213 まさかまさかの大当たり《ジャックポット》
ナターシャ達は工房を離れて、森の中に入っていった。
ここで一から探すのかな? と思っていたら、ダリスが『付いてこい、群生地に案内してやる』と言って、ずんずんと進んでいった。
「ねぇ、何でマナリア草の群生地に案内してくれるの?」
「……」
「何か言ってよダリス」
道中、ダリスは無言を貫き、何も語らなかったが、カレーズとアウラが理由を教えてくれた。
「――えっ、合成のお礼なんですか?」
「そうなんですよ。ね、カレーズさん?」
「あぁそうだ。ナターシャお前、工房近くに生えてたマナリア草、片っ端から採取してるだろ」
コクコク、と頷く。
それからカレーズはこう語った。
何でも、最初にマナリア草が減っている事に気付いたのがダリスで、それも工房周辺に集中している事から、俺――ナターシャが採取しているんじゃないか、という結論に至ったらしい。
その理由は聞かないとして、ナターシャには今も、そしてこれからも世話になるだろうから、お礼を兼ねて、皆で群生地を探し出したんだとさ。
「――――で、その中でも、先陣切って頑張ったのがダリスだ。アイツは普段、薬草採集で生計を立ててるらしくてな。どういう場所に薬草が密集しやすいか良く知ってるんだよ。だから見つけられたんだ」
「へぇー、ふーん……」
カレーズの言葉を受けて、ちょっとダリスの事を見直したナターシャ。
ちょこちょこっ、と近付いて、話し掛けた。
「ねぇダリス」
「……」
「ありがとねっ」
「……フンッ」
無言を貫いていたダリスも、少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
ここでようやく、ダリスがどういう人なのか分かった。
なんだ、単純に不器用な人だったんだね。
◇
マナリア草の群生地は、大きな崖によって日光が当たりにくい広場だった。
目に見える範囲、全ての草がマナリア草だ。流石は群生地。
ナターシャは早速、この位置をスマホのマップに登録しておいた。
出来ればまた、ここで採集したいからね。マナリア草がいつ復活するかは分からないけど。
「ははっ! 見ろジークリンデ! 大漁だぞっ! これで職員共を見返せるなっ!」
「うん、やったねシュトルム」
マナリア草の束を抱えて、大喜びしているシュトルム。
年齢相応でとても微笑ましい。
「ナターシャちゃーん、どれくらい取りますかー?」
「そりゃ勿論、あるだけ全部ですよアウラさん!」
「はーい!」
鎌でザクザクと切って、紐で束ねるアウラ。
ただやはりというか、ちょっとぎこちない手つきだ。
「子供にこき使われるって何か不思議な気持ちだな」
「フン、喋ってないで手を動かせカレーズ。俺とお前が薬草採取の主戦力だ」
「へいへい……」
「おい、根は傷付けるんじゃねぇぞ? 上手くいけば二年後にまた採取出来るからな」
「二年……場所を忘れちまいそうだぜ……」
カレーズとダリスは、慣れた手つきで収穫していった。
それだけ冒険者活動が長いからだろう。
ナターシャ達はそれから5時間掛けて、群生地のマナリア草を採取した。
それでも全部は収穫できないのだから、どれだけ多いかが良く分かる。
アイテムボックスに入れる様子も見せたが、その事に関して聞かれる事は無かった。
まぁ多分、アウラさんから事前に聞いてたんだろうね。
ナターシャ達が薬草採取を終えて、秘密工房に戻る頃には、他の冒険者達も帰って来ていた。
彼らはいつも通りの成果だった。
「ようナターシャ! 合成代金の補填はどんな感じだ?」
「うん大漁だよ。良かったらこれからも宜しく」
「おう、また見つけられたらな。じゃあ行ってこい」
「行ってきまーす」
と言う感じでディビスにも見送られて、シュトルムと一緒にフミノキースの冒険者ギルドに行った。
納品所でドサドサドサ! とマナリア草を納品した時の、他の冒険者や、納品所職員の驚愕した顔が気持ちよかった。
更に、これで採取依頼の十割+αを纏めて納品したので――――総額にして金貨二千枚がナターシャの懐へと入る事となった。
達成報酬自体は金貨百枚程度なんだけども、ナターシャが採取したマナリア草の鮮度の高さと、元々の流通量の少なさ、更には『出来るなら在庫が欲しい』という要望を受けて、購入権をオークション形式で販売してみた所、価格が暴騰したらしい。マジかよすげーな。
「ナターシャ様なら必ずやって頂けると信じていましたよ」
モノクルの職員さんにそう言われた。
とても嬉しそうに微笑んでいる。
「何でそんなに私の事を信用してるんです?」
あまりにも不安だったので、ナターシャは尋ねた。
すると職員は『ではナターシャ様、二階へお越しください』と言って、カウンター内へと導いた。
ナターシャとシュトルムはビビりながらも、職員に連れられて二階の応接間に向かった。
◇
応接間で待っていたのは、旅の護衛に関わってくれた冒険者ギルドの職員。
知的な雰囲気を匂わせる風貌に、キリっと決めたギルドの制服。そして眼鏡。
「お久しぶりですねユリスタシア・ナターシャ様。今か今かとお待ちしておりました」
「アーデルハイドさん!?」
そう、魔法教官のフォンダン・アーデルハイドさんだ。とても懐かしい顔である。
「えっと、それで、どういったご用件ですか……?」
ナターシャが不安そうに尋ねると、彼は少しだけ笑って『いえ、その前に椅子へお座り下さい』と言った。まぁ、それもそうだ。
シュトルムと一緒に彼の対面に座って、話を聞いた。
なんでも俺が信用されているのは、エンシア本店ギルド長から直筆の手紙が来た、というのもあるが、何よりも大事なのは――――収納魔法のスキル化が完了した事。
アーデルハイドに一冊の黒い魔導書を見せられて、これが収納魔法のスキル本だ、と言われた。中々の厚みだ。
それをギルドの職員・解体場の従業員に使用させて、異空間収納スキルの利便性を確かめた所、尋常じゃない程に仕事効率が上がったらしい。
結果、職員間で『この魔法を創ったのは誰?』という話になり、俺――ナターシャの名前が出て、そこから一気に俺への期待・信頼度が上がったんだそうだ。なるほどね。
「――そして、ナターシャ様。よければ教えて頂きたい事がありまして」
「はい」
アーデルハイドは眼鏡をクイッ、と上げると、本題に入った。
「今回のマナリア草、何処で収穫なされたのですか?」
「んー……」
ナターシャは考えた。教えようか、教えまいか。
正直、無料で教えるのは嫌だ。何かしらの良い条件をゲットしておきたい。
とりあえず、思いついた事を尋ねてみた。
「じゃあ仮に、の話ですけど」
「なんでしょう?」
「仮に、採取場所を教えたとして――――ギルド側はどういった対応を取るつもりなのですか?」
「此方の対応ですか……」
アーデルハイドは眼鏡の位置を軽く直してから、語った。
「当ギルドとしましては、ナターシャ様の採取量から、マナリア草の群生地が存在する、と判断しておりますので、その近くへの拠点作製――さらには、中継拠点となる村への簡易依頼受託所の開設を行い、迅速な供給網の確保を行う所存です。もしや、何かお求めになられる事が?」
「なるほど……」
うん、まぁ、マナリア草って栽培できないみたいだし、良く売れるみたいだからね。
だったら俺から群生地の情報を仕入れて、そこを占有してしまって、更なる安定供給を目指そうって魂胆なのか。
俺の教えた収納魔法があれば、薬草の鮮度を気にしなくても良いだろうし。
中々に効率的な商売方法を取ってるよね冒険者ギルドって。良い意味でも、悪い意味でも。
「んー……私から求める物はー……」
ナターシャは少し考えて、こう答えた。
「じゃあ……テスタ村の住民さんに優しくしてあげて下さい。あの村の人達は、悪い冒険者さんに酷い目に会わされたみたいなので」
「なるほど、つまり群生地は――テスタ村周辺に存在する、という事なのですね?」
「えぇ、そうです。ただし、彼らとの交流は難しいですよ?」
「ハハハ、それはお任せください。交渉は我々の得意分野ですし、真っ当ではない冒険者を捕まえるのも、冒険者ギルドの職務ですから」
「えぇ、期待していますよ。あの地域の治安が良くなるように、ね?」
「分かりました。ご期待に沿えるよう最善を尽くしましょう」
そんな感じで、二人はビジネスライクな話し合いを終えた。
あぁ、収納魔法のスキル本を使用させて欲しい事を伝えたが、アーデルハイドさんに『スキル本には最大使用回数がありますので、二冊目が出来るまではお待ちください』と言われた。
二冊目が出来るのは、
「えっと、二冊目はいつ頃になりますか?」
「二週間後になりますね」
だってさ。
んー、とても残念だ。まぁ、収納魔法は使用頻度が高いから、詠唱するのに慣れちゃったけども。
「ではナターシャ様、今後とも冒険者ギルドを宜しくお願い致します」
「えぇ、今後とも仲良くしましょうね。では」
「フッ、また会おう!」
ナターシャとシュトルムはアーデルハイドに見送られて、一階に降りた。
ついでに新たなクエストでも受けようとしたが、残念ながら営業時間外だと告げられた。
仕事時間に関しては厳密だよねホント。しょうがない。
「帰ろっか」
「あぁ、そうだな」
ナターシャはシュトルムと共に、職員達の反応を思い返しながら帰った。
大儲けしたし、今日はいい夢が見られそうだ。




