214 †二律背反の別人格《アルターエゴ》†
ナターシャ達が家に帰った後は言わずもがな。
まぁ、かなりの大金を手に入れたので、テレビ電話しながら皆に贈与しようか、という話をした所、皆は声を揃えて『いや、それはナターシャのお金だよ。大事に使いなさい』と言った。
ナターシャは『う、うん』と返して、そのままなぁなぁになって流れた。
次の日、早速転移して、同じ事をディビス達にも聞いたが、『いや要らねぇ。自分達の金は自分達で稼ぐ。その代わりに合成代をタダにしろ』と要求された。
いやそれは良いんだけど、『なんで要らないの?』とつい聞いてしまった。
すると彼らは、彼らなりの自論を語った。
「良いか? 誰かに金を貰えば、確かに不自由の無い人生を送れるが、それだけだ。そこには苦労や喜びがねぇ。んで、俺達が送りたい人生ってのは、限界まで地道に努力して、他人と肩を並べて競い合って、時には好きな女と結婚して、ようやく死ぬ手前になった時に『もう悔いは無い』って思える生き様だ。ようは勝ち取りたいんだよ。自分の人生は自分でな。だから安易な施しは受けねぇ」
そう言い切って腕を組むディビス。
冒険者達も『いいぞー!』とか、『それが俺達の生き様だー!』とかヤジを飛ばす。
彼らを見て、少し微笑んだナターシャは、何となくこう漏らした。
「何だかカッコいいね、ディビス」
その途端、ちょっと頬を染めたディビスは、顔を背けながら言い放った。
「う、うるせぇ、褒めても何も出ねぇからな!」
「おっとぉ? ディビスはロリコンだったのかー?」
「あらやだ、女の敵ね」
「ちげーよ馬鹿野郎! 誰だって褒められたら嬉しいだろうが!」
「おいおいディビス、それでもアイアンか? 子供にチヤホヤされて喜ぶのはブロンズまでだぜ?」
「あ゛ーッ! 忘れろバーカ! さっさと狩りに行くぞオラッ!」
「はーい」
「りょーかいりょーかい」
「チッ、しょうがねぇな」
ディビスは銀等級の二人とダリスに煽られながらも、冒険者達と共に今日の狩りに出かけた。
褒められるのに弱いんだなぁディビスって、とナターシャは思った。
とりあえず工房に戻ろうと、歩を進めると、シュトルムが話し掛けてくる。
「なぁジークリンデ、今日は何をするんだ?」
「んー……とりあえず冒険者ギルドに行こっか。またクエストを受けよう」
「分かった。でも、薬草採取を受けるのは嫌だぞ? それに、マナリア草の群生地を見つけられたのだから、採取はもう十分だろう? なっ?」
ちょっと懇願気味に言うシュトルム。
薬草採集は止めよう? という彼女の主張が伝わってくる。
ナターシャはそれを見て、理解しつつも、合理的な判断でこう答えた。
「いや、それは分かんないかなぁ。もしかしたらギルドで『マナポーションの材料になる薬草が追加で欲しい』って言われるかもしれないし、その時の判断によるよね」
「なっ……!」
ショックではた、と停止するシュトルム。
ナターシャは振り向いて、尋ねた。
「どうしたの?」
「採取は嫌だ……」
「えっ?」
「うぅっ、薬草採取はもう嫌だっ! あんなに退屈な作業はもう十分だっ!」
「しゅ、シュトルム!?」
「我は――いや私はっ、魔物と戦いたいんだっ! 沢山の強者と戦って、己が剣技と魔導を極めたいんだぁーっ!」
両手を強く握ったまま叫ぶシュトルム。そしてそのまま、膝を抱えて蹲る。
どうやら魔物討伐をしようと言わない限り、梃子でも動かないつもりらしい。
ダリスに褒められた時の反応と言い、時々出る素が可愛いの擬人化かよ畜生。
「もーワガママ言っちゃダメだよー」
「わがままじゃないーっ! これは天命なのだーっ! 未来・過去・現在の魔導全て綴りし魔導書――極天・魔奥義書にもそう記されているのだぁーっ!」
「うぐぅっ……!」
唐突に精神ダメージを受けるナターシャ。いきなりは止めて……!
その後『はぁ、仕方ない』と漏らしたナターシャは、『じゃあ、私達でも受注出来る魔物討伐依頼が無いか聞いてみるから』と言って、不貞腐れている彼女を何とか宥めた。
シュトルムも『ちゃんと理解してくれたなら良い』と言って、立ち上がってくれた。
で、場所は変わって冒険者ギルド。
既にラッシュタイムは過ぎた時刻なので、あいもまばらな酒場を見ながら、受付に掛け合う。
ギルド職員は変わらずモノクルの人で、いつものようにクエストを受注したい、と言った。
ただし条件を付けて、『多少ランクが高くても良いから、魔物討伐依頼を受けたいんですが』と尋ねると、『なら良い物がありますよ』と、一枚のクエスト用紙を差し出された。
それはと言うと、
「「――“暗示魔短剣の討伐依頼”?」」
という物だ。
職員曰く、サジェスチョン・ダガーとは、知恵を持つ魔剣――インテリジェンス・ソードの亜種で、小精霊や大霊魂の憑依、その他魔法的な理由で意識を持ち、喋るようになったマジック・ダガーの事。
今回宿ったのはエスプリズマで、通常ならば恐ろしいほどに値上がりするのだが――――現在、その短剣に宿っている精霊は、生き血を要求したり、殺意を示したり、自身に未知の闇が封じられている事を暗示したりするらしく、気味悪がった武具屋の店主が『勿体ないが討伐して欲しい』とギルドに依頼を持ち掛けたようだ。
それを聞いたシュトルムは怖がって、ナターシャに話し掛ける。
「な、何やら恐ろしい武器だなジークリンデ。受注は辞めておいた方が良いのではないか?」
「そうだね、悪い精霊が憑りついたのかもしれない。武器屋さんの為にも退治しなきゃね。このクエストの受注をお願いできますか?」
「じ、ジークリンデ!?」
ナターシャの前向きな発言に驚くシュトルム。
そのまま受注を強行しようとするナターシャを引き止めて、リアル目に懇願する。
「や、やめるのだ我が主ぃっ! お化け武器は怖いって言ってるだろうっ!?」
「は、離してシュトルム……!」
ギギギ、グググ、と拮抗する二人。
まぁ、基本的にシュトルムの方が強いので、ナターシャが身動き一つ取れないだけなのだが。
シュトルムはその状態のまま、ナターシャの本意を聞き出そうと、強い口調で問いかける。
「どうしてそんなクエストを受けたいんだっ! ただ怖いだけじゃないかっ!」
「だって喋る魔剣をこの目で見たいんだもん……!」
「なっ、それだけの理由なのか!?」
「そうだけど何……ッ!?」
「何だとぉ……っ!?」
ナターシャの単純な思考回路にまたしても驚くシュトルム。
なので彼女は、当然の如く迂回案を提示した。
「だ、だったら今日じゃなくても良いだろう!? もっと良い機会があるだろう!? ……ハッ、そうだ! 今日はヒルドが知っている有名な魔剣の話を聞いて、それで満足しないか!?」
「やーだー! 今日見に行くのー! はーなーしーてー!」
ジタバタと暴れるナターシャ。
するとスラミーが――ぶるぶると揺れるのが嫌だったのか、ナターシャの頭上から逃げ出して、受付カウンターに乗る。
彼は職員を見て、クエスト用紙を見て、もう一度職員を見ると、コクコク、と何度も頷き始めた。
職員はとりあえず、肯定的な反応と理解して、こう尋ねた。
「えぇと、スライム様も受注されたいのですか?」
「あっ、やめろスラミー! 勝手に話を勧めようとするなーっ!」
シュトルムは片手を伸ばして、ナターシャを引き止めつつ、ついでにスラミーを止めに掛かる。
ナターシャはその隙に冒険者カードを提示し、
「あっこら! ジークリンデ!」
職員も静かに同意した事で、
「あぁっ!?」
サジェスチョン・ダガー討伐クエストの受注が完了した。
ナターシャはしたやったり、と微笑みながら、こう呟く。
「へへっ、これでもう行くしかないよね?」
「あ゛~~~~~~~~――――……っ!!!」
閑散とした冒険者ギルドに、シュトルムの悲痛な悲鳴が轟いた。
◇
現在、職員に指定された武具屋――前に一度行ったことのある、初級冒険者用店に向かっている。
当然ながらシュトルムは、ナターシャに恨み節を吐いていた。
「酷いぞジークリンデ……一生恨むからなぁ……」
「大丈夫だってシュトルム。そもそも討伐依頼が来てるんだから、攻撃すれば倒せる相手って事じゃん。お化けじゃないよ」
「えっ? ……あっ、そっかぁ!」
そこでようやくシュトルムの恐怖が抜けた。
「そっかぁ、攻撃すれば普通に倒せる相手だったかぁ! ――フフッ、我ながら恥ずかしい一面を見せてしまったな! 詫びを入れておこうジークリンデ! ハハハハッ!」
彼女はナターシャに軽く詫びを入れると、元気よく歩き始めた。
メンタルがふわふわしててどう対応して良いのか困る。でもまぁ可愛い。
それに、結果オーライだから深く考えなくても良いや、と結論付けた頃に、件の店に着いた。
「――さて、着いたね」
「フッ、ここが魔剣の巣窟となった武具屋か」
「んー巣窟というよりは潜伏場所じゃない?」
「その呼び方はカッコ良くないから嫌だ」
「うんそうだね……」
若干のボケとツッコミを交えつつも、ナターシャ達は店の中に入った。
「失礼しまーす」
「邪魔するぞ店主!」
ナターシャとシュトルムが声を出すと、店の奥からスキンヘッドの男店主が出てきた。
彼は開口一番にこう言った。
「おぉっ、久しぶりだなお嬢ちゃん! 良い装備が見つかったみたいだな!」
「あ、はい。その節はどうもお世話になりました。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるナターシャ。豪快に笑う店主。
その後に続く、シュトルムの自己紹介によって羞恥の感情が高ぶり、ちょっと意識が飛びかけたが、ギリギリの所で踏ん張った。流石に慣れてきたようだ。
「そんで、用件は何だい?」
店主に問いかけられて、ナターシャは話し出した。
簡単に言うとこうだ。『冒険者ギルドでサジェスチョン・ダガー討伐クエストを受けて、ここに来ました』と。
店主はとても驚いて、ナターシャの冒険者ランクを尋ねた。
ナターシャが『青銅ですよ』と言った所、またしても驚いていた。『まだ小さいのによく青銅になれたな』と。
まぁこちとらチート持ちなんで、それくらい余裕っすよ。
で、色々な話や説明をした後、例のダガーを保管しているという、奥の倉庫へと連れて行ってもらった。
しかし店主は、突然こう言った。
「悪い、俺が案内出来るのはここまでだ。この奥の台に鎮座してあるから、後は頼んだ」
「えっ? なんでですか?」
「あぁえっと、実はな――――」
店主曰く、なんでも、手に取ると怖い事を言い始めるとの事で、ゴーストやポルターガイストの類を苦手としている彼は、どうしても近寄りがたいらしい。
ただ、その喋る魔剣は生まれたてのようで、精霊としての信仰が足りないせいなのか、魔剣らしく宙に浮いたり、他の剣を操ったりは出来ないとの事。
つまりは害を及ぼさない――というより、喋る以外は何も出来ない魔剣だと。
なんだ、ただのポンコツ魔剣じゃん。店主さんビビり過ぎでは?
「いや、あの魔剣を――暗示魔短剣を舐めない方が良いぞ。何も出来ない癖に、相当な切れ物だからな。人の心を読み透かした口調で喋るから、テレパシーでも使ってるに違いない。俺は長年武具屋をやってるから分かるんだ」
そう言いつつも店主は、大きな在庫棚の後ろに隠れている。威厳と説得力が皆無だ。
ま、それもこれも、実際に会ってみればわかる事だろう。
「よし、じゃあ行こうかシュトルム」
「あぁそうだな」
ナターシャとシュトルムは店主を置いて、店の最奥へと進む。
そこには台の上に鎮座された、ナックルガードが付いた黒い柄と、輝くような銀色の装飾が施された鞘付きの短剣があった。
刀身は未だ見えないにも関わらず、その絢爛さに目を眩ませるような出来栄え。
相当高価なマジック・ダガーに、小精霊――エスプリズマが宿ったのだろうと思わせる。
二人は息を呑み、近付く。
残り一メートルまで近付いた、と思った途端、
「――――誰だ?」
「「ッ!」」
サジェスチョン・ダガーが、少し低めな少年の声で喋り出した。
彼は身じろぎもせず(そもそも動けないが)、少しの間、此方を試すように沈黙した後、今度はこう言った。
「――やれやれ、君達は繊細過ぎるな。ただ、一つ言えるとすれば……これ以上近付くと、無事では済まないよ?」
「な、何だと……!?」
「あっ」
シュトルムが対抗意識を燃やし始める頃に、ナターシャは察した。
あぁ、ようやく、ギルド職員さんの説明の意味が分かった。
間違いないこのダガー、明らかに中二―――――
そう理解すると同時に、ダガーは脅すような声音で呟く。
「 ――――良いか? 闇人格の僕に切り刻まれたくなかったら、今すぐここから去れ。それとも、血が見たいのか?」
「ひぃぃぃっ!!!」
「ジークリンデ!?」
ナターシャは、新たなジャンル――裏人格所持者タイプの中二病に悲鳴を上げる。
サブタイはカッコよさ重視で選びました
次話は早くて8月20日、遅くても21日に投稿します。




