239 テスタ村防衛戦 序・破章 【テスタ村の前日談 - 両軍激突編】
ここからはナターシャの思惑通り(わたあめ並みにふわふわ)に事が進む訳だが、一度、数日前のテスタ村に戻る。
先に情報を開示しておかないと、彼らが前線で踏み止まれる理由が分からないからだ。
◇
ハビリス村にローワン一派が逃げ込んだ事で、ウィロー派閥軍の情報が齎された。
洗脳が施されたオーク行政官・近衛兵の他に、里外から移住してきたオーク――ウィロー精鋭軍が五千、人里襲撃用のゴブリンが四千も居るという情報だ。
ウィローは“全てのオークに治世と知性と平等を”という正義の旗を掲げ、移民政策によってローワン派を少数派に押し込めたらしい。
悪人が合法的に国を乗っ取る為の常套手段だ。
だが、オークサイドの事情など、テスタ村側には不要な情報だ。
彼らにとって大事なのは、数日も立たないうちに四千ものゴブリンが襲撃してくる、この一点に尽きる。
そしてその情報は、ハルヤと共にテスタ村を訪れた狩人によって伝えられた。
ハビリス族については狩人一族から聞いていたものの、唐突に村滅亡の危機を伝えられたので、テスタ村の村人は会合を開く事になった。
まず彼らに与えられた選択肢は二つ。
一つ目は、この村を捨てて逃げる事。
ここから南の街道沿いに進めば、小さな農村が二つや三つほどある。
そこに急いで逃げ込んで、スタッツ国軍によるゴブリン軍討伐を待つのだ。
そして二つ目は、徹底抗戦。
ただ全力で村を守る。それだけだ。
テスタ村の人々は当然のように後者を選んだ。
村を捨てられないのと、自分達でここを守ってきたという誇りがあるからだ。
そこで狩人が『戦力が足りないので、冒険者ギルドを頼る事になるが――』と言うと、彼らは猛反発した。
「ふざけんじゃねぇ、冒険者よりも俺達の方が手慣れてるんだ」
「四千のゴブリンだろうと負けるもんか」
「他の村の援軍ならまだしも、冒険者なんて頼りにならねぇ」
血気盛んな自警団は、口々にそう言った。
彼らがここまで冒険者を嫌う理由は様々あれど、その根底にあるのは“嫉妬”だった。
自分達はこんなにも頑張っているのに、吟遊詩人が謳うのは冒険者や戦争の英雄の事ばかり。
それが悔しくて仕方なくて、他所者を敵視するに至っているのだ。
「それはそうだ。余所者が信じられないからこそ、全てを守りたいからこそ、俺は強くなれた」
狩人はちゃんと理解を示した。
しかしこうも答えた。
「だからこそ分かる。ハッキリ言って、お前達にこの村を守るだけの力は無い。他所者を頼れ」
「「「……っ!?」」」
テスタ村の人々は衝撃を受けた。
あの狩人が、まさか自分達の尊厳を否定すると思わなかったからだ。
彼らはこぞって詰問した。『何故そんな事を言うんだ』、『鍛えてくれたのはお前だろう』と。
狩人も否定はしなかった。
だが彼が、『いくら気合を出した所で、四千対三十人という事実は変わらない。もし頼らなければ、一人頭で百体近くのゴブリンと戦う事になるんだぞ。現実を見ろ』と言った事で、自警団は黙り込んだ。
そのまま会合を続けた結果、冒険者ギルドに掛け合う事に決まった。
村全体にとっては苦渋の決断だったが、一部は思いのほか清々しい気持ちになっていた。
何故なら、冒険者になりたい、ギルドを見に行きたい、という欲があっても、同調圧力によって誰も寄り付けない状況になっていたからだ。村社会あるあるだ。
会合が終わって即、自警団の代表――ナターシャと会話していた男性がギルドに出向いた。
彼の横を、最近よく見る青髪のメイドがすれ違っていったが、彼が気に留める事は無かった。
彼はギルドに入って早々、ゴブリン襲撃の情報を伝えた。
ギルド側は既に情報を把握していて、フミノキース店と軍部に援軍の打診をしている、と伝えてくれた。
襲撃当日には、冒険者に向けて緊急クエストを発布する予定らしい。
何故そこまで準備が良いのか、彼はとても疑問に思った。
だが、襲撃対策を進めてくれているのはありがたい。こちらの仕事に集中出来るからだ。
彼は冒険者についてはギルドに一任して、村の守りを固める事にした。
◇
それから襲撃当日になって、自警団に援軍の内訳が語られた。
フミノキース店からの援軍は千人。各地から戦闘出来る職員をかき集めたらしい。
早くて今日の午後、遅くても深夜には到着する予定との事。
テスタ村に滞在する冒険者達は、“合成の魔女”と呼ばれている例の子供魔導士の援護を信じ切っているらしく、とても勇んだ様子で残留してくれた。
対して、外部の冒険者は犯罪歴の精査が大変なので省かれた。
自警団としては、そういった横暴な冒険者の対処に困ってはいたが、援軍に来ないとなると少し心許なく感じてしまう。ギルドとの契約上、仕方ないとは言えだ。
そしてなんと、スタッツ国軍部からの援軍はゼロ。
ガーネット公爵家の現当主、グレオリオン元帥が突っ撥ねたらしい。
何でも『エンシア王家が居るのに首都を空にする事は出来ない』という、傍から見れば至極真っ当な理由を言っていたらしいが、実際は辺境のテスタ村程度、滅びた所でどうでも良いようだ。
交渉に出ていた職員が、とても悔しそうな顔でそう語ってくれた。
収税役人を拒絶する偏屈な村だからと言えば仕方ないが、彼らにしてみれば、自前で納税から村の護衛を行っているにも関わらず、『役人を入れないから』の一言で見捨てられるのは心外である。
テスタ村の人々は、改めて“この国は信用ならない”と認識した。
「戦争後の対応の悪さから分かっていたが、グレオリオン元帥は傍若無人が過ぎる」
「全くじゃ、人命よりも金と地位と名声を大事にしているヤツだ、と昔から言われておる。とんだひとでなしじゃ」
「もっと心優しい人が当主になってくれんかのう」
老人達は、村外れの仮設冒険者ギルドでそんな会話していた。
この仮設ギルドは、ナターシャのテント魔法を活用しているので、屋内であると同時に魔物が寄り付けない避難場所でもあるのだ。
内部には老人の他に、女性と子供も逃げ込んでいる。
「今のガーネット家は駄目じゃ、欲に支配されとる」
「本家が国の当主だった頃は良かったのう……」
「ムーア村大惨禍さえ起きなければ……」
「うっ、やめんかその話題は……!」
「そうじゃ。あれは、力が無かったワシらも悪いんじゃ……」
「す、すまん……」
そうして過去を懐かしんだり、後悔したりしていると、村方面が騒がしくなる。
どうやら、ゴブリンの襲撃が始まったらしい。
ギルド内の村人達は恐怖に震えた。
◇
『ゴヒャァァァ―――――――――ッッ!!!!』
先陣を切って来たのは、ゴブリンのスカベンジャー騎乗隊、総数にして八十体。
黒いハイエナのような魔物に乗ったゴブリンは、突撃を防ぐ馬防柵など飛び越えてしまわんと、脇を蹴って速度を上げていく。
「来るぞォォ――――!」
敵は中央目掛けて進んでいて、ほかには目もくれていない。
何故なら、彼ら騎乗隊の仕事は敵の分断であり、それ以外の事は教育されていないからである。
後は雪崩れ込む歩兵が敵を殲滅する、という流れだ。
「よし、記念すべき第一射ァッ!」
だからこそ、対策が容易だった。
カレーズは騎乗隊に向けて矢を放つ。
バシュンッ!
「ギャビッ!?」
放たれた矢は、先頭を進むスカベンジャーの脳天を撃ち抜き、後方の騎乗隊を巻き込むように横転させた。
『ゴギャアア――ッ!?』(ガッ、ゴロゴロゴロゴロ――)
それによって、約半数の騎乗隊が戦闘不能になって、一部は骨折により物言わぬ血袋と化した。
しかし、それでも敵の進軍は終わらない。
「魔法! 弓矢! 撃てェッ!」
「“火炎球”!」
「当たれぇー!」
ディビスは遠距離攻撃の指示を出して、中央を食い破ろうとする敵を食い止めようとする。
対して、生き残った騎乗隊は何と、冒険者が放つ魔法弾幕を回避してどんどんと距離を詰め始めた。
「何だあの操縦技術はッ! 化け物かッ!?」
「良いから敵を近付けるなッ! 気合で当てろォォッ!」
これは、生き残ったスカベンジャーがたまたま優秀な個体だったから起こった悲劇だが、敵対している側にとってはたまったもんじゃないだろう。
なおゴブリンはオマケなので、あまりのスピードに耐え切れず、振り落とされて戦闘不能になっていった。
「「「グアア――――ッ!」」」
数十秒後、不運にも主のゴブリンを失いつつも、魔法と矢の弾幕を突破した二十頭のスカベンジャーが最前線に到達した。
「ガブ! ガブッ!」(バキバキッ、ジュウウウ――――!)
「コイツら柵を……ッ!」
「やめろォッ!」
彼らは馬防柵を、自身の持つ“悪食”スキルによって捕食して、敵陣中央を突破しようと暴れまわる。
冒険者は得物を振るって攻撃するが、彼らは上手く避けて柵を食い破っていく。
何故なら、このまま中央を突破して西に抜ければ、自分達の生息地に帰れると分かっているからだ。
帰巣本能が起こした執念の賜物だった。
「このままじゃ持たな――――!」
冒険者が悲痛な声を上げると共に、遂に中央の一つがバラバラに砕けた。
スカベンジャー達は我先にと入り込むと、周囲の冒険者に腐食性の唾液を飛ばす。
「ケハッ!」
「ペッ!」
ビチャビチャッ、ジュゥゥ……ッ!
「くっ、酸か!」
「当たると爛れるぞ! 離れろ!」
前衛職の冒険者は、少し距離を取って敵対した。
対してスカベンジャー達は、唾液を飛ばして中央をこじ開けると、南西へと走り去っていった。
『ワウーン……!』
ウィニングランである。
「逃げていった……!?」
敵対した冒険者は呆気にとられたが、そんな余裕はないとすぐさま思い知らされた。
スカベンジャーの後ろに続いていたゴブリン軍もようやく追いついて、中央へと雪崩れ込んで来たのだ。
「「「ゲヒャハハハハ――――――ッ!」」」
百二十体にも及ぶゴブリンを盾にして、体長が三メートルもある、とても恰幅の良いゴブリン上位種――五体のギガントゴブリンが、大きな棍棒を振りかぶる。
「ッ、後ろに飛べッ!」
「「「了解――!」」」
ディビスは中央の冒険者に指示を出して、全力で後方に下がらせた。
その瞬間、近場の柵が破壊されて、粉々の木材が空を飛んでいく。
「相変わらず馬鹿見てぇな力出しやがって……!」
忌々しく呟くディビス。
そして、指揮としては正しいが、結果としてはゴブリンの侵入を許してしまった。
ゴブリン達は風穴が開いた中央から、ギガントゴブリンの隣を抜けて、村内部へと走り出す。
「「「ゲハハハハ――――――ッ!!!」」」
「チィッ! 後退しながら対応しろ! 西のギルド方面には進ませるなッ!」
「「「了解ィィッ!」」」
ディビス含む中央の冒険者は、村内部での乱戦を強いられることになった。
右舷・左舷陣営は後方から抑え込もうとしたが、ギガントゴブリンが手強く、苦戦を強いられる。
遅れて申し訳茄子。
次話は11月2日です。夜8時~9時。




