223 邪気眼少女の始まり。-Mary-Sueish Syndrome:The beginning- 後編-下
分割した片割れ。
現代ではクリスマス当日――キリスト生誕祭だとしても、この異世界で同じような聖人が生まれた訳ではないので、盛大な生誕祭などはない。
けども、ナターシャにとっては嬉しい、ちょっとしたクリスマスプレゼントが届いた。
いつものように部屋に引き籠っていると、ガレットさんが一通の手紙を持ってくる。
「ナターシャ、お手紙ですよ」
「誰からですか……?」
「良く見れば分かります。それと、ちゃんと読んで、後で教えに来なさい。お菓子とお茶を用意しておくので、ちゃんと来るのですよ?」
「はい……」
ガレットさんは、ナターシャを数度撫でた後、部屋から出て行った。
彼女に渡されたのは、白い羊皮紙の便箋を折り畳み、赤い蜜蝋で封をした手紙。
表には、ただ“親愛なるナターシャ様へ”とだけ書いてあった。
送り主が誰か理解するのは、その一文だけで十分だった。
「ごめんシュトルム、ちょっとだけ一人にして」
「分かった、外で待とう」
「うん、終わったら呼ぶね」
ナターシャは一人にしてもらった後、机前の椅子に座って、緊張しながら手紙を開いた。
手紙には、形式的な挨拶の後、“聡明なナターシャ様ならもうお気づきでしょう、そう私です! 貴女のアル・クレフォリアですよっ!”と、元気よく書かれていた。
予想通りの相手からの手紙で、とても嬉しかった。少女の目から、一筋の涙が流れる。
それからの文面には、クレフォリアちゃんの近況――――
“色々な事情で、宿に引き籠りっぱなしで辛いです……
こんなにもナターシャ様が近くに居るのに会いたくても会えなくて、時には泣きそうにもなりました……
でも、でもですね!? 美味しいケーキ屋さんが近くにある事が分かって、そこのパティシエ様にナターシャ様を模した銀色のプチケーキを作って貰って、それを毎日美味しく食べて、寂しい気持ちを紛らわせてますっ!
うふふっ、ナターシャ様ってとっても美味しいんですねっ!”
という、一種の捕食的恐怖を感じるような文の後に、
“そして手紙が届いてから四日後――ナターシャ様の誕生日に、旅の謝礼も兼ねて、私の護衛様方と共に、ナターシャ様のご自宅――エメリア旅行雑貨店を訪れる予定です!
やっと外出許可が降りました! 長かったですっ!
ナターシャ様に言われた通り、『お礼をしたいから外出させて』といっぱいごねた甲斐がありました!
そして更に! このお手紙を、私が泊まっている宿――――パスク・ケットシーへの永久招待状として、魔法的な効果を持たせる事にしました!
お礼として付与するので、大事に持っていて下さいね!
毎日、美味しいお菓子を沢山用意して、わくわくしながら待ってますよ~!”
という、心が躍るような情報がもたらされた事によって、荒んでいたナターシャの心が、優しい何かで癒された。
そして最後の文で、ナターシャは衝撃を受けた。
“――なので、最後に。
本当の私がどういった身分なのか、教えておこうと思います。
だって、身分の差なんて関係なく、ナターシャ様とずっと仲良くしていたいから。
それにナターシャ様なら――あんなにも負けず嫌いで強気で、魔王様の弟子で、私の救世主であるナターシャ様なら、きっと私の秘密を知っても、いつもどおり接してくれるはずだから!
誰に何と言われようとも、私はそう信じてます!
だって貴女は、私の勇者なんだから!
エンシア国家騎士団副団長兼ユリスタシア男爵家、その次女である、親愛なるナターシャ様へ。
エンシア王国第二皇女、アルフォンス・エンシア・エイルダム・クレフォリ=アリアより。”
ナターシャは手紙を読み終えて、ぼそりと呟く。
「やっぱり、そうだったんだね。クレフォリアちゃん」
薄々感づいてはいたが、やはりクレフォリアちゃんは王族だった。
しかし、それは最初から分かっていた事だ。ナターシャが本当に驚いたのは……
「これが……クレフォリアちゃんのこの想いが、本気で人を信じるって事……? 私が信じたい人だから信じるって気持ちなのかな……?」
アニメや漫画などではよく見ていたものの、中学での出来事以降、他人を信じられなくなって、少し心の距離を置く事を決めた自分には縁遠い物だったから、ただただ『熱い展開だなぁ』と感動するだけで、深く理解出来なかった考え方。
「グ〇ンラガンの、カ〇ナ兄貴が言ってたっけ。“お前の信じるお前を信じろ”って」
今更ながら、その言葉の重みがようやく理解出来た。
自分が何かを信じたいと思ったなら、信念を貫き通すように、その正しさを信じろ。
その考えは、他人に対してだけじゃなく、自分自身を信じる事に繋がるから。
「アハハ、当時はあんなに熱中してたのに、なんで今の今まで分からなかったんだろ。くそー、馬鹿な自分が悔しいなぁ」
ナターシャは涙を拭って、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
その表情に陰りは無く、きっとそう、ほんのちょっぴりの勇気で出来ていた。
「じゃあまずは――この泣き腫らした顔を、治さないとね。今日はお風呂入ってお菓子食べて寝よう」
しかし行動原理は基本的に引きこもり。
クレフォリアちゃんに会えるその日まで、期待しながらスヤる事にした。
◇
そしてようやくその時が来た。
12月29日、ナターシャの真の誕生日(天使ちゃんに聞いた)である。
いつもは春の謝肉祭で祝われるのであまり重要では無かったが、今日に限っては別だ。
ナターシャが身支度を整えて待っていると、いつものようにリズールが転移して来て、主の体調を尋ねた。
『おはようございます我が盟主。今日の気分は如何でしょうか?』
対してナターシャは、朗らかな態度で答えた。
「おはようリズール。今日からまたそっちに行くよ」
『そのご様子……ようやく吹っ切れたようですね。何か良い事がありましたか?』
「うん。実はね――――」
ナターシャは数日前に届いたクレフォリアからのお手紙によって、元気が出て、勇気づけられた事を再び語った。
だからこそ、ついに最初の一歩を踏み出す覚悟が出来た事も。
リズールはナターシャを優しく抱きしめて、主を褒め称えた。
『よくぞご決断なされました、我が盟主。再び他人を信じる道を歩むのは、過去のトラウマを乗り越える上で、とても良い一歩目だと思います。これから少しづつ頑張りましょうね』
「あはは、そこまで大袈裟じゃないと思うけど……リズールが言うならそうなんだろうね。よっと」
『あぁ、我が盟主?』
少々戸惑いつつも、リズールから離れたナターシャは転移陣に乗る。
「ふぅ、はてさて――――」
そして、軽く俯いて、前口上を述べ始めた。
これから秘密工房へと転移する前に――その後に控える、クレフォリアちゃんとの再会前に、自身の覚悟を示しておこうと思ったらしい。
「――本当は心から求めていたにも関わらず、追随する辛い過去から逃れるために、人に嘘を付き、〇out〇beチャンネルの視聴者にも嘘を付き、自身にさえも嘘を付いてきた大嘘つきの転生者が、今日今日に至って、ようやくアイデンティティを――厨二病を取り戻す覚悟を決めた。そして皮肉な事に、今日は師走の大晦日――年末最終日の二日前、12月29日。以前、熾天使アーミラルが語ったのだが、今日が私の――ユリスタシア・ナターシャとしての誕生日らしい。この偶然のような必然は、運命がそう選択したからと言っても過言ではないだろう。だからこそ――」
ナターシャはゆっくりと顔を上げると、スッと腕を組み、上方の手を上げて、顔の片面を隠しながら宣言した。
「――我が源流にして究極至高の組織、そして何れ帰るべき哀愁の我が家、暗黒の月曜日も、再結成される事が決まった――――! 今日はその始まりの日であり、更にッ! 私がこの異世界に真の魔王として生誕した、歴史の始発点でもあるのだッ! さぁ、祝えリズール! 新たなる魔王の生誕を!」
最後に、リズールに向かって、カッコよく片手を差し伸ばす。やみのまっ!
リズールも嬉しそうに拍手しながら、ついに勇気を出した主を褒め称えた。
『流石は我が盟主――いえ、我が魔王です。組織――我々の企業であり、世界の裏で暗躍する秘密結社、暗黒の月曜日再結成の決意表明、そして真なる魔王としてのご生誕、おめでとうございます。心からの祝福を捧げると同時に、貴女に永遠の忠誠を誓いましょう』
「んふー、ありがと。次からはリズールが口上を述べて祝ってね?」
『貴女のお望みとあらば如何様にでも』
「ふふふ……」
丁寧にお辞儀を返すリズール。難しそうな言い回しといい、とても良く分かってる。
ナターシャは嬉しそうに微笑んだ後、転移の準備を始めた。
「ではまた会おう。新たなる我が首脳陣、大魔導書リズールアージェントよ。お前の活躍、楽しみにしているぞ?」
『はい。我が盟主のご期待に沿えるよう努力致します』
「良い返事だ、フッ――」
そして最後に、こう呟いた。
「あぁ、ここから消える前に、君に我が組織の根底を伝える事とする。決して忘れる事なかれ――――“全ては、運命に抗う人々のために。ル・メンダス・リスティータ”」
そのままシュン、っとナターシャの姿が消える。そうした方がカッコいいからだ。
残されたリズールは、嬉しそうに微笑みながら、目を瞑り、軽くお辞儀をしつつ返答をした。
『はい、無辜で無垢なる民のために。貴女のその元気な姿を見れば、大賢者ウィスタリアもきっとお喜びになられるでしょう。では、私も記念に一筆――――』
更にリズールは、本体である魔導書を取り出して、今日の出来事を綴った。
タイトルは“原始回帰”。
見出しは――“初代魔王の血を引く真の魔王候補、現代にてようやく復活せり”。
誰にも語られぬ衝撃の事実が、リズールの内部に記された。
『さて、私も戻りますか』
リズールはさっさと本体を仕舞うと、自身もあちらへと転移した。
工房のリビングでは、ナターシャの復活を今か今かと待ちわびていた冒険者達、それに混ざってシュトルムとスラミーが待っていた。
彼らは、ようやく表れたナターシャの変わりように、思わず息を飲んでいた。
「待たせたな静かなる多数派よ! 辺境に住まう魔王候補――合成の魔女、ユリスタシア・ナターシャの復活であるぞ! 盛大に喜ぶが良い! そして我に平服せよ! ……どうした!? 何か言ってみよ! 今日は無礼講だぞ!?」
まぁ、ようやく表れたと思ったら、唐突に高圧的な態度を取ってくるのだから、全員ポカンとするのも当然だった。
リズールは『相変わらず不器用な主ですね』と少し笑いながら、皆が理解出来て、更に主が喜ぶような説明台詞を引き受ける。
『皆様、お待たせしました。私がご説明しましょう』
「お、おうリズールさんよ、これはどうい――」
『祝え!』
「「「!?」」」
ディビスが代表して話し出すのを止めるように、リズールは叫んだ。驚く面々。
そしてそのまま、即興の長台詞を話し出す。
『これは、運命という荒波に揉まれ、過去の恩讐に囚われ、ついに自己喪失に至ってしまった我が主が、友人との絆で再び立ち直り、世界最強の魔王――その候補者として再誕した瞬間である―――――!』
「「「お、おお……――――!?」」」
冒険者達・シュトルムとスラミーもようやく、『あ、ナターシャがやっとトラウマを乗り越えたっぽい』と理解したようで、褒め称えるような大歓声を上げた。
「「「“合成の魔女”の誕生だァァァ――――――ッ!!!!!」」」
「えへへ……」
ナターシャはとても満足そうに微笑みながらも、少しだけ涙目になっていた。
ちゃんと自身の中二病を受け入れて貰えて、本当に嬉しかったからだ。
彼女がようやく踏み出せた一歩は――馬鹿にされるだけだった前世の妄想は、この魔法溢れる異世界では存在していて当然で、歓迎されるべき物なのだ。
ナターシャは七年――いや、八年経ってようやく、この世界に生まれて良かったと、心から思えた。
やっと中二病と向き合ってくれた!第三部完ッ!
マジで☆5評価くれた人ありがとう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
次話は9月の21日です。




