243 テスタ村防衛戦 急章 【三十六計逃げるに如かず - 蓋世不抜の魔法少女】
双子の半月が上る夜空の下。
「後少しだァァ―――――ッ!!!!」
「「「オォォ――――――――ッ!!!!」」」
ギガントによって凸凹に荒れ果てたテスタ村の東通路を、五人の男が駆けてゆく。
ゴブリン軍の最中をひたすら突き進み、東に居る大将の元へと駆け抜ける。
『ギャギャ――――!』
「推し通る」
ザザザンッ――――
『――――……』
ドサドサッ……
先頭の斬鬼丸は、立ち塞がるゴブリンを切り伏せて、彼らの進軍を援護する。
そして最後のゴブリンが斬り捨てられた頃に、ようやくギガントゴブリンの元へと辿り着いた。
「待たせたな!」
「ギグゥッ――――!?」
後ろを見た大将ギガントは悲鳴を上げた。両側を挟まれたからだ。
「ギギ……ッ!」
あのチビゴブリン共は一体何をしていたんだ! 使えないゴミめ!
強い怒りからか、こめかみに青筋が浮かぶギガント。
ディビス達は斬鬼丸とダリスを先頭にして、彼の後ろを塞いだ。
「さぁ掛かって来やがれ!」
「グオッ、グオオオオ――――――――ッ!!!!」
「何ッ!?」
[ぐあぁぁぁッ!?』
その途端、ギガントはなりふり構わず暴れ回る。
振り回した棍棒で地面を抉り、大量の土砂を巻き上げて、前方の防衛チーム――東を塞いでいる、自警団と冒険者達の視力を奪った。
『ぐっ、め、目が……ッ』
「ガァッ、ガァァッ!」
『うぉっ!?』
『あぶねぇっ!』
彼は防衛軍を蹴り飛ばして、棍棒で跳ねのけて、戦線突破しようとする。
自警団と冒険者陣営は耐えてはいるが、不意をつかれた。このままだと押し切られてしまう。
(クソッ、無駄に賢いじゃねぇかあの野郎……!)
ディビスは歯ぎしりしながら、やはり生かしてはおけない、と認識した。
奴を早急に仕留めるべく、仲間に指示を出す。
「行くぞお前ら――――」
「おっす! 行きますッ!」(ダッ――)
「――あっ、馬鹿ッ!」
クランクは、ディビスが言い切る前に出撃した。
一応、先ほどの反省を生かした上での突撃である。
ちゃんとディビスの指示を聞いてから、最速で行動したのだ。
「クソッ、クランクに続けッ!」
「「応ッ!」」
「承知」
残りのメンバーも急いで追随する。
「行ッ、くぞォォ――――――――ッ!!!!」
最高速で大地を駆けたクランクは、防衛チームを蹴散らす大将に向かって、全力の斬撃を放った。
「――――“会心斬”ッ!」
「――――ッ!?」
ギガントが気付いた時には、背中にクランクの斬撃が迫っていた。
「これで終わりだァ――――ッ!!!!」
「グゥゥ……ッ!?」
眼前に刃が迫る。
もう避けられない。
だが、死にたくない。……死にたく、無い?
「グッ――!?」
――いや、違う! 死んではならない!
俺は死んではいけない存在なのだ!
何とか生き伸びるために最善の行動を!
とにかく身体を動かせ――――!
「――――グゥ、ガァ……ッ!」
彼はせめてもの抵抗として、自身の棍棒を盾にした。
クランクの剣は敵の棍棒にめり込み、そしてそのまま――――――
ピキッ、バキンッ!
「なっ!?」
「グオ……!?」
中腹を起点にして、真っ二つに折れてしまった。
棍棒から抜けて、地面に落ちた剣先が、カランカラン、と乾いた音を立てる。
「剣が……ッ!?」
「ギヒヒ……――!」
これは単純な話で、通常の約七倍もの威力を出すクリティカルスラッシュを連続使用した結果、遂に武器が耐えられなくなって自壊したのだ。
だが今は、その話をすべき時ではない。
その後、大将ギガントがどう動いたか。そちらが大事だった。
「ギハハハハ――――――ッ!」
「ま、待てッ! くっ……!」
運良く致命傷を防げた大将は、一目散に逃げて、先ほどの攻撃によって薄くなっていた箇所から戦線を突破した。
クランクはスキルの反動で膝を付いたが、体力は残っている。
まだあと一回分は動ける。
「逃がすか……ッ!」
「先に行くぞ!」
「お、おっす! ――――クソッ!」
彼は急いで立ち上がると、通り過ぎて行ったディビス達と合流し、逃げるギガントを追った。
『アイツだけは逃がすな――ッ!』
『逃げんじゃねぇ――――ッ!』
自警団と左舷冒険者達も、大将ギガントの追跡に加わる。
全人員の内、四十人を村の護衛に裂いて、残った四十名が追跡班だ。
中央をディビスチームが引き受けてくれたお陰で、右舷と左舷の負傷者はなんとゼロだったのだ。
『この地域でのッ、ゴブリンキングの誕生を許すな――――ッ!』
『ウォォ――――――ッ!!!!』
しかし、その状況でもなお、彼らは多数の人員を裂いて大将ギガント追いかける。
何故なら分かっているからだ。
アイツは間違いなくゴブリンキングの器を持っていると。
ここで取り逃がせば、アイツは集落を築いて、ゴブリンコマンダーのような存在を見出し、また人里を襲い始める。
つまり、ムーア村大惨禍のような事件が再発する要因になると――――!
『全力で追え――――――ッ!!!!』
『オォォ――――――ッ!!!!』
なので全員、必死の形相で追いかける。
彼らは殆どが農民の出なので、徒党を組んだゴブリンの恐ろしさを良く分かっているのだ。
面白い事に、今この時に至って、テスタ村の自警団と冒険者達の心が一つになった。
「……?」
すると、先頭を走るディビスが、遠くの方で揺れる松明の炎を見つけた。
ユラ、ユラ――――
(ん……!?)
その松明の炎は、川のように長々と連なっていた。
闇夜である事も相まって、地獄や冥府へと続いているように感じさせる。
総数は数えきれないほどに多い。
(――ッ!? あれは、まさか……ッ!)
そしてディビス達には、東からやってくる松明群に見覚えがあった。
間違いなく奴らだ。
「マジか!?」
「ここでかよ……ッ!」
「お前ら止まれッ! これ以上は進むなッ!」
「「「応!」」」
ディビス達は慌てて立ち止まった。
後方の防衛軍も、前方の松明群に気付いて停止の号令を出した。
『……ッ!? 止まれ――――ッ! 敵の本隊が来たぞォ――――ッ!』
そうだ、遂に敵の本隊――約四千ものゴブリンが進軍してきたのだ。
彼らも先遣隊と同様に、下卑た笑い声の大合唱を響かせていた。
『ゲヒャ、ゲヒャゲヒャ―――――――――!』
『ゲハヒャハハ――――!』
「ゲハハハハ―――――」
本隊が見えた事で大将ギガントは安心し、ふと後方を見た。
「――、……?」
そしたらどうだ、敵が追ってきていないではないか。
見ろ、あそこに立ち止まっている、奴らの惚けた面を! なんと間抜けな事か!
「ゲ、ゲヘ……! ゲヒャヘ……ッ――!」
彼は余りの嬉しさに、走るのを止める。
更に、ゆっくりと振り向くと、高笑いをし始めた。
「ゲヒャハハハハハハハ、ハハハハハ! ハハハハッ、ハーッハハハハハ――――!」
闇夜に勝利の嘲笑が響き渡る。
勝った、勝った! 俺は勝った! 奴らに勝った! 俺はやり切った!
ここからは蹂躙だ! 下っ端や他の同胞を利用すれば、俺は望むもの全てを手に入れられる!
やった、やったぞ! 俺は天才だ! そして誰よりも強い!
俺が、俺こそが、この世界で最強のゴブリンキングだ――――!
彼は全力で弱い人間達を嘲笑い、自身の勝利に酔いしれた。
テスタ村防衛チームは、誰も彼を咎める事が出来なかった。
「む、無理だあんな数……勝てっこない……」
クランクは、敵軍を見て青ざめていた。
それも当然だろう。
本隊には、三千五百体の下っ端ゴブリンの他に、ギガントゴブリンが三百体も居るからだ。
たった五体であれだけの激戦を繰り広げたギガントが、まだその数十倍も居る。
仮に、彼らから勝利をもぎ取れたとしても、まだ三千五百ものゴブリンが残っている。
その事実は、あまりにも絶望的過ぎた。
「終わった……」
「畜生、ここまでなのかよ……ッ!」
彼の後ろの面々――自警団・左舷冒険者達も、同じように恐怖していた。
……そこで斬鬼丸が、皆の消極的な言葉に反応を示した。
「――ふむ、確かにそうでありますな」
「え……?」
彼はいつも通りの飄々とした態度で、一歩前に出ると、背後のクランクにこう伝えた。
「ここは、拙者達に任せるであります」
「えっ!? な、な、なに言ってんだ斬鬼丸さん!? 無理だって! 例え斬鬼丸さんでも、あの数は無理だって!」
「然り」
斬鬼丸は肯定を示すと、戦争に対する個人的見解を話した。
「――例え一騎当千と言えども、個人では万の軍勢を推し留める事は敵わず、手に入れられるのは局所的な勝利のみ。戦争の大勢を決するのはいつも、一番数の多い雑兵達であります。個人の武勇で勝てる程、戦争は甘くない。拙者とてその例外では無かろう」
「な、なら……!」
「しかし――――」
「?」
だが彼は、次のように反論した。
「――――しかし、我が主がいるならば、そうとも限らないであります。ナターシャ殿の真価は、個人戦では無く集団戦で発揮されるが故に」
「えっ……?」
「さぁ皆の者。前を向き、刮目なされよ。あれが魔王候補を名乗る者――合成の魔女の実力であります」
「えっ――――」
彼がそう言った直後、暗い夜空の北方から、一筋の流れ星が現れた。
その白い尾を引く流星はゴブリン軍の真上に停止し、まさかの直角に墜落し始め――――
『ゴヒャヒャヒャ――――』
『“――――怒竜灼炎砲”』
『ヒャ……? ァ――――』
ドォォ――――――ン……
ズッ、ゴォォォッ――――――ッ!
――――本気を出せば世界を焼き尽くすという、覇竜砲を一部再現した極大範囲の爆裂火炎砲によって、約四千ものゴブリン軍を一瞬で消し炭にした。
更に、燃え上がる爆炎が夜空と草原を赤く照らし、後から襲い来る熱波と爆風が周辺の木々をなぎ倒し、テスタ村防衛チームの髪を掻き上げ、汗の雫を弾き飛ばした。
「すげぇ……」
「相変わらずやべぇな……ナターシャの魔法は……」
ディビスとクランクは思わずそう呟いた。
「ゴェ……? ェェ……?」
ついでに、本隊から離れていたからか、運良く助かった大将ギガントも、突然起きた大惨事に茫然自失となった。
「わとと……っ」
そして白い彗星――箒に乗った銀髪の魔女っ子は、背後の爆風に煽られながらも、箒を上手く操作して、未だに唖然としているテスタ村防衛チームの前へと舞い降りた。
彼女の青い目は焔炎で朱く照らされていて、魔導服が風に靡くその姿は、若き日の魔王を想起させた。
彼女はズレた魔女帽子を直すと、目の前の彼らに向かって口上を述べた。
「――よく耐えたなお前達。合成の魔女フェレルナーデ、契約に基づき馳せ参じた。……あぁ、遅れた詫びとして、本隊は完全殲滅しておいたぞ? フフッ」
そう言って笑う。とても綺麗な笑みだった。
全員に安心感を与えてくれるような、そんな優しさが籠っていた。
『お、お、オォ……――――!?』
彼らテスタ村防衛軍が現実に戻ってこれたのは、彼女のカッコいい口上を聴いたからだった。
そしてすぐさま、状況を理解した。
“彼女の背後で燃え盛る爆炎が、四千ものゴブリン軍をこの世から消し去った”
その事実に疑いの余地は無い。
彼らは勝利を確信して、勝鬨の声を上げた。
『ウォォ――――――――――ッ!!!』
冒険者達は、オマケにこう叫んでいた。
『合成の魔女最高――――――ッッ!!!!』
「ふ、ふむ……?」
その反応を見て、つい物思いに耽る少女。顔が少しニヤけている。
だが彼女はサッと振り向き、次の瞬間、ポツンと取り残されたギガントゴブリンをビシッと指差しつつ、皆に聞こえるよう大声で叫んだ。
「聞けい、皆の衆! まだ喜ぶのは早いぞ! 何故なら、ギガントゴブリンが一体生き残っているからだ! 早急に奴を討伐せよ――ッ!」
『……――――ッ!?』
その言葉で、防衛チームは思い直した。
そうだ、そうだった。まだ完全勝利では無い。
絶対に逃がしてはならない獲物が残っていた。
『そ、そうだ! アイツを逃がすなッ!』
『そうだッ!』
戦争には勝ったが、まだ勝負は続いているのだ。
両方もぎ取ってこその完全勝利だ。
『急いで取り囲め――――ッ!』
『走れェ――――ッ!』
「――?」
勝って兜の緒を締めよとは、正にこの事だろう。
彼らは全員で駆け出すと、大将ギガントと対峙した。
『展開ッ!』
『応ッ!』
「――グォッ!?」
ギガントゴブリン一に対し、人間は五十。更にナターシャと斬鬼丸も控えている。
圧倒的な戦力差だ。これなら何があろうとも勝てる。
防衛チームは数的有利を生かして、じりじりと包囲網を広げていく。
『武器を構えろ! 敵を睨め! これが最後の正念場だァ――ッ!』
『オォォ――――ッ!!!』
「グ、ウググ……!?」
生き残ったギガントゴブリンは、一転して窮地に陥った。
今回は短め。
でも、防衛戦はもうちょっとだけ続くんじゃ。
次話は11月14日。夜8時~9時です。
ですが、後はもう畳むだけなんで、早いうちに書きます。




