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231 幸せな時間に訪れる、戦争の兆し《サインズ・オブ・ウォー》

 とても幸せな、二人っきりの時間を過ごす、ナターシャとクレフォリア。

 今はベッドの上で、川の字になって寝転がっていた。


「何だか眠いですねぇ……」

「そうだねぇ……」


 お昼寝の時間が近いので、少し眠くなってきたのだ。

 その時、クレフォリアが思い出したようにふと話した。


「あ、ナターシャ様」

「んー?」

「旅の三日目頃のお話なのですが」

「んー」

「ナターシャ様?」

「んー?」


 ナターシャは返事が大分と緩い。

 眠ってしまいそうだからだ。


「むー……」


 話を聞いて欲しくて、少しだけ剥れるクレフォリア。

 またキスでもしようかと悩んでいると、もっと良い方法を思いついたようで、早速実行に移した。


「そーれこちょこちょー……」

「あひぁゃはははっやめっ――――!」


 クレフォリアはナターシャを擽って、眠りかけていた相手の意識を覚醒させた。

 彼女は、ぱっちりと目を覚ました友達に元気よく挨拶する。


「おはようございますナターシャ様っ? 目が覚めましたか?」

「はぁー……あぁごめんおはよ……」


 ナターシャは、クレフォリアにこう言った。


「ごめんね、寝そうだった。でも擽るのはやめてよー」

「嫌ですー」


 ぷー、と頬を膨らませるクレフォリア。

 ナターシャは手で優しく挟んで潰して、ぷーと空気を吐き出させた。


「おかえしー」

「みゅー!」


 クレフォリアは頬を押し潰されながらも抵抗するが、変な声が出るだけだった。


「ふっ」

「ふふっ……」


 その声が面白くて、つい噴き出す二人。


「「あはははっ――――」」


 そのまま流されるように、声を出して笑った。

 その後、話は本題に戻る。


「――あはは、それでえっと、旅の話なのですが」

「あぁうん、どうしたの?」

「実は――」


 二人は三日目の夜――タリスタン救出時の出来事について、話し合った。

 クレフォリアちゃん曰く、あの日現れたでっかい狼――人語を話せるセオは、ウィダスティル家と交渉している所らしい。

 スローンキンググリズリーさえ討伐すれば、森を突っ切るルートが作れて、エンシア王国首都への経路がもっと短くなるからとか。

 討伐時期は冬眠が終わる前までに、と決まってるようだ。

 後は人員の問題らしく――――


「森の主を確実に倒す為に、この街の白金級冒険者“竜騎士オースベルグ”という方にもお声が掛かっていて――」

「へえー……」


 おぉ、そんな人が居るんだ、と驚くナターシャ。

 物知りなクレフォリアちゃんに教えられる、いつものナターシャちゃんは崩さない。

 それが二人にとっての当たり前で、幸せなのだ。



 ――だが、そんな幸せな時間にも、遂に終わりが来た。


 12月29日、時刻は15時53分。

 二人が軽いお昼寝から目を覚ました頃。

 部屋中央の床が紫に輝いて、隠蔽されていた転移陣が姿を現した。


「……!」

「な、なんですの!? ナターシャ様、これは――」


 とても驚いたクレフォリアは、隣の少女を見た。

 隣の少女は――クレフォリアが久しく忘れていた、自身を助けてくれた時と同じ顔をしていた。

 同世代の女の子とは到底思えない、何かを覚悟した顔だ。


「ナターシャ様……!?」


 思わず息を飲むクレフォリア。

 そこでようやく、一人のメイドが転移してきた。


『――――我が盟主マイロード、ご歓談中に失礼します』


 クラシカルなメイド服に、青い髪と赤い瞳。そう、リズールアージェントだ。

 全員で店に入った直後、ナターシャが二階で時間を稼いでいる隙に、この転移陣に細工をし掛けてから転移し、秘密工房内で相手――宰相ウィロー陣営の出方を伺っていたのだ。

 何故そんなにも面倒な事をしたかと言うと、“いつでも動けるように転移陣は消したくないが、出来れば、何も事情を知らないクレフォリアちゃんと、楽しく過ごせる幸せなひと時が欲しい"という、ナターシャからの強い要望があったからである。


 彼女は一礼すると、端的に用件を伝えた。


『敵が軍を動かし始めました。出発の準備を』

「分かった、でもその前に――――」


 返事を返したナターシャは、ベッドから降りる前に、


「――――じゃあクレフォリアちゃん。今から秘密にしてた事を説明するね?」

「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」


 クレフォリアに状況説明をする事にした。

 二人は身体を起こして、ベッドの上に正座する。


「じゃあ始め――」

『お待ちください我が盟主マイロード。どうせなので、部屋の外に居る方もお呼びしましょう』

「――わ、分かった。その方が良いよね。呼んでくれる?」

『お任せを。もし、護衛のエンシア騎士団の方――――!』

「はい! 何かありましたか――!?」


 リズールは更に時間を節約するために、部屋の外にいる護衛騎士を中に呼び込んだ。

 


「「――――お、オークが内紛を起こして戦争状態に!? しかもこの転移陣はあの有名な、ウェスカ・スタンリー魔導技師の秘密工房に繋がっている――――!?」」


 驚愕するクレフォリアと護衛騎士。

 はい、とても分かりやすい説明台詞をどうもありがとうございます。

 ナターシャはさらに続ける。


「そうなんですよ。私達は旧宰相派陣営に居て、彼らを勝利させようってんですよ」

「「なるほどー……」」


 同じような納得の言葉を出す騎士と姫。

 するとクレフォリアが、ナターシャの両肩に勢いよく手を乗せてこう言った。


「――わ、私も協力しますっ!」

「クレフォリア様!?」


 ぷるぷると、恐怖で身体を震わせながらも、目はしっかりと此方を見据えている。

 護衛騎士さんは予想通り戸惑っている。


 ナターシャは震えるクレフォリアの手を纏めて、優しく握り締めてから返答した。


「ありがとう。でもクレフォリアちゃんには、この街に居て欲しいんだ」

「な、ナターシャ様……っ!?」


 とてもショックを受けて、絶望すら感じられる表情を浮かべるクレフォリア。

 私は貴女の役に立てないのか、と。


「クレフォリアちゃん、それは違うよ?」

「……?」


 ナターシャは、相手の感情を読み取って否定しながら、とても優しく微笑み、『私の代わりに』と、クレフォリアに一つのお願いを告げた。


 それは、『スタッツ国に“四千もの数のゴブリンと、それを指揮するオークの軍勢がテスタ村を襲撃しようとしている。明日か今日の夜が決行日だろう”と教えて、軍を出撃させて欲しい』という物。

 一応、それは俺が食い止めるつもりだが、手が回らない可能性だってある。

 念のためにスタッツ国軍の援軍を呼ぶという、予防線を張っておく必要があったのだ。


 因みにゴブリン軍が居るって情報は、ローワンという名前のオークから齎されたらしい。

 オークの手を汚さずに人里を侵略する目的で、敵のウィローが自身の軍に指示を出して、育てさせてたーとか何とか。

 リズールがそう言ってた。


「――スタッツ国に援軍を要請するのは、私じゃ力不足なんだ。多分これは、王女のクレフォリアちゃんにしか出来ない仕事だと思う。大変だろうけど、お願いしても良い……かな?」


 最後にその旨――“貴女を頼って良い?”と伝えられたクレフォリアは、悲壮な顔から一転、とってもやる気に満ちた顔で宣言した。


「うぅぅ~~っ、分かりましたっ! ナターシャ様の為、更には友好国の安全のため! 喜んで承りますわ~っ!」

「ほっ……」


 護衛騎士も、クレフォリアが戦地に出る訳じゃないと理解して、安堵の息を漏らす。

 対してクレフォリアは、すくっと立ち上がると、ぴょんっとベッドから降りてこう言った。


「では、急いで帰ります! 早速、ユーシア団長様に言いに行きますので――――!」

『おっとお待ちくださいクレフォリア様』

「――きゃあああっ!?」


 そして、急いで帰ろうとした所を、リズールが抱き抱えた。


「な、何するんですかっ!? 一刻を争う事態ですよ!?」

『クレフォリア様、いきなり抱き上げてすみません、ですが――』


 リズールは、不服そうな声を上げるクレフォリアに謝罪した後、


『――スタッツ国軍はまず、事実確認を優先する傾向が強く、そのためか初動が遅くなりますので、この、私が作成した敵オーク・ゴブリン連合軍の組織・総数図、更には彼らの進軍ルートが掛かれた広域地形図、こちら側の戦略、相手陣営の戦略予想などを書き記した数枚のレポートを持って、スタッツ国の方々へと接触して下さい』


「は、はい……うわぁ凄い綺麗な字……」


 敵軍の各機関の人数が書かれた、羊皮紙の組織図を一枚、テスタ村周辺の広域地形図に、オーク軍の侵攻ルートを書き記した羊皮紙の地図を一枚、更に敵・味方、お互いの戦略について纏めた五枚ほどの羊皮紙を、腹部のスリットから取り出して手渡した。

 クレフォリアはつい圧倒されてぽかんとしたが、護衛騎士は思わず声を漏らす。


「なっ、なんて鮮明な地形図を……! こんな代物を造るなんて、君は一体……!?」

『今はまだ名乗れません。ただ、我が盟主マイロードを支援する為だけの、一介のメイドで御座います、とだけ』

「そ、そうか! とても素晴らしい才覚をお持ちのご令嬢なのだな! 私はユーシア団長の直属部隊、新規に作られたクレフォリア姫護衛隊の隊長格にして、ヒュストン伯爵家、三男のウォルターだ! 今後ともよろしく頼む!」


 その言葉には、リズールは微笑みだけを返した。

 リズールはクレフォリアを優しく降ろすと、護衛騎士に預ける。

 

『ではクレフォリア様、後はお任せしました』

「クレフォリアちゃんお願いねー!」


 リズールと共にクレフォリアを見送るナターシャ。

 クレフォリアは、二人からの――特に、ナターシャからの強い信頼が嬉しいのか、


「はーいっ! スタッツ国との交渉はぜーんぶっ、私に任せて下さいねーっ!」


 元気よく宣言すると、


『じゃあ護衛騎士さーんっ! 行きますよ――――……!』

「く、クレフォリア様ぁーッ!?」


 勢いよく部屋を飛び出していった。

 護衛騎士は、主の名前を叫びながら追いかけてゆく。


『お待ちくださいクレフォリア様ァァ――――ッ! くっ、護衛隊! 理由は後だ! 私に続けェェ――――ッ!」

『『『りょ、了解――――!』』』


 ドタバタ、と階段を降りていく姫と騎士と、その他数名の声と足音。

 窓越しでも聞こえる、数十名規模の甲冑騎士が走るガチャガチャ、という音。

 クレフォリアちゃんってお転婆系お姫様だったのかな?

 いつも思うんだけどめっちゃかわいいよね。賢いし頼りになるし最高だわ。

 まさに最かわ。


「よし――んっ、ん」


 ナターシャは咳払いをすると、軽く組織の長ムーブをした。


「――国との交渉はまだ、彼女に任せるしかないね。今の俺は武力で相手を抑える側に回ろう」

『そうですね。何れは……』

「あぁ。何れは、な」


 あまり迷惑を掛けない為にも、早いうちに有力者にならなければならない。

 それこそが、組織の長たる証拠なのだ――――……


 まぁ純粋に、彼女の隣に並び立てるようなつえー存在になりたいって意味です。

 組織の長である事に深い意味はありません。


『では我が盟主マイロード、早速向かいましょうか』

「あ、もうちょっとだけ待ってくれる? まだ一つだけやり残した事があるんだ」

『分かりました、転移陣の上でお待ちしております』

「ありがとっ」


 ナターシャは急いで部屋の外に出ると、一階まで降りて、店の玄関前に居る、クレフォリア達を見送ったガレット・マルス・エメリアの三人を纏めるように抱き着いた。


「みんなー!」

「「「ナターシャ!?」」」


 当然、驚かれる。何があったんだ、という表情もしている。

 しかし説明する時間が惜しい。ナターシャは端的にこう告げた。


「ちょっと今からオークと戦争してくる! クレフォリアちゃんにはスタッツ国からの援軍を要請しに行って貰っただけだから安心して!」


「「あぁー……!」」


 その説明で、理由を察してくれたマルスとエメリア。

 まぁ数日前、リズールがあちらの現状を、ガレットさん達も交えて説明してくれたので、当然の反応だ。

 しかしガレットさんの顔は怖い。


 三人からゆっくりと身体を離したナターシャは、急いで店の中に戻っていく。


「じゃ、またねー! ちゃんと無事に――――」

「ナターシャッ!」

「――――はいぃっ!?」


 帰って来るからね、と言いかけた瞬間、ガレットさんに名前を叫ばれて、ナターシャは驚いて止まってしまった。

 そのままおずおずと振り向くと、彼女はサムズアップをしながらこう言ってくれた。 


「気を付けなさい!」

「!」


 その一言に、強い信頼と応援が詰まっていると理解した。

 ナターシャも負けじと親指を立てて、元気な口調で返答する。


「はい気を付けます! でも、安心してッ! なんせ、私は強いから――――!」


 別れ際にそう叫んだ後、ナターシャは三人に見送られながら、二階への階段を駆け上がっていく。続けて三階の階段も駆け上がって―――


「――ただいまぁっ!」

『お帰りなさいませ我が盟主マイロード


 勢いよく自室に戻ったナターシャは、ちょっと息を切らせながらも、机の上の魔女帽を被り、腰に銀縁眼鏡――黒猫魔導ブラック・キャット・マジックが掛かっている事を確認して、最後の最後の仕上げに合成の魔女へと変貌した。


「“終式封印――我が力よ、永久とこしえに眠れ――”!」


 封印詠唱をしながらバッ、と前に差し出した左手には、指先から上腕部に掛けて、純白の包帯が巻かれてゆく。

 更に、中央に金色の魔術刻印が刻まれた、白い眼帯が空中に生成されて、右目を覆い隠した。

 しかし視界は良好。ちゃんと両目で見えている。


「……フッ、良い仕事ではないかウィスタリア。ここは褒めてやろう」


 更に、口調も組織の長モードに切り変えて、高らかに宣言した。


「――では、我も戦地へと赴かんッ! 行くぞリズール!」

『はい。お手をどうぞ我が盟主マイロード

「闇に飲まれよッ!」


 リズールは、元気よく伸ばされた包帯まみれのナターシャの左手を取り、陣の中に引き込むと、


『――“転移(テレポート)”』


 主の為にワザとそう言いながら、共に秘密工房へと転移した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! 今回もイイ百合百合です〜 暫くですけど、またクレフォリアさんと離れるのは少々残念です。 戦争開始って感じですね。ナターシャさんの格好いい活躍を楽しみです!
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