222 邪気眼少女の始まり。-Mary-Sueish Syndrome:The beginning- 後編-上
大分と改稿しました。
ついでに長くなったので上下に分割。
それからの秘密工房は、比較的平和な物だった。
ナターシャがぶっ放した天地極滅砲――通称“虚無ビーム”がテスタ村でも観測された事と、少女の慈悲によって逃げ延びた隠密三兄弟が『合成の魔女は未来の魔王候補だった! 舐め掛かるとぶっ殺されるぞ!』という三下ムーブをかました(後日、ディビスが教えてくれた)結果、“所詮は女だ、強気に脅せばタダ同然の金額でスキル付きの装備が手に入るだろう”という甘く温い期待を孕んで、テスタ村を訪れていたガラの悪い冒険者達が、その日の内に慌ててフミノキースに逃げ帰ったらしい。
やはり魔王、畏怖の対象である事は間違いないようだ。
その経緯を聞いた時、ナターシャは“冒険者ギルドのテスタ村支部、仕事してないんじゃないか?”と思ったが、ギルドはギルドで“犯罪歴の無い冒険者のみ”に村への滞在を許していたようで、やるべき仕事はきっちりとやっていたらしい。
まぁ、悪い方の上澄みがやってくるのは仕方なかったのかもしれない。
しかし平和になったと言っても、純粋に『強くなりたい、ランクを上げたい』と思っている、真っ当な方の冒険者達は、毎日のようにやって来る。
相手が魔王候補(本人にはそのつもりはない)だと分かった上で、だ。
彼らが工房のドアを叩く度に、ナターシャは『こんにちはー! お呼びですかー!?』と元気よく対応しては『なんだ子供か。魔女は留守だな』と言われて、帰宅される日々を送っていた。
銀髪魔女っ子は今日も、テスタ村に帰っていく冒険者達に向かって、悔しさいっぱいな声で叫ぶ。
「なーんーでーさー!」
「そりゃお前、魔女としての威厳が足りないからだろうよ」
「うぐぐ……!」
ディビスにそう指摘されて、言葉に詰まるナターシャ。
合成の魔女に関して、テスタ村の冒険者間で流れている情報は――“女”、“安値でスキル付き武具を作ってくれるらしい”、“未来の魔王候補”の三つ。ちゃんと子供である可能性は示唆されている。
それでも冒険者達が『人違いだった』と去っていく理由はというと、
「そうだぞジークリンデ。もっと魔王候補らしい言動や振る舞いをしないとダメだ。帰っていく冒険者達は、そういう強気なジークリンデとの交渉を望んでいるのだぞ?」
「うっ、そ、そうは……言ってもさぁ……」
純粋に“魔王候補らしくない子だった”というちょっとした失望によって、『この子は合成の魔女ではないな、今は居ないのだろう』と都合よく解釈し、すごすごと帰っていくのだ。
シュトルムは少し涙目なナターシャの前にしゃがむと、その肩を両手で優しく掴んで、ズバッと本題を切り出す。
「なぁジークリンデ? 気持ちは分かるが、そろそろ封印を解かないか? ジークリンデの中二病は、決して馬鹿にされるような代物では無いぞ?」
「うっ……も、もう少し、考えさせてよ……っ!」
「あっ、ジークリンデ……!」
そして『トラウマと向き合わないか?』と言われ、ナターシャが嫌がって逃げる、という日々も繰り返していた。
ディビスはそれを見送りながら、呆れたように呟く。
「相変わらずうじうじしてんなぁ」
「そう言ってやるなディビス。まだ七歳だ」
「まぁ、そりゃそうだがなぁ……」
「何かあるのか?」
「んー……」
彼は強めの一言を言いたそうな雰囲気だったが、『いや、何でもねぇ』と取り繕って、今日の狩りに出向いていった。叱った所でどうしようもないと分かっているのだろう。
残ったシュトルムは、ナターシャを追いかけて工房内に入った。
◇
そしてナターシャは、毎日トラウマと向き合う事を要求されるのが嫌になったのか、次第に工房への足が遠のき、ついにはフミノキースの自室に引きこもってしまった。
最初期の彼女は、最低限の事情を除き、ベッドの中から出ようとしなかった。食事も、ガレットさんが部屋に運んで、無理に食べさせないと食べない程に、精神的に病んでいた。
それを聞いて、心配したアウラや斬鬼丸がやって来て、ナターシャを優しく励ました結果、多少は自発的に動くようにはなったが、それでも工房に転移しようとはしなかった。
シュトルムは主に代わって、工房に訪れる冒険者の対応に追われる事となった。
決めてはやはり、中二病スキル持ちだからである。
リズールも、我が主を何とかして立て直そうと、時間を見つけては転移して、甲斐甲斐しく世話をしていた。
彼女がいつものように、涙で濡れた枕を取り変えて、赤く滲んだ主の目元をハンカチで優しく拭っていると、ようやく荒んだ気持ちが和らいできたのか、ナターシャはふと呟いた。
「ねぇリズール」
『どうしました?』
「どうして転生物の主人公ってさ、過去への未練が無いのかな?」
『そうですね……』
リズールは、ようやく話し出してくれた主に失望されないように、言葉を選びながら答えた。
『詳しくは分かりませんが――自分は次の生でも成功出来る、前の生では駄目だったけど、次こそは絶対成功する、と思えるからですね。我が盟主はそう思わないのですか?』
「私は……――」
ナターシャは少し戸惑った。
何故なら、自分の気持ちも『前は駄目だったけど、次こそは成功する』だったからだ。
しかしナターシャは、こうも思っていた。
「――私も、そう、思ってた。次は成功出来るって。でもね、思い通りにいかないんだ」
『そうなのですか。どういう生を望んでいたのですか?』
「分からない。一つ分かってるのは、ただ、魔法のある世界に憧れていたってだけ。そこでどう生きるかなんて、何も考えてなかった」
『そうですか』
主の顔を拭き終わったリズールは、無言で主の髪を梳く。
対してナターシャは、堰を切ったように愚痴り始めた。
「だから、生き方が分かんないから、とりあえず物語の主人公のような生き方を真似してみよう、と思ったんだ。だってヒロイックなのはカッコいいもん。でもさ、自室で粛々と魔法創ってたら、スマホ所持がバレて姉と決闘になるし、命の危機に繋がるからチートは隠さないといけないし。かといって主人公らしく色々な出来事に巻き込まれたと思ったら、子供扱いされて結局は蚊帳の外だし、ホント散々な目に会ってきたんだよね」
『……』
「もうね、馬鹿かと。ふざけんじゃないよ、なんでこんなに面倒事が重なるんだよ。ラブコメの主人公じゃないんだからさ。その癖して、エロティックなハプニングは皆無だし」
『……』
「どうして運命は、私に気持ちいい人生を謳歌させないんだよ。二度目の人生だぞ。強くてニューゲームだぞ。私も物語の主人公みたいに、小さい頃から隠された実力を発揮して、脳みそ死んでるようなテンプレ称賛を受けて生きてみたいよ。もう、もう――あの頃のように、弱っちいから、子供っぽいからって他人に舐められたり、人には言えない秘密を抱えたまま生きるのは辛いよ……辛いんだよ、もうっ……ぐすっ」
再び涙が溢れてきたナターシャは、リズールの硬い胸に、軽く握った拳をぶつける。
リズールは再び、涙で濡れた主の顔をハンカチで拭うと、こう伝えた。
『……我が盟主。そこまで分かっておられるならば、後一歩を踏み出すだけではありませんか。他人に馬鹿にされ、酷い虐めを受けても――――それでも“これが私だ”と貫き通した自身の中二病を、再び取り戻す時が来たのです』
そう言って、左手を差し出すリズール。
『貴女はとても不器用ですが……忍耐強くて、心優しい人です。だからこそ。貴女に近しい方々も、これから関わっていく全ての方々も、同じように優しいのです。皆、本当の貴女を優しく受け入れてくれますよ。さぁ、勇気をお出しください』
「リズール……」
ナターシャも、その手に向かってゆっくりと手を伸ばそうとした。
しかし、直前で思いとどまって、こう言った。
「ごめん、やっぱりまだ返答出来ない……」
『……どうしてですか?』
リズールが軽く首を傾げると、ナターシャは少しだけ言い辛そうに答えた。
「分かんないよ、でも、まだ答えたくないんだよ……」
『我が盟主……』
「ごめん、また今度答えるから、まだ待ってて」
『――分かりました。その時が訪れるまで、お待ちしております』
「うん……」
後、ほんの一歩のところで、ナターシャはまたしても踏み止まった。
これは、押しの弱いリズールが悪い訳ではない。
かといって、踏み出さなかったナターシャが悪い訳ではない。
単純にタイミングが悪かっただけなのだ。
それがようやく解消されるのが、ナターシャの誕生日が目前に迫った年末――日時で言うと、12月25日。
その日を境にして、ナターシャの心境が変わった。
次話は9月21日予定です。




