232 ハビリス族の児童疎開と、村防衛チームの最終会議《ファイナル・ミーティング》
左手に包帯を巻き、右目に白い眼帯を巻いた邪気眼系銀髪少女。
いわゆる、合成の魔女バ―ションのナターシャは、転移して早々、地面に跪いた。
「あぁ何やってるんだろ俺……我に返ったらクッソ恥ずかしいんだけど……」
『正気に戻るのが早いですね我が盟主?』
「いやだって、クレフォリアちゃんと会えて嬉しかったし、つい興が乗って……」
『私はカッコいいと思いますよ?』
「あぁうん……」
でもやっぱまだこれはキツい……
戦争が始まるまでは普段の自分で居よう……
「“終式拘束開放――我が封印を解き放つ――”……」
『あらら、勿体ない……』
ナターシャは封印を解除し、立ち上がった。
包帯と眼帯がシュルリ、と解け落ちて、光の粒子になって消えてゆく。
「――はぁ、よし。じゃあハビリス村に行こっか」
『分かりました。“ハビリス村”』
二人は再転移して、ハビリス村の様子を見に行った。
◇
「はーい、ハビリス族の子供達さーん! 集まりましたかー?」
「「「はーいっ!」」」
転移先の納屋の前には、癒杖のヒールの働きによって、ハビリス族の子供達が集められていた。
これから戦争が起きるのだ、子供達を巻き込む訳にはいかない。
まずは安全な場所に避難させるのが先決だった。
その役目を負ったのが――常日頃から子供達の面倒を見ていた、癒杖のヒールだった。
彼女は十傑作の回復担当であると同時に、他人のメンタルケアすらも行える万能の回復術師だったのだ。
だからこそ、子供とその親からの信頼が厚く、賛成多数で任命されたらしい。
ヒールもかなり乗り気だったらしいので、お互いにWIN-WINだと思う。
「じゃあこれから移動しますよーっ! ちゃんと、ヒールに付いて来て下さいねーっ?」
「「「はーいっ!」」」
ヒールが子供達を連れて、納屋の中へと入って来る。
何故なら、子供達の疎開先は、俺達のアジト――スタンリーの元秘密工房だからだ。
テスタ村にも戦火が届きそうな今、安全に匿える場所はそこしか無かったので仕方ない。
「……はわわっ! ナターシャさん、リズールさん、こんばんはっ!」
ヒールは、主二人にぺこっと頭を下げる。
二人は緩く対応した。
「こんばんわー」
『こんばんはヒール。遠足は順調ですか?』
「大丈夫ですよリズールさんっ! 全員ちゃんと集めましたのでご安心をっ!」
ふんすっ、と威張るヒール。
ナターシャはとても感動して唸った。
彼女から、万物を包み込むような強い母性を感じたからだ。
ヒールはくるっと後ろを向くと、子供達に向かって、元気よく声を掛けた。
「では皆さーん! 今から転移しますからねーっ!」
「「「はーいっ!」」」
「じゃあ最後に、ハビリス村のお父さんとお母さんに向けて、出発の挨拶を叫びましょうかっ! “行ってきまーす!”」
「「「行ってきまーすっ!」」」
その大声を聞いたのか、遠くの方で見送りの声が聞こえた。
子供達は嬉しそうにクスクスと笑う。
「では、出発ですよーっ! せーのっ!」
「「「しゅっぱーつ!」」」
ヒールの立ち振る舞いは、正しく保母さんのようだった。なるほどこれがバブみか。
ナターシャとリズールは脇にどいて、彼らを笑顔で見送る。
「行ってらっしゃーい」
『行ってらっしゃいませ。――“転移陣・起動”』
リズールの言葉で、転移陣が自動受け入れモードになる。
子供達は二人に手を振りながら、とても楽しそうに、秘密工房へと転移していった。
ヒールは残って、子供達を先に進ませている。
「……では、ご武運をっ」(シュンッ)
『任せなさい。――“転移陣・封鎖”』
最後にヒールがそう言い残して、向こうに転移してから、リズールは転移陣に完全封鎖を施した。
ま、こういう遠足っぽい方法を取らないと、子供達は不安になっちゃうからね。
あ、でも、敵オーク軍があの工房を見つけたらどうしよう。大丈夫かな?
他の事情を知らないナターシャは、リズールに防衛面に関して尋ねた。
「ねぇリズール、あっちの防衛は大丈夫なの?」
『問題ありません。先日、十傑作の残りの二名を目覚めさせましたので』
おぉそうなんだ。
俺からの魔力供給はもう不要って言葉、本当だったんだなぁ。
「で、第何使徒?」
『第七使徒と第六使徒ですね。氷刀のアイスと樹槌のツリーという名です』
「へぇー」
聞いた感じ、氷魔法と樹木系の魔法を操るタイプの十傑作っぽいな。
特にツリーって子は、拠点隠蔽が得意そうな雰囲気がする。
樹木で覆って秘密工房を隠すんだ。……どっかの漫画で見たな、それ。
「ツリーって子が木で拠点を隠すの?」
『そうですね。彼女のスキル“森羅”と“培養操作”で、一時的に工房を樹木で覆います。本人はサディス……戦闘狂なので、戦えないのが不服のようですが』
「へぇ……」
ツリーって子、ドSなんだ……
「で、アイスって子はどうするの?」
『彼女は隠密術が得意なので、周辺の警戒と、工房の入口に気付いた敵の排除を請け負います』
ほーん?
つまり暗殺者系の子って事か。
でも、小刀じゃなくて刀って事は……
「もしかして、氷の刀を背後に生成して、相手目掛けて飛ばしたり出来る感じ?」
『はい出来ま――おぉ、よくお分かりですね? 流石は我が盟主です』
「ふふーんっ」
そ、それほどでもない。
褒めても何も出ないよ? ついドヤ顔は出るけど。
『――では、あちらの防衛はその二人とヒールに任せて、私達は私達の仕事をしましょうか』
「あ、うん。そだね、分かった」
ナターシャはドヤ顔をサラっと流されて、自分の用事に戻った。
納屋の外に出てみると、村の中では大勢の雌オークとハビリス族の女性陣が入り混じって、晩飯の調理をしていた。
雌オークは当然のように緑の肌で、胸と腰に麻布を巻いていて、ボンキュッボンの体型。センシティブ。
んで、更に一部の雌オークは全身ムキムキで、腹筋がバッキバキ。すげぇ。
ナターシャとリズールは隙間を縫って進み、ハルヤの家に入る。
そこでは、オーク・ハビリス族の連合防衛チームの面々が待っていた。
大きな周辺地形図に、木彫りの駒が乗ったテーブルを囲んでいるのは、数人のハビリス族と狩人、シバ兄妹と老オーク、斬鬼丸、シュトルムとスラミーだ。
全員が此方に目を向けている。圧倒されるような光景だ。
「――お、お久しぶりでーす」
『こんばんは』
しかしもはや、この程度では俺の心は動じない。
ナターシャはリズールを連れて、意に介さずに近付いていくと、
「……おぉ、待っていたぞ。人間の協力者、ナターシャ様よ」
シバ兄妹の隣に座る、一人の老人オークが声を掛けた。
えっ、あんた誰?
「誰?」
「!?」
つい言っちゃうナターシャに、驚くシバとトコ。
すると、老人は軽く笑った。
「ハハハ、冗談が得意な方だ。――しかしまぁ、初めて会ったのだから、それも仕方があるまい。私はローワンだ。よろしく頼む」
ローワンは改めて名乗ると、ナターシャに向かって手を差し出した。
あーローワンさんね。
シバの師匠で、旧宰相だっけか。そんでレジスタンスの主導者。
ナターシャは少しだけ態度を改めた。
「おっと、失礼しました。私はナターシャです。よろしくお願いします」
「あぁ宜しく」
軽い握手をする二人。
リズールとナターシャがテーブルに着いた事で、本格的な防衛会議が始まった。
もっとも、俺達に出来る戦略はまだ一つだけ。籠城だ。
『ではまず。砦の未完成部分は、ローワンさんと、救出したハーフエルフ達の呪詛で塞ぐ方針で』
「……待ってくれ、リズールさんは良い魔法を知らないのか?」
ハビリス族の男性が聞くと、リズールは首を横に振った。
『残念ながら。ですが、魔法での修復は可能です。魔力に余裕のある時は“完全修復”、無い時は“修復”と詠唱して下さい』
「そ、そうなのか……」
少し残念そうな表情で男性が下がったタイミングで、ナターシャが手を挙げる。
「はい。砦を塞ぐ魔法、あります!」
「「「!?」」」
斬鬼丸とシュトルム以外は驚いた。何故かリズールも驚いてスッと主を見た。
銀髪の魔女っ娘はこほんこほん、とわざとらしく咳をすると、彼らに一つの詠唱魔法を教える。
次話は10月12日。夜8時~9時です。
Q.オークの子は? 疎開させないの?
A.純粋に数が多いのと、食べる量が凄いので、下手に疎開させると餓えてしまうんです。
更に、その餓えを癒すために他人を食べちゃうと、オークからオーガに変化しちゃうので、親元から離すのも危険。
なので今は、ハビリス村近くにある新たな空き地――石切り場周辺に仮設保育所(リズールがテント魔法を大量使用)を造って、そこで世話してます。
Q.子供オークが何処に居るかは分かった、じゃあ大人オークは何処に住んでるの?
A.それは後日明かします。ご安心を。




