216 ちょっとした日常パートと、それによる副作用《サイドエフェクト》-前編
ギルドに到着した。
昼時なのか、飯を食いに来ている街民が多い。
ナターシャは早速、サジェスチョン・ダガー討伐依頼の達成報酬を貰って、再び討伐系のクエストを求めた。
職員は『もう少しでご用意出来ますので、その間の箸休めに、専属冒険者の生存確認などは如何ですか?』と言って、一枚の用紙を差し出してきた。
とりあえずシュトルムに尋ねてみる。
「シュトルム、これ受ける?」
「まぁ、用意に時間が必要なら仕方ないな」
「分かった」
承認を得たので、ナターシャは生存確認クエストを受諾した。
専属冒険者が住んでいる家は覚えているので、ギルドを出た後は迷いなく進み、到着し、玄関をノックした。
「こんにちはー」
ナターシャの声から暫くして、赤茶髪の男性が顔を出す。
彼は相変わらず不健康そうな顔のまま、小さく呟いた。
「生きている」
ま、まぁそうですよね。うん。
「そ、そうですね。大丈夫――」
「誰とも話したくない」(バタンッ)
「あっ……」
ナターシャが会話の糸口を探す間もなく、玄関が閉じられた。
シュトルムは少し不満そうに『不思議な男だったな』とだけ呟いた。
ま、斬鬼丸に言われた通り、今の彼はそういう時期なんだろう。だからしょうがない。
「はぁ、戻ろっか」
「そうだな」
二人はギルドへの帰路に着いた。
そしていざ戻ってみると、何やらギルド内部が騒がしい。
外からでも聞こえてくる程だ。
「何だろうね?」
「分からん、入って見ない事には」
「そだね。じゃあ入ろうか」
ナターシャ達は中に入った。
騒動の原因はクエストボードで、食事を終えたり、まだ途中だったのか、口元にソースが付いたままの街民達が、大々的に張り出された新規クエストを見ているようだ。
性別や年齢は様々だが、皆一様に『受かれば良いなぁ』、『行けるかなー』などと呟いていた。
二人は不思議そうに首を傾げる。
「ホントに何なんだろ」
「ジークリンデ、とりあえず職員に聞いてみないか?」
「あぁ、うん」
そのまま人々の間を縫って進み、受付に掛け合った。
ナターシャが『何があったんですか?』と尋ねると、職員は『テスタ村方面でのギルド従事者の募集を掛けたんですよ』と教えてくれた。
あぁ、事前に募集を掛けて、厳選した人材を送るつもりなのだろうな、とナターシャ達は理解した。
「ありがとうございます。それで、クエストの方はどうですか?」
「はい、ご用意出来ましたよ。こちらです」
職員が提示したのは、テスタ村周辺での魔物討伐。
期限は一週間で、ランクや種類は問わない、という物。
内容を見たナターシャはこう尋ねた。
「随分と緩い条件ですね? 何か事情が?」
「えぇまぁ、ブロンズでは魔物討伐クエストが少ない、という事情もありますが――」
職員はコホン、と軽く咳払いしてから、話を続けた。
「――ナターシャ様が持ち込まれる魔物によって、テスタ村周辺での新たな指標を作る予定です」
「そうだったんですか」
「はい。ですので、出来る事ならばランク相応の、節度を守った討伐を心がけて下さいね?」
「はーい」
子供っぽく返事を返すナターシャ。
つまり俺達は、生態調査系の討伐クエストを頼まれた、という事か。
何というか、着実に冒険者活動をしていると思う。
「シュトルム、このクエストでもいい?」
「あぁ良いぞ! フフッ、楽しみだなっ!」
「よしっ」
シュトルムからの同意も得て、魔物討伐クエストとは名ばかりの、テスタ村周辺の生態調査クエストを請け負った。受注書を貰って帰路に着く。
二人は自宅に帰ると、食事を含む昼休憩を取った後、工房に転移した。
工房のリビングでは、リズールが他の十傑作と共にお茶を楽しんでいた。
ナターシャが『皆、紅茶飲めたの?』と尋ねると、リズールは『飲むというよりは、口に入れて身体に滲み込ませる感覚ですね』と答えた。どんな感覚なんだろう。
彼女達がお茶会を開いた理由はというと、『一応、身体――ゴーレム体の維持に一定量の水分が必要だ、という事情はありますが、基本的に大気中の水蒸気で賄えます。ですので、純粋な娯楽目的でのお茶会です』との事だ。
「なるほどねー」
ナターシャはそう言って納得した。
こうして適度な息抜きしている所を見るに、リズールの実務能力の高さが計り知れる。
流石は大賢者の魔導書だ。よく考えて動いている。
『では、お二人も如何ですか?』
するとリズールが、お茶会への参加を勧めてきた。
ナターシャとシュトルムには、魔物討伐という重要な用事があるが――二人は“まぁ、そこまで急がなくても良いか”と思ったようで、喜んでそのお誘いを受けた。
お茶会では、皆で一杯の紅茶を飲みながら、リズール側の状況、ナターシャ側の出来事を話し合った。
リズールはハビリス村の状況を教えてくれた。
先日完成したオーク監視塔ではクーゲルが監視をしていて、ヒールは回復魔法で皆を癒していて、斬鬼丸は狩人と共に、訓練教官として頑張っているらしい。
シバ兄妹もそれに参加して、日に日に強くなっているようだ。
ナターシャはマナリア草の群生地を見つけた事で得た大金と、冒険者ギルドのテスタ村誘致、更に暗示魔短剣との会合について話した。
リズールは、それはもうべた褒めしてくれて、『最初は一人で行動されると聞き、不安でしたが、それは余計な心配だったと思いなおしました』と語った。
俺は褒められたら伸びる子なんで、今後も褒められるために頑張りたいと思う。
その後、シュトルムと共に魔物討伐に出かける事にした。
だけども念のために、リズールにお金を預かって欲しい旨を伝えた。
金貨二千枚は少々手に余るからだ。七歳だし。
「ねぇリズール、金貨二千枚はちょっと多いからさ、半分ほど預かって貰えないかな? ハビリス村の強化費用とか、企業設立の軍資金とか、魔道具作製費用とかにして良いから」
『そういう事でしたら有難くお預かりしましょう。リズールアージェントの名に懸けて、必ずや十倍に――いえ、百倍にして差し上げます』
「う、うん! 期待してるねっ」
ナターシャはそう言って、金貨千枚をリズールに預けた。
大賢者の魔導書である彼女の場合――本気でやりかねないので、ちょっと躊躇したのは内緒だ。
『では早速ですが、私リズールアージェント、資材調達の為に資金を使用させて頂きます。宜しいですか?』
「うん、良いよ。あと、わざわざ許可取らなくても良いよ? リズールの判断で自由に動いてね」
『私に判断を一任して頂き、感謝感激の極みです。では我が盟主、失礼します』
リズールは深く礼をすると、クーゲルやヒールと共に地下の研究室へと向かっていった。
見届けたシュトルムはこう漏らした。
「伝説の魔導技師の技術が、現代に復活か。これは――魔導界隈に嵐が吹き荒れるな」
「そうだね……」
ナターシャも遠い目をしながら同意した。
我ながら、ヤバい人材に資金提供をしてしまったとは思っている。
でも深くは考えない。だって、お金を稼ぐのは万人に許された権利だものさ。
例え、フミノキースの既得権益群が、リズールの技術によって破壊され……あっ、なんかマジでヤバそう。もしかしたら俺は、パンドラの箱を開いたのかも……
いや駄目だ、考えない、考えてはいけない……
ぷるぷる、と顔を振って思考を振り解いたナターシャは、シュトルムと共に外出した。
「それでジークリンデ、どんな魔物を倒すのだ?」
「んー」
シュトルムに尋ねられて、ちょっと考えた末にこう答えた。
「レッサーサーペント以下の魔物なら何でも良いと思うよ?」
「分かった、ようはサーチアンドデストロイだな!」
「大体合ってる」
とりあえず第一発見村人――ならぬ、魔物を討伐して、ギルドに持ち帰れば良いからね。
レッサーサーペントはいつか倒してみたいけども、斬鬼丸とリズールが居ない状況でソイツと対峙するのは、身がすくむほど怖いのでパスだ。状態異常が効かなかったら一巻の終わりだし。
「行くぞジークリンデ! 我に付いてこいっ!」
「あっ、待ってよシュトルムー」
ナターシャとシュトルムは工房から離れて、魔物が集結しやすい丘陵地帯へと繰り出した。
そこでは、知り合いの冒険者達が狩りをしている様子が見て取れて、仲間との連携や役割分担を重視するその姿に、やっぱり手練れの冒険者なんだなぁ、と理解させられた。
よし、彼らへの感心はこれくらいにして、お仕事だ。
「“――森の監視者”、“我に仇名す者を知らせよ”。さて、近くに居る魔物はー?」
索敵魔法を起動したナターシャが、周辺をぐるっと眺める。
索敵に反応している魔物はおおよそ小動物系で、カッパーにも満たないレベルばかリ。
アイアンランクの魔物を倒しまくっていた俺に言わせれば、討伐し甲斐の無い魔物だ。
「ジークリンデ、良い魔物は見つかったか?」
「いや、近くに強い魔物が隠れてる気配はないね。もうちょっと動き回ろうか」
「分かった」
シュトルムと共に平地を歩き回って、時には丘に登り、目視で探してみた。
すると一頭、変わった馬の魔物が、草を食んでいるのを見つけた。
「ん!? ねぇねぇシュトルム、もしかしてあそこに居るのって……」
「ん? ……おぉっ! あの白銀の体躯に、一本角の生えた馬のシルエット! 間違いない、あれは一角馬獣だぞジークリンデ!」
「やっぱりそうだよねっ!? おぉ、初めて見たなぁー!」
ユニコーンを見つけて、とても喜ぶ二人。
「で、どうする?」
「決まっているだろう、勝負を挑むぞ!」
「オッケー? 腕が鳴るなぁー」
手をポキポキと(鳴らないけど)鳴らすナターシャ。
でもその前に……
「よぉーし、本編開始ですよ皆さん! 聞こえてますか画面の向こうの皆さん! 私ですナターシャです! 突然ですが、あそこに一角獣ユニコーンを見つけましたっ! あっちを見て下さい――――――」
スライムを頭に乗せたままの銀髪美少女は、天使ちゃんからのヘルプLINE以降、ずっと浮かばせたままの使い魔カメラとマイクに向かって話し出した。
彼女は出来るだけハイテンションを維持しつつ、これから何をするか説明して、ユニコーンへの突撃取材――特攻を敢行した。
「行くよシュトルム! 不意打ちは任せた!」
「任されたッ! “疾走”! “疾駆”! “神速”――!」
シュトルムは単語魔法を使用して、ナターシャの数十倍もの速度でユニコーンに接近した。
彼が――ユニコーンが気付いた時には、抜剣したシュトルムが彼を目がけて、剣技を発動している場面だった。
「喰らえッ! “疾風斬鉄剣”ォ――ッ!!!」
「――!?」
シュトルムの攻撃は、驚愕したユニコーンを捕らえたかに見えた。しかし、
「ヒヒィンッ!」(ガギィィンッ!!)
「何ッ!?」
ユニコーンは自慢の角で迎え撃って、初撃を弾いた。
流石はシルバーランクの魔物だな、と、ようやく追いついたナターシャは思う。
シュトルムはそのまま、ダッシュの勢いを消す為に地面を滑っていく。
「くっ、失敗したッ! ジークリンデ!」
「任せて! “地獄業火球”!」
ナターシャはヘイトを取る目的で、ユニコーンに向かって魔法を放つ。
ユニコーンもその声で気付き、角をサッ、と向けた。だがしかし――――
「ヒンッ!?」(きゅんっ)
彼は、目の前に居る七歳の銀髪美少女(処女)に、当然の如く一目惚れをした。
ユニコーンと言えば処女厨、処女厨と言えばユニコーン。古今東西の神話に記されている常識だ。
忘れられがちなナターシャの美貌も相まって、ユニコーンは咄嗟の思考力を奪われた。
「ギヒィンッ!?」(ボゴォォゥンッ!)
「えっ、当たるの!?」
なので彼は、ナターシャの魔法を避けられずにクリーンヒット。
ゴウゴウと身を焼く炎幕が落ち着いた頃には、彼は満面の笑み――のような良く分からない表情を浮かべながら、地面に倒れ伏した。
「ヒ、ヒヒィ……」(ドサァッ……)
「えぇ……」
ナターシャは困惑しながらも、杖を降ろしてユニコーンに近付く。
次話は8月27日予定です。




