230 ナターシャとクレフォリアの幸せな一日《ハッピー・デイ》
そのまま仲良く手を繋いで、エメリア旅行雑貨店前に移動した二人。
クレフォリアはまず、ガリバー一家・その兄のオールデイズに軽い挨拶を述べて、騒動への謝礼を済ませた。
更にその場で、ナターシャへの簡素な謝礼儀式が始まった。
「――親愛なるナターシャ男爵令嬢様。私、クレフォリ=アリア第二皇女からの御礼の品として、貴女に送った手紙に、一つの魔法契約を授けます。――“盟友の証をここに記す。汝、我らエンシア王族と、寝食を共に出来るだろう”」
ナターシャが差し出している白い羊皮紙の手紙に、自動で上記の内容が追記されて、最後にクレフォリアちゃんのちっちゃな拇印が押される。
すると、手紙が一瞬だけ蒼く光り、魔法契約の効果を発揮した。
「ふぅ、よし……!」
一息ついたクレフォリアは、真面目な態度をすぐさま捨て去って、ナターシャを思いっきり抱き締めた。
「ふふっ、ナターシャ様~! これでいつでも私の所に遊びに来れますよ~!?」
「ありがとー! 私も楽しみー!」
楽しそうにわいわいきゃあきゃあ、ぴょんぴょんする少女二人。とても子供らしい。
折角なので、ナターシャはこう言った。
「じゃあクレフォリアちゃん、折角だから、私のお家に寄ってかない?」
「良いですねっ! ナターシャ様のお部屋でいっぱいお話しましょう!」
当然ながら、ウェンウッド商会の従業員達はついざわついてしまう。
『嘘だろ……!』『このまま護衛しとかないと不味いのか?』と。
彼らはただの商会の従業員で、護衛にはあまり慣れていないのだ。
しかしクレフォリアの護衛騎士の内一人が代表して、彼らに向かってこう宣言した。
「安心なされよ! ここからは我らエンシア騎士団の職務である! 君達は自身の職務に戻りなさい!」
その言葉で、ウェンウッド商会の従業員達は安心した。
更に、ガリバーが代表して、エンシア騎士団に護衛を任せた。
「ではエンシアの国家騎士さんや、我々は仕事に戻るよ。何かあったら呼んでおくれ」
「分かりました。また後日、お礼に伺います」
「別にそこまでせんでも良いわい! ――王家さんには贔屓にして貰っとるからのう、今回はその礼じゃよ」
「では、そのご厚意に甘えて。またお会いしましょう」
「うむ、後は任せたぞ」
「お任せあれ」
ガリバーと代表の護衛騎士は、形式的な礼儀を交わした後、
「ではエンシア騎士団員よ! エメリア旅行雑貨店を守り、その威光を示せ!」
「「「はいっ!!!」」」
代表が騎士全員に指示を飛ばして、エメリア商店の直掩に移り、ガリバーさんは、
「よし、ではウェンウッド商会の従業員よ! 仕事じゃ! 仕事の時間じゃあ~!」
「「「はっ、はいぃ~っ!!!」」」
従業員全員に指示を飛ばして、三人息子・オールデイズ会長達と共に、自身の職場へと帰宅していった。
彼らを見送ったナターシャとクレフォリアは、ガレットさんとリズールに連れられて、仲良く商店の中へと入っていった。
◇
エメリア旅行雑貨店の正面玄関、その裏側――物資流入用の裏口には、数十人規模のフルフェイスの甲冑騎士が立ち塞がっていて、尋常じゃないくらいの厳戒態勢だ。
いつものマルス兄の女性ファン達も流石にビビって――――あれ、何かすげー喜んでる……
自室の窓から外の様子を眺めていると、横に居るクレフォリアがナターシャに抱き着く。
「ナターシャ様っ?」
「どうしたの?」
「ふふっ、何でもありませんよー」
そう言ってまた離れて、を繰り返す。
ナターシャは少し考えた後、ベッドに移動した。
もちろんクレフォリアちゃんも付いてきて、ナターシャの隣に座り、膝に頭を乗せる。
そのまま青く澄んだ瞳で、ナターシャを見上げてくる。
「「……」」
二人は見つめ合う。
何故こんな事を繰り返しているかというと、
「うーん、何から話せば良いのか思いつきませんね?」
「そうだねぇ」
お互いに、再会する前は色々な出来事、自身の悩みを話したかったのに、出会った途端に全部吹き飛んでしまったのだ。もはや、一緒に居るだけで幸せなレベルに達している。
「まぁ、思い出した時に話せば良いよね」
「うふふ、そうですね。じゃあ、ナターシャ様も横になって下さいっ!」
「わぁっ」
クレフォリアがナターシャをベッドに押し倒す。
慌てて動いたからか、少しだけ吐息が乱れているクレフォリアが、右手でナターシャの銀髪を掻き分け、自分と似た色の蒼い瞳を覗き込んで、少しづつ顔を近付けてくる。
ナターシャは動かず、潤んだ瞳でクレフォリアを見続ける。大分と肝が据わったらしい。
途中、クレフォリアはこう言った。
「……ナターシャさま?」
「どうしたの?」
「キスしても良いですか?」
「!?」
それには流石に動揺を示すナターシャ。
「ど、どこに?」
つい尋ねると、クレフォリアはナターシャの頬を突いた。
「ほっぺに、です。何だか柔らかそうで、美味しそうなので」
そのままぷにぷに、と頬を突いてくるクレフォリア。
ねぇクレフォリアちゃん、ちょっと私を模したプチケーキを食べ過ぎたんじゃないかな?
若干の捕食的恐怖を感じつつも、ナターシャは息を呑んでこう答えた。
「く、クレフォリアちゃんなら、良いよ……?」
「!」
その銀髪美少女の顔は耳まで赤く染まり、口に当てた軽く握った手で、その恥ずかしさを隠していた。
まだまだ受け身だが、勇気を出したらしい。
クレフォリアは少しだけ驚くと、八歳らしからぬ舌なめずりをした後、ナターシャの耳元で小さく呟いた。
「では、いただきます――」
やっぱ食べるの!?
クレフォリアはナターシャの頬に、軽く唇を当てる。
その柔らかい感触と、キスの音を、ナターシャは生まれて初めて知った。
彼女への愛情で、心臓が高鳴る音が聞こえた。
「――あむっ」
そしてクレフォリアは、そのままナターシャの頬にかぶりつく。
ナターシャの頬にくすぐったさと、美味しそうに甘噛みされる感覚が生まれ始めた。
これは愛ではない、食欲だ。ついにナターシャはこう叫んだ。
「ほ、ほっぺ食べないでぇぇ……!」
「いひど、やってみたはったんでひゅよねぇー(もみゅもみゅ)」
「ぎゃあああぁぁ……!」
しかしクレフォリアは止める様子を見せない。
暫く捕食され続けたナターシャの左頬は、終わった頃には真っ赤になっていた。
「もー! ほっぺ真っ赤じゃん! クレフォリアちゃんのばかー!」
「ふぇぇごめんなさーい……!」
ナターシャは今日になって初めて、同世代の少女に怒りをぶつけた。
初めてづくしの日だった。
◇
その後は、思い出したように雑談をした。
ナターシャが『実は私、冒険者として活動してるんだよ!?』と教えると、クレフォリアちゃんは目を輝かせていた。
話を聞くと、自由に生きる事に憧れているらしい。
「王族って大変なの?」
ふとした疑問を漏らすと、クレフォリアちゃんは堰を切ったように、公務の辛さ、勉学の忙しさ、規則正しい・代わり映えの無い王宮生活などなど……
それはもう、日々思っている事を洗いざらい話してくれて、王族にも色々な悩みがあるんだなぁ、と思い知った。
そこでクレフォリアは、思い出したようにこう言った。
「ねぇ、ナターシャ様?」
「なぁに?」
「私も冒険者として活動したいです……」
そうだろうなぁ……
俺も貴族社会が嫌だから、冒険者として活躍したい訳だし。
「なのでナターシャ様。私のお願い、叶えてくれませんか? あの日の約束、覚えてますよね?」
「なっ……!?」
(何だと……!?)
思わず固まるナターシャ。
(こ、ここであの日――初めて出会った時の約束、“お願い事なら何でも1つ叶える”を持ち出してくる、だと……!? それはちょっとズルくない……!?)
ナターシャはそうは思いつつも『ナターシャ様、叶えて下さい。私にまた自由を与えて下さい……!』と強く懇願する、愛すべき少女の瞳に根負けして、遂にこう答えた。
「うぅっ……わ、分かった、何か方法を考えるよ……」
「本当ですか!? やったーっ!」
嬉しそうに万歳するクレフォリアちゃん。
ナターシャも曖昧な笑みを浮かべながら、同じように喜んだ。
その脳裏では、どうやってクレフォリアちゃんに冒険者活動をさせようか、必死に思考を巡らせていた。
――これは、困った事になった。
何かもっと、別の条件にするべきだったなぁ……
約束フラグ回収。
あぁ、閑話の赤ワイン編に、クーゲルによるローワン救出劇を追加したんで、そちらも読んでね!
次話は10月6日です。夜8時~9時。




