236 開戦直前の出来事 初生放送と夜空の旅《ナイトスカイ・トリップ》
夜九時。
ニートが汗水垂らして帰宅し、風呂に入って、PCの前で正座待機し終わった直後だった。
配信待機画面が切り替わって、ナターシャの顔がドアップで映し出される。
「――――」
蒼眼の眼帯少女は覗き込むようにこちらを見ていて、開口一番にこう言った。
「――おい、そこの貴様。私達が見えているか?」
―――――――――――――――
[キター!]
[配信開始ktkr!]
[生だあああああ!!!]
[きちゃあ――……
―――――――――――――――
コメント欄は喜びの声が勝ってしまって、少女への返答が遅れる。
なので少女は、少しだけ顔を顰めた。
「……何故答えない? 画面のソッチ側に居る惚け面のお前だッ」
[見えてます!]
[見えてるよー!]
[眼帯ナターシャちゃんかわわ]
そこでちらほらと、“配信出来ている”との返答が出て、少女は安心する。
ついでに出た、[〇ュタゲかっ!]というコメントに反応して、そのまま続きを話した。
「――まぁいい、ここが私の住む異世界だ。綺麗な夜空だろう? ついでに私と、その従者達の紹介をしておこう。――まずはランクEx、組織、暗黒の月曜日の創設者にして、天賦の才を持つ真の魔王候補。それがこの私、合成の魔女フェレルナーデッ!」
[魔女フェレルナーデ!]
[はえーすっごい]
[かわいい]
[かわいい]
視聴者は、カッコよく決めるナターシャへの反応を述べた。
するとすかさず、画面にテロップが挿入される。
【なっちゃんの方が可愛いと思うなー? by天使ちゃん】
[草ww]
[天使ちゃんwww]
[良く分かってんねぇ!]
「黙れッ、ユリスタシア・ナターシャは世を忍ぶ仮の名だッ!」
ナターシャもテロップに乗っかりつつ、次は従者の紹介に入った。
その際にカメラが下がって、少女の周囲が映り込む。
そこは前回の動画と同じ場所で、同じ面子が立っていた。
「――そしてランクSSS、この異世界で初めて精霊に昇華された人であり、決闘と修行が趣味の黒一点、斬る鬼の丸と書いて“斬鬼丸”ッ」
「む、出番でありますか。――どうも異世界の御仁方、お初にお目に掛かる。拙者は斬鬼丸で御座候。末永く宜しくであります」
画面の端で軽く礼をする斬鬼丸。
[よろしく!]
[よろしくー!]
[斬鬼丸ね、覚えた]
視聴者も好意的に答えてくれた。
ただ考察勢など、ファンの一部は情報量の多さで虚無に陥っていた。
「――そして二人目のランクSSS、スゥパァーグリモワール、リズールアージェントッ!」
『スーパーでは無くグランだと思うのですが……あぁええと、御機嫌よう異世界の皆さま。我が盟主の従者、大魔導書リズールアージェントです』
斬鬼丸の隣で手を振るリズール。
[戸惑ってるw]
[困り顔リズールさんすき]
[かわいい]
彼女の珍しい表情で、コメント欄はとても賑わった。
「――以上だッ」
「「!?」」
そして一話のテンプレに則り、人物紹介を二名で打ち切った事で、背後から非難の声が相次いだ。
「お、おい待てジークリンデ! 私達も紹介しろー!」
「あーるーじー!」
[草www]
[草ww]
[wwwww]
[草生えるww]
「……むぅ、ならば仕方があるまい! 残る二名も紹介しておこう!」
ナターシャは組織の長モードに変更し、シュトルムとスラミーの紹介をした。
視聴者の中には、どこかで聞いた事のあるスラミーの声(Cv.今井〇美)で、
[この声……まさか!]
[あぁ、最初っから決まってたんだな]
[どーりで見た事のある光景だった訳だ・・・]
と、壮大に何も始まらない系の中二病を発症した者も居れば、シュトルムの自己紹介で、
[今日は風が騒がしいな]
[でもこの風……泣いています]
というオサレ異能系中二病ムーブを発症する者も現れた。
配信の雰囲気が大分と固まって来たようだ。
「――――ふむ?」
ナターシャは、白猫マイクが空中に映し出す配信画面を見ながら、視聴者達の適応力に驚いた。
「どうやら、中々に適合者が多いようだ。批判的なコメントで埋め尽くされると思っていたのだが」
[ないないww]
[ねーよww]
[アンチはNGに入れてぽーい、ですよ!]
「……それもそうか。純粋な視聴者が、批判的な言動をする筈も無いか。――ううむ、他者の批評を受け入れ過ぎたせいだな。好意的な意見に慣れていないようだ。すまない」
[えらい]
[がんばった]
[スパルタな環境だったんか!]
[大変やなぁ]
優しさ溢れるコメントに、ナターシャは少しだけ微笑みを漏らす。
しかしすぐに表情を変えて、左手をバッ、と前に出した。
「さて、お前達! 何か聞きたい事はあるか!? 開戦が近いから、今の内に聞きたい事を聞いておけッ!」
その途端、考察勢による質問攻めが始まった。
世界の名前について、斬鬼丸は騎士なのか侍なのか、リズールさんはどう動いているのか、などが大多数を占めていた。
ナターシャは世界の名前には『嘗てはあったが、今はとある事情により付けられないのだ』と答え、斬鬼丸については『剣技信仰の集合体なので、騎士でもあり、侍でもある。精霊だがな』と返答し、リズールが動ける理由は本人に説明させた。とても難しい話だった。
そのあまりのはぐらかし力と難解さに、考察勢は時間が足りない、と問いかけを諦めて、匿名メッセージサービスを開設する事を求めた。ナターシャも了承して『後日SNSのトップに貼っておく』と答えた。
「――では、これにて質問を打ち切る。残りは後日に回してくれ」
コメントは[はーい]と元気よく答える。
ナターシャはそれを見てから戦況を尋ねた。
「ではリズール、状況は?」
『簡潔に。ウィロー陣営の主力は、北の抜け口から一キロ離れた位置に潜んでいます。迂回班はゴブリン部隊を回収し、偽蛇竜の丘を通り抜け、テスタ村方面へと進んでいます。どうやら同時攻撃を仕掛けるつもりのようですね』
「――だ、そうだ。視聴者達よ、聞こえたか?」
[聞こえたよー]
[緊張してきた]
[敵の数は?]
「――敵の数か。前者は主力五千に、未確認の援軍が百体ほど。後者は迂回部隊が五百、ゴブリン部隊が四千。追加の援軍オークが二千来るかも、という情報も出ている。
元は五千ほどの純オーク軍だったが、進軍途中で何者かと合流し、総数を増やしたようだ」
[へぇー]
[多いなぁ]
[こっちの数は?]
「あぁ、対してコチラは――ハビリス村に居るオーク・小人族の連合軍が二千とちょっと、テスタ村には自警団・冒険者合わせて百名居るかどうか。
なので、彼我の戦力差は一対五だが……テスタ村だけに絞ると一対六十五だ! いわゆる絶望的な戦力差って奴だな! ハハハハハ!」
何故か大笑いするナターシャに対して、コメントは総出で突っ込む。
[やべぇww]
[蹂躙不可避]
[笑っとる場合か!]
[笑いごとじゃねぇww]
[戦記好きワイ、テスタ村にて死を覚悟する]
しかし相手は自称魔王候補。
総ツッコミには強気に対処して見せる。
「――ハハ、だが安心するが良い! その為の我だ! この戦地――言うなればテスタ地方にて、魔王候補の実力を見せつけてくれようぞッ!」
ナターシャはキメ顔でそう言った。
コメントも流されるように応援した。
[負けないで]
[が、がんばれ!]
[がんばってー!]
[俺この戦争で勝利したら定期]
[別に全て倒してしまっても構わんのだろう?]
「……こら、勝手に死亡フラグを建てるのは止めろ。我が組織、暗黒の月曜日は本当に強いんだからな?」
[ごめん]
[知ってる]
[知ってた]
[初めて知りました]
「――ふん、まぁいい。これから始まる我等が活躍を刮目せよ。そして慄き、ひれ伏すが良いぞ」
[orz]
[orz]
[orz]
そう言われて、颯爽と土下座し始めるコメント欄。
物凄い対応力だなぁ、と思う。
「……よし」
じゃあそろそろ、魔法のある異世界だと示しておこう。
次の動画のネタ用に作成依頼を出しておいた物で。
「リズール、例の箒を」
『はい、ここに』
「ありがとう」
ナターシャは飛行用の魔女箒を受け取った。
年季の入った焦げ茶色で、への字に曲がった木柄に、ボリュームのある楕円形の穂先が付いた箒だ。
『それと、これをお付け下さい』
「あぁ」
更に、綺羅星のエンブレムを追加で差し出されたので、受け取って胸元に付けた。
『お二人もどうぞ』
「感謝であります」
「懐かしいな」
斬鬼丸とシュトルムにも、同じエンブレムが手渡される。
二人は適切な場所に取り付けた。
[お、まさか]
[まーた気になるアイテムを]
[なにそれー?]
当然ながら、視聴者も気になるようだ。
コメントを見たナターシャは、情報を伏せながら答えた。
「……ん、これか? これは空を飛ぶための魔導機具だ。そちらの知識に合わせて端的に言うと――箒が制御装置付きの機体で、このエンブレムが反重力場の発生装置だな。まぁ機械では無いから、大分と間違った説明かも知れないが」
[すごい]
[はえーすっごい]
[魔法って何でもアリだなぁ]
「そうでも無いさ、まだまだ発展の途中だからな。――さ、楽しい空の旅と洒落込もうじゃないか。斬鬼丸、シュトルム、行くぞ!」
「「了解!」」
ナターシャはハビリス村方面の窓へと向かう。
その際、リズールにも指示を出した。
「リズール、スラミー。お前達は別動隊だ。私に代わってコチラの前線を支えてくれ」
「わかったー!」
『仰せのままに。では、お先に失礼します』
「構わん」
スラミーを拾い上げたリズールは、窓から飛び立って、北の抜け口へと飛んでいった。
当然ながらコメント欄は、
[えっ!?]
[リズールさん!?]
[当たり前のように飛んでった!?]
[箒無し!?]
[すげぇぇぇ!]
と大混乱していた。
ナターシャはその反応にニヤニヤとしながら、小慣れた感じで箒に跨った。
少し経つとエンブレムが煌めいて、ナターシャ達は宙に浮き始める。準備完了の証だ。
「よし、箒の機嫌は良好だな。二人共、準備は良いか?」
「「いつでも!」」
「分かった、では――出撃ッ!」
前方に意識を集中させると、少女を乗せた箒が、監視塔の外に飛び出す。
その様子は、箒の穂先から白い光の筋が伸びているお陰か、夜空に現れた流れ星のように見えた。
「「――――ハッ!」」
従者二人は遅れて飛び出して、ナターシャの後方に着いた。
何も言わない二人は、飛び方を身体に覚えさせている。
「うおぉー! 超楽しいぃぃーっ!」
因みにナターシャは、つい普通に楽しんでいた。
[素が出てるwww]
[ナターシャちゃん素が出てるよww]
[八歳の性かな?ww]
「――うぐっ、んんッ」
しかし、コメントに突っ込まれた事で威厳を取り戻し、従者と共にハビリス村上空に制止した。
盆地の上を吹き抜ける風を受けて、少女の魔女帽子と銀色の髪が靡く。
「し、失礼した。まだまだ遊び盛りの時期なのでな。――良いか? ナターシャは世を忍ぶ仮の姿であり、その正体は合成の魔女“フェレルナーデ”だと忘れないように」
[はーい]
[覚えたー]
[覚えました]
「宜しい。――では二人共、追加の飛行練習だ。感覚を身体で覚えるぞ!」
「「了解!」」
[ファイトー!]
[練習頑張って!]
[頑張れ!]
ナターシャは従者を引き連れて、編隊飛行の練習をした。
白猫マイクはナターシャの隣を飛ぶ。
対して黒猫カメラは、三人を遠目に撮影しながら追従する。
画面酔い防止のためだ。
◇
放送開始から一時間後、飛行に慣れた三人は、各員散開して自由行動を取っていた。
割と真面目なナターシャは、曲芸飛行や、緊急回避の練習を繰り返している。
シュトルムと斬鬼丸は、風魔法と風精霊の加護を使って、どちらが早く飛べるか勝負している。
コメントは、三人の緊張感溢れるフライトに、おっかなびっくりしながら楽しんでいた。
特にナターシャは、立ったまま空を飛んだり、箒を遠隔操作して、墜落中の自身に追いつかせて復帰したりしていたので、肝が冷えて仕方がないと評判だった。
「――よし、こんな物か。少し休憩だ」
[おつかれー]
[乙]
[また回避が上手くなったぁ]
[流石はナターシャちゃん]
[フェレルナーデって呼んであげて?]
ただ、雰囲気自体は割と緩い感じになっていた。
平和な時間が続けばそうなるだろう。
「ふぅー」
軽い休憩を終えたナターシャは、箒に横乗りして、ふとした疑問を呟く。
「……でも、何でこんなに上手く出来るんだろう? 箒に乗るのは初めてなんだけど」
[うそでしょ?]
[まさかの初見飛行]
[初見プレイでこれかよ]
実は彼女、これが初フライト。
有名な某魔法学園の映画を参考にして、見様見真似でやっていたらしいが、自身がここまで箒操作が上手いとは思わなかったようで、やり遂げながらも戸惑っていた。
(……そういえば、前世では普通自動車免許を持ってたけど、それが何か関係しているのかなぁ?)
何となくそんな事を考えるナターシャ。
しかし、答え合わせをする時間は無かった。
何故なら、現在の時刻は午後十時。
この時刻は――リズールによって事前に予測されていた、敵軍侵攻の時間だった。
『『『ウォォ―――――――ッ!!!』』』(ドドドドド……!)
『敵襲――! 敵襲ゥゥ――――!』(カンカンカンカンカン――――!)
やはり、リズールの予測は正しかったらしい。
北の抜け口から、敵軍・味方軍双方の雄叫びと、数多の足音が聞こえ始める。
「ッ! 始まった……!」
村内全域に緊張が走り、ナターシャも思わず息を呑んだ。
だがしかし、ここまでは予測通りだ。
「斬鬼丸! シュトルム!」(サッ、サッ)
「「了解!」」
ナターシャは冷静に二人を叫び、更にハンドサインを出して、ひとまず南の塔に集合させた。
自分達がどのタイミングで動くべきか、その最終確認を行うためだ。
次話は9月24日です。夜8時~9時。
筆が乗ったらもうちょっと早くなります。




