246 年末大将戦 起句① 【北部戦線異常なし - わくわく植物サファリパーク】
ナターシャが菫色の髪をポニーテールにした暗殺者――第七使徒、氷刀のアイスからの弁解を受けている間に、時間は少しだけ巻き戻る。
視点はリズールとウィロー。
場所はオーク・ハビリス戦争の最前線、ハビリス村の北方付近だ。
◇
『オオオオォ――――――……!』
『ハーフエルフ・オーク混合呪詛隊、構えよ! 火砲呪詛、詠唱開始!』
『戦列補充命令、一番! 石材一斉射出! 着弾指示、待て!』
戦場はお互いに拮抗している物の、最初のような兵と兵の潰し合いだけでは無く、砦からの魔法や、投石での消耗戦も始まっていた。
ただ、敵オークの主力部隊は何らかの加護があるのか、魔法はほとんど効いていないようだ。
「なんかやっと攻城戦らしくなったな」
『そうですね』
塔の上のリズール達は、まぁ、敵もそれなりには出来るようだ、と理解した。
魔法対策をしっかりしている辺りが、加点評価らしい。
「しっかし、ゴーレムの消耗が激しいな。耐えられるのか?」
『いえ、ハビリス族の皆様は上手くやっていますよ。こちらの絶対数が少なく、敵の攻勢が激しいだけです』
「なるほど、お前はそう見るのか。勉強になる」
二人の会話通り、ゴーレム軍は残り二百体ほど。
いくら堅牢といえども、間隙を突かれて一部が切り崩される事もあり、それが積もりに積もって、戦力補充が追い付かなくなってきているのだ。灰色の城塞が瓦解する時も近い。
『さて……この砦と防衛軍の皆様が、どこまで耐えられる事やら……』
リズールは変わり映えの無い戦場を見ながら、森の奥地へと視線を飛ばした。
◇
「うほほ、良く見える、良く聞こえる……! 戦場を見下ろしているクソガキとメイドの様子が……!」
「ギッギッギ」
ウィローは新たに飛ばした使い魔で、クーゲルとリズールを観察していた。
相手の反応を確かめるためだったが、彼の予想通り、少しだけ慢心している様子だった。
(フフ、愚かですねぇ……このまま耐えきれると思っていらっしゃる。この拮抗状態を打開する手は既に打ってありますよぉ……?)
ニヤリと笑うウィローは、何やらせわしない本陣を見渡して、視線が合った兵を手招きした。
「ハイ、オ呼ビデショウカ、ウィロー様!」
「準備はどうだ?」
「先ホド完了シマシタ! 種子鷹部隊、イツデモ出セマス!」
「ふふふ……!」
彼は満面の笑みを浮かべた。
何故なら種子鷹部隊は、この大陸にのさばっている人間と、傲慢でいけ好かないエルフ族を滅亡させ、この世界を征服するために創り上げた最高傑作なのだ。
「よし、全機出撃させなさい!」
「ハッ!」
これならば、あのクソガキの魔法武器にも負けない。
何故なら――――
「第二波、第三波の準備……いや、種子鷹が生まれ次第、継続的に送り続けなさい! 敵に反撃の機会を許してはなりませんよ!?」
「ハッ、了解シマシタ!」
――此方に弾切れの心配はないのだから。
「ギッ、報告ー! 報告ー!」
「んん?」
更に、ウィローにとって幸運な知らせが舞い込んだ。
「迂回部隊ガ、テスタ村防衛軍ヲ殲滅! 略奪成功! ゴブリン軍ヲ南下サセル事デ、口減ラシニモ成功! 迂回部隊ハ北西ノ、オーク傭兵部隊ト合流ヲ目指シ、敵拠点南西ノ旧街道カラ北上中デス! 我等の勝利ハ近シ!」
「うぉっほほほ……!」
(――来た来た来た! やはり風は私に吹いている!)
彼はとても高貴な笑い方をしながら、この戦争での勝利を確信した。
(フフフ、戦争は正面での戦だけではなく、周囲の環境――盤面全てに干渉した者が勝つのです……! さぁさぁローワン! 黒髪のメスガキ! 血に濡れるのはお前達の首だ! 腐って土に帰るまで、永遠に晒し首にしてやりますからねぇ……!)
「ハーッハハハハ――……!」
ウィローは人生の絶頂を迎えたかの如く、大笑いを始めた。
◇
(……とでも、思っておられるのでしょうね)
リズールは遠視の魔法を切り、本陣の中で、大将椅子に座して笑うウィローの観察を止めた。
『クーゲル、敵の目を潰しなさい』
「オーケー」
パンッ!
「ギッ!?」
クーゲルはまたしても、見えない使い魔を狙撃し、青い光に変えた。
それを見て、リズールは少し悲しい目をしたが、敢えて褒めた。
『……やはり便利ですね。貴女に宿る“魔弾の射手”伝説は』
「ありがとよ。もっとも、いい話なんざじゃないがね。一人の兵士が使い潰されるだけの話さ」
敵軍を見ながら、そう答えるクーゲル。
そんな彼女の目に宿っていたのは、虚無だった。
『捨てる道もあったのではないですか?』
「……あったかもな。でも、俺には見つけられなかった。それだけだ。――――ん?」
二人がなんとも言えない雰囲気を醸し出していると、クーゲルが気付く。
何やら森の奥から、未知の鳥型魔物群が飛来してくるでは無いか。
「――おっとリズール。昔話はこの辺で。相手が動いてくれたらしい。指示を求む」
『そうですね、分かりました』
リズールも気持ちを切り替えて、クーゲルに命令を出した。
『――彼の未確認鳥型魔物をバンデットと断定。クーゲル、制空権を奪取される前に殲滅しなさい。手段は問いません』
「了解だマイマスター。喜んで命令を受諾する。制空権は俺に任せろ」
命令を受けたクーゲルは銃を構え直すと、未確認飛行生物の討伐を開始した。
◇
そして、視点はナターシャに戻る。
目の前には、未だに土下座したままのアイスちゃんが居る。
「……なるほど、要は張り切り過ぎたのだな?」
「申し訳御座いません……リズール先輩から急ぎ工房の防衛を任され、ナターシャさんのお顔を拝見する機会が無かったのと、百年ぶりに味わった娑婆の空気と、初めてのカタギの仕事でつい舞い上がってしまいまして……」
「う、うん……」
カタギて……
裏稼業でもしてたのかな……?
「自己再生能力持ちの身ではありますが、誠意を示す為に拙の指を、いや、それでも足りぬならばこの首を切り落として差し上げましょう……!」
「えっ」
そう言って自刃や自傷で許しを請う暗殺者。
自信の首に小刀を当て、涙目でぷるぷるしている。
それがショッキングだったのか、背後からユニコーン共の野次が飛ぶ。
『もうやめろよ! あいすたん涙目じゃん!』
『ナターシャ殿、もうやめるべきでござるよ!』
『魔王ムーブ怖い! イクナイ!』
お、おう……
「そんなに怖いか? これ……」
『『怖いでござる!』』
ユニコーン一同とアイスがそう叫んだ。
ご、ござる? アイスちゃん、キャラが安定しないね?
「まぁ、皆がそう言うなら……」
ナタ―シャは仕方なく魔王ムーブを止めた。
そして、アイスにもう怒ってない事を告げると、彼女は驚いた。
「な、なんと!? とんでもない失態を侵した拙を、ナターシャさんは許してくれるのでござるか……!?」
「いや、まぁ、便宜上怒っただけで、誰にも失敗はあるから……ね?」
「許された……! まさかまさかの無罪放免……! 何という寛大な処置か……!」
自刃をやめた彼女はとても嬉しそうだ。
死の淵から解放されたかのような雰囲気が出ている。
少し困惑していたが、ふと思いついた。
「……あ、そっか」
暗殺者系の子だから、失敗=死なんじゃないか?
そうかそうかなるほど、やっと彼女の根底を理解した。
じゃあ……ついでに、工房にも行っておいた方が良いかもしれないな。
ツリーちゃんとも顔合わせして、こういう事故を防ぐべきだ。
まず最初は……
「じゃ、ユニコーンさん。ここは任せたよ」
『お任せあれー!』
ナターシャはユニコーンに再び別れを告げた後、何やらそわそわしているアイスに話し掛けた。
「ねぇアイスちゃん」
「はい! 拙にどう言ったご用件で!?」
「一緒に工房に行かない? 今回のような事故を防ぐために、ツリーちゃんとも顔合わせをしておきたいんだ」
「おぉ! そういう事ならばお任せ下さい! 拙の転移魔法でひとっ飛びでござる!」
「……えっ!? 転移魔法!?」
アイスちゃん転移魔法使えるの!? 詠唱教えて!?
「早速向かいましょう! では箒の後部を拝借して……」
「ちょっと待って!? アイスちゃん転移魔法使えるってマジ――――」
「――――……ニニン! 忍者が一人、忍者が二人……ファイナル忍法!」
「――ちょ、ま、私の話を――――」
アイスは謎の印を結びながら、ついにこう叫んだ。
「ユニークスキル! “瞬間移動の術”――――!」
「スキルじゃねぇかあああああ――――……!」
怒涛の勢いに押されるがままに、ナターシャはアイスとシュン、と転移した。
残されたユニコーンと教授インコは、二人のコントのようなやり取りに大笑いした。
◇
「――着いたでござる!」
「おっふ……」
工房付近に転移したが、着地のあまりの衝撃に、ナターシャは微量のダメージを受けた。
こう、ズン、と来るような衝撃が、全身を駆け巡った。
ま、まぁ、過ぎた事は気にしない。大事なのはこれからだ。
早速ツリーちゃんを探して、挨拶をしよう。
「はぁ……――」
『コンニチハ』
「――ん?」
堅い樹皮の上で箒に跨っているナターシャは、唐突に話し掛けられて左を向く。
「コンニチハ」
「――――ぁ、ぁ……?」
目の前には、黒いサングラスを掛けた人型の向日葵が居た。
とても渋い声だった。
「えっ、えっ」
何かの間違いかと思って、目を擦ってもう一度見たが、確かにいる。
「いや、いや、ちょっと待って」
「ええで」
戸惑ったナターシャは、索敵魔法で周囲を探った。
するとなんと、ここは工房近辺どころか工房の真上で、周囲には動物型の植物が歩き回っている事が分かった。
とりあえず、後部座席の忍者に事情を尋ねる。
「ねぇアイスちゃん」
「なんでしょう!?」
「周囲の魔物ってさ――」
「ツリーの下僕でござる!」
「下僕……」
思わず言葉に詰まって、天を仰ぐ魔王候補。
あぁ、月が綺麗だ。
「……ま、まぁ、うん、そうだね」
これから会う予定の第六使徒、樹槌のツリーは、“森羅”・“培養操作”というスキルを持っているのだ。これくらいは朝飯前なのだろう。
そう思い直して、隣で待たせたままにしていた、人型向日葵との会話を再開した。
「お待たせしました」
「おう、待ってたで」
「こんにちは、貴方のお名前は?」
「は? 夜は“こんばんわ”やろ?」
何だコイツ……
ギャグ盛り込んでたら遅れました。
次話は12月4日。
午後8時~9時の予定です。
24時制で20時~21時。




