228 邪気眼少女の舞台裏《バックステージ》 -ローワン救出大作戦- 後編
「Wow...」
インコも彼と同じように、後ろに引いて青ざめている。
クーゲルは銃口から立ち上る白煙を吹き消すと、ローワン達に出発を促した。
「よし、これで出られるな。付いてこい。こっからは時間との勝負だ」
「Okey. Let's party time!(よろしい、お祭りの時間だ!)」
彼女の肩のインコは七色に輝きだすと、小さな教授帽がポンッ、と出てきて、彼の頭に乗った。
ローワン達も牢屋から出て、彼女の後ろに続く。
クーゲルは階段へと向かいながら、一つのユニークスキルを使用した。
最初に述べた、マスケット銃としての欠点を解消する、いくつかの抜け道の内の一つだ。
「――ユニークスキル“少宇宙弾倉・装填”」
スキルの効果が発動すると、引き金の前に宇宙色――深淵の黒に、銀河系の白光が目立つ魔法弾倉が接着された。
これによって、装填数が一万発に増える。
さらに、弾丸を生成すれば自動で弾倉に装填されるので、弾切れ以外の欠点は無い。
強いて言うならMP消費量だが――リズールとナターシャが居る時点で、その事を気にする必要は無かった。
「よし、これで一個師団とも戦えるな――――!」
そう言いながら、遂に階段を登り始めたクーゲルは、また特殊な弾丸を生成した。
この神殿を軽く破壊する目的で。
「“弾丸創造”――“非殺傷破壊光線弾”」
何やら恐ろしい名称の弾丸は、生成と同時に魔法弾倉へと自動装填された。
それはすぐさま銃身内部に移動して、マスケット銃の周囲から、バチバチと荷電粒子が舞い散り始める。ローワン達は思わず恐怖して、その場に立ちすくむ。
彼女はゆっくりとしゃがみ、地上に向かって構えると、祈る様に呟いた。
「……始まりの鐘よ、シャンバラに鳴り響け」
そしてカチッ、と――――引き金を引く。
すると、白い銃身からの荷電粒子の発生が収まり――――数秒後、銃口から白い極太ビームが発射されて、盛大な爆砕音を鳴らしながら大神殿の天井をぶち抜き、赤く染まる天空へと突き抜けて行った。
「「「―――――……ッ!?」」」
「ふぅー……」
射撃を終えたクーゲルは、砲身を振って冷ましながら、またしても絶句しているローワン達に通告した。
「さ、こっからが本番だ。走るぞ」
「「「……エッ? オ、オウッ!」」」
彼らは急いで、階段の無傷だった部分を駆け上がり、神殿の外に向かう。
先程のビームに巻き込まれたであろう、入口近くに居た兵士二人は、全身に纏う衣服を焼き切られつつも、無傷のままその場に倒れて気絶していた。
それに巻き込まれなかった文官・兵士達は、何故か理解が追い付いていない感じで、あたふたと困惑していたり、意味も分からず恐怖して、オークキングに泣きついていたりと散々な有様だった。
そこでやはりというか、ローワンは理解した。
(アァ、ソウダッタノカ。カレラモマタ、ウィロー達ニ操ラレテイタノダナ。オークドルイドノ呪詛――“木魂ノ言霊”ニヨッテ……)
彼はとても悲しい目をしながらも、今はまだ救えない、と諦めた。
クーゲル達は疾風のように神殿外の広場に転がり出て、着々と準備が進められていた絞首刑台の上に立った。
何も知らない大衆にも、処刑の準備を進めていたオーク達にも動揺が走る。
ローワンは先頭――台の縁に立つと、
「“デエ・コオナ・キオー”――」
拡声の呪詛を詠唱し、大きく息を吸い込んで、こう叫んだ。
「聞け! わが愛すべき民衆達よ! 不当な政策に嘆く者達よ! 遂に、その理由が判明した! そして疑問に思うなかれ! これから私が述べる全ての言葉は、全て真実である! 我らが神――金剛鬼神樹に誓って宣言しよう!」
刑場いっぱいに響くローワンの声。
大きくざわつく民衆。処刑準備に携わっていたオークまでも同じように。
ローワンは一拍貯めた後、大衆に向かって真実を言い放った。
「――現宰相、オークドルイドのウィローとその一派は! 我らが長を奴隷化し、傀儡として操っているッ! 治世に携わる者達を洗脳し、玉座の裏で己が私腹を肥やしているッ! 奴らは、この里を乗っ取ろうとしているのだッ! この悪行は、愚行はッ、断じて許してはならない――――――ッッ!」
「「「ナ……ッ!? ウッ――――」」」
思わず清聴していた大衆は、
「「「ウオオ―――――――――ッッッ!!!」」」
遂に歓声を上げた。心の底からの喜びの声だ。
元々、ローワンの処刑を織り込み済みでのクーデター決行だったので、この広場には多くの旧宰相派が来ていた。その触れ込みから士気が落ちていて、あまり期待はしていなかったようだが。
――それがどうした?
突然、神殿が爆発したかと思えば、そこから転がり出て来たローワン達が、処刑台の上という特異な場所にて、強い口調でウィローの悪事を糾弾し始めた。
今の今まで黙していたローワンが遂に、遂に現宰相ウィローを打ち破り、政権を奪取せんと強く示したのだ。
悲壮な雰囲気が漂っていた処刑場は、一転してゲリラ的な決起集会の場となって、彼の支持者の心を強く掻き立てた。
「逆賊ウィローヲ許スナァ――――ッ!!!」
「正義ハヤハリ、ローワンニ在リィィ――――ッッ!!!」
熱く燃え滾る怒りと、自由・解放へ向けた咆哮を上げるローワン派。
「「「ローワン! ローワン! ローワン! ローワン!」」」
彼らはローワンの名を連呼し、魂のボルテージを果てしなく上げてゆく。
更に上空からは、どこからともなく飛んできた十羽の虹色オウムが、ローワンの肩に停まる。
彼らは一様にこう尋ねた。
「「「ねぇほんと? ウィロー悪者、ほんと?」」」
「あぁそうだ! ウィローは悪だ!」
「「「Wow...他のオークにも広めなきゃ」」」
インフルエンサーなオウム達は、統一区画へと飛び去って行った。
クーゲルの肩に居るゲーミング教授インコも、楽しそうにフルパワーで首を回している。
だが、ローワンの演説はまだまだ続く。
「――逆賊ウィローは、長に尽くしているように見せかけてこの里を――いや、何れはオーク国となる我らが里を蝕まんとする害虫だ! 寄生虫だッ! 決して、決してその存在を許してはならない! 故に我が支持者達よッ! 無垢で啓蒙なる我が国民達よ! 我と共に国王の息子――シバ王子の元へと集え――――――――ッッ!!!! 我らが平穏、我らが国王を返してもらうぞ――――――ッッ!!!」
「「「ウォォ――――――――ッッッ!!!!」」」
ローワンの演説は大成功に終わった。
慌ててウィロー一派が飛び出してきたが、時すでに遅し。
「死ネェェ――――ッ!」
「裏切リ者ォ――――ッ!!!」
「「「ひぃぃ……ッ!」」」
広場にいた大衆全てはローワン派へと切り替わっていて、現宰相であるウィローに向かって罵倒を浴びせていた。ウィローの取り巻きのオークドルイド達は、大衆が牙を剥いた事実に慄いている。
「ぐぅっ、ローワン……ッ! どこまでもどこまでもどこまでも私の邪魔をォォォ…………ッ!!!!」
対するウィローは、血が滲むほどに下唇を噛み締めて、深い憎悪と殺意の目線でローワンを睨んでいた。
丁度その時、クーゲルは一つの超特殊魔弾を生成していた。
「――“弾丸創造”・“魔毒式”――“貴方に贈る彼岸花”」
赤い液体が詰まった水晶弾は、自動的に彼女のマスケット銃へと装填される。
クーゲルは間髪入れずに構えて、ウィローの顔に狙いを定めて――パンッ、と撃ち出した。
射撃音も、銃弾の姿も群衆の声と熱気に掻き消えて、ウィローが気が付いた時には――――
「――えっ? ぐわはぁっ!?」(バシャァッ)
水晶が弾けて、赤い液体――弾丸名の通り“トマトジュースのカクテル”がウィローの顔面に掛かって、その緑の顔を真っ赤に染め上げた。その場の群衆も、犯人のクーゲルも思わず嘲笑の声を上げた。
「「「アーッハハハハハ!!!」」」
「アハハハ! ざまぁ見ろ!」
ローワンも思わず、こう叫んでいた。
「ウィロー、覚えておけ! それが未来の貴様の姿だ!」
「グゥゥッ、ロォォォ――ワァァァァ――――ンッッッ!!! お前はァッ、里を裏切ってェェ――――ッッ!!!!――――」
宰相ウィローも負けじと拡声して叫ぶが、もう彼ら――大衆やローワン達には届かない。
大衆は当たり前のようにウィローを無視して、ローワンは変わらず威厳のある大声で、我が国民達への指示を出した。
「――――では、聞け! 我がオーク国の国民達よ! 我々は、我々の王子の元へ征くために! まずは王子への贖罪のために! 北方の農奴宿舎で先祖返り達――ハーフエルフ達を助け! 更に、食糧庫を襲撃する! そこでしこたま略奪をしたのち、この里の正面玄関から王子の元へと向かうぞォォ――――――ッッ!!! 全員、北へ進め――――――!!!!」
「「「ウオォォ――――――ッッ!!!!!!」」」
ローワンの指示に従って、北方へと進んでいく支持者――オーク国民達。その数は六百名。
更に、先ほど飛び立っていった十羽の虹色オウムが『ウィロー、オークキングを洗脳してた。わるいオーク』と里内で宣伝しまくった事によって、北に進めば進むたびに、その総数が増えてゆく。
未だに怯えているウィロー派のオークドルイド達は、宰相の指示を仰いだ。
「「「うぃ、ウィロー様! どうしますか!?」」」
「――決まっているでしょうがッ! このクーデターを終息させますよォッ!!! 急いで宮殿内の全兵を出して、ローワン達を妨害しなさいッッ!!! 誰か一人は外出班への帰還号令を出しておきなさいッ! 今すぐにィッ!」
「「「わ、分かりましたァァ――――ッ!!!」」」
ウィロー達は急いで全兵を出動させて、北方の農奴宿舎、食糧庫を守っていた兵士と共に襲い掛かったが、クーゲルの放つ無限睡眠弾によって容易く無力化されていき――――それでも、と飛ばした帰還号令の狼煙も、相手側の農奴解放、食糧庫爆破の手際があまりにも良すぎて、結局は間に合わなかった。
「――んじゃあ、脱出成功の祝砲だ! “爆裂弾”!」(ズドォォン!)
「あぁぁ……ッ!」
最後には、当てつけのように正面門を爆破されて、ウィローは思わず膝から崩れ落ちた。
大量の物資を抱えた旧宰相ローワンとその支持者達は、敵と味方、双方に一人の逮捕者・死亡者も出す事無く、里の正面玄関から堂々とハビリス村に向かっていく。
半壊した里に残された宰相ウィローは、数刻後、ようやく帰って来た外出班――精鋭軍の中央で、怒りで白くなる程に握り締めた拳を振り上げながら、ローワン達への恨み節を叫んだ。
「おのれェェ――――――――ッ!!!! 覚えていろローワン! そして見知らぬ人間のメスガキがァァ――――――ッ!!! 貴様らなぞ……貴様らなんぞ所詮は、どこまで行っても非戦闘員共の集まりッ! 我が五千の精鋭軍と、我が奴隷であるオークキングで貴様らを蹂躙し尽くしてくれるッ! 絶対にィィ……ッ、絶対にお前達を皆殺しにしてやるぞォォッ――――――……ッッ!!!!」
「「「ウォォ――――ッ!!!! 八ツ裂キダァァ――――――ッ!!!!」」」
彼の最後の遠吠えは、彼の支持者達によって都合よく捉えられて、『オーク至上主義』の礎となり、日に日にオーク・ハビリス戦争への機運が強まっていった。




