240 テスタ村防衛戦 破章 【押し込まれる中央 - 反撃開始】
『ゲキャキャキャキャ――――ッ!』
ゴブリン達は、ディビス達にひっきりなしに襲い掛かり、反撃されて屍となっていく。
しかし、彼らは死を恐れない。生死よりも自身の欲を満たす事の方が重要なのだ。
それこそが、彼らが悪に飲まれた精霊だという証拠だった。
「ゲハハ――――ッ!」
「ギガントの攻撃が来るぞ! 避けろォ――ッ!」
更に、ギガントゴブリンによる薙ぎ払いも脅威だった。
下っ端ゴブリンの背後から行われる攻撃は、堅牢な盾持ちが居ないと対処が難しい。
なので道中で耐えようにも、相手の馬鹿力で陣形が崩されて、じりじりと前線が下げられていく。
「おらァッ!」(ザシュッ!)
「ゲァッ!?」(バタッ……)
だが、個々のゴブリンは弱い。
とても弱いが――上位種によって、防御を固めても崩される。
その瞬間に下っ端が攻め寄せて後退させられる。
なんとかして、この防戦一方の状況を変える必要があった。
「チッ……! 今から点呼を取る! 名前を呼ばれた奴は返事しろッ!」
「「「応ッ!」」」
ディビスは軽く舌打ちすると、人数の確認を急いだ。
現在、味方がどういう構成なのか知る為だ。
それで分かったのが、中央に居るのはディビスチームのみ。
他の冒険者とは分断されてしまったらしい。
「ゴブゴ――――!」
「邪魔だッ!」(ザシュッ!)
「ゴギャッ!?」(バタッ……)
「ふぅっ……」
襲い来るゴブリンを斬り捨てながら、彼は安堵した。
相手側の戦略を予想して、一番耐久力のある彼らが中央を固めていたのだ。
独自で決めた作戦が功を奏したらしい。
これならまだ何とか出来る。
「うぅ、人数が足りなくないですか……!?」
しかしアウラは不安がった。
戦闘経験が足りないので、気圧されてしまったのだ。
だが、彼女の近くに居た先輩たちが宥めた。
「違うわアウラ、逆に戦いやすくなったと思いなさい!」
「アストリカさん……!」
「その通りである。それと、アウラは敵よりも味方を見るべしだ。ヒーラーなのだからな」
「オデルさん! わ、分かりました……っ!」
アウラは二人の指示を受けて、ダメージチェックを重点に置いた。
更に、彼女の護衛にアストリカとオデルチームが付く。
戦線を維持するには、ヒーラーの生存がとても重要だからだ。
他の冒険者も、仲間の後衛職を守るように陣形を整えた。
「おいディビス! 後少しで中央の広場だ! 次の作戦は!?」
「分かってらぁッ!」
「ゲギャァッ!?」
カレーズの忠告を聞きながら、ディビスは考えた。
(こりゃあ、アレしかねぇな……)
一応、策はある。だが、それにはどうしても盾役が足りない。
彼は反発されるのを承知で、一人の冒険者の名前を叫んだ。
「チィッ、ダリス――」
『ガァァ――――ッ!!!』
「――なっ!?」
すると突如、一体のギガントゴブリンが暴れ始めた。
百を超えるゴブリンが、たかだか十数人程度の冒険者と拮抗している事に苛立ったのだ。
ギガントは下っ端を蹴り飛ばして、最前線に出向き、ディビスチームを本格的に排除し始めた。
「ゴアア――――ッ!」
「回避しろッ!」
ギガントがこん棒を振り下ろす。
ディビス達は回避したが、陣形に穴が開いた。
下っ端のゴブリンが、その穴を目指して押し寄せる。
『グギャハハハ――――!』
「穴を塞げッ!」
しかしギガントには、役に立たない下っ端などもう眼中にない。
むしろ、標的が増えたと嗤っていた。
「ゲハハッ――――」
ギガントは、味方を巻き込むのを承知で、敵目掛けて何度も棍棒を振り回した。
「ガハハハ――――ッ!」
「ゲッ!?」
「ゲガュ!?」
ゴブリンが潰される音と、気持ち悪い断末魔が戦場に響く。
地面に、民家の壁に、赤い染みと肉塊が飛び散る。
「ゲハァ――――ッ!」
「ま、マジかッ!? ――ぐッ!」
「お構いなしかよ!? ――――っぐぁぁッ!」
「――ぐぼぁッ!?」
更に、棍棒の暴風はディビス達にも及び、前衛を張っていた数人が吹っ飛ばされた。
彼らは近場の壁に叩きつけられて、そのまま気絶してしまう。
「お前らッ!?」
「ぐっ……アンタねぇ――――ッ!」
「アストリカ!? 待てッ!」
「おい待てッ!」
怒ったアストリカは、ディビス・カレーズの制止も聞かずに飛び出した。
長い棒状の武器を脇に構えたまま、敵よりも高く跳躍する。
「はぁぁぁ――――ッ!」
「グォッ!?」
これは、彼女が銀等級だからこそ出来た判断だ。
自分なら確実に一撃で仕留められる、という強い自信の表れだった。
彼女は空中で棒を振り回すと、ギガントの頭部目掛けて振り下ろした。
「喰らえッ――“金剛砕”ッ!」
「ゲギャァァ――――ッ!?」
最前線のギガントは対処出来ずに、まともに喰らう――――――筈だった。
「ゲ、ゲ……」
「嘘でしょ――――!?」
しかし、実際にアストリカの攻撃を受けたのは、突然飛来した一体の下っ端ゴブリン。
最前線のギガントが助かったのは、彼の後続が関係していた。
「ギブブ……」
そう――後続のギガントゴブリンが、近くの下っ端ゴブリンを投げ付けて、身代わりにしたのだ。
余りにも的確な投合術に、冒険者達は驚愕した。
「嘘だろ……!?」
(あり得ない! ただのギガントゴブリンにこんな芸当――――!)
アストリカもその内の一人だった。
ショックで集中が途切れてしまう。
「グハハハ……ッ!」(ガシィッ)
「ぐあ……ッ!」
(しまっ――――!)
ギガントはこれ幸い、と、空中で勢いを失ったアストリカを掴んで、
「ゲハハハハ――――――ッ!」
「きゃあああ――――!」(ズゴォォ――ン!)
近場の民家へと思いっきり投げつけた。
モルタルの外壁が盛大に砕けて、もうもうとした土埃と、瓦礫の欠片が舞い散る。
「アストリカ――――ッ!」
「俺が行くッ!」
彼女の安否を確かめるべく、カレーズが急行した。
民家の壁には大穴が空いていて、部屋の最奥には頭部から出血したアストリカが横たわっていた。
「おいアストリカ! 大丈夫か!?」
「う、うぅ……」
どうやらちゃんと生きているようだ。防具のお陰か。
だが、大怪我をしたのは間違いない。
早急な治療が必要だった。
(何か手当出来るような物は……!)
「大丈夫であるか!?」
「アストリカさんっ!」
「お前らッ!?」
するとタイミングよく、オデルチームとアウラが到着した。
敵軍を突き抜けて来たらしく、全員の息は荒い。
カレーズは急いで指示を出した。
「い、いや、よく来たアウラ! アストリカの回復を急げッ!」
「は、はいぃっ! “我が主よ、此処に大いなる癒しの力を束ね、この者の傷を癒し給え! 上級回復”!」
ハイヒールによって、アストリカの傷が癒えていく。
頭部の出血も何とか止まった。
「起きろアストリカ! 戦闘中だぞ!」
「……」
「アストリカッ!」
カレーズが呼び掛けるが、彼女は一向に目を覚まさない。
どうやら気絶してしまったらしい。
「クソッ……!」
「ど、どうすれば……!」
「んなもん、決まってるだろ!」
「カレーズさん!?」
カレーズはアストリカを背負うと、他のメンバーにも指示を出した。
「アストリカをギルドまで運ぶぞ! オデル達は他の戦闘不能になった奴らを拾いに行けッ! アウラもそれに付いて回るんだッ!」
「「「お、応ッ!」」」
「分かりましたっ!」
オデルチームとアウラは外に出て、戦闘不能になった仲間を拾いに行く。
残されたカレーズは、ディビスに聞こえるように叫んだ。
「ディビィィィス! 俺達は負傷者をギルドまで運ぶぞ! 戻ってくるまで何とか耐えろォ――――!」
◇
「……くっ!」
その叫びを聞いたディビスは、険しい顔をしながらも、こう返答した。
「俺達は気にすんなカレーズ! さっさと行けェ――ッ!」
『ありがとよォ――ッ!』
すると、先ほどの民家からカレーズが飛び出して、民家の屋根伝いに西のギルド方面に向かっていった。
オデルチームも、戦闘不能になった冒険者三人を背負って、ディビス達の横を抜けていく。
「俺が返ってくるまでに死ぬなよ――――!」
「死ぬなよ!?」
「気を付けるである!」
「死ぬか馬鹿! 良いからさっさと行けッ!」
別れ際にふざけつつも、ディビスの内心は穏やかじゃ無かった。
貴重な回復役のアウラ、遠距離攻撃が出来るアストリカとカレーズ、負傷者を含む七人の前衛がまとめて居なくなったからだ。
今残っているのは、クランク・フィズ・レンカの青銅三人組、フミノキースで仲間に引き入れた冒険者三人、そしてディビス。合計で七人。
連携は問題ないが、戦力としては少し心許ない。
特に、銀等級の二人が居なくなったのが惜しまれる。
「こ、このままじゃ……」
「不味いよね……!」
「くっそォ……! 何の呪いだよ畜生……!」
不運続きの状況にクランク達は悪態をつく。
しかしそれを、ダリスとディビスが注意した。
「止めろ青銅組。縁起の悪い事を言うんじゃねぇ」
「そうだ。まだ死人は出てないし、怪我人も五体満足なんだから呪われてなんかいねーよ」
「す、すいません!」
「すまない先輩方……」
「ごめんなさい……!」
冒険者にとって、縁起の良し悪しは重要だ。
少なくとも冒険者人生を絶たれるような怪我はしていない。だから運が良い。次がある。
そう思い続ける事が一流冒険者の心得だった。
だが今、その心得を教える時間は無い。
(よし、まずは――――)
敵の動きを確認しよう。
ディビスは、息を呑んで前を見る。
「ゲハッハッハッハァ――――――――ッ!」
彼らの目の前には、大笑いしているギガントゴブリンの姿があった。
周囲の下っ端は、此方を見据えて棍棒を振り上げ、『ギィ、ギィ』と威嚇している。
しかし、前進はしない。
ギガントの無差別攻撃に巻き込まれたくないからだ。
(ゴブリン共は、どうやらアイツと俺達の一騎打ちをご所望らしいな。まぁ確かに、あいつが居ると満足に略奪も出来ねぇだろうしな……)
そういう意味でも、ゴブリンの狡猾さがよく伺える。
目には目を、歯には歯を。裏切りには裏切りを。
邪魔者を消す為ならば、例え敵だろうと利用する。
やはりゴブリンは、早急に駆除されるべき生物だ。対話の余地は無い。
だが――――
(良いだろう、今だけは乗ってやろうじゃねぇか……! あのギガントゴブリンには、返さなきゃならねぇ仇があるからな――――!)
ディビスは汗を拭うように髪を掻き揚げると、剣を中段に構えて、リーダーとして宣言した。
「よっし、武器を構えろッ! 横陣を組めッ!」
「「「りょ、了解ッ!」」」
指示を受けた冒険者達は、ディビスの左右に並んだ。
各々の武器を構えて、ギガントゴブリンを睨む。
「ゲハハハ――……ハァ?」
相手も此方の動きに気付いたようだ。
気持ちよくなっていた所に水を差されて、暫し無言で身体を震わせた後、怒りの咆哮を上げた。
「ゴアアアアア――――――――ッ!!!!」
(それはこっちのセリフだこの野郎――――ッ!)
怒りの眼でギガントを睨んだディビスは、仲間の仇を取るべく、味方の指揮を上げるべく、先陣を切って突貫した。
「仲間の雪辱を晴らすぞッ! 進めェェ――――ッッ!!!」
「チッ、俺様を置いていくんじゃねぇッ!」
更にダリスが、当然のように彼を追いかける。
「お、俺達も続けェ――――ッ!」
「「「オォォ――ッ!」」」
残りのメンバーも、二人を援護するべく追随した。
狙うは先鋒、ギガントゴブリンの首。
テスタ村防衛陣の最初の反撃が、今始まった。
展開が激ムズ過ぎて予定通りに書けない……
投稿遅れてごめんね……
次話は10月5日です。夜8時~9時。




