229 再会と不可分の祝福曲《ファンファーレ》
12月29日。
宰相ウィロー率いる『オーク至上主義』の派閥が、ようやく纏め上げた五千のオーク軍を、復讐と略奪を兼ねてハビリス村――更にはテスタ村方面へと進軍させるその当日。
ナターシャは秘密工房からフミノキースに転移して、店番をしている兄の横で、丸椅子に座って待っていた。時折兄に話し掛けつつ、のんびりと。
「マルス兄、売れ行きはどう?」
「ん? あぁ、ぼちぼちだよ」
「ふーん」
暫くするとリズールも帰って来て、無言でナターシャの隣に佇む。
更に少し経つと、ガレットさんが二階から降りて来た。
年のせいか、その場で一息付いたガレットは、兄と共に店番をしている女子二人に話し掛ける。
「ではナターシャ、リズール。そろそろ外に出て待ちましょう。粗相のないように注意しなさい」
「はい」
『分かりました』
そろそろ彼女とその護衛達が来るらしい。
緊張している兄と、緊張し過ぎて二階に引き籠ってるエメリアを店に残して、外で到着を待った。
しかし、先に来たのはガリバーさん率いるウェンウッド商会の従業員達。
総数にして三百名。
従業員は全員、サブストリートの淵に並び、何があっても対応出来るように警戒した面持ち。
その中でも有力者らしき人達――ガリバー・その三人の息子と、新顔の老人と美人秘書さんは、ナターシャ達の隣に並んだ。
そこでようやく、ガリバーさんが軽い挨拶を述べて来た。
「やぁおはようガレットさん、ナターシャ男爵令嬢さんと、新顔のメイドさんや」
「おはようございますガリバーさん、今日もお元気そうで何よりです」
代表してガレットさんが対応してくれる。
ナターシャとリズールは合わせるように会釈した。
そこから二人は軽い雑談をして、最後の方で、新顔の老人と美人秘書さんの紹介が始まった。
「――ではそろそろ、ワシの兄さんを紹介しておこうか。オールデイズ兄ちゃん!」
「ふぉふぉ、大声を出さんでも分かっとるわい。フィクスティリア、手を貸してくれ」
「はい、仰せのままに」
オールデイズ、という老人は、秘書さんの手を借りつつナターシャの前に……ん、オールデイズ?
なんかどっかで聞いたような気が……
ナターシャが顎に指を当てながら考えていると、白髪で眼鏡の老人、オールデイズさんが話し掛けてくる。
「久しぶりじゃのう、お嬢ちゃん。大分前に冒険者ギルドで見た時以来じゃな?」
「あ、はい……えっ? そうなんですか?」
思わず驚くナターシャ。オールデイズは頷いた。
「ふぉっふぉ……あぁ、そうじゃよ。忘れたかい? お嬢ちゃんが冒険者ギルドに来た初日、知り合いの女性冒険者と話してた時。御付きの騎士が実は精霊だって事を叫ばれて、とても慌てていたじゃないか。ワシは見てたぞ?」
「あー……――――あぁ! あの時のお爺ちゃん!」
ナターシャはようやく思い出して、合点がいった。
そう言えば居た。閑散としたギルドで、秘書さんと一緒にのんびりしていた老人が。
まさかガリバーさんの兄だったとは。
オールデイズは『ふぉっふぉっふぉ』と嬉しそうに笑うと、正式に自己紹介をした。
「――では、改めて名乗らせて貰おう。ワシはウェンウッド家に婿入りし、商会を立ち上げたガリバーの兄で、スタッツ国の高級宿街を取り仕切る“パスト・パクス・ケットシー財閥”の会長であり、魔術学会・魔導大図書館の元館長、パスト・オールデイズじゃ。そして、ワシの隣の秘書が――――フィクスティリア、名乗りなさい」
「承りました」
次は、この世界にはまず居ないだろう黒いスーツ姿で、茶色の髪を後ろで纏め、前髪を横に流しておでこを出している、ウェットな髪質の秘書さん。
ナターシャに対して深く礼をすると、礼儀正しく名乗りを上げた。
「私はオールデイズ名誉会長が暴走しないように抑え――いえ、支える役目の専属秘書、イリエスタ・フィクスティリアという者です。どうぞお見知りおきを」
「――――」
ガリバーさんのお兄さんといい、その秘書さんといい、なんだか物凄い威圧感を感じる。
しかしナターシャは、一瞬の思考の後にこう答えた。
「――そうだったのですか。私はユリスタシア男爵家の令嬢、ユリスタシア・ナターシャです。今後ともよろしくお願いしますね、お二方?」
こちらも負けじと優しく微笑んで、対等であろうと申し付けた。
ガレットやガリバーさんは、ナターシャの強くなった心を喜ぶように微笑み、ガリバーさんの息子達は心底驚いて『何言ってんの!?』って言う感じの目を向けたが、ナターシャは更に一枚の名刺を取り出して、二人に見せた。
「あぁそれと、お聞きしておきたいのですが――もしかして、魔術学会の現館長・パスト・スウィンデイズのお父様ですか? それともお爺様?」
「ほぉ!」
「おや……」
それは丁度その日、スウィンデイズ館長に貰った名刺だった。
驚いたオールデイズ会長と秘書フィクスティリアは、顔を見合わせて笑う。
「ふぉっふぉっふぉ、これは負けたのう。フィクスティリア?」
「ふふっ……えぇ、そうですね会長。まさか、お孫様に先手を打たれていたとは」
「うむ。スウィンも成長したのう――」
そこで再び、雑談に入りそうな雰囲気になる。
しかしまだ終わってはいない。終わらせてはならない。
主を援護するように、リズールが追撃を掛けた。
『もし。お話し中、失礼致します――』
「「ん?」」
今日この日に折角、ナターシャが過去と向き合い、魔王候補として生きる道を固めたのだ。
ここで対等に扱われたままでは、最有力候補の名が廃る、との判断によって。
『――不躾ながら、我が盟主の威厳の為、私も名乗らせて頂きましょう。オールデイズ名誉会長様、とある著名な魔法使いの一族である、イリエスタ家のフィクスティリア様。初めまして――』
「「?」」
深く頭を下げるリズールに、キョトンとする会長と秘書。
だが、彼女の自己紹介によって彼らは固まった。
『――私はナターシャ様の従者であると同時に、彼の大英雄、魔術学会結成の祖――大賢者ウィスタリアによって“ナターシャ様専用”に作られた、この世で一冊限りの大魔導書、リズールアージェントでございます。現在はゴーレム体で活動しておりますので、どうぞこの姿でお見知りおきを』
「「―――――――!?」」
会長と秘書は思わず、目と口を大きく開いて思考停止してしまった。
ガレットさんは知っていたので少し呆れているが、その事を知らなかったガリバーさんとその息子、更には聞き耳を立てていたらしい近場の従業員達は、リズールとナターシャに驚愕の視線を向けている。
大賢者ウィスタリアは、スタッツ国ではそれだけ強い影響力を持っているのだ。
「……はぁ」
ナターシャは軽く頭を抱えると、リズールに注意を述べた。
「有難いけどリズール、老人を驚かしちゃダメ。その拍子に心臓が止まるかもしれないんだから」
『失礼しました我が盟主。従者として、主の威厳を守るべきだと思いまして、つい』
「うん、分かってくれたなら良いけど――オールデイズさん、フィクスティリアさん?」
ナターシャが話し掛けた事で、会長と秘書は現実に戻ってくる。
しかし、とても混乱としているようなので、ナターシャは正直な気持ちを伝えた。
「――お二方。お互いの肩書は気にせずに、一人の人間として仲良くしていきましょう。私達はそれを望んでいます。今後ともよろしくお願いしますね?」
そう言って、ナターシャは手を差し出す。
オールデイズはハッ、と元の威厳を取り戻して、ナターシャと優しい握手をした。
「――うむ、それもそうじゃな。ワシが間違っておった。上に居過ぎた弊害じゃな。今後ともよろしくのう、ナターシャちゃん」
「はいっ」
仲良く手を結んで微笑む老人と少女。
そしてその隣では、リズールとフィクスティリアも仲直りしていた。
「すみませんリズールアージェント様、つい熱くなってしまいました。ユリスタシア家には少し思う所がありましたので……」
『いえ、お気になさらず。私も少しやり過ぎたと思っています。ごめんなさい』
こうしてナターシャは、色々とすっ飛ばしてスタッツ国随一の大商会、パスト・パクス・ケットシー財閥の会長と仲良くなった。
ウェンウッド商会のガリバーさんや、その三人の息子・従業員達が驚愕している中で。
(まぁそもそも、これから会いに来るのが“エンシア王家の第二皇女”なんで、肩書程度の凄さで驚かれたり、この国の大財閥と仲良くなった所で今更何だ、って話なのだけども。
むしろ、それくらいじゃないとクレフォリアちゃんと釣り合わない。
真の魔王候補――いや、組織の長としてもね)
ナターシャはそう思いながら、街民達が『何事だ!?』とざわついているサブストリートの奥――沢山の騎士達に守られながら、まさかの徒歩でやって来る一人の金髪少女に向かって、元気よく呼び掛けた。
何事もなかったかのようにいつも通り。
「クレフォリアちゃーん! 久しぶりぃぃ――――――――……!」
「ナターシャ!?」
『我が盟主!?』
しかし我慢ができず、思わずその場から駆け出してしまうナターシャ。
長く綺麗な、銀色の髪を後ろに流しながら、全力で駆ける。
「あっ! あぁっ……――――!」
対するクレフォリアも、感極まったように打ち震えると、同じように駆け出した。
「ナターシャ様ぁ~~~~~~~……っ!」
「「「クレフォリア様ッ!?」」」
少しウェーブ掛かった金色の髪を風に靡かせて、愛する友人、ナターシャに近付いていく。
そして、遂に。
「――クレフォリアちゃんっ!」
「ナターシャ様っ!」
二人は道半ばで出会って、強く抱き合い、凡そ一か月半ぶりの再会を喜んだ。
「とっても会いたかったですわ~~~~っ!」
「私もだよクレフォリアちゃーん! えへへっ!」
金色と銀色、エレガントな白いドレスと黒い魔女服。全て対極の色。
そんな二人の少女の目元からは、再会の幸せが、久しく感じたお互いの温もりへの安心が、小さな雫となって零れ落ちた。
もう二度と、二人は離れ離れにならない。
思わずそう感じさせるような、感動的な光景だった。




