224 邪気眼少女の舞台裏《バックステージ》 -その頃、オークの里では何が?- 前編
“原始回帰” ~初代魔王の血を引く最強の魔王候補、現代にてようやく復活せり。~
まずはこう語り始めるとしよう。
こうして、“世界を欺く者”――転じて“真実を告げる者”として振る舞っていた赤城恵が、八歳の誕生日にて、それらの大本となるアイデンティティ――“中二病”と真摯に向き合い、再び取り戻した事で、この異世界にようやく、最強無敵・唯一無二・歴代最高の魔王候補が生誕した。
ある意味では、一つの物語として完結したと言っても良いだろう。
何故なら、この世界でナターシャと戦い、例え対等に渡り合えたとしても、彼女から完全勝利をもぎ取れる者は居なくなったのだから。
何故なら、魔法を“創れる”という事は、彼女が語る全ての言葉には“言霊”が宿るという事。
どのような逆境・絶望的な状況にあっても、それを解決する手段を自在に創れるという事。いわゆる絶対勝利の力。
そして無限の魔力を“持っている”という事は、様々な名称で呼ばれる“魔力”――例を挙げるとすれば、王道の“全属性魔力”、謎元素である“魔素”、信仰の対象でもある“精霊”、聖なる力そのもの“法力”、魔の法則そのものを力と見なし、想像力で補う“魔法力”、魔力とは別物とされているが、本質は同じである“第五元素”、あくまでも超科学技術に則った設定であるが、その生産経路、動力・燃料源が不明のままの“ナノマシン”、その他etc,etc……
全ての創造神達がファンタジー世界に定める魔の法則、そのエネルギー源、構成物質となる魔力の“根源”を無限に所持している、という事である。
では、その根源とは何か?
それは――現代物理学に残された最後の幻想物質。ファンタジア・マテリアル。
そう、“素粒子”である。
もちろん、既に判明している標準模型で示された十七のモデルだけではなく、存在は指摘されている物の観測出来ない“暗黒物質”、宇宙の膨張、銀河系の全領域等速回転運動を成立させている“暗黒燃料”に属する物も含めてだ。
意外かもしれないが、ハイファンタジーの基本設定である魔力、魔法もまた、現代物理学の範疇なのだ。
ただし、魔法として発現させる場合には、一つの知識――量子力学について数多の研究者が考え――かの天才物理学者、アルベルト・アインシュタインでさえも至れなかった、誰も知らない量子法則を知っている事が必要不可欠となる。
それは……
『素粒子は観測によって初めて存在を認識される物質であるが、それ以前の素粒子は、その場に存在している可能性を自分自身で決めている――つまり素粒子は、生物のように意思を持っている』
という、常識の範疇外にあったため、誰にも至れなかった法則。
現代社会にて、魔法・その他異能力を真に発現するための世界の真理だ。
その法則がこの異世界で判明したのは、現在の最高神“無銘の女神”の前の最高神、愚かなる創造神“レノス”が存命だった頃だった。
創造神レノスが、魔人族によって人工的に作られた最強生命である魔神王――覇王バレスタリオスに破れ、最高神の座が空位になった事で――普段は純粋な物理法則として、時には神の意思に従い、特定の種族に与えた異能や、魔法として振る舞う事を強要されていた“素粒子”は、自我を確立するに至った。
自由を得た“素粒子”は、まず最初に、彼らともっとも親しかった人族の少女、カリューシャ・イリエスタ――初代魔王“マグナギア”の友となる事に決めたのであった。
初代魔王マグナギアの魔力もまた、ナターシャと同じように無限大であったという。
その因果を補強したのは、遥か昔、魔法に代わって機械文明を発達させていた人類が起こした歴史的大事故――遠距離連結型・粒子加速衝突装置の連続起動実験によって発生したカー・ブラックホールによって、素粒子研究所周辺・研究者を含む全職務従事者が粒子化し、創造神レノスを超える超高次元存在になったからなのだが……
今はそういった歴史の話ではないので、また何れ機会があれば、という事とする。
結論を言うと、無限の魔力を持っていて、それが“素粒子”であるという事はつまり、現代物理学における最有力仮説“超ひも理論”が適応され、無限大の値を持った11次元魔力防壁がその身に宿る事となる。
〇ateでも特に有名な“全てが遠き〇想郷”でさえも6次元防壁に留まっているのだから、その強固さがお分かりになる事だろう。
その結果ナターシャという少女は、無限に等しい次元防御力を持つ事となり、どのような超威力の物理、魔法攻撃・概念破壊・強制即死でさえも容易に弾く、絶対防御の力を持つに至るのだ。
更に、その二つを扱えるだけのカリスマ性――数多の創作物の設定を理解し、己が設定の為に集合・昇華させた結果、最高峰の中二病スキル――LvExを備えるに至った彼は、文字通りの無敵の存在となった。
俺TUEEE最強無双主人公としての才覚を備えたのだ。
故に、通常の物語としてはこれで終焉である。
だがしかし、所詮はただのエピソード・ゼロに過ぎない。
ナターシャの真の魔王譚は、ここから始まっていくのだ。
まずは、彼女が自分自身を取り戻していく裏舞台でゆっくりと、しかし確実に進んでいたオークとの敵対、その顛末について。
物語の日時は、ナターシャの元に隠密三兄弟がやって来た次の日へと戻る。
一時的に主人公となるのは、オークの里からの逃亡者兄妹、兄のシバの師匠であり、オークの里で暗躍していたローワンだ――――
『――――ですか。では、“原始回帰”本編への記述はこの程度にしておきましょう。フミノキースで我が盟主とガレット様がお待ちですからね』
研究室で机に座り、創造ではなく新規に購入した万年筆――金ペンを使って、趣味の文章を書いていたリズール。
彼女は楽しそうに本体を閉じて、ガレットと共に我が盟主の友人――クレフォリアという少女を出迎える為に、急いで転移していった。
因みに、リズールが本体に書いた上記の内容は、彼女が隠し持っていた中二病の一つ“設定考察・最強議論厨”に従って、史実に基づきながら作り上げたものであり、物理学・魔法学的知見に基づいた“魔王ナターシャ”の未来予想図である。
現在の邪気眼少女――駆け出し魔王候補のナターシャも、既にその領域に僅かながら足を踏み入れていて、後は愚直に魔導を極めるだけなのだ。
◇
日時は戻り、場所も移ってオークの里。
ローワンは悪びれる様子も無く、一週間ぶりに目を覚ましたカバ一味をいつもの飯屋に案内して、ドルミーネ料理を振る舞った。
「サァ喰エ。御代ワリモアルゾ」
「「「美味ェェ――――――ッッ!!」」」
カバ一味は警戒もせずに平らげて、
「「「グゴー……」」」
眠り胞子の効果によって爆睡するというループを、この一ヶ月の間ずっと繰り返していた。
最初は“相変わらずカバ一味は馬鹿だな”と面白くて笑っていた飯屋の店主も、今日で三度目か四度目となるこの状況を受けて、流石に呆れていた。
「ナァ、ローワンサンヨ。ソロソロ気付イテモ、良イト思ウンダガヨ……」
「私ニ聞クナ……私モ戸惑ッテルンダ……」
対してローワンはもう、呆れを通り越して、憐れみや同情といった感情が湧きだしていた。
何故彼ら――カバ一味は、ここまで馬鹿なのだ、と。
まぁしかし、都合よく時間を稼げているのは事実。
ローワンはいつものように、カバ一味が自身の家へと運ばれていく様を見届ける。
そうして、誰にも何も言わずに引きこもり、カバ一味の看病をするのだ。
時間を稼げるだけ稼いで、少しでもシバ兄妹が、遠くに逃げられるように。
彼は玄関の扉をしっかりと施錠して、リビングの椅子に座る。
この一仕事終えた瞬間だけが、彼が唯一、安息出来る時間だった。
「フゥ……」
「お疲れ様」
「ドウ――ダダダ誰ダッ!?」
その至福のひと時に邪魔が入った。
本当に唐突に、聞こえ知らぬ女性の声に話し掛けられたローワンは、驚いて椅子から転げ落ちそうになったが、
「――おっと、危ないな。大丈夫か?」
その存在がパッと抱き抱えてくれた事で、怪我をせずに済んだ。
ローワンはその存在の顔を見て、人間の女性だと即座に理解し――その手や身体の、石のような硬く不思議な触感に違和感を覚えた。
「オ前ハ一体誰ダ……!?」
彼は出来るだけ静かな声で、その女性(?)に尋ねる。
尋ねられた女性は、ローワンを再び椅子に座らせた後、軽い自己紹介をした。
「俺は魔銃のヴェ――いや違う、クリスタリア・クーゲル。シバの使いでここに来た」
彼女はそう、魔銃のヴェノム改め、クリスタリア・クーゲル。
白い砲身に金の――オリハルコンの装飾が施されたマスケット銃を両肩を渡すように乗せて、両手で抑えながら、割とぶっきらぼうに答えた。
背中には地図などがはみ出したリュックサックを抱えている。
「シバノ使イ……!? モシヤ、アノ兄弟ハ、人間ニ匿ッテ貰エタノカ!?」
切実な顔で説明を求めるローワン。
普段の冷静さは消え去り、かなり焦った様子だ。
それを受けて、クーゲルは困ったように頭を掻く。彼女は会話下手だからだ。
とりあえず、順を追って説明する事にした。
◇
「――つまり、シバ兄妹はハビリス村に居て、そこで自身の父親――オークキングを打倒し、新たなる里長となるべく、牙を研いでいる、という事か?」
ローワンは、人間にも聞こえやすい口調で尋ねた。
これは通常のオークに出来る代物では無く、独特の詠唱魔法を使用する楢樹魔呪師として、喉を鍛え抜いた彼だからこそ出来る芸当である。
クーゲルは無言で頷いて、次の質問に移った。
「それでローワン、質問だ。オークがゴブリンの隠れ里――俺達はハビリス村と呼んでいるが、そこに気付いているか、知りたい」
「分かった、教えよう。だがその前に、ちょっとした質問をさせてくれ」
「おう……」
クーゲルが少し黙ると、ローワンはこう聞いた。
「君が信用に足る存在だという証明をして欲しい」
「あー……」
くるくる、と黒髪を弄るクーゲル。
彼女が記憶を引き出すための仕草だ。
「あ」
ようやく思い出した彼女は、リュックを開いて、一枚の羊皮紙を見せた。
そこには“私はシバ兄妹の仲間です”という一文と、シバとトコとクーゲルの名前が書いてある。
ローワンが手に取って調べたところ、人間が使っている魔法契約も掛かっていた。
それも、底知れない程に厳重な代物が。
大体リズールのせいである。
「――分かった、信じよう」
そこに至って、ローワンは一安心した。
彼女は敵ではなく完璧なる味方だ、と判明したからである。
魔法契約とは、因果や運命に縛られる程の拘束力を持つのだ。
「では早速、答えを話そう。答えはノーだ」
「その理由は? もしかして“ムーア村”だった頃のアレか?」
「――随分と詳しいな、君は」
クーゲルの博識っぷりに驚くローワン。
まぁ、そこら辺は詳しく勉強したのだろう、と彼は認識する。
「実際にその通りだが、念のために説明しておこう――――
続いて、オークがハビリス村に気付かない理由について軽く触れた。
実はハビリス村――“旧ムーア村跡地”には、亜人種が“そこに人の集落がある”と気付けないように、広範囲認識阻害を発生させる自立起動概念魔具――おおよそ数千年前の魔法遺物、“幻・想・郷”の“完全原型”が未だに埋まっていて、“ムーア村大惨禍”によって機能の九割は損失した物の、その地域に近付こうとする亜人種に対して、未だに“そこに行く必要はない”という認識を植え付けているらしい。
ハビリス族は何というか、その善性――人間らしさのお陰で“こいつら亜人だけど一周回ってもう人だろ”という判定になったようで、何故か問題無く入れたらしい。
まぁ元々ゴブリン――亜人種として認識されがちだが、実は土精霊の亜種――と人の混血なので、その判定も仕方ないと言える。
因みに“幻・想・郷”の原点はもちろん、エルフ族が造った。当然と言えば当然だ。
そしてこの異世界でのオーク達は、エルフを源流として持っているので――この里にも、彼らオーク専用に改良・作成された“贋作”が存在しているらしい。
だからナターシャの索敵魔法でも、認識阻害の効果によって、正確な位置を探知できなかったのだ。
「しかし……君はどうやってここに来れた? 幻・想・郷の効果は、君にも及んでいる筈だが」
当然、ローワンはこの疑問に至る。クーゲルはただこう答えた。
「シバが言った里周辺の地形情報から、リズールが推測して、里の位置をムリヤリ割り出しただけだ。後は地図と、俺の目と足を使って、リズールの主のナターシャが創った隠密魔法で隠れながら、ここにやってきた。今でも“ここに居てはいけない”って思考があってキツイ」
「なるほど、そういう事か」
ローワンはそれで納得したようだった。クーゲルは辛そうに舌を出す。
彼はその後、クーゲルへの影響を和らげる為に、オークにとっては貴重な、ガラス製のアンプルを与えた。
アンプルの中には、彼の血と現実補強(正確には、魔法法則の減衰)の効果がある特殊な植物を混ぜて作った薬液が入っている、との事。
極稀に影響を受けてしまうオークや、先祖返りした者に投与する薬らしい。
クーゲルは、不満そうな顔で発言する。
「これ飲めってか?」
「いや、君なら持っているだけで十分だろう」
「なら良かった」
彼女はポケットに収納した。
すると彼女の目が、少しだけ開いて元気になった。
本当に効果が出ているようだ。
「ありがとよローワン。じゃ――」
クーゲルは席から立つと、ローワンに大事な情報を伝える。
「――先に行っとくけど、暫くは来ないからな。まずはハビリス村からこの里付近まで、中継魔道具の埋め込みをしなきゃならん」
「中継魔道具……?」
ローワンが不思議そうに呟くと、彼女は端的にこう伝えた。
「通信機だよ。魔力波を使った奴だ」
「通信……魔力、波……なんだそれは?」
改めて質問するローワン。
クーゲルは諦めたようにため息をつくと、真面目に説明した。
「――MP50-I-MW・CD。通称:エムピー50。正式名称は“魔力供給自立型・魔力波通信魔導機”。あのウィスタリアが造った、ぶっ壊れ戦術兵器の一つだよ」
「つまりどういう――」
「遠くの仲間と話せる魔道具って事だ。分かったかい?」
「――わ、分かった。すまない」
強く出た相手に対して、ローワンが謝罪したことで、その場は静かになる。
クーゲルは少し申し訳なさそうにしつつも、コミュ障なので何も言えずに、玄関のドアをサッと開けて、
「またなローワン、元気で。“――無貌王・夢幻抱影”」
軽い別れを告げた後、隠密魔法を発動して帰っていった。
彼女を無言で見送ったローワンは、急いで玄関を閉めて、そのまま何事も無かったかのように振る舞った。
「サテ……私ハ、ドウスルベキカ……」
部屋の中で独り言ちるローワンは、黙考を始める。
彼――ローワンの静かなる謀反が、オークキングとその側近達に発覚するのは、もう少しだけ先の出来事である。




