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244 テスタ村防衛戦 急章 【画竜点睛 - 君が忘れた英雄譚】

 そこに至っても、ギガントゴブリンは逃亡を選んだ。

 勝ち目の無い戦いに喜々として挑むのは、どう考えても狂人の所業だからだ。








「ギ、ギギャァァァ――――――ッ!」

『逃げるなッ――――』

「おっと――」





 彼は少しでも生存確率を上げるために、包囲網の穴――北東方面へ駆け出した。

 この包囲網から抜け出せば、北の樹海に逃げ込めるからだ。

 しかし残念ながら、ここにはナターシャが居る。



「――“燃え上がる炎の壁よ、敵の進退を拒め。火炎防壁(ファイアー・ウォール)”」


 ボォォゥ――――

「ググェッ!?」



 彼女の詠唱魔法によって、北東方面の草原には長くて分厚い炎の壁が発生し、彼の逃げ道を塞いだ。

 これで彼の意志がどうであろうと、防衛軍と戦わなければ逃げられない。





「ウグ……ウググ……ッ!」





 悔しそうな顔をしながら振り向くと、魔王候補は腕を組んでこう答えた。





「――知らなかったのか? “魔王からは逃げられない”」

「ゴギィィ……ッ!」





 彼女はその後、『まぁ、まだ候補を名乗っているだけだが』と弁明したが、彼を怒らせるのはその一言で十分だった。





「ググ……――」


 王、王だと?

 人間の分際で王を名乗るだと?


「――グギギ……!」


 ……ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!

 それは俺だけの称号だ! 俺こそがこの世界を統べる唯一の王なのだ!

 貴様程度が名乗っていい良い物では無い――――!

 



「ゴアアアアアアア――――――ッッ!!!!」

『来るぞ――――ッ!』




 彼女を不倶戴天の敵と認めたギガントは、夜空に咆哮を響かせた。

 周囲の防衛軍も、そろそろ相手が仕掛けてくると理解し、警戒を強める。

 だが、後手のままではまた相手に逃げる隙を与えてしまう。

 何とかして先手を打つ必要があった。 





「――おい、ディビスという冒険者よ」

「なんだ?」





 そこで、自警団のリーダー格の男性が、たまたま近くに居たディビスに話し掛けた。





「ヤツの逃亡を防ぐためには、この包囲網を崩す訳にはいかない。だから、我々に代わってヤツを倒して貰えないか?」

「どうして俺達に出来ると思う?」

「それは――」




 ディビスの問いを受けて、自警団のリーダーは正直に、『お前達が居たから誰も死ななかった。村は略奪を受けなかった。それと、お前達は既に三頭も倒しているのだから、ヤツを倒せるだけの実力があると見込んで話しかけているのだが?』と答えた。


 ディビスは敵こそ睨んでいるものの、彼らに自分達の実力を示せていたのが嬉しかった。

 彼らに軽く『そうか、ありがとよ』と伝えると、別の男性からも声を掛けられた。




「俺達からもお願いしたい」

「ほう? お前らもか」




 左舷冒険者チームからだった。

 大分前、合成の魔女を留守扱いにして帰った男性冒険者が代表だ。

 彼らも彼らで、自警団と力を合わせてギガントを倒しはしたものの、自分達の力不足を痛感していた。

 なので、この包囲網の維持を優先したいらしく、ディビス達に大将ギガントの討伐依頼を持ち掛けた。


 ディビスは少し悩んだが、『いいぜ、受けてやる』と答えた。

 更に『無報酬で構わねぇよ』とも言った。

 これで自警団と左舷冒険者チームは、安心して包囲網の維持に集中出来るようになった。

 彼らはディビスに『後で酒と美味い飯を奢る』と伝え、仲間に指示を出した。




『包囲網の維持を重点に置け!』

『良いか!? 勇み足を踏むなよッ!?』

『応ッ!』




 防衛軍は、ナターシャの炎壁を生かした包囲網の維持を始めた。

 そうした方が兵の密度を高く出来るからだ。




「ゴゴギギ……!」




 その間、大将ギガントは動けなくなっていた。

 周囲の防衛軍を警戒しつつ、隙を見て逃げだすチャンスを伺いながら、ナターシャを殺すチャンスも伺って、いや、ここで奴らを全滅させれば、俺が何れゴブリンキングになってもバレない――という、あまりにも欲張りな思考が、彼の足枷となっていたのだ。所詮はゴブリンである。




「よーしお前ら、ダリスと斬鬼丸の後ろに集まれ。最終決戦だ」




 だからこそディビスチームは、陣形を組み直す時間があったのだが……




「悪いディビス、俺とダリスは後一発が限度だ」

「悔しいが、これ以上は腕が持たねぇ。鍛え方が足りねぇな」

「マジか?」




 ディビスがそう尋ねると、ダリスは左手、カレーズは右手を見せた。

 ダリスの手はボロボロで、カレーズの手は小刻みに震えていた。

 無理をさせると手を潰してしまうかもしれない。




「マジか……」




 少し不安を感じたディビスは、何も言わなかったクランクにも尋ねた。




「おいクランク、お前はどうだ?」

「だ、大丈夫ですよ! まだまだ余裕で――」

「そうか、ちょっと腕を触らせろ」

「――なっ!?」




 ディビスが彼の腕を軽く握ると、




「ぐぁぁ……っ!? ぐぅ……ッ」




 クランクは苦悶の表情を浮かべた。

 平静を保っているが、相当痛めているらしい。

 ユニークスキルの影響か。

 あぁ、こりゃあ駄目だ。




「はぁー……」




 彼から手を離したディビスは、リーダーとしての指示を出した。




「お前全員休んでろ。ヤツは俺と斬鬼丸で仕留める」

「「すまん」」

「なっ、ディビスさん!?」

「おい斬鬼丸、構わねぇか?」

「委細承知」

「よーし」




 ディビスは軽く肩を回すと、ダリスと入れ替わりで斬鬼丸の横に並んだ。

 しかしクランクが、納得できないと食い下がる。




「い、いやでも、俺はまだ――」

「バカ野郎、ゴブリン如きに冒険者人生を費やしてどうすんだ。どうせならドラゴン辺りで散らせ」

「――そ、それもそうっすね……!」




 だが、その言葉で納得して引き下がった。

 クランクの扱い方をようやく理解したディビスの勝利だ。




「ゴアッ! アァッ!」

『避けろッ! だが囲いは崩すなよ!』

『応ッ!』


「よし、行くぞ斬鬼丸」

「御意」




 大将ギガントが棍棒を振り回して周囲を威嚇する中、ディビスは斬鬼丸と共に歩んでいく。

 その際、ディビスがぽつりと漏らした。




「そういや、お前と肩を並べて戦うのは初めてだな」

「おぉ、そうでありますな。して、首はどちらが?」

「お前に譲ってやるよ」

「ふむ……?」




 斬鬼丸としては譲るつもりでいたのだが、やんわりと断られた。

 なので彼は、隣の冒険者を制止した。




「――待たれよ、ディビス殿」

「な、なんだよ?」




 唐突に止められて困惑するディビス。しかし、斬鬼丸はまず敵を警戒した。

 ギガントはコチラを注視しながらも、周囲にも目を向けざるを得ない状況なので、安易には襲ってこないだろう。なら、多少の会話は可能だ。


 そう理解した彼は、ディビスに一つの提案を持ち掛けた。




「大将首は貴公に譲るであります。あやつを倒すべき者は、拙者では無く貴公故に」

「理由は?」

「拙者には、あやつを倒す大義名分が無い。旨味も無い。しかしディビス殿には十二分にある。ただそれだけであります。どうせ倒すならば、諸々のしがらみを解いておくべきだと思う故に」

「なるほど……?」




 ディビスは思考を整理して、こう結論付けた。




「つまり、俺に仇討ちをしろって事か?」

「然り」

「なるほど……」



 斬鬼丸の炎の瞳が優しく笑う。

 彼は言葉の裏を考えた。



(理由は良く分かったし、納得も出来る。ここで俺が倒せば、この村での冒険者の扱いが良くなるし、自警団のプライドも守れるからな。だが……)



 茶髪の冒険者はそう理解しつつも、首を左右に振った。




「……悪いな斬鬼丸。今の俺にはちっとばかし荷が重い」

何故(なにゆえ)?」

「いや、そろそろスタミナが尽きそうなんだよ。あんまり長くは戦えねぇ。頭脳労働の弊害だ」

「ふむ、では、短期決戦ならば問題無い。そうでありますな?」

「まぁそうだが……」

「ならば――」




 斬鬼丸は右手を差し出して、掌の上に青い炎を出した。




「――これを受け取るであります」

「なんだそりゃ?」

「これは拙者の、精霊としての力の一端。いわば精霊の加護。信仰が足りない身故、あと一人分しか残っていないでありますが――もし手に取れば、貴公の剣技、身体の動きが最適化され、白金級と目される冒険者並みに動けるようになるであります。如何か?」

「……」




 ディビスは考えた。

 考えたが――――――結論が出なかった。

 今の俺がヤツを倒すには、この力が必要だろう。

 しかし、ここで自分が貰い受けるよりも、適任者が持つべきだと考えたのだ。

 彼のいつもの癖だ。


 なので彼は、無言で後ろの仲間を見た。

 三人は笑いながらも呆れていて、ダリスが代表してこう言った。




「折角のチャンスだ。適任者なぞ考えずに有難く貰っておけディビス」

「お、おう……だがな……」




 ディビスは『これはクランクが持つべきだ』と言いかけた。

 あれだけ強いスキルを持っているのだから、この加護を持てばもっと強くなれると思ったのだ。

 しかし、カレーズが発した次の言葉で思い直した。




「良いから貰っとけディビス。ユニークスキルを持ってないのお前だけだろ」

「――――ッ」




 そう、そうなのだ。

 ディビスは頭が切れて優秀だが、目立つスキルを持たない平凡な冒険者だった。

 ソロで更に上を目指すには、スキル付き武具以外にも、キラリと光る特別な何かが必要だった。


 カレーズのユニーク煽りは、彼を焚き付けるのに十分な威力を持っていた。

 



「……うるせぇバーカ、じゃあ俺が有難く貰ってやるよ。恨みっこ無しだからな?」

「フン、素直になれねぇ奴だ」

「それで良い。早く銀等級になりやがれ」

「そうっすよ! ディビスさんは早く銀等級になるべきです! すげー頭が良いですし!」


「ハッ、調子のいい事ばっか言いやがって……」




 ディビスは煽った仲間を罵倒したのち、前に手を伸ばして、青い炎――斬鬼丸の加護を握りしめた。

 その瞬間、彼の脳裏に懐かしい記憶が蘇る。



 彼――ディビスがまだ少年だった頃。

 少年には一人の友人が居た。


 友人は生真面目で、融通の利かない性格をしていた。

 しかし、彼が語る夢はとても鮮明で、毎日夢に向けた訓練や勉強に勤しんでいた。

 二人は時折、畑仕事を抜け出しては、一緒に訓練を行うような仲だった。


 訓練終わりにはいつも、他愛のない会話で笑い合っていた。

 時には漠然とした夢を掲げて、いつかなってみせると息巻いていた。

 ただただ、父と同じ農民にはなりたくないなと、何となく思っていた。


 そんなある日、友人が一つの英雄譚を聞かせてくれた。


 里や村を襲って人間を喰らう悪い巨人を討伐するために、一人の英雄が立ち上がる。

 英雄は長い旅の末に精霊の力を得て、その導きによって聖剣を手に入れ、悪い巨人と対決して見事討伐した。

 更に、巨人がたんまりと貯め込んでいた金銀財宝をゲットして、自身の村に帰り、幸せに暮らしましたとさ――――という、ありきたりな物語だった。


 少年は感想を求められて、『巨人を討伐する場面が一番だ』と語った。


「どうしてそこが好きなんだい?」

「やっぱ、悪いヤツをこう、バババッ、ってやっつけるのってカッコいいじゃん? だから好きかな」

「そうなんだ……僕はね――――」


 彼は最初の旅路――聖剣を手に入れる経緯の方が好きだったらしい。

 何故なら『精霊の力を手に入れられれば、聖剣を手に入れられて、悪い巨人を倒せて、ついでに金銀財宝を得られるんだから!』と、強く語った。

 聡明な彼らしい答えだった。少年もハッとした。


「でもさ、手に入れられるのか? そんな凄い精霊の力をさ」

「分からない。でも、僕がいつかその精霊を見つけてみせる。そしたら君にも分けてあげるよ」

「本当に?」

「うん、絶対に。神様に誓っても良いとも!」

「……ふーん、じゃあ、約束だぞ?」

「――あぁ、約束だ!」


 二人は強く指切りをした。夕暮れが迫る丘の上で。

 若き日の思い出だった。


 ……そしてその日以降、少年が友人を見る事は無かった。

 少年は村中の大人に聞いて回ったが、誰も教えてはくれなかった。

 最後は遂に父と喧嘩して家出し、一人で友人を探しに出た。


 それが彼の始発点であり、忘れて掛けていた英雄譚のプロローグだった。




「――――ディビス殿。大丈夫でありますか?」

「……ぐっ、あぁ、大丈夫だ」


 斬鬼丸に話し掛けられた事で、戸惑っていたディビスの思考が定まった。


 クソ、なんで今、諦めた夢を思い出してしまったんだ。

 俺には平々凡々な才能しか無いと、二十年もある冒険者人生で知らしめられたってのに。

 ナターシャに出会ったせいで、また夢を追えるって勘違いしちまったのか?

 あぁクソ、今更探した所で何になるってんだ。

 ずっと知らないフリをしてきたが、おそらくアイツはもう、命を――――


 彼は、とても険しい顔をしながら敵を睨んだ。

 ギガントは変わらず棍棒を振り回し、近付く防衛軍をけん制し続けている。


「ふむ……」


 すると斬鬼丸が直球ストレートで尋ねた。



「ディビス殿。もしや、若き日の約束でも思い出したでありますか?」

「――な、何で知ってんだ?」



 ディビスは思わずビビる。

 精霊騎士は、兜のスリットから青い炎を漏らしながら次のように答えた。



否何(いやなに)……拙者が何者で、どういう経緯で生まれたかは伝え申したが、それ以前が誰であったかを伝えていなかった、と思った故に」

「どういう……――――」



 茶髪の冒険者は理解が追い付かず眉を顰めたが、すぐさま思い至った。




「――ッ、お前、まさか……!?」

「ハッハッハ、その通りであります。五里霧中――いや、万里霧中を進み、ただ一人の友人を探し求めた貴公の二十年は決して無駄では無かった。……これで、約束は果たしたでありますよ」

「おまえぇ……ッ」




 彼は返答を聞く間もなく、空を見上げて月を仰いだ。




「……やはり、双子の半月が浮かぶ夜空は絶景也や。こういう特別な夜は、何か不可思議な事が起こるのが常であります。――そうは思わないでありますか? ナターシャ殿」




 囲いの外に居る主は、従者の問いにこう答えた。




「そうだな。つい――“双子月夜よ、その月光を聖なる剣と化し、英雄の前に顕現せん”、なんて詠唱が思い浮かんでしまった」

「ハハハ、良い魔法であります」

「フッ、当然だ。では、後は任せた。私はちょっと席を外すぞ」

「御意」




 魔女っ子は箒に跨って、北東――偽蛇竜の丘方面へと飛んでいく。

 ゴブリン軍を扇動したオークの迂回班を叩くためだ。

 茶色い絵筆が、星空のキャンバスに白色の線を描く。




「えっ、なっ……」

「おぉ……」




 その途端、ようやく旅路の果てに辿り着いた英雄――――ディビスの前で、聖剣創造魔法が発動した。

 双子月から溢れた月光が集約し、闇夜を照らす、純白の輝きを持つ剣が空中に生み出されたのだ。

 すらりと伸びて、透き通ったその刀身は、まさに月の光を想起させる。




「これ、は……」




 擦れた声の英雄に代わって、隣の精霊が答えた。




「これは貴公のために作られた、巨人殺しの聖剣――その名もずばり“月光剣”であります。いやはや、ご都合主義もここに極まれりでありますな! ハッハッハ――――」



 彼は豪快に笑った後、


「――……さて」


 スン、と冷静になる。

 次に動いた時は、真面目な態度で英雄に拳を差し出した。




「……さぁ、舞台は整えたぞディビス。後は僕に代わって、あの巨人を倒してくれ」




 その声音はいつもの低い声では無く。

 既に死した、若き青年騎士の物だった。




「ゲイル……」




 涙を流していた英雄(ディビス)は、ようやく目元を拭う。



 

「――あぁ、良いぜ。お前がやれって言うなら、俺が代わりにやってやるよ。お前が叶えた夢のように、ずっとな」

「あぁ、君に託した」




 英雄は精霊と拳をぶつけ、彼の意志を引き継いだ。

 これでようやく、精霊から託された青い炎が、精霊の力が、ようやく英雄の魂に宿った。


 そう、嘗て斬鬼丸が語った“葬送の炎”とは、相手の魂を燃やし尽くして殺すような代物では無い。

 心折れた者や、愛する人の死を受け入れられずに沈んでいく者に、彼らと身近な死者の想い――伝えたかった言葉や無念を託す事で、彼らに生への渇望を与え、死にゆく心・魂を再び燃え上がらせる力なのだ。



「よし……」



 ディビスは使い慣れた剣を鞘に納めて、大きく深呼吸した。

 今までの雑念が全て吹き飛んでいて、とても不思議な心境だが、一騎打ちで戦うには丁度いい。

 彼は気合を込めるように、左胸に拳を当てて呟く。



「行くぜゲイル……一緒に戦ってくれ」




 前を向いたその瞳には、青い闘志が宿っていた。

これで完了。

次話は10月17日です。夜8時~9時。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おおぉ!“魔王からは逃げられない”!面白くて格好いいです〜
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