245 テスタ村防衛戦 終章 【英雄の証明】 / 閑話 【愚鈍なオーク迂回部隊 - 登場せしは菫氷刃】
ディビスは宙に浮かぶ聖剣――月光剣を手に取った。
月光の輝きは鳴りを潜めて、彼の心に呼応する。
「――――」
彼も聖剣の意志に任せて、透明な刀身を根本から撫でた。
すると刀身に青い炎が燃え移る。
それは、悪鬼羅刹を滅する破邪の力であり、例え邪悪に飲まれた者でも分け隔てなく、神の御許へ送り届ける葬送の炎だった。
「――今、楽にしてやるよ」
静かに呟いた無冠の英雄は、青焔の宿った長剣を両手で握り、後方に流して、ギガントゴブリンへと駆け出した。
「ゴアアアアアアア――――――」
「ふぅっ――――」
呼吸は浅く、視界は狭く。
揺さぶりや駆け引きは要らない。今振るうべきはただ一刀のみ。
それで全てを片付ける――!
「――アアッ、ゴアア――――!」
「――――はっ――」
英雄が跳ぶ。目の前の巨人よりも高く。
蒼い烈火が舞い散って、彼の軌跡に色を付けた。
「ゴ、ア――――!?」
巨人は背後を見たが、もう遅い。
「――“一刀両断”」
「ァ――――――」
振り上げられた蒼炎の月光剣は、垂直の剣線を描きながら墜落し、緑の巨人を真っ二つに切り裂いた。
月光に照らされた血の彼岸花が咲き乱れたが、全ては蒼焔によって燃やし尽くされていく。
巨人の亡骸も同じように、彼が継いだ精霊の力によって浄化されていった。
「――こんなもんか」
剣の炎を消したディビスは静かに振り向くと、斬鬼丸にこう言った。
「……物語の最後にしちゃあ、少し迫力に欠けるんじゃねぇか?」
「ハハハ――」
腕を組んで見守っていた斬鬼丸は、楽しそうに返答した。
「――英雄譚にとって、最後の敵とは障害では無く、全てを丸く収めるためのきっかけに過ぎないであります。周囲を見られよディビス殿。貴公の物語は、生きている限り続いていく物でありますよ」
言われた通りに見ると、武器を降ろしたテスタ村の自警団や、冒険者達が静かに拍手を送ってくれた。
今更言うまでもないと思うが、彼らは皆へとへとだった。
ここまでよく頑張ってくれたと思う。
更に、彼の仲間達――――カレーズ、ダリス、クランクが近付いて来た。
そしてダリスが、この場に居る全員の気持ちを代弁した。
「よくやった、テスタ村の英雄さんよ」
彼の言葉で、全員が尊敬の眼差しを向けている事に気付いたディビスは、溢れる涙を堪えて、うるせえ馬鹿野郎、と呟いた。
◇
これにて、テスタ村防衛戦は終結した。
四千対百というあまりに絶望的な戦いは、テスタ村防衛軍とディビスチームの決死の覚悟によって拮抗し、ナターシャ陣営の介入によって盤面ごと引っ繰り返された。
宰相ウィローもそれに気付いているハズ……と思うだろうが、そんな事は無い。
何故? と思っただろう。
では説明しよう。
そのために、ここからの視点は本作の主人公、ユリスタシア・ナターシャに移る。
◇
テスタ村から遠く離れた森林地帯にて、五百名のオーク兵士と、ウィローの側近――オークドルイドが二体、雑な本陣を組みながら糧食を貪っていた。
「側近様、ゴブリン共ニ任セテオイテ良カッタノデスカ?」
その時、一人のオークが尋ねた。
彼の名はナラ。里の入口で門番をしていたオークだった。
本来は中道派だった彼も、洗脳によってウィロー派へと鞍替えさせられていた。
側近二人は面倒そうに答えた。
「心配要らん。ゴブリン共に任せておけば我々が出なくても片が付く」
「そうだ。四千対百だぞ。結果は見なくても分かる」
「本当デスカ? 使イ魔モ飛バシテイナイノニ、何故ソウ言イ切レルノデスカ?」
「チッ……」
側近の片割れが心底面倒そうに舌打ちをした。
ナラの言う通り、側近達はゴブリン軍を二回に分けて出撃させた後、偵察も行わずに糧食を貪っているだけだったからだ。
しかし側近側にしてみれば、『私達はウィロー様の言う通りに動いたのだから、成功は間違いない。疑う余地など無い。偵察すら不要だろう』という認識なので、戦況を知りたがるナラの扱いに困っていた。
彼は態度を硬化させつつ、適当にあしらった。
「バカが。ウィロー様の作戦だ、失敗する訳が無いだろう。さて、そろそろ別の肉を……――」
右の側近が手近な燻製肉に手を伸ばした瞬間、空から影が差し込む。
月明りに照らされて浮かび上がったのは、小さな魔女の姿だった。
「――!?」
に、人間!? どうして此処が!?
側近は驚いて立ち上がり、上空を見上げて叫んだ。
「だっ、誰だッ!?」
夜空に浮かぶ上弦と下弦の月に挟まれた魔法少女は、一言だけ呟いた。
「お前達に名乗る名など無い。Cha-o!」
こちらに手を向ける少女。
「不味い、逃げッ――」
側近達は慌ててその場からの逃亡を図ったが、少女の方が早かった。
「“詠唱破棄”――“夢現乃境界線”」
『なっ――――!?』
そんな魔法があるなんて聞いてない――――……
反論する間もなく、紫の霧が一瞬で彼らを包み込んで、夢の世界へと誘った。
『グ、グオー……』
「ギュー……」
誰一人として抵抗出来ず、近場の枝に停まって休んでいたイビルアイでさえも爆睡し、ボトッ、と地面に落ちた。無力化成功だ。
「さーて楽しい夢も見せてやろう」
霧が晴れた後、ナターシャは彼らの夢を操作した。
「“汝らが願う栄枯盛衰を、夢の理想郷で見るが良い。邯鄲乃夢枕”」
イビルアイは精神感応で情報を伝達するので、欲深いオーク達と夢を共有させてしまえば、ウィローの理想通りの展開でテスタ村が滅んだように見えるのだ。
リズールがそう言ってた。
『ゲ、ゲヘヘ……』
「ギュヒ、ヒ……」
魔法の効果が出始めたのか、迂回部隊は寝言代わりに笑い始めた。
ちょっと気持ち悪いけどもほっといてお仕事。後は……
「“――絶対防衛線壁”」
城壁を造る魔法で迂回部隊を丸く囲い、逃げ道を塞いだ。
これでテスタ村方面での工作は完了だ。
「ふぅ、一件落着だな」
後は敵の本陣を叩くのみだ。
ナターシャがその場を去ろうとすると、足元から声と蹄の音がした。
『うおおおおおーーーーーー!!!! 匂うぞーー!? 匂いますぞーーーー!? これはあの時出会ったパーペキなロリ魔女っ子の香りですぞーーーー!?』
『『『なんとぉっ!?』』』
「あっ」
少女は察した。
しかし逃げ去る間もなく、一角馬獣御一行――総数にして五百頭だろうか――が、城壁を軽々と飛び越えて、ナターシャの真下へと姿を現した。
「居た! 居たよ! ホントに銀髪ロリが居た! これで勝つる!」
「おっほwwwwローアングル感謝wwww脳裏に焼き付けたでござるwwwww」
「神降臨……!」
ユニコーン達は、思い思いの感情を叫んだ。
ナターシャはどう返答しようか迷ったが、
「……あ、丁度良いな」
本当に丁度いいタイミングで現れた彼らに、一つの仕事を任せる事にした。
スススと降下し、地面に降り立つと、可愛らしい態度で話しかける。
「こんばんは、初めまして……だよね?」
「「「おっふ……」」」
その途端、スポポポン、と全員の角が射出され、彼らの周辺に散らばった。
更に、牙を抜かれたように大人しくなる。
「えぇ……」
ナタ―シャは思わず戸惑った。
これあれだろ。陰キャが美少女に話し掛けられた時にキョドる奴だろ。
すると一頭のユニコーンが前に出て、会話を受け持った。
「し、失礼した少女よ。我等ユニコーンは、人間の美少女に免疫の無い者が多い。無礼を許して欲しい」
「う、うん、良いけど……貴方はもしかして」
「その通り、私はあの時のユニコーンで――――」
長くなるので割愛するが、彼はあの時逃げ延びたユニコーン。
名前はユニタスというらしい。
ここに来た理由を尋ねると、彼は一羽のオウムを呼んだ。
そのオウムは教授帽子を付けた、クーゲルの使い魔インコだった。
「Hai,知り合いを呼んできました」
「あ、インコちゃん」
「No」
彼はインコ呼ばわりされて不服そうに身体を揺らし、色を変えた。
そして彼の話を聞いた所、『私も戦争に参加したかったので、貴女をネタにユニコーンを釣り出してきました。褒めてよね?』と語った。
少しだけ反応に困ったが、ナターシャはインコをくりくりと撫でて褒めた。
……閑話休題。
ナターシャはユニコーン達に迂回部隊の見張りを任せた。
彼らとしては『君が居ると知れただけで良い、くすんだ世界が薔薇色に染まったから(意訳)』らしく、交換条件などは提示されなかった。
まぁ、うん、ガチ恋構文の大合唱は中々に壮観だったよ。
「じゃ、ここは任せたからねー」
『お任せあれ――――!』
再び箒に乗ったナターシャが、テスタ村方面へと帰ろうとするその時……
突如、白い靄が周辺を揺蕩い始める。
「な、なに――」
「……おい人間。ここで何をしていた」
「――へ?」
「答えろ、さもなくば殺す」
「……えっ!?」
『ファッ!?』
少女が状況を理解する前に、突然背後に現れた菫髪の暗殺者が、少女の首元に刃物を当てて脅し始めた。
「早く答えろ」
「ふぇ……ひゃい……」
やっと状況を理解出来たナターシャは、恐怖で青ざめながらも正直に答えた。
「えっと、オークの迂回部隊を無力化して、たまたま現れたユニコーン達に見張りを頼んだだけです……こ、殺さないで……」
「えっ……?」
「え?」
暗殺者は刃物を退けて、わなわなと震えながら尋ねた。
「まさか、ナターシャ、さん?」
「そうですけど……」
「ひえぇ――――……!?」
彼女は思いっきりジャンプしてナターシャを飛び越えると、少女の目の前に座り込み、
「ま、誠に申し訳御座いません――――……!」
全力で土下座を決めた。とても綺麗でこじんまりとしていた。
更に、菫色のポニーテールが前に垂れて、丁髷のようになってしまっている。
「え、えっと……ゴホンッ」
ナターシャは少し戸惑ったのち、組織の長モードに切り替えて、彼女の名前を尋ねた。
ただいま。執筆再開します。
次話は12月1日。夜8時~9時の予定です。




