるこの“樹氷大迷宮”を攻略して貰うのだわっ! 最上階まで到達できれば晴れて開放よ! それと、糧食なんかの必要物資は迷宮の中で獲れるから、それで自給自足して頑張るのだわっ! 以上っ!」
そう言い切って満足そうな笑みを浮かべるツリー。傭兵長は質問を続ける。
「デ、デハ、地図ナドハ……」
「? 無いに決まってるじゃない」
「ソンナ無茶苦茶ナ……! ソレデハ攻略ナンテ出来ル訳ガ無イ……!」
彼は悔しそうに地面を殴ったが、隣の重臣がこう言った。
「デ、デハ、何カ書ケル物ハ……」
「貴方達が持っていた物は牢の隅に置いてあるのだわ」
「ナンダッテ!?」
彼らが確認した所、牢の隅には羊皮紙と筆記具、その他地図作成・迷宮探索に必要そうな物が綺麗に纏められていた。更に、革製の大きなリュックまで。重臣達はこう確信した。
「イ、イケル! アレサエアレバ攻略デキマスヨ、傭兵長!」
「何!? 本当カ!?」
「ハイ! 全員デ荷物ヲ分担シテ、最上階ヲ目指シマショウ!」
「ヨシ分カッタ! 行クゾ!」
「「「ハイ!」」」
彼らは役割分担を決めてからリュックに荷物を詰め込んで、階段を上がっていった。
ツリーはそれを見届けて、満面の笑みでこう呟いた。
「ふぅん、少しは出来るじゃない。これなら、ほどほどに骨のある下僕を手に入れられそうね」
「ただいまでござるー」
「あら、おかえりなのだわ」
そこでアイスが帰ってきた。
「傭兵達はもしや、既に迷宮内へ?」
捕まえた傭兵達の事が気になるのだろう。
ツリーはとても機嫌が良さそうな顔で言った。
「えぇ、順調に稼働しているわ。後は――いつ“頂上まで登り詰めた後、最下層の牢屋で真面目に一晩過ごさないと一生出られない”という最終条件に辿り着くか、ね」
「数か月か、はたまた数年後か。部下が増えるのが楽しみでござるなぁ」
「そうねぇ……迷宮に仕掛けられた数々の罠と、私が創ったプロトタイプの樹怪獣軍団をどうやって攻略するのか。とても楽しみなのだわ……」
二人は世界樹を見上げて、アイスは新たな暗部候補の誕生を、ツリーは第一階層を真面目に攻略しているであろう、あの傭兵オーク達の苦難に想いを馳せた。
◇
そして参謀本部にて。
突如、ナターシャの背後に転移してきたアイス。
参謀達はとても驚いたが、アイスが――
「我等、敵傭兵部隊の完全無力化に成功セリ。是にて南方での戦は終結したでござる。詳細は後から来る工作部隊の伝令さんに聞いて下され。では失礼!」
――と伝えた事で、一転して大歓声を上げた。
ローワンもその一人で、嬉しそうな顔ながらも、色々と考えるように顎を擦っていた。
「――まさか、もう旧道での戦闘にケリがつくとは……驚きを隠せませんな」
「でしょー? 一時間以内に戦闘を終わらせるって凄いよねー」
「そうですな……十傑作の方々には驚かされるばかりです……」
「ねー。流石は十傑作」
[まだ居るの草ww]
[ナターシャちゃんまだ居たwww]
[サボり魔王]
[食事後の休息だぞ]
カメラとマイクを待つために、参謀本部に居座っていたナターシャだが、アイスの転移と共に帰ってきたのでようやく動けるようになった。
「……よし、そろそろ私も最前線に立つか」
「分かりました、お気をつけて下さいませ」
ローワンはナターシャに向かって丁重に頭を下げた。
ナタ―シャは魔女帽を被り直し、机に立て掛けていた箒を手に取ると、組織の長ムーブを再開した。
「――ひとときの平和を享受させてくれてありがとう、参謀本部よ。久しぶりに貴族の令嬢らしい事が出来て楽しかったよ」
「いえいえ、南方が片付いて正面に集中出来るようになったのですから、どれだけのんびりされようとも御の字です。総大将が動かずに済む戦こそ、完璧な成功ですからな」
彼はそう言って卑下するが、ナターシャは敢えてこう言った。
「いやローワン、次からは正直に言うと良い。“さっさと戦にケリと付けろ”と。私はケツに火が付かないと動かない性格だからな」
「……そ、そうなのですか?」
「あぁ。リズールくらいに厳しくしないと、私はやる気が出るまでのんびりし続けるぞ。それに……ローワン」
「は、はい。何でしょう」
彼女は未だに緊張気味のローワンに対して、その呪いが解ける魔法を掛けた。
「――お前が盤面の主で、今の私はお前の駒だ。その駒に何か指示する事はあるか?」
「――!」
ハッとしたローワンは軽く咳払いをすると、今度は強い口調で言った。
「貴女がそう言うのならば、もう遠慮は致しませぬ」
「構わん、申せ」
「――では、我らが最強の女王、魔王候補フェレルナーデ! その頭脳と才覚と魔法の全てを以て敵軍を討ち滅ぼし、我らが樹鬼王を取り戻す道を創り給え!」
「ハハハハハ! その言葉が聞きたかったッ!」
ナターシャはバッ、と椅子の上に立つと、ローワンに向かってキメ顔をしながら宣言した。
「――良いだろう! お前の望み、この真なる魔王が叶えて見せよう! 我等が組織“暗黒の月曜日”の威信にかけてなッ!」
バァッ、と机に片足を乗せて、曲げた膝に片肘を乗せつつ、顔を手で隠すポーズも添えて。
そしてローワンも勇んだ様子で立ち上がると、
「よーし! さぁお前達、これで用意が整った!」
机の上に木彫りの王をドン、と設置する。
それこそ、ウィロー本陣に居る奴隷となったオークキングその物であり、『王が取られれば負け』という盤面遊戯の常識を根本から引っ繰り返す、一大攻勢が開始される合図だった。
彼は大きく息を吸うと、参謀達に向かって檄を飛ばした。
「我々の戦争はここからが本番だ! 最終作戦開始に向けて動くぞ! 良いな!?」
「「「ハイ!」」」
ハビリス族とオーク族の参謀達は威勢よく返事を返し、
[これが預言の時、か]
[――やっと来たか]
[あぁ、俺達が出る時が来たようだ]
[風が……来たみたいです……]
[おいおい、俺を忘れて貰っちゃ困るぜ?]
[クゥッ、沈まれ俺の右腕……! 後少しなんだ……!]
コメント欄は中二病患者の巣窟と化した。
一部の視聴者は古傷や聖痕が疼いて全力で呻いている。
ナターシャはコメント欄が湧いたのを見ると、椅子から降りてローワンに握手を求めた。
「……よし、協力感謝するぞローワン。多少は切り抜ける箇所が増えたであろう」
「いえいえ。私の雄姿がこの世に残るとあれば何のその。それに、出来るならば宰相時代の振る舞いを後世に残したかった物ですから。こちらとしても願ったり叶ったりでございます」
[おは茶番]
[うーんこの八百長]
[切り抜き見た人の反応が楽しみwww]
[温度差で風邪引きそう]
ローワンもその手を取って、本当に嬉しそうに握ってくれた。
こういう茶番劇をやって良かったと思う。
「――そうか、ではたまには私の事を呼ぶと良いぞ。いつでも撮影しに行くからな」
「ありがとうございます。その時は美味しいお食事で歓迎しましょう」
「うむ。――他の者も迷惑を掛けたな。謝罪しておくぞ」
「「「お気ニなさラズ!」」」
他の参謀達も各自の席で敬礼を返してくれた。
皆も自分の雄姿が残るのが嬉しいんだろうね。
「フフッ――では行ってくる。リズールからの連絡を待つが良い」
「「「お気をつけて!!!」」」
ナターシャは参謀本部に見送られながら、ようやく最前線に赴く。
会議室から出て、テクテク、と数歩歩いてからぼそりと呟いた。
「良い人達だった」
……あれだけ好き勝手やらせてくれる人達が俺の仲間なんだ。
だったら巨悪と戦う組織の長として、守らない訳にはいかないよな。
それこそが組織の信念なんだから。
「――おっと、その前に」
パッと振り向いた小さな魔女は、背後のカメラを両手で掴むと、ニヤリと笑いながら話し出した。
「……さぁて、お前達にも魔法の真髄をお見せしよう。ここからはコメ返し出来ないから、そのつもりで居てくれ。ではな――――」
そこでナターシャの所為により、ブツン、と配信が途切れて、コメント欄は[なんだ?][何???]と困惑する事になった。
それから数分後に映し出されたのは、北の塔と、その下方の砦前に集合・待機するオーク・ハビリス連合軍、そして小規模な爆発が多発する夜空だった。
爆破の共犯者はクーゲルで、彼女が撃った一発の弾丸が縦横無尽に空を飛び、飛ぶ鳥――ウィロー陣営の空軍である、種子鷹という植物性の鷹を数十匹単位で撃墜していた。
主犯はそのシードホークであり、彼らの内部に貯め込まれた特殊な起爆性の種子が、弾丸通過時の摩擦熱で発火して爆発しているのだ。
そしてカメラは、次第に連合軍へと近付いて行き、彼らの詳細な様子を映し出す。
連合軍の前には簡素な演壇が用意されていて、壇上にはローワンが佇み、その下部には参謀達が並んでいた。
「……集まったか?」
「ハイ、確認済ミデス」
「分かった……――――“こんばんは、連合防衛軍の諸君”」
彼は参謀から全軍が集まった事を確認すると、自身に拡声の呪詛を使用し、最後の演説を行う。
疲れた……
次話は12月16日。午後8時~9時です。
24時制で20時~21時。




