234 ナターシャのとっておきの作戦《スペシャル・ストラテジー》
「それは――――」
ナターシャが語った作戦は、下手をすればテスタ村が滅びるような代物だった。
狩人は怪訝そうな表情をしたが、シュトルムと斬鬼丸は、まぁ自分達なら出来るだろう、と納得した。
「成程……」
「つまり私達は、テスタ村方面の監視塔で待機、と言う事だな?」
「そういう事ー」
「ん、ねぇねぇあるじー?」
すると、静かにしていたスラミーが声を出す。
何やら不安そうな面持ち。
「どしたん?」
「すらみーはどこでたたかえばいいのー? もしかしておるすばんー?」
「あー」
どうやら自分の出番が欲しいようだ。
ナターシャは少し考えて、こう答えた。
「――そうだなぁ、スラミーはリズールの方だね。戦い方はリズールに聞きなさい」
「わかったー!」
彼はぴょん、と飛ぶと、リズールの腕中へと移動した。
『あら』
「よろしくね!」
相手を見上げて挨拶をするスラミー。
リズールは優しく微笑んで、彼を撫でながら言った。
『はい、宜しくお願いします。期待してしますよ?』
「うん! すらみーがんばる!」
前を向いた彼は、とてもやる気に満ちた表情だった。
その証に、両目に謎の眉が入っている。強いて言うなら劇画風味だ。
スラミーは中々にアニメ適正が高いな。
「「「……」」」
そして会話が止まった。
狩人の反応を待つための沈黙だった。
しかし彼は話さない。ずっと考え込んでいる。
次に話し出したのは、黙考している狩人に代わって、敢えて作戦を不安視する斬鬼丸だった。
「しかしナターシャ殿、やはり危険だと思うでありますよ? もしタイミングを見誤れば……」
「チッチッチッ」
ナターシャは指を左右に振って否定する。
「安心しなって斬鬼丸、私は直感と運が良いからね。見誤らないよ。それに、ディビス達なら必ず耐えてくれる。何せ私が鍛えたからね」
「しかし――」
それでも食い下がる斬鬼丸に対して、銀髪魔女っ子はビシッと告げた。
「斬鬼丸、そろそろ信仰が欲しくない?」
「――相判った。頑張るであります」
正直で宜しい。
『では狩人様、この作戦で通しても宜しいですか?』
「……」
リズールは最後に、狩人からの答えを求めた。
狩人は色々と考え抜いた末に、ようやく漏らすように話し出した。
「……俺には何とも言えない。結局は、余所者を拒絶するテスタ村の罪だからだ。魔物の動向を知るのが遅いのも、テスタ村が辺境扱いされるのも、それは役人の駐在を許さない自分達の責任だからだ」
どうしようもない事実に対して、自身の眉を掻く狩人。
しかし、次の瞬間には立ち上がって、
「……だが、だからこそ。そのふざけた作戦で、余所者を受け入れる気持ちを思い出させてやってくれ。頼んだ」
その場の面子に深く頭を下げると、急いで去っていく。
「ねぇ、待って」
「――!」
だが、ナターシャが即座に呼び止めた。
「……本当にこの作戦で良いの? 下手したら村が危ないんだよ? あの村の狩人として、先手を打てって言わないの?」
わりとコチラの私情込み込みの作戦なので、もう一度だけ考え直すチャンスを与えたかったのだ。
それに対して狩人は、なんと軽いサムスアップをしながら発言した。
「安心しろ、自警団を育てたのは俺だ。それに、お前達――特に、リズールさんと斬鬼丸の凄さは良く知っている。ここで信じないでどうする?」
「……ふーん? ありがと」
彼の意外な言動に、感謝を示すナターシャ。
思ってるよりも信用されてたんだね。
「――だから、テスタ村はお前達に託した。俺は、狩人の血に掛けてこの地を守る」
狩人は最後にそう言って、会議室から出て行った。
きっと、村唯一の専属鍛冶師となったエミヤと、弟を手伝うハルヤの元へと向かったのだろう。
もしかしたら違うかもしれないけど。
「よーし――」
ナターシャは椅子から降りると、声高々に宣言した。
「――じゃ、狩人さんにテスタ村を任されたし、私達は私達の仕事をしようか! 行くよ皆!」
「「「了解っ!」」」
ナターシャ陣営もハルヤ宅を出て、ハビリス村の真南にある山、その山頂に建てた監視塔へと向かう。
ただ、登山は大変なので、リズールの重力制御スキルでひとっ飛びさせて貰った。
◇
12月29日、時刻は4時39分。夕暮れ。
「リズールありがとう。無理してない?」
『いえいえ、容易い仕事です』
山頂に到着すると、ハビリス村が一望出来た。
二千ものオーク達は、盆地の北から西に広がる休耕地に、数百ものテントを建てて暮らしている。
ハビリス族が働き者だったお陰で、オークの居住場所が足りて助かった。
まぁ、『寝床が狭い』という苦情が出ているらしいが、オークキングを正気に戻して、悠然と里に帰還するまではどうか辛抱して欲しい。
そして監視塔は、高さで言うと六メートルほど。
円柱の石塔に樹皮などを貼り付けて、枯れた大木を催した代物だ。
各方角の山頂に計五つ建っている。
塔の見張りだが、北東の塔にはクーゲル、他の塔にはハビリス族が滞在しているらしい。
『では、展望台に入りましょうか。そこからテスタ村を一望出来ます』
「うん」
ナターシャ達は梯子を登って、最上階の展望台へと出た。
枯れ枝で偽装を施した展望台からは、南東に広がる樹海、南西方向にあるテスタ村が確認出来た。
あちらにも“ゴブリン襲撃”の情報が届いているようで、村の東に“拒馬”と呼ばれる、騎兵対策の障害物を敷き、簡素な一線陣地を築いている。
「意外と近かったんだね、こことテスタ村って」
「そうでありますなぁ」
「そうだな」
眼下、という程では無いが、テスタ村の緊張感を見て取れるくらいには近い。
俺の視力が高い可能性は否めないけど。
「さーて、コッチはー?」
ナターシャは何となく反対側に移動して、最前線となる北の抜け口も確認しておいた。
北の抜け口とは、山間を垂直に切り崩したような自然道の事だ。
左右の崖は数十メートル、道の横幅は凡そ十二メートル、全長は三メートルほど。
砦は抜け口を塞ぐように建設されていて、その大小二つの豆腐を重ねたようなフォルムは、正しく未完成だ。
「おぉ、此方も良い景色でありますな」
「そうだねー」
因みに、オークを受け入れた結果、建設作業が少し遅れてしまって、未完成になってしまったようだ。
その未完成部分を、ローワンとハーフエルフ達の“呪詛”なる魔法で塞ぐんだってさ。
『――こちら白銀。水晶、連絡員を南の塔に飛ばして下さい。オーバー』
『“こちら水晶。了解した、十秒待て。オーバー”』
更に、無線機代わりの連絡要員として、人語を喋る“桃色鸚鵡”とやらが精力的に活動しているらしい。
七色に光って首を回しながら頑張っているんだと。
(……なんか、聞いた事がある設定だよなぁ。たしか、オウムの交尾シーンが元ネタのミームだったっけ)
そんな事を考えていると、北方からの強風に乗って、パサパサパサ、と飛んできた一羽のピンクインコが、ナターシャの肩に停まった。
「ん?」
何だこのインコ。
困惑するナターシャを他所に、そのインコは唐突に話し掛けて来る。
「Hello?(こんにちは?)」
「えっ?」
英語?
思わず戸惑ったが、ちゃんと英語で対応した。
「は、ハロー?」
「Thanks, I'm a Party parrot(ありがとう、私はパーティーパロットです)」
「何だって?」
「Oh Wait……」
インコは何度かアー、アーと鳴くと、言語を変えた。
「やぁ、私は祭り好きのオウムです」
「……インコじゃないの?」
「No」
不満そうに左右に身体を揺らして、青と赤に変化するピンクインコ。
そのあたりでリズールがやって来て、インコに話し掛けた。
『こんばんは教授オウムさん。用件は伺っていますか?』
「ちゃんと聞きました。期待しててよね?」
彼はそう言って、体色を七変化させながら首を回した。
ナターシャは“うん、完全にあのミーム生物だな”と認識した。
まぁ、深く気にしなくても良い事だ。
「っ、んー……!」
とりあえず気分転換に伸びをすると、リズールに指示を出す。
「……よし。リズール、手紙」
『此処に』
「ありがと」
ナターシャは細長く折り畳まれた紙を受け取った。
次はリズールが動いた。彼女は頭にスラミーを乗せると、
『教授さん、失礼します』
「Oh No!」
インコを優しく捕獲して、くるんと引っ繰り返した。
『ごめんなさい、手紙を括り終えるまでは我慢して下さいね?』
「fmmm……しょうがないね」
しかしこのインコ、意外にも素直。足を出したまま待ってくれる。
ナタ―シャは有難く思いながら、ササっと手紙を結んだ。
「終わったよ」
『お疲れ様です』
「Good」
ようやく解放された彼は、身体を翻し、軽く身震いしてからパタタ、と飛び立って、リズールの肩に停まった。
肩を貸す彼女は、彼を労わるように指先で撫でる。
『ご迷惑をお掛けしました』
「問題無いね。What's next?(このあとは?)」
すると彼は、間髪入れずに次の指示を仰いできた。
じゃあ早速だけど仕事をして貰おう。
「それじゃオウムさん、テスタ村の冒険者ギルドに行って、“緊急クエスト開始”って連絡して来てくれる?」
「Okey. 他に何かある?」
「んー、援軍はクレフォリアちゃん次第だし……あ」
ふと良い事を思い付いたので、こう伝えておいた。
「もし、ダンディな髭が生えた茶髪の冒険者を見かけたら、“気合で第一波を乗り切れ”って伝えてきて。以上かな?」
「Okie- Dokie, I'll See you later(分かりました、また後で)」
指示を受けたインコは、再び風に乗って、テスタ村へと飛び去って行った。
うん、人語を介せる鳥の魔物って便利だよね。俺も一体欲しいかも。
「じゃあ、そろそろ……」
ナターシャはアイテムボックスを開いて、撮影機器を取り出した。こっからが本番だ。




