248 年末大将戦 起句③ 【ローワンが語る防衛策 - ナターシャ、最後の休息】
ローワンが語ったのは、オークドルイドである彼だからこその防衛策だった。
なんでも、旧道の要所要所には、彼謹製の呪詛を活用した罠が仕掛けられているようで、更にそこには南方の部隊長に任命されたトコと、彼女と同じ褐色肌の女性ハーフエルフ約二十名の部隊――南方工作小隊が待ち構えているらしい。
彼女達は、ハビリス村に繋がる旧道の終わり――細く曲がりくねった上り坂、通称“蛇の細道”を最終防衛ラインと定めて、敵の突破状況に応じて場所を移動しながら闇夜に潜んで、上手く嵌めれば数百人を纏めて仕留めてくれる数々の罠と、エルフ特有の弓術を駆使しつつ、二千もの敵軍を迎撃していくようだ。
更に道案内役として、狩人がそこに参加しているという。
「おぉ……! それだけ強力なら安心だ……!」
「イ、イヤ待テ。ソノ判断ハマダ早イト思ウ」
「そうだ。百倍もの戦力差があるのだから、油断はせず、増援を検討しよう」
「……そ、そうだな。すまない。ではまず、オーク族とハビリス族、どういう配分で――――」
完全なる無策ではないと理解し、二正面作戦に多少の希望を持てた参謀本部は、増援の内訳を議論し始めた。焼石に水かもしれないが、無いよりはマシだからだ。
ローワンは、何とか上向いた彼らを見て、少しだけ安堵した。
「後は……ナターシャ令嬢がいつ戻ってくるか。それが一番の問題だな……」
彼女が笑顔で帰ってくれば、ウィローの敗北は決まったようなものだ。
リズールアージェントさんが宰相の本陣を捕捉してくれた以上、彼女さえいればいつでも反転攻勢を仕掛けられるようになる。決着が近いと言う事は、コチラの士気が上がる。好循環の始まりだ。
「さて、いつになる事やら……」
彼は、テスタ村方面からの少女の帰還を待ちわびるように、机上――広域地形図のテスタ村上に置かれた、ガラス製のクイーンをトントンと叩くと、手元にある木彫りの白いキングを転がした。
◇
テスタ村に戻ってきたナターシャ・ツリー・アイスは、斬鬼丸・シュトルムと合流した。
戦闘の跡片付け――瓦礫の撤去・穴の開いた地面の埋め立てや、ゴブリンの死体を一か所に集め、火葬の準備を進めるテスタ村防衛チームを横目に見ながら。
「――ディビス、皆に大人気だな」
特に彼ら――ディビスチームは、本当によく頑張ってくれた。
彼らにはこのまま、ギルドの援軍を待ちながらゆっくりと休んで貰おう。
……さてさて。
「……待たせたな二人共。合成の魔女フェレルナーデ、用事を終えてただいま戻った」
「やっと帰って来たかジークリンデ! ヒーローインタビューはもう終えてしまったぞ!」
「おぉ、お帰りでありますナターシャ殿」
[ナターシャちゃんきちゃああああ!!]
[待ってた!]
[待ってたよー!]
二人の傍には黒猫カメラと白猫マイクが浮かんでいて、ナターシャが映った途端、マイクが表示している配信画面のコメント欄が爆速になった。
「シュトルム! 斬鬼丸さん! こんばんはでござる!」
「こんばんはなのだわっ!」
「おぉ……」
「ん? どういう事だ!?」
[え!?]
[!?]
[かわいい]
[誰よその女!]
「誰!?」
更に、魔女の後ろから顔を出した女子二人を見て、シュトルムは眉を顰め、コメント欄も同じように困惑した。斬鬼丸は特に変化していない。
それを見たナターシャは軽く咳払いをすると
「――ふむ、時間は掛かるが仕方があるまい。説明してやろう」
彼らに詳しい経緯を説明した。
◇
加入経緯を知った斬鬼丸・シュトルムは『成程、それなら大丈夫か』と理解を示した。
二人とは既に面識があるようで、休憩ついでに軽い雑談を始めた。
因みに、『我が工房とハビリス族の子供達だが――今はツリーの従魔である、超高Lvの樹怪獣たちが守護しているから安心すると良い』と語った瞬間、斬鬼丸のスリット内がギラッと青く輝き、コメント欄が[見に行こう]と[見せて]に包まれた。
コメントを見ていた魔王候補は、一旦落ち着くように制止した後、こう語った。
「残念だがそれは出来ない。あの樹怪獣たちは、夜に見ると少し刺激が強すぎる。また今度――日曜の朝に見に行くから、それまでは待て」
[草ww]
[ニチアサかよwww]
[いや草www]
大多数のコメントは、その軽いジョークに笑った。
一部の怪獣好きファンには申し訳ないが、せめて明日の朝まで待っていて欲しい。
もっと良いものが見られるからね。
「――さて、では視聴者よ。“テスタ村防衛戦”の感想と、我が作戦の成否を聞かせてくれるか?」
[はーい]
[いいともー]
「いいよー」
そして視聴者から、テスタ村防衛戦の感想と、英雄創造作戦の成否が伝えられた。
[ディビスチームの奮闘が凄かった……]
[序盤のピンチがまじで辛かった]
[勝てて良かった]
[俺も斬鬼丸の力と月光剣欲しい]
[斬鬼丸×ディビスが予想外過ぎて……]
[いやいや斬鬼丸は襲い受けでしょ? ディビス×斬鬼丸よ]
[は?]
[なんだぁ?てめぇ……]
[CP論争は草ww]
「ふむふむ、なるほど。作戦は?」
[成功では?]
[成功ー]
[成功ですね]
[それより怪獣見に行こうぜ]
「分かった、成功だな」
皆、とても好意的な反応を返してくれた。大成功と言っていいだろう。
――そう、ナターシャは、テスタ村防衛戦が開戦すると同時に、隠し機能で透明化させた黒猫カメラと白猫マイクを送り込んで、ディビス達の奮闘をライブ配信に乗せたのだ。
この配信はアーカイブ化されると同時に、後々、ディビス達が見れるようにするつもりである。
彼らの勇士は、この異世界とあちらのネット世界で永遠に語り継がれる事だろう。
次に続くのは、有識者達による考察だった。
[クランクのスキルはすげーけど、ちょっと無茶し過ぎててもにょる]
[若輩の冒険者だからしょうがない]
[せやな]
[ダリスの口の悪さ、まさかの挑発スキル由来]
[それな。マジ草w]
[カレーズの出番少なすぎぃwwwって思ったけど、金属製の弓を使ってるんだから、早いうちに手がダメになるのも当然か……]
[それにつけてもディビスの指揮力の高さよ]
「ほうほう……――ん?」
感心するナターシャ。
そこで天使ちゃんからのテロップが入った。
【収益化、通させました! 後々スパチャを解禁するのでお楽しみにー! by天使ちゃん】
[いや草w]
[wwww]
[通ったじゃないんかww]
[通させたの草ww]
[天使ちゃんさぁ……]
[流石は天界、俺達に出来ない事を(ry]
「あはは……」
コメントは笑い、ナターシャからも乾いた笑いが漏れた。
とても嬉しい事なのだが、本当に色々と大変な事になって来ている。
チャンネル登録者数が秒速千人を超え、同時接続者が既に五万を超えている辺り、中々に大変な事に。
SNSも大炎上している今、俺は一体どうなってしまうのだろうか。
「すぅー、はぁー……」
ナターシャは気持ちを落ち着かせるために、大きく深呼吸をした。
――まぁまぁ、色々と困惑する事ばかりだが、後でどうとでもなるさ。
よし、休憩と雑談はこれくらいにして、そろそろ戦線に復帰しよう。
「よし、休憩終了だ。皆、出発の準備をしろ」
「「「了解!」」」
「良い返事だ。アイス、ツリー。私の箒に――――」
――に乗ると良い、と言いかけた所で、箒の先端にポンッ、と白い煙が発生した。
煙は自然消滅し、後に残ったのはピンク色の教授インコだった。
ユニコーンたちを引き連れてきた彼だ。
「ouch...(いたた……)」
箒の先に留まる彼は、痛そうにパタパタッ、と身体を震わせた後、ナターシャに視線を向けた。
「Hai,間に合いました」
言葉から察するに、何やら用事があるらしい。
「そ、そうか。それで教授よ、どうやってここまで来たんだ?」
「アイスの瞬間移動の術を真似しました。凄いでしょ?」
「えっ!? す、すごいな……」
マジで凄いな……何者だよこのインコ……
「時間が無いので、用件だけ伝えます?」
「あ、あぁ。分かった」
「その前に――」
インコは別のスキルを使用した。
「――“収納空間”」
「!?」
ヴォン、とインコの頭上に次元の扉が開いた。
内部には沢山のユニコーンの角が見える。
「教授、そのスキルは――」
「これはディビスの物真似ですが?」
「……」
「?」
万能すぎるだろ物真似……
「す、すまない。続けてくれ」
「Okey,ナターシャ、Unicornsからの贈り物です。受け取って怪我の治療に使え」
「おぉ、そうか。ありがたく受け取ろう」
ナターシャは収納魔法の詠唱を唱えた。その時、
―――――――――――――――――――――――――――
ユニークスキル【異次元収納】を取得。
ステータスのスキル欄に記入します。
―――――――――――――――――――――――――――
「え?」
というウィンドウが、目の前に表示された。
文面から察するに、異次元収納スキルをゲット出来たらしい。
ウィンドウは、読み終わって数秒後に自動で消えた。
「な、なるほど。スキル本を読む手間が省けたな」
ナターシャは若干困惑しつつも、魔王候補らしく強がった。
天界も天界で、こういう機能を追加する時は事前に通達して欲しいものだ。
……まぁ、ラッキーだと思っておこう。ホントに唐突だったけど。
「――よし。“異次元収納”。教授、この中に全部入れてくれ」
「Okey」
インコは、ナターシャが開いた次元の隙間にドサササ、とユニ角を流し込んだ。
用事を終えたインコは、『私も仕事に戻ります』と言って、クーゲルの元に転移していった。
「……終わったの?」
「でござる?」
「あぁ、今終わった。二人共、箒に乗ってくれ」
「「了解」」
待たせていたアイスとツリーを箒に乗せて、ナターシャ達は目的地を告げた。
「聞け、皆の衆! 次なる目的地は参謀本部! 理由は顔見せだ! それで良いな!?」
「「「了解!」」」
「よし……――出発!」
ナターシャの描く白い箒星に続いて、斬鬼丸とシュトルムもバシュン、と飛び立った。
向かうはハビリス村北方、砦内部の参謀本部だ。
投稿日修正。
次話は12月10日。午後8時~9時です。
24時制で20〜21時。
 




