221 邪気眼少女の始まり。-Mary-Sueish Syndrome:The beginning- 中編
それはともかくとして、本気出すのやだ、といじけていたナターシャは立ち上がった。
ついに訪れた冒険者達……分かりやすくするために隠密三兄弟って命名するけど、三兄弟の目的を問うためだ。
機嫌が悪いから強気に出ちゃったのは否定できない。
「貴方達、ここに来た理由は何?」
「クハハッ、決まってんだろ? 魔物素材を防具に合成してくれる魔女ってのは何処に居る?」
「それは――」
「おぉっとお前ら、合成屋を探してんのか?」
ナターシャが『それは私だ』と言おうとすると、ディビスが前に出た。
「――ディビス?」
「まぁ任せろ。仲間を守んのも俺の仕事だ」
「分かった」
彼はナターシャの頭を雑にポンポンした後、三兄弟への対応を請け負った。
よく雑ポンされるけど、もっと丁寧に扱うべきじゃないかな?
ナターシャはちょっと訝しんだ。
「あー、追い影のシローヒだったか」
「あぁそう……ん、お前、その防具――“合成の魔女”の事を知ってるな?」
「もちろん知ってる。俺の仲間だからな」
「チッ、もう囲われてたか」
ボス――シローヒは悔しそうに舌打ちをすると、ストレートに尋ねた。
「何処に居る?」
「お前の目の前に居るぞ」
「えっ、な、なんだと……?」
戸惑った彼は、こう言った。
「合成の魔女ってのはグラマーな女性じゃないのか……!?」
どうやら真偽不明の情報に踊らされていたらしい。
後ろの取り巻きもざわついていた。
「グヒィッ!?」
「ギッ、嘘だろ……!?」
「クソッ! 妖艶な雰囲気を醸し出す美女の、おっきなおっぱいを拝めると思ったのに……ッ!」
シローヒは悔しそうに跪いて、地面に拳を叩きつけた。とても自分に正直な男性である。
当然ながら、スレンダーな女性陣は半ギレだった。
『失礼な方々ですね。殴っていいでしょうか』
「奇遇だなヒルド、同じ気持ちだ」
「うん! 許せないよね!」
ナターシャはどっちかというと男性寄りの思考だったが、今生では女性なので、リズール達に同意した。
『この華奢な体躯の素晴らしさを理解出来ないとは……』
「全くだ。男は大きい方が良いとばかり思っていて、女性の負担を全く考えていない」
「男って駄目だよねー!」
ごめんなさい、大きい方が好きでごめんなさい……
謎の罪悪感に苛まれるナターシャ。
ディビスも怒っている女性陣に少々ビビりつつ、冒険者目線で三兄弟を批判した。
「まぁ、情報の真偽を推し量れなかったお前達が悪いな。期待し過ぎだ」
「言われなくとも分かってるよ畜生……! 酒の席で聞いた、“魔女の母親は巨乳らしい”って情報に踊らされた俺が全部悪いんだ……ッ!」
「「アニキ……!」」
シローヒは相変わらず悔しそうに地面を殴ったが、それでも、ゆっくりと立ち上がってディビスに尋ねる。
「ハァ……それでお前、誰が合成の魔女なんだよ」
「自力で当ててみな」
「仲間は売らねぇってか、よぉし――」
三兄弟のボスは女性陣を見て、
「『……』」(死ぬほど軽蔑した視線を送るリズールとシュトルム)
「……」(ぷくっと頬を膨らませて威嚇するナターシャ)
「――ヒッ、すいませ……ゴホンッ!」
つい謝罪の言葉を漏らしたが、即座に咳払いして威厳を保ち、ビシッと指差した。
「アンタだろ!」
その先には、青髪で黒のフードを被ったゴシックメイドが居た。
リズールはため息を付くと、怒りを鎮めて返答する。
『いえ、違いますよ。私ではありません』
「な、なんでだ!? 人間離れしたその美貌、魔女に違いねぇ! 絶対そうだ!」
『だから違います』
「それによアンタ、ちょっと変わ――」
『変わった“服装”が何ですか? 怒りますよ?』
「ヒィッ……」
ニコっと笑うリズールに気圧されるシローヒ。
リズールも、表面上は落ち着いた態度だが、やはり腹に据えかねているようだ。
『冒険者様は少々思慮が浅いです。次は二択なので、しっかりと考えて選んでください』
「わ、分かった、選び直そう」
少々キツい言葉を投げて、よく考えるように促した。
それでも彼は、シュトルムを指差して何かを言いかけたが、リズールの無言の威圧で黙り込んだ。
最終的に戸惑いつつも、
「もしかして……そこの銀のチビなのか?」
と言った事で、ナターシャの怒りを買った。
彼にはモラルという物が皆無らしい。
「銀のチビ言うな! お菓子のオマケくじみたいだろうが!」
「ハッ、なんだそりゃあ?」
シローヒは鼻で笑うと、取り巻きに向かってこう言った。
「おいお前ら、どーみても銀色のチビだよなぁ?」
「ヒヒ、そうっすねぇ~」
「ケケケケッ!」
「なッ、ぐぅっ、なぁ――――ッ!」
彼らは仲間内でナターシャを軽んじる。
その時、ナターシャの中で、ブツン、と何かが切れた。
「――お前らッ、生きて帰れると思うなァァ――――ッッッ!!!」
「「「へっ?」」」
少女の本気の絶叫に、キョトンとする三兄弟。
しかしその時には既に、ナターシャが全力で魔法を詠唱していた。
「“詠唱短縮ッ!”――“終焉の時!――天地魔闘・次元連結無限波導!――我が右手に宿るは絶対防御の凍獄――左手に宿るは絶対破壊の炎天!――この世を統べる、真の魔王の一撃を受けるがいい――――ッ!”」
圧縮詠唱から数秒後には、ナターシャの手には炎と凍気が纏わりついていて、周囲にはバチバチと紫電が走り、快晴だった空は一瞬で曇り、風が吹き荒れ始めた。
「「「えっ」」」
唐突な状況の変化に驚く三兄弟。
「「「ま、まさか――――!」」」
そしておバカな彼らも、何故こんな僻地に子供が居て、なぜ“合成の魔女”と呼ばれているのか本能で理解した。
コイツ……この幼女は多分、未来の魔王候補だと――――!
「「「ぎゃあああああああああお助けええええええええええええええええええ!!!!」」」
それを理解した途端に彼らは、高レベルなハズの隠密スキルを使う事も忘れて、一目散に逃げだす。ついでにディビス・シュトルム・リズールも、命の危機を感じて工房の裏手へと逃げた。
「フン、逃げたか――所詮は噛ませ犬だったな」
いつもの可愛い口調から一転、少年っぽさを感じる声で喋るナターシャ。
これでこの即興魔法を発動する必要は無くなったが、ナターシャはとりあえず威嚇として、空に向かって発射する事にした。
概念・属性の矛盾によって反発する両手をムリヤリ組み合わせて、二つ名を呟く。
「“――天地極滅砲”」
魔法が発動し、発生した虚無のエネルギーによって周囲が単色化。
それらはすぐさま、ナターシャの組んだ手の上方に収縮し、数秒の溜めの後、熱を出さない白黒の極太ビームとして撃ち出された。
ビームは曇天を晴らし、さらに通過による物理的な大気の攪拌によって、吹き荒れていた暴風をムリヤリ収めた。
ついでに遠くの方で、三兄弟の大絶叫が聞こえた。とても気分が良い。
「はぁっ、まーた新しい魔法を創ってしまった……!」
燦々と輝く太陽を浴びながら、すっきりした笑顔で空を仰ぐナターシャ。
この即興魔法、ビームとして発射するのは、本来の詠唱じゃないってのが怖い……
本来の詠唱をすれば、まず間違いなく極唱魔法になると――――
『ま、我が盟主、今の魔法は……?』
すると、恐る恐るやって来たリズールが、ナターシャに尋ねた。
ナターシャは『怒って創った即興魔法だ。でも本来の詠唱じゃないから、威力は抑えめさ』と言って、更に驚かせた。
『流石は我が盟主ですが……随分と口調と声質が変わりましたね? 記憶の封印を解かれたのですか?』
「え? あっ……」
リズールにそう指摘された事で、ナターシャは素の自分――それも大人では無く、中学時代の自分を出している事に気付いた。
急いで少女心を取り戻すべく、声の調整や思考回路の鈍化を勧める。
「あーあー、んっ、んんっ! よし、戻ったよ! 私ナターシャちゃんななさい! 銀髪で純粋で可愛い女の子っ!」
『戻さなくても良かったと思うのですが……』
「えーやだー、だって女の子じゃないじゃん」
『それはそうかもしれませんが――今後の事も考えて、先ほどの口調で話す練習をしませんか?』
「んー……」
あくまでも練習を勧めてくるリズール。
ナターシャは困ったように頭を掻いた後、ようやく真面目に心中を語った。
「あのねリズール。私にとってのさっき言動は、痛い過去――厨二病として忘れておきたい過去であると同時に、前世の友人達との間だけで使った特別な話し方なの。分かる? 特別なの。はい分かりました、って使える物じゃないんだよ」
『ま、我が盟主?』
「なんで、友人じゃない奴なんかに、俺の痛々しい言動を……あっ」
心中を語っている内に、赤城恵は過去のトラウマまでも言いかけてしまった。
「……っ」
少女は唐突に口をつぐみ、黙り込む。とても複雑な表情をしている。
リズールは臆せず、その理由を聞いた。
『何故、そこまで特別な言動である事に拘るのですか?』
「それは……」
『我が盟主、教えてください。私は貴女の従者で、仲間ですよ。信じて?』
「リズール……」
その“仲間”と“信じて”というワードが、再び閉じようとしていた心を動かした。
ついにナターシャは、とても辛そうに眼を背けながら、こう漏らす。
「嫌なんだ……」
それは、彼が組織を結成する前の話。
「嫌なんだよ……また、他人に笑われるのは……」
たった一人で世界の巨悪と戦っていた時期の話だった。
ただの妄想を全力で信じていた彼は、クラスのろくでもない連中に目を付けられて――――
「俺はもう、中二病で虐められるのは嫌なんだ……」
様々な方法で虐められ、クラスの晒し者にされた。
そのろくでもない連中にとってはただの冗談、笑いのネタのつもりだったのだろう。
しかし赤城恵の心に、深刻なトラウマを刻むには十分すぎた。
他人を信じられなくなり、まともに本心をさらけ出す事が出来なくなる程に。
『我が盟主……』
ようやく主の本心を知ったリズールは、主の涙を拭うと、何も言わずに工房内へと移動させた。
ナターシャがソファーに座ると、スマホで動画を見ていたスラミーが、元気よく話し掛けてきた。
「あるじー! このどうがおもしろーい!」
「ふふっ、そっか。良かったねー」
いつも通りに振る舞うナターシャ。
リズールはその様子を見て、とても不安に感じていた。
赤城恵の過去が重ぉい!
次話は9月18日予定です。




