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237 戦争開始、両軍激突。

 南の塔に集まったナターシャ・斬鬼丸・シュトルムの三人。


「馳せ参じたであります」

「同じく」

「よし、集まったね。じゃあこれから――――……!?」


 さっそく話し合おうとすると、ファントムウォーズの結界が身体を通過した。

 薄いガラスのような何かがスッと通り過ぎていく。


「び、びっくりしたー……」

「ほう、これが幻想戦争の結界でありますか」


 斬鬼丸は、この塔の端で停止した結界を見ながら呟いた。

 テスタ村方面までカバーされていないのは、ゴブリン軍を滅する予定だからである。

 オークは殺さぬ、だがゴブリン、お前達は殺す。

 我が経験値となれ慈悲は無い。


 ついでに、この戦争のゲームマスターとなったリズ―ルの声が脳裏に響いた。


(『オーク・ハビリス連合軍のみに通達します。友軍の狙撃手が敵の密偵を討伐し、拘留結界に封じ込めました。情報統制は一時解除です』)


 いわゆるGMコールって奴だ。

 敵に察知されない連絡手段として利用される予定である。


 三人はやっとか、と安心して、自分達の作戦概要を確認した。

 生放送のコメント欄は、戦争開始への戸惑い・恐怖と興奮で、それはもう湧いていた。



 ここで一度、リズールへと視点が変わる。

 北の抜け口では、今まさに戦端が開かれる場面だった。

 全体の戦闘指揮も請け負っている彼女は、北の監視塔から戦場を眺めていた。






「「「ウォォ――――――――――ッ!!!」」」






 雄叫びを上げながら、戦場を埋め尽くすような荒波が迫る。

 それは、夜の平地を爆走する敵オーク軍。総数にして五千ほど。






「全軍! 構え――――ッ!」

「「「――――!」」」







 相対するは、鋼色の小要塞と木組みの大砦。

 煌々と照らされた砦前で、敵を迎え撃たんとするストーンゴーレム軍だ。

 その様子を見て、隣に伏せている狙撃手クーゲルが、ポロリと言葉を漏らした。


「いきなり全軍突撃かよ、ウィローも大分と温まってるみたいだな」

『えぇまぁ、あれだけ好き放題に蹂躙されれば、誰だって怒ると思います』

「言えてるな。やって正解だった」

『えぇそうですね……』


 彼女に“手段を選ぶな”と指示を出したのは自分なので、これ以上は言わないでおく。


『――では、始めますか』


 リズールは早速、ファントムウォーズを起動した。


『“……時は聖都歴五百年頃。闇の眷属と邪教国を打ち滅ぼす大戦乱の時代。超大国となったエンシア王国にも、その魔の手が忍び寄っていた。このままでは自分達の領土が危ない! 故に、勇猛果敢なるエンシア貴族達よ! 貴公の素晴らしき戦闘指揮によって闇の眷属を打ち倒し、エンシア王国に太平の世を築き上げよう! ――以上、幻想戦争ファントムウォーズのプロローグより”』


 すると、リズールを中心に透明な結界が広がって、主戦場とハビリス村を覆い隠した。

 実はファントムウォーズは、ゲームのプロローグがそのまま詠唱になっている少し変わった魔法なのだ。

 リズールが大好きなのもそれが原因である。


「はぁ、やっとか」


 クーゲルはそう呟くと、背後に銃口を向け、引き金を引いた。


 パンッ!

「――ギィッ!?」


 すると奇怪な断末魔が聞こえて、単眼の魔物がドシャッ、と地面に落ちる。

 黒くて丸い体躯に、ギョロっとしたデカい目が付いている飛行生物だ。

 それは墜落すると共に、青い光になって消えた。


『これで気兼ねなく話せますね』

「そうだな」


 あの魔物の名前はイビルアイ。

 テレパシー・分裂・透明化というスキルを持っていて、密偵やスパイとして利用される低級悪魔だ。

 分類するならば闇系統の魔物と言える。


 それはつまり、ウィローが闇に関する何かと関わっている証拠でもあった。



「――ギッ!? 分裂体ガ一体、討伐! 討伐! 敵軍偵察不可!」

「何ですとォッ!?」


 そして主戦場から少し離れた、森の中の敵本陣。

 主君であるオークキングを地面に座らせて、大将用の椅子に座っていたウィローが叫んだ。

 謎の人間、クーゲルを追尾させた密偵がバレているとは思っていなかったらしい。


「グッ、ググ……ッ!」

「ウ、ウィロー様? 大丈夫ですか?」

「――ぉぉおかしいでしょうッ!」

「「!?」」


 少しだけ耐えたウィローだったが、近衛兵に心配された事で、遂に怒りが爆発した。


「おかしいでしょう! イビルアイの透明化は完璧なんですよ!? 私の索敵魔法でも見つからないのに何であのクソメスガキは当たり前のように見つけているんですかァッ!? 最初から分かっていたとでも言うんですかァ――――ッ!?」

「「ヒィィ……ッ!」」


 今まで警戒するような素振りを見せなかったのに、戦争が始まった途端にスパイを討伐されて、ウィローはただただ憤慨していた。

 周囲はただ慄くばかりで、具体的な答えを示せなかった。


「ハァ、ハァ、ハァー……――」


 しかし今は戦争中だ。

 ウィローは何とか正気を取り戻して、戦況を尋ねた。


「――ま、まぁ良いでしょう。また送り込めば良いだけです。イビルアイ、戦況は?」

「ギ、両軍ガ衝突シマス。“投影”」


 イビルアイの大きな目に、戦場が映し出された。

 主戦場は平野部で、長い年月を掛けて谷が埋め立てられた場所だ。


 オーク軍は五千ほど。数十もの列を為して走る様は、全てを呑み込む津波のようだ。

 対して、ゴーレム軍は合計六百体。砦の前にて、半円型の巨大な密集陣形(ファランクス)で待ち構えている。

 全員が大盾と槍を装備していて、まるで一つの要塞のようだ。

 ウィローは舐めた態度で観戦していた。


(……しかし、何ですか? あのふざけた密集陣形は。全方位に対応出来たから何だと言うのです? ただ包囲殲滅されるだけですよ?)


 彼の思惑通り、ゴーレム軍はオーク軍と接敵し、突撃の勢いで押し込まれていく。

 しかし、結末は思い通りにならなかった。








『オオオ――――――――ッ!!!』





「接敵ー……――――今ッ!」





 敵オーク軍の先陣は、前衛のゴーレム達に自慢の斧を振り下ろす。

 ゴーレムは大盾で受け止める。しかし、スピードを乗せた一撃には耐え切れず、第一列が壊された。





「俺ガイチバンノリダァァァ――ッ!」

「ドケェ人形ドモォ――――!」



「ゴーレム軍! 敵軍を押し留めろォ―ッ!」

「「「――……!」」」




 更に、どんどん押し寄せる敵軍の波に押されて、ゴーレム達は次第に押し込まれていく。

 しかし彼らは、声を出さないながらも、






「「「ウオオ――――――ッ!」」」




「気合で耐えろォ―ッ!」

「「「――――……!」」」







 主のハビリス族から供給される魔力と、絶対死守命令に従って踏ん張り――――








「「「――――――……ッ!」」」


「オ、オ……ッ!」

「グ、クッ、ススマネェ……ッ!」









 ――――遂に、敵の進軍を食い止めた。

 すかさず命令が飛ぶ。







「最前列! 攻撃命令一番!」

「「「――――!」」」



「ナッ……グハァッ!」

「グエッ!?」







 命令を受けたゴーレムは、手前のオークを盾で弾き飛ばすと、槍で突き刺して消滅させた。

 致命傷判定によって隔離結界に転送されたのだ。

 地面に倒れた数十体のオークが、青い光になって消え失せていく。



「防御命令一番!」



 そして再び大盾を構えるゴーレム軍。

 彼らのオレンジに光る両目は、明らかに敵オーク軍を見据えていた。






「ク……ッ! ヨクモ兄弟ヲォォ――――ッ!」

「ブッ潰レロォ――――ッ!」






 しかし、敵オーク軍が怖気づく事は無く、仇を取らんと相手を押し込み、






「オ、押セナ――――!」

「硬イ……ッ!」




「最前列! 攻撃命令一番!」

「「「――――!」」」




「……グハッ!」

「グアァッ!」




 また耐え切られて反撃を受ける、を繰り返し始めた。

 彼らは、ゴーレム軍を殲滅するか、その密集陣形が崩すまで、無謀な突撃敢行のツケを支払わされるのだ。


『ウォァ――――ッ!』


『ゴーレム軍! 押し留めろォーッ!』

『――――!』



「……」

『……』


 ようやく拮抗し始めた戦場を、塔の展望台から眺めていたリズールとクーゲル。

 行動許可が降りておらず、銃を構えて伏せたままのクーゲルは、隣の青髪メイドに尋ねた。


「――ちゃんと想定通りか? リズール」

『全て想定内です』

「そうか、早いとこ許可くれよな」

『もう少しだけ我慢して下さい。ハビリス族の皆さまに、籠城の大変さを教えるための前哨戦ですから』

「ちぇっ」


 残念そうに監視に戻るクーゲル。

 リズールは再び外を見ると、ウィローに対してこう呟いた。


『フフ、このままでは楽しい消耗戦に突入しますよ? ――さぁ、どう動かれますか?』



「なっ、何ですかッ!? 何ですかあの槍はッ!」


 当然ながら、映像を見ていたウィローは驚愕した。 

 初撃を丁寧に受け止められたのと、攻撃対象を消滅させる槍があったからだ。

 しかし彼は、すぐに思い至る。


(――い、いや待て。槍はもしかしたら、夕方頃に聞いた“ファントムウォーズ”とやらの効果ですか……!?)


 たしか、戦争で死傷者を出さないための魔法だとか言っていた。

 寡兵の愚策だ、ハッタリだと思っていたら本当に存在して、しかもコチラの必殺戦術に対する対策だったらしい。


(まさか、致命傷を負うだけで消えてしまうとは……! これでは呪詛“狂戦士の宴”が使えないじゃないですか……!)


 苛立って爪を噛むウィロー。


「チッ、面倒な……! だったら次は――――」


 彼は悔しそうに舌打ちすると、次なる手を探る。



 そして視点が戻って、ナターシャによる説明が始まった。


「――ではこれより。作戦名、英雄創造作戦ヒーローズ・クリエイトの概要を説明する!」


 彼女が語りだしたのは、ゴブリン襲撃を利用して、テスタ村の人達に認めて貰おうという作戦。

 第一波の先遣隊は、自警団とディビス達含む冒険者に任せて、後からやって来る敵主力を範囲魔法で一掃するのだ。

 しかし視聴者サイドは、とても疑問に思っていた。


[そんな魔法あるの?]

[魔力足りる?]

[俺にも撃てる?]


「フッ――何を弱気になっている視聴者よ。我、魔王候補ぞ? 両方あるに決まっている。……まぁ、視聴者が撃てるかは知らんが」


[俺が使えない魔法を撃つな]

[魔力ゼロにも配慮しろ]

[魔法を使わせろ]


「ええい、やかましい! そっち側の魔法事情はまだどうにも出来んわ! あと十年待て!」


[草wwww]

[まじかよwww]

[十年かぁw]

[十年かーww]

[長いなぁwww]


 無理と言われなかった事に驚いて、沢山の草を生やす視聴者達。

 ナターシャは一息つくと、従者二人に指示を出した。


「――斬鬼丸、シュトルム。テスタ村方面の敵の動きは遅いようだから、まだ少し時間がある。今の内にお互いのステータスを確認しておこう」

「御意」

「了解した」


 三人は『“ステータスオープン”』と唱えて、自身のステータスを表示させた。

次話は10月27日です。夜8時~9時。

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