233 防衛チームの最終会議《ファイナル・ミーティング》 2
「それは――」
息を呑む防衛チーム。
ナターシャはサクっと創って言った。
「“我らを巨躯で粗暴なる外敵から守る城壁よ、無業の大地より顕出し、土精霊の偉業を示せ。絶対防衛線壁”――です!」
「「「おぉー……!」」」
『あぁ、なるほど』
感動する面々、二つ名で意味を察するリズール。
「なぁナターシャさん、この詠唱を使うとどうなるんだ!?」
「土精霊って事は私達にも使えるのよね!?」
男女のハビリス族が詳細を求めると、ナターシャは軽く解説した。
「フフ……これは、条件を満たさない限りは破られない石の城壁を発生させる魔法で、もちろんハビリス族の皆さんにも使えます。ただ、全員で詠唱しないと魔力が足りない可能性は捨てきれませんが――」
「「じゃあ要らない……」」
「何でー!?」
まさかの壁不要論に、動揺を隠しきれない魔女っ娘。
その答えはリズールがもたらした。
『確かに。我が盟主の魔法を使えば、まず間違いなく無敵の籠城戦になりますが……今回の初戦で必要なのは、敵将オークキングの捕獲なのです。攻略が不可能とみて、撤退されると困るのですよ』
「あーなるほどねー……」
理解したナターシャは、リズールが彼らに良い魔法を教えなかった理由を察した。
戦略的撤退されたら困るよね。作戦的に。
『――では改めて、作戦の概要をおさらいしましょうか』
リズールはそう言って、会議を再開した。
我々が目指す籠城の達成条件は、まず第一に負けない事。まぁ当然だ。
次に大事なのが――
『――力技で押せば壊れそうな砦を餌にして、それでもギリギリ持ちこたえている状況を演出し、相手を焦らして、オークキングの出陣を待ちます。姿が見えたら、後は手段を選ばずにキングを捕縛して、我が盟主の魔法で奴隷化を解除します。作戦名は“兎追い”。これで宜しいですね?』
全員が同じタイミングで頷いた。
そしてローワンが自虐気味に笑う。
「……ハハハ、まさか、魔法で奴隷化を解除する手段があったとは。こんなにも都合の良い事が起こって良いのだろうか?」
シバとトコ、狩人も思わずコクコクと頷く。
ナターシャは軽くドヤって、リズールはこうフォローを入れた。
『そもそもですが、ローワン様は運が良いのです。だからこそ、死刑直前まで追い詰められても救出され、貴方の支持者達と共に此処まで来れた。だから貴方には、その偉業に誇りを思って欲しい。もっと胸を張って生きるべきだと。そうは思いませんか? ロ-ワン宰相様?』
彼女にそう言われて、ローワンも自身の過ちを恥じるように答えた。
「……中々厳しい事を言われる御方だ。――だがそうだな。今回の件に至った事で、せめてシバ王子の子供が生まれるまでは、生きて足掻こうとは思ったよ。リズールアージェントさん」
その言葉は、やはり死期を悟った老人のような物だったが、それでもその眼光からは、野心への輝きが、彼の強い心意気が感じられた。リズールは優しく微笑む。
因みに隣のシバは、ローワンの師匠としての側面――厳格さを良く知っているので、嬉しく感じる反面、ちょっとした冷や汗を垂らしていた。まぁ頑張れ、とナターシャは思う。
『――では、各部隊の細かな動きも再確認しましょう。卓上を失礼します』
リズールはそう言ってから、テーブルの広域地形図と木彫りの駒を使って、自軍の動きを確認した。
まず前提として、オーク軍とハビリス・ナターシャ軍は独自に動く。
お互いに足並みを揃える時間が無かったのと、籠城戦なので、規律正しい陣形維持をあまり気にする必要が無いからだ。
ようは全力で徹底的に抗え。手段は問わない。
『まず最初は……ストーンゴーレム軍と敵の先陣をぶつけて、相手の突撃を食い止めます。それからは、魔法などでの援護射撃も交えつつ、相手を出来るだけ消耗させます。敵オーク軍は――王太子シバ様のご意向で不殺でしたね? 理由をお聞かせください』
「ンンッ」
シバは軽く咳をすると、軽い緊張を感じながら答えた。
王太子呼びには慣れていないからだろう。
「ヤハリ、元ハ味方ダッタ彼ラを、下手ニ殺シテシマウトナルト、オーク側ノ指揮ガ下ガルカラダ」
『当然ですね。ですが、次期王としては甘過ぎるかと』
「ウグッ……」
「そうですぞシバ王子。味方と言っても今は逆賊、時には非情に徹する事も必要です、と宰相も進言しておきます」
「グオォ……ッ」
リズールとローワンに駄目出しをされるシバ。
すると、怒ったトコが、兄を抱き締めて二人を睨んだ。
まぁ『甘い兄が悪い場合もある』とちゃんと学んだので、言葉には出さない。
彼らの教官だった狩人・斬鬼丸の道徳観・死生観が、ちゃんと身に着いている証拠だ。
青髪のメイドは、その様子にふと笑みを漏らすと、今度はハビリス族の方を向いて尋ねた。
『ハビリス族の方はどうですか? 同意しますか?』
それには狩人が代わりに答える。
「俺はどちらでも問題無いが、ハビリス族に他人の命を奪う罪を教えるのはまだ早いと思う。だから今は不殺案を支持する」
「同じく賛成だ。強くなりたいが、あんまり殺したくない」
「私もです」
ハビリス族達もそれに同意した。
誰だってそうだろう。生粋の戦争狂だってそう思う。
戦争の死傷者がゼロになるなら、それに越したことはない。
何故なら、必ず次に繋がるからだ。意味は二通りあるが。
『……分かりました。では我が盟主。その条件を満たす魔法を、この、魔導書からお探しください』
「うん」
ナターシャは魔導書(本体)の表紙に触れた後、主の意思を汲み取った感じで魔法を探すような、それっぽい自動ページ捲りを眺めて、パタ、と止めると、一つの魔法について語った。
「……見つけました、“幻想戦争”という魔法があります」
「「「幻想戦争……?」」」
全員が聞いた事が無い、という表情を浮かべている。
幻想戦争、それは一体どんな魔法なのだろうか、と。
ナターシャは周囲を特に気にせずに、解説を始めた。
「これは、エンシア貴族の当主ならば誰しもが使える魔法です。
何かしらの事情で、戦争に巻き込まれる平民達を案じた宮廷魔導士様が創りました。
幻想戦争とは、結界魔法と異空間魔法を組み合わせて創られた魔法で、対象場所・侵入者は全員が幻想体となります。例外はありませんし、対象者への実害はありません。
――この魔法の結界内では、如何なる攻撃も、相手を殺す如何なる致命打も可能です。
ですが、決して致命傷にはならず、その代わりに“死亡認定”受けて、結界外の特殊な空間に一時的に閉じ込められ、戦線に復帰できなくなります。戦線に復帰するには、相応の金貨を支払う必要がありますが……値段や取引方法については省きましょう。大事なのは、ゲームマスターに関してです」
「「「ゲームマスター……?」」」
「はい。ゲームマスターは幻想戦争の仲介者であり、引受人です。
両者が自在に領民を取り出して戦争しないように、第三者が代表してこの魔法を使います。
ゲームマスターには、戦争を継続させるための全権限が持たされていて、金銭取引を無しに、敵・味方の人員を自在に復活させる事が出来ます。
戦争の終了は、敵大将の首を取るか、両者の合意が取れた時点で、ゲームマスターが発表する事となります。
終了後は結界が解けて、特殊な空間に閉じ込められていた全員が外の空間に出されます。
破壊された地形も、その際に元通りになります。
そして敗者には、一日ほどで解ける“戦闘不可の呪い”が掛けられて、勝者には賞金が渡されます。引き分けの場合は、両者に呪いだけが掛けられて、リベンジの機会を与えられます――――」
ナターシャが魔法の説明書を読んでいると、ハビリス族の男性が叫んだ。
「ちょっと待って説明が長い! 簡潔に頼むよ!」
「ん? 分かった」
ナターシャは要約して答えた。
リズールは珍しく、少しだけしょんぼりした。可愛い。
「えっとねー……ようは、絶対に死なない戦争が出来て、ゲームマスターは戦況を変えられるような超凄い権限持ってて、ゲームマスターにリズールを指名すれば、例え死に掛けても無限に復活出来て、コッチが永遠に有利なまま戦争出来るって事です」
「な、なるほど……なんだか夢みたいな魔法だな……凄い……」
驚きで語彙力の無くなったハビリス男性は、椅子にもたれ掛かる。
詠唱を聞いてこないのは、そもそも彼らには土魔法以外の適正が殆ど無いからである。
聞いても使い熟せない可能性の方が高いのだ。
全魔法適正を持ってるって意外と凄い事なんだなぁ、と改めて思った。
「――因みにだが、その魔法はどういった方が創ったんだ?」
だが流石は宰相ローワン、ちゃんと尋ねてくれる。
リズールは待っていたかのようにこう答えた。
『無記名ですね。色々と機密事項らしいので、この魔導書には載っていませんでした。二人の魔導士だとは分かっています』
「そ、そうなのか。分かった、詳細は聞くまい。オークが知っていると面倒事になるだろう」
『お察し頂いてありがとうございます』
丁寧に礼をするリズール。
『――では、そういうご都合的な魔法がある、という説明はこのくらいにしまして。戦術の再確認ですね』
リズールは本体を服の中に戻すと、駒を動かして各部隊の動きを決めた。
まずは先ほども言った通り。六百体ものゴーレム軍と、先陣敵オークの潰し合いだろう。
ハビリス族が用意した策として、ゴーレム作製用の岩を備蓄していたが、オークの子供を里内で匿う必要があったので、逐次の補充が効かなくなった。なので二百体分が予備戦力だ。
そして味方オーク陣営には、敵精鋭軍・宰相ウィローとその取り巻きの横暴――後方班の自由を奪い、鍛冶と食糧生産に特化させる政策と、兄妹・子供として生まれたハーフエルフを隔離し、強制的に農奴とする差別主義の促進、更に、増産した食料は何かの交易に使うでもなく、そこら辺のゴブリンに分け与えて懐柔する精鋭軍などなど……
彼らの横暴に、それはもう腹に据えかねて、一物を抱えているオークが沢山居るのだ。
マジで、聞いてるだけでも『(富国強兵を掲げるにしても)何でそんな事しようと思ったの?』と思わず言ってしまうような、奇想天外で外道な政策ばかりだった。
攻められる心配が殆ど無いんだから、もっといい政策があっただろうに。
で、味方オーク陣営の数は、雄オークと雌オーク、ハーフエルフも合わせて総勢で二千人。
ウィロー陣営は精鋭軍らしいが、こちらも十分に士気が高く、負けないと思う。
そして、オーク陣営の一部――戦意旺盛な六百人は、ゴーレム軍が全滅したら、同じく勇猛果敢なハビリス族と共に、ファントムウォーズという絶対死なない結界の中で、程々に善戦しながら籠城する事になる。
その他は後方勤務だ。この戦争を維持するには、同数以上の補給部隊が必要なのだ。
そうして、ぐだぐだと時間を潰し、戦線の膠着状態に苛立ったウィローが、奴隷のオークキングを出撃させるのを待ちながら戦い続ける。
『――つまり。相手の手札が付きて、オークキングが出てきたタイミングが、勝負の仕掛け所となります。合図は鐘の音。狙撃手のクーゲルが鳴らしてくれますので、それまでお待ちください。
その後は勿論、全力で潰しに掛かりましょう。私が皆さまに無敵になる防御結界を張りますので、オークキング目掛けて突撃し、ハビリス族の勇猛さとシバ王太子の威光を示すために、敵軍に風穴を開けてやりましょうね?』
「「「了解ッ!」」」
しっかりとした返事をする連合防衛チーム。やる気に満ちた表情だ。
というかリズール、無敵の防御結界って言っちゃったよ。
皆に“この戦争は舐めプです”って伝えちゃったじゃん。
……まぁ、それくらい相手にお膳立てしないと、オークキングを解放出来ないって事なんだけど。
ホント、魔法で縛られた奴隷の制約って面倒だ。
『――では、細かな作戦指揮は各軍の大将と、現場の判断に任せます。では解散。各自、自由に行動して下さい』
そうして、大まかな概要を再確認した連合防衛チームもとい連合防衛軍は、各陣営の会議場所へと走っていった。
最後まで会議室に残ったのは、狩人とナターシャ、その従者の三人(+一匹)。
理由は、狩人が引き留めたからだ。
彼は静かになった会議室でこう言った。
「話忘れていた事がある」
『なんでしょうか?』
リズールが聞き返すと、理由を詳しく話した。
「……実は、テスタ村を抜けたゴブリンが、背後から挟撃を仕掛ける可能性がある。手入れされていない旧道があるんだ。俺はそこを通ってこの里に来た」
『あぁ、勿論知っていますよ。ですがご安心を。我が盟主?』
「えっとですね、ちょいとばかし、いい作戦がありましてね……?」
「な、なんだ?」
ナターシャは、自身の考えた作戦を伝える。




