215 暗示魔短剣との戦い《バトル・オブ・サジェスティー》
8月21日追記:ちょっと後に響く事が分かったので、大改編しました。ごめんなさい
「――やれやれ、また殺気が漏れてしまった。今のはただの忠告で、他人を威圧す気なんてないんだけどな――――表の僕には」
「うっ、ぐぅっ、これはぁ……っ!」
ダガーの発する言葉に苦しみだすナターシャ。
しかし、シュトルムの時よりも反応が薄い。何故か。
それは何と、ダガーがまだ表の人格しか出していないから――つまり、本気を出していないからだ。
彼の闇人格関連による精神的揺さぶりが発生した瞬間、ナターシャはいつも通り轟沈するだろう。
他人の心に容易く干渉してくるとは、なんて恐ろしい魔剣なんだ、と彼女は思う。
だからこそナターシャは、今すぐに彼を始末する事に決めた。
何故なら、彼を討伐するのが自分達の仕事だからだ。
「……シュトルム、倒すよ。こんな危険な魔剣、この世に存在しちゃいけない」
「了解だジークリンデ、須らく滅ぼそう。召喚指令・双対喰刃!」
決して“シュトルムが共感しない内にこの黒歴史を葬り去ろう”などと考えたからではない。
ナターシャはブラック・キャット・マジックを出し、シュトルムはジャキン、とオルトロスを構える。それを理解したのか、ダガーはこう呟いた。
「力ずくで消そう、ってかい? まったく、今日はなんて日だ」
そうは言いつつもダガーは動かない。
まぁ純粋に動けないだけだが。
だが、ナターシャもシュトルムも容赦なく、彼に攻撃を仕掛けた。
まずはシュトルムが飛び掛かって、武器破壊用の剣技を使う。
「行くぞダーインスレイブ! 刀身破壊!」
「援護するよ! 雷撃弾!」
ナターシャも高速で発射される雷撃の銃弾を放って、先手を奪った。
双方から襲い来る絶死の双撃。当たれば破壊は免れない。
「砕けて消えろッ!」
「――やれやれ、仕方ないな」
サジェスチョン・ダガーは残念そうに呟くと、
「殺れ、闇の“僕”――――!」(シュンッ)
突如、台座の上から姿を消した。
「何ッ!?」
シュトルムの斬撃と、ナターシャの魔法によって、台座が爆発するように破壊される。
悔しそうな表情を浮かべるシュトルムは、衝撃でパラパラと舞う土埃を振り払いながら叫んだ。
「何処に隠れたダーインスレイブ!」
「……後ろだ」
「なッ――!?」
彼女が驚いて振り向いた時には、ナターシャの背後にダガーが迫っていた。
「――ジークリンデ! 後ろだ!」
「えっ!?」
ナターシャもバッと振り向いたが、もう遅い。
ダガーは、ナターシャの胸――心臓に目がけて飛び込み――――
「あぁもう駄目だ、動けない……」
「痛っ」(ボスッ)
――鞘から抜けていなかったのと、エネルギー切れで失速したのも相まって、ナターシャの胸にコン、と当たるだけで済んだ。
次の瞬間には、ダガーは地面に転がって、満足そうにこう言っていた。
「ハハハ……これで君は死んだ……、僕の勝ちだ……」
「ま、まぁ確かにそうだね……」
ダガーが抜き身だったら死んでたからね……
少しだけ痛む胸を抑えながら、ナターシャはホッと溜息を付いた。
そして、慌てて走って来たシュトルムは、ナターシャの怪我を確認した後、ダガーに剣先を向けた。
「やるではないかダーインスレイブ。私達の負けは認めよう。――だが、これでお前は死ぬ。言い残す事は無いか」
「そうだね……」
ダガーは考えるように沈黙した後、こう言い放った。
「僕は不滅だ。人々の心に中二病がある限り、何度でも蘇るよ。何故なら僕は、“中二病”の精霊だからね――――」
「えっ」
「な、なんだと? 今“中二病”の精霊、と言ったか?」
「えっ、そうだけど……何さ?」
戸惑うような素振りを見せるダガー。
シュトルムは――仲間を見つけた、と言わんばかりの笑みを浮かべて、高らかに発言した。
「ほう、奇遇だな! 我も――蒼穹の嵐、ヘルブラウ・シュトルムも、中二病というスキルを持っているぞっ!」
「へぇー……そ、そうなんだ? ま、まぁ、僕もそのスキルを持ってるよ。Lv7の中二病スキル」
「おぉやるではないか! 私よりもレベルが高いぞ! 流石は中二病の精霊だなっ!」
「あ、あはは、ありがとう。死の間際だけど、初めて褒められたから嬉しいや」
ダガーは少し嬉しそうに話した。シュトルムもニコニコしている。
ナターシャは二人の間に割って入って、こう言った。
「ちょっと待ってよー、もー、仲良くしたら倒し辛くなっちゃうでしょー?」
「いやジークリンデ、別に倒さなくても良いんじゃないか? コイツは中二病の概念なだけだし、私も同じスキルを持ってるから、悪い存在じゃないって分かるし」
「そ、そうだけど……うん、そうだよねぇ……」
まぁ流石に、ここまで空気が緩むと、“討伐してやろう”という気概も失われる物だ。
ナターシャは諦めたようにため息をついて、未だに棚の裏に隠れている店主に掛け合った。
「店主さん、ちょっと良いですか?」
「な、なんだ?」
声が震えている店主。ナターシャは気にせずに用件を言った。
「このダガーは悪い存在じゃないんで、討伐するのは止めておこうって思うんですよ」
「……どういう事だ?」
そこでようやく、店主が棚の影から出て来た。
ナターシャは、ダガーが何の精霊なのか、彼に説明する事になった。
◇
その頃のオークの里では、カバ一味が目を覚ましていた。
三人は大きく伸びをすると、ぐぅ、となる腹を抑えて、部屋からゾロゾロと出てきた。
「腹ヘッタブヒィ……」
「――目ガ覚メタカ」
リビングでは、ローワンが椅子に座って待っていた。
カバは一味を代表して、開口一番にこう言った。
「ブ、ローワン。飯ヲ食ワセロブヒ」
「ナゼダ? 長ノ所ニ行カナイノカ?」
「ブヒ? 何ノ事ダブヒ?」
「ハ?」
思わず固まるローワン。
とりあえずもう一度尋ねてみた。
「イヤ、シバノ発見報告ヲシニ、長ノ元ヘ行クツモリナンダロウ?」
「ブゥ、寝起キニ質問スルノハ止メルブヒ。ソンナ事ヨリ飯ヲ寄越セブヒ」
どうやらカバは、空腹のせいで思考が鈍いようで、飯の事しか考えていないらしい。
一週間近く寝ていたのだから、それも当然だろうな、とローワンも考えた。
そしてローワンは、カバの要求に対してこう答えた。
「飯ヲ出スノハ構ワン。ダガ、外ニ行ク事ニナルゾ?」
「ブ? 食糧庫ニ飯ガ無イブヒカ? ローワンナノニブヒ?」
「違ウ。マタ空ニサレタラ敵ワンカラ、知リ合イノ飯屋ニ、飯ヲ用意シテ貰ウヨウ頼ンダンダ」
「アァ、ソウブヒカ。ダッタラ早ク案内シロブヒ」
「分カッタ。付イテコイ」
ローワンはカバ一味を引き連れて、二軒隣の飯屋へと足を運んだ。
彼は早速、飯屋の店主に掛け合って、カバ一味用の食事を出して貰う。
勿論、医者としての長年の勘から、今日中にカバ一味が目を覚ますと分かっていたので、ノータイムで大量の料理が運ばれてきた。
白米と普通の焼き物をメインにしつつ、醤油が香るスープや、味噌を使った煮込み料理など、沢山だ。
その全てに、紫の大きなキノコが添えられていたり、具材として混ざったりしている。
「「オォ! 美味ソウダー!」」
「ブッヒィー!」
大喜びするカバ一味。ローワンはこう言った。
「サァ食エ。好キナダケナ」
「「「ウォォ―――――!!!」」」
許可を貰ったカバ一味は、目に付く料理を片っ端から食べて――添え物の紫キノコも残さず食べた。
彼らが食べ切った後にはソースの一滴すら残っておらず、文字通りの完食だ。
「「「食イ切ッタァ~……」」」
満腹の腹を擦り、一息つく一味。すると……
「ブゥ、満腹デ眠イ――――ブヒィー」(ドシャァッ)
「「グゴー……」」(ドドシャァ)
眠くなったのか、そのまま後ろに倒れ込んで爆睡し始めた。
飯屋の店主はそれを見届けると、ローワンに話し掛けた。
「上手クイッタナ、ローワンサンヨ」
「アァ。コレデマタ、一週間稼ゲル。アリガトウ」
「ハハ、ソリャヨカッタ。――シッカシマサカ、胞子抜キヲシテナイ、マルシェルーム・ドルミーネヲ食ッテシマウナンテナ。普通ノオークナラ、臭イデ気付クモンダガ」
「イヤ、コノ一味が気付ク事ハ無イダロウサ」
「ハハハッ、ソウダナ! ナンセ“カバ”ダカラナ! ガハハハハ!」
豪快に笑う店主。ローワンは逆に呆れている。
その後店主は、皿を片付けるついでに、店の従業員数名に『カバ一味をローワンの患者用の部屋に運んで、寝かせておけ』と指示した。
「彼ラハ信用出来ルノカ?」
ローワンがそう尋ねると、店主はこう答えた。
「ソリャナ。ナンセ、“旧宰相派”ダゾ?」
「ソウダッタカ。マダ慕ワレテイルンダナ、私ハ」
感慨深く、自身の手を見るローワン。
店主は彼の肩を軽く叩いて、片付けを手伝うように促した。
ローワンは老体に無茶をさせるな、と言いつつも、彼らへの感謝の意を込めて、店の手伝いをした。
◇
「――という事なんです。なので彼はテレパシーを使ってる訳じゃなくて、ちょっと斜に構えて悟った風を装っているだけなんですよ」
「そ、そうだったのか。なんだ、俺の早とちりだったんだな」
「理解して頂けて何よりです。はぁー……」
ナターシャは精神的に疲れたのか、思いっきり肩の力を抜いた。
するとシュトルムとダガーが、ワクワクしながらナターシャに話し掛ける。
「じ、ジークリンデ! さ、さっきのカッコいい言動や振る舞いは何だっ!? 魂が揺さぶられるような凄みがあったぞっ!?」
「あ、あぁ! 中二病の精霊の僕でも、思わずひれ伏したくなるような、そんなカリスマ性が感じられたよ……! 凄いね君は!」
「あぁそりゃどうも……はぁ~……」
そして、思いっきり落ち込む。
店主に中二病の概念を説明する上で、ナターシャ本人が実演して見せる、という中々にキツイ精神修行を行う羽目になったからだ。
今生では二度と使うまいと思っていた物を、まさかここで使う事になるなんて……
「ジークリンデ! もっとさっきのを見せてくれっ!」
「僕からもお願いするよ! 君の指導を受ければ、僕はもっと強くなれる気がする!」
「だめだめ。私の中二病は安売りしちゃいけない物なんだよ」
今は亡き“組織”を運営する為だけに使うモードだからね。
「「そんなーっ!」」
シュトルムとダガーは、悔しそうに叫んだ。
だけどまぁ、ここまで全力で慕われるのなら、組織の長として振る舞うのも悪い気はしないけども。
ナターシャは少しだけ、自身の過去に向き合えた気がした。
店主はその後、討伐証明を出してくれて、『お嬢ちゃんにダガーを譲ろうか?』と言ってくれた。
しかしダガーはそれを拒否した。
「なんでだ? 話が合う奴らと一緒に居られるんだ、悪い話じゃないだろう?」
疑問に思った店主が尋ねると、彼はこう言った。
「いや、自分の主は自分で決めるよ。何故なら生きる意味が出来たから。それは――――」
彼は――ナターシャの眼前に乗り出して、強気に発言した。
「――僕は中二病の精霊として、君に勝ちたい。その時までは、君達の仲間になるつもりは無いよ」
「が、頑張ってね……」
ナターシャは困惑の言葉を返した。
まぁ、頑張って欲しいとは思う。
「では、失礼しましたー」
「おう! また来いよー!」
「またな呪われし魔剣! 強者となって相まみえよう!」
「やれやれ、それはコッチのセリフだ蒼穹の嵐。だが、またどこかで会おうじゃないか」
ナターシャとシュトルムは、店主とダガーに見送られて武具店を後にした。
二人はその足で冒険者ギルドに向かう。
次話は8月24日予定です。




