226 邪気眼少女の舞台裏《バックステージ》 -その頃、オークの里では何が?- 後編
日時は奇しくも12月25日。
ナターシャの愛すべき友人――クレフォリアからの手紙が届き、彼女(彼)がようやく本心を偽るのを止めて、自分らしい人生を歩もうと決めた日だった。
◇
朝日が昇り、外出班――メインである狩猟や、オークキング・その側近からの命令を遂行するオーク達が、里の外に出て行った後の時間だ。
ローワンはいつものように家から出て、飯屋の店主に掛け合った。
カバ一味への料理を注文しに来たのも一つだが、一人の元側近――政治家としての用事の方が重要だった。
「店主ヨ。支持者達ヘノ、呼ビカケハドウダッタ?」
「勿論大成功ダヨ、ローワンサン。今ノ里ノ方針ハ、俺達ノヨウナ後方班――生産・補給職ガ不満に思ウヨウナ、政策バカリダカラナ。ガハハハ!」
「ソウカ、ソレナラ良カッタ……」
安心したようで、まだ少し不安そうな表情を見せるローワン。
店主は、そんな彼の肩を叩いて励ました。
「何不安ガッテンダヨ、ローワン! アンタガ居ナカッタラ、俺達ハ未ダニ、ゴブリンノヨウナ蛮族ダッタンダゾ!?」
「ハハハ、ソウ言ッテクレルト、頑張ッタ甲斐ガアル気ガスル。有難イ」
ローワンも大分と表情が和らいだ。
何を隠そう、粗暴な蛮族だった先代のオークキングを言い包め、現在のオークの里の基礎――山間の湿地で奇跡的に発見した米(オーク米と呼ばれている)・野菜・豆類などの作物の栽培、畜産業、味噌・醤油などの発酵系保存食品の製造法確立、更には、医療や食料品店用の区画を制定し、米の種もみ・発酵食品の製造方法を条件にして、エルフ族に幻・想・郷の製造法を聞いてくるなど……
その基礎を作り、発展に尽力したのが、宰相時代の彼――若き日のローワンなのだ。
実は彼、かれこれ300年は生きている。
オークの源流である、エルフの血が濃く出ている影響だ。
しかし、彼と先代・当代オークキングによる長期政権にも終わりが来た。
里の食料自給が安定した事で、力を信仰し、常に強さを求める者――戦士である事を尊び、更にはオークの勢力を拡大し、人やエルフに対抗出来るような軍の創設・富国強兵を掲げる現宰相派の声が強まった事と、その支持者達による印象操作によって里長からの信用が下がり、宰相の地位を剥奪されたのだ。
だが――それでも未だに、彼への支持は根強い。
オークにだって戦いたくない平和主義者は居るのだ。
最近はその声も、様々な事情で下火になってしまったが……
「デハ店主ヨ、カバ一味ヘノ料理モ頼ム」
「オウ、任セロ! イツモノ奴ダナ!」
「ソレト――――」
「ン?」
ローワンはドルミーネ料理の注文も出して、こうも伝えた。
「――多分ダガ、今日ノカバ一味ハ、睡眠胞子ニヨッテ、眠ル事ハナイダロウ」
「ナ、ドウシテダ?」
唐突な発言に戸惑う店主。
ローワンは簡潔に説明した。
ドルミーネの胞子は強力だが、オークの生命力もまた強力である。
ここまで頻繁に摂取していれば、体内にある程度の抗体が出来て、睡眠胞子への耐性が付いてしまうらしい。
「成程ナ、ジャア、何デ同ジ料理ヲ頼ムンダ?」
「味ガ変ワッタ事ニ、気付カレテハ困ル」
「アァー……」
店主は納得した様子だ。
だがしかし、こうも尋ねた。
「デモヨ、ソレニ気付クノカ? カバ一味ガ」
「ワ、分カラン……」
ローワンもローワンで疑問に思っていた。
一応、と念には念を入れただけで、気付かない可能性が高い気がしていたのだ。
彼は残念そうに首を振ると、真面目な表情で帰宅を告げる。
「デハ、カバ達トマタ来ル。ソノ後、私ハ長ノ前ニ出ルダロウ。ソノ時ガ――――」
「分カッテルヨ、“仕掛ケ時”ダナ?」
「――ソウダ。後ハ託シタ」
「アァ、任セロ」
飯屋の店主は、死地へ向かう覚悟を決めたローワンに、深い物寂しさ感じながら見送った。
◇
時刻は昼時――ハビリス村で会議が行われている最中だ。
カバ一味が再び起床し、ドルミーネ料理を食べ……
「ブゥ、オ腹イッパイニナッテ、頭ガスッキリシテキタブヒ」
「「マタ食イタイナ、アニキ!」」
暫く経っても眠らなくなった状況で、仕込み杖に寄りかかるローワンの目が変わった。
飯屋の従業員がたじろいでいる中、彼はその場から逃げる演技をする。
「デハ、私ハコレデ……」
「ブッヒッヒッヒ……!」
カバは悪そうに笑うと、ローワンの腕を掴み、こう言った。
「ブヒヒ……ローワン、逃ガサナイブヒヨ? オ前ハ俺様達ト一緒ニ、長ノ元ニ行クブヒ!」
「ナ、何ヲ……!」
「ソコデ、シバノ潜伏場所ガバラサレル場面ヲ、震エナガラ見ルブヒ!」
「ウ、ウゥ……ッ! 分カッタ……」
ローワンはそれっぽい演技をしつつ、話が長くなると困るので、簡単に同意を示した。
そして、腕を組み、顔を顰めている店主にアイコンタクトをした。
店主は頷いて、大きな声で発言した。
「ナッ、ローワンガ、シバノ潜伏場所ヲ知ッテイタダト!?」
それに続いて従業員たちも、声を揃えて『クソ、里ヘノ裏切リ行為ダ!』、『許セナイ!』と発言し、最後に誰かが、一つの提案を出した。
「カバ、俺達モ付イテ行ッテ良イカ!? ローワンノ絶望スル顔ガ見タイ!」
「ブ? ブヒヒヒ! 良いブヒヨ! 裏切リ者ハ、皆ノ前デ裁カレルベキブヒ!」
「「ソウダソウダ!」」
カバ一味は馬鹿だったので、疑問に思わず、軽く了承した。
ローワン達にとっては唯一、カバ達に感謝出来る思考回路である。
「サァローワン、付イテクルブヒ!」
「ナ、何ヲ、ウワァァ……ッ!」
ローワンはカバにお姫様抱っこ(こればかりはローワンにも意図が分からなかった)されて、歩いて進むその他の面々と共に、里長と側近の住居――単純に“王の城”と呼ばれている、里中央の大神殿に運ばれていった。
◇
カバは神殿に入って早々『シバの居場所が分かったブヒ!』と叫び、近衛兵や文官の興味を引いた。
神殿最奥の玉座には当代のオークキングが座していて、“シバ”という単語を聞き、少し顔を上げた。
「シバ……?」
そう呟くオークキング。
すると、玉座の袖に隠れていた側近達――現宰相である“ウィロー”と数人のオークドルイドが現れた。
全員、とても豪華で神聖そうな服を着ている。司祭や教皇辺りの服装だろうか。
みすぼらしい腰巻き姿のカバ一味・ローワン達とは対照的だ。
宰相ウィローは、神殿の入口でローワンを抱えたままのカバに対して、柔らかな声で話し掛けた。
「おぉ……よくぞ、よくぞ見つけてくれました。流石は強き戦士――ハイオークのカバです――」
神殿は静かなので、大声を出さなくても良く響くが――――その声音は人間と殆ど同じだった。
何故かというと彼は、声帯石を所持した際の発声原理を解明して、ドルイドの詠唱修行を簡略化する術を確立させた有能な人物だからだ。宰相の地位は伊達ではない。
だからこそ、その成果を他人に示すように、普段から人間のような声音で話していた。
「――さぁ、此方へお越しなさい。取り巻きの方々も、さぁ」
クイクイ、と手招きするウィロー。
カバ一味は意気揚々と、ローワン一行は緊張しながら近付いていった。
近衛兵や文官が、ウィローの言動を諫めるような素振りは無く、その事にローワンは少し訝しんだが、もう既に事は始まっている。今更止めようが無かった。
カバはオークキングの前に来ると、ローワンを降ろして、近場の近衛兵に預けた。
近衛兵は『ナ、ナゼ?』と戸惑ったが、とりあえず預かると、自身の傍に置いた。
裏切者だと言う事はバレていないのか? ローワンの疑念は尚更深まる。
ウィローは咳払いをした後、カバに説明を求めた。
「ではカバ、どこに居るか教えて頂けますか?」
「ブヒヒ、実ハブヒネ――――」
カバはウィローに洗いざらい話した。
シバ兄妹の居場所である、ゴブリンの隠れ里――ハビリス村の位置。
そしてローワンがその事を隠していた、という事実。
ウィローにとって、ローワンを追い詰めるには十分な情報だった。
(――もっとも、最初から全て知っていて、反逆者を炙り出す為に泳がせていただけですが)
上げた袖の裏でほくそ笑んだウィローは、カバを下がらせると、近衛兵に指示を飛ばして、ローワンを王の前に連れて来させた。
先ほどの優しい対応とは打って変わり、床に跪かされ、立ち上がれないように抑え込まれている。
「おやおや、おやおやおや――――」
ウィローは、玉座に続く階段を降りながら、ローワンを問い詰め始めた。
「――これはどういう事ですか? ローワン。アナタはゴブリンの集落――あの隠れ里の中にもシバ兄妹は居ないと、つい先日も話していましたよねぇ」
「……」
「後方班達との癒着・賄賂の授受、魔法・医療技術の独占、更には生まれ損ない――偽エルフ共への、偽善的・独善的な治療行為。はぁ、分かっていますか? エルフは我々の怨敵ですよ? これだけでも重罪なのに、まだ罪を――」
「黙れウィローッ!」
「――は?」
ローワンはウィローの言葉に激昂し、こう反論した。
「生まれ損ないだの、偽エルフだの……! 彼らの成長速度を視ろッ! オークと同じように、十年経つ頃にはしっかりとした大人の姿になっているではないか! 彼らもまたオークなのだッ! それに彼らがこの里に居なければ、この里を守っている幻・想・郷の完成も――!」
「黙れ」(ドンッ)
「――ぐはっ!」(ズザァッ)
ウィローはぐだぐだと管を巻くローワンを蹴り飛ばして、苛立ち紛れに呟いた。
「五月蠅いですねぇ……批判されているのはアナタで、私はただ罪状を述べているだけ――」
しかしこのタイミングこそ、ローワン達が狙っていた瞬間だった。
「「「今ダァァ――――ッッ!!」」」
傍で控えていた飯屋の店員たちが、一斉に近衛兵――玉座周辺の兵士めがけて走り出した。
近衛兵達は動揺し、槍で蹴散らそうとしたが、穂先を素手で弾き飛ばされて、そのまま力づくで抑え込まれてしまった。
「なっ、何をしているのですかアナタ達はァッ!?」
思わず動揺するウィロー。近衛兵の弱さに対してだ。
ローワンはその隙を逃さずに、仕込み杖を手に、痛む老体に鞭打って、全速力で走りだす。
ここで里長さえ殺せば、彼の唯一の息子である“シバ”が玉座に座る事になるからだ。
この里の掟には、宰相であるウィローでさえも口を挟めない。
ハビリス族とオーク族が戦争をせずに、全てを平和なまま終わらせるには、この方法しか無かったのだ。
「オ、オオ――――――――――――!」
「ローワン!?」
宰相ウィローを尻目に、玉座への階段を駆け上がりながら、杖を捻り、白い刀身を完全に露わにして、オークキングに向かって突き出した。
「長ヨ! オ覚悟ォォ――――ッ!」
王の心臓目がけて迫る剣先。
しかし、オークキングは何も言わずに、自衛のような反応もせずに、ただその様子を見つめていた。
その目元からは、一筋の涙が流れていた。
「――――!?」
ローワンは思わず剣を止めて、玉座に座る――とても豪華で、威厳のある服を着た王の姿を観察する。
その目は虚ろで『殺してくれ』と言わんばかりだった。
彼は――ローワンはすぐさま、思い至った。
バッ、と振り向いて、一人のオーク――現宰相に向かって叫ぶ。
「ウィロォォォ――――――――ッッ!!! 貴様ッ、我らが長に洗脳を施し――――」
しかし、それ以上の発言は許されなかった。
近くに居たオークドルイド達がローワンを取り押さえて、黙らせたからだ。
ウィローは、彼らから逃れようと、激しく藻掻くローワンに近付いていく。
「はぁ、相変わらず賢いお方ですねぇ――」
階段を登りながら、ため息を付くように言葉を漏らすウィロー。
「――では、冥途の土産に教えてあげましょう」
そして、ローワンの眼前にしゃがみ込むと、小声で答え合わせをしてあげた。
「えぇ、そうですよ。旧宰相のローワン。もっとも洗脳では無く――――相手を絶対服従させる、奴隷化ですがね?」
「~~~~~ッ!?」
驚愕と絶望の表情を浮かべるローワン。
ウィローはローワンに薄笑いを送った後、真面目な表情で兵士を呼び、ローワン達の罪状を確定した。
「ぼさっとしていないで早く来なさい兵士よ! ――そして聞きなさい皆の衆! ローワンとその支持者の罪状は、我らが里長に牙を剥いた反逆罪だ! よって、即刻死刑に処する! 準備が整うまでは、地下の牢獄に閉じ込めておきなさい!」
慌ててやって来た兵士によって、飯屋の店主・従業員は抵抗虚しく捕らえられ、主犯格のローワンと共に地下牢へと連れ去られていった。ローワンはその間も、現宰相の名を叫び続けていた。
「ウィロォォォ――――――ッッ!!! ウィロー貴様ァァァァ――――――――――――……ッ!!!」
「相変わらず五月蠅いですねぇ……」
ウィローは面倒そうに、耳を穿っていた。
彼は朧気な目をしているオークキングに、丁寧な夜の別れを告げると、玉座の舞台袖――裏の部屋に繋がる入口へと下がっていく。
その際、後頭部に何かが強く触れた感覚がした。
「? なんですか?」
ウィローは不思議そうに後ろを向いて、周囲を見渡したが、何もない。
なので、気にせずに奥の休憩室へと入っていった。
「はぁ、やべー事になったな……」
その真の犯人は、魔法で姿を隠して、一連の流れを静観していたクーゲル。
お前は絶対に殺す、という意思表示として、彼の後頭部に銃口を突き付けた。
ウィローの下種野郎っぷりが、どうしても許せなかったのだ。
指示された通りにしか動けない、自身の設計的欠陥への怒りも含めて。
「さて、アイツらを追いかけないとな」
クーゲルはローワン達を追いかけて地下へと潜入する。
その際、小型無線通信機で、リズールに連絡を飛ばした。
「コチラ水晶。白銀、返答を求む。オーバー」
この四時間後――死刑執行が間近に迫った頃、ローワンとその支持者“旧宰相派”の一大救出作戦が、クーゲルによって決行される。




