211 辺境住まいの合成屋《フュージョナー》
鍛冶屋――ゲームで言うならば腕力の強い生産職。
冒険者達の裏方で活動し、ひっそりとしていながらも、大事な武具の整備・強化などをしてくれて、戦力の底上げをしてくれる素晴らしい職業だ。
でも、ここは異世界って言ってもゲーム風じゃなくて現実風味だし、俺は7歳女児なので腕力も無いけども。
「嫌か?」
「まぁ、嫌じゃないけど――」
折角のお誘いな訳だし。
ここ一週間での冒険者活動で『戦闘で成り上がるのは難しいって分かったから、今度は裏方をやってみよう』と思ってたので、渡りに船なんだけども。
「――でも、鍛冶屋って呼ばれるのは合ってない気がする」
「そうか、じゃあなんて呼べばいいんだ?」
「んー……」
ナターシャは考えた末に、こう答えた。
「じゃあ、合成屋。そう呼んで」
「分かった。よし、もっかい聞くぞナターシャ。俺達の合成屋になってくれるか?」
「んーしょうがないなー……良いよ?」
「よし交渉成立だな」
ディビスは握手を求める。
しかしナターシャは、まだ握手せず、ニマニマとしながらこう言った。
「だけど私はレアだよ? 報酬は高いよー?」
「安心しろ、俺は値引きのプロだ。お前が一人前になるまでは安値でこき使ってやる」
「もー仕事環境がブラックすぎー」
そうは言いつつも、ナターシャはディビスの手を取って、しっかりと握手をした。
「これからよろしくね」
「おう、よろしく頼む」
こうしてナターシャは、ディビス達の冒険者パーティに参入する事が出来た。
戦闘職ではなく生産職。武具専門の合成屋として。
「早速だけど、何か作る?」
「いや素材がねーよ。お前の仕事は明日以降だ」
「分かった。楽しみにしてるねー」
「おう、キビキビ働けよ」
「それは素材次第だねー」
「ったく、エンシアの鍛冶屋みたいな事を言いやがる……」
「あはは」
仲良く話し合っているディビスとナターシャを見て、アウラはとても喜んだ。
リズールや、つい癖で黄昏始めたシュトルムも、二人の様子を見て微笑んだ。
それから各自、自由に過ごす事になる。
リズールは、ナターシャに魔力の再登録をして貰った後、地下の研究室でハビリス村に転移した。
前日に生み出した地図に従って、新たに建てられるオーク監視塔が出来るまでの間、彼女の索敵魔法でカバーするらしい。監視塔は、一つ建てるのに大体三日掛かるとの事。
ナターシャは『魔法で建てた方が良いんじゃない?』と尋ねたが、『まずは建築方法を知って貰う事が重要なのです。彼らが使いやすい塔を設計する為にも』と返された。
まぁ、そりゃそうだ。彼らの身長は人間の半分だしね。
その他の面々は、地上のリビングで時間を潰した。
ディビスとアウラは外出組を待たないといけなかったのと、ナターシャは家主として、この工房に居ないといけなかったからだ。
ただシュトルムは、その暇な時間が嫌だったようで、『少し風と戯れてくる』と呟いては外出し、また戻ってきて、を繰り返していた。まぁ、中二病患者は孤独を愛すから。うん。
するとディビスが、床に寝そべりながら呟いた。
「そういえばなんだが」
「どしたの?」
ナターシャが対応する。ディビスは続きを話した。
「なぁナターシャ。その頭に乗っけてる丸い球体って、フミノキースに居たあの魔物だよな?」
そう――ナターシャの頭には、スラミーが乗っていた。
今朝、ナターシャが起きた途端に飛び乗って、そのままずっと頭装備のように振る舞っていたのだ。詳しい理由は分からない。
ただ彼は、ステータスウィンドウの装備欄に、自分の名前が載っているのをじっと見ていたので、何か思う所があったのだろう。まぁ、別に邪魔じゃないので気にしなかっただけだ。
とりあえずナターシャは、普通に返答した。
「うん。テイムしたんだ」
「そうか」
ディビスは納得したようで、それ以上は聞いてこなかった。
しかし彼は、次に気になった事を尋ねた。
「それで、そのだな――」
「うん」
「――さっきから空中を飛び回ってるこの猫頭の生物はなんだ?」
そう――――使い魔カメラも宙を飛び回っていた。撮影するためだ。
これは先ほど慌てて取り出した物で、休憩中、唐突に届いたLINEを確認した所、
天使
[なっちゃん! リターリスさん達がなっちゃんの動画をもっと見たいって迫ってくるの! 助け]
とのメッセージが入っていたからだ。
天使ちゃんごめん。これからはずっと撮影したままにしておくからね。
後、文字の途切れ方がマジでヤバそうな感じがして面白い。
「えっと、これはねー……――――」
まぁ、ここで嘘をついても仕方がないので、正直に言った。『この空を飛んでいる猫は生き物じゃなくて、周囲の状態をつぶさに観察して、映像として記録する魔道具なんだ』と。
ディビスは『映像って何だ?』と呟いたので、ナターシャは映像、という概念を簡単に説明した。
「まず一枚の風景があって、それを紙に描きとります」
「ほう」
「次は、その絵から微妙にずらした絵を描きとって、後ろに重ねます。それを何千枚も」
「ほう?」
「それをパラパラ、とめくっていくとあら不思議、動きのある絵になりました。これくらいは分かるよね?」
「まぁな。映像ってのはそういうモンなのか?」
「そうそう」
まぁ、簡単に言うとだけどね。
「ただ、あの魔道具で記録している映像は、絵がとても綺麗で、描きとる速度が一秒に何十枚、っていう凄い速度なんだ。人間じゃ無理、ってレベルの」
「ほーなるほどなぁ。勉強になったぜ」
ディビスはそう言って納得した。
近くで聞いていたアウラも、感心したように頷いていた。
「それで、映像を記録してる理由はなんなんだ?」
そして当然の疑問をぶつけてきた。
だがナターシャが『実家に居る両親に、私の冒険者活動を見せるためなんだ』と説明した事で、彼は何度も頷いた。むしろ『当然過ぎるくらいの疑問を何で聞いちまったのか不思議で仕方ねぇ』とも呟いていた。それだけ“映像”という概念が不思議だったのだろう。
続いて彼は、説明を応用をする感じで、ナターシャに問いかけた。
「と言う事はだナターシャ、お前に映像の記録を頼めば、俺達が魔物を討伐する場面を残せるって事なのか? 絵みたく、いつでも見直せるようなモンを」
「そうだよ。それを撮影って言うんだ」
「お、撮影って言うのか、覚えとく」
ディビスは頭が回る冒険者だから、用語の解説が早く終わって助かる。
「もしかして撮影して欲しいの?」
「ん……まぁそりゃ、自分が戦ってる場面を、外から見られたら面白そうだろ」
少し照れくさそうに話すディビス。寝そべったままだけど。
ナターシャは『まぁ必要になったら呼んでね、お金は取らないから』と言っておいた。
撮影が無料と聞いた彼は、少し嬉しそうな顔をしていた。
きっと、自分が魔物相手に果敢に戦う様子を夢見て、楽しんでいるのだろう。
だがディビス、安心して欲しい。君達は俺の動画のネタになるのだから。
タダより怖い物が無いのは当然であろうさ。ふははは。
ナターシャが人知れず悪く微笑んだ所で、工房内はまた静かになった。
◇
それからしばらくして。
リズールが工房に帰還した頃には、外出組の冒険者も戻ってきた。
彼らはディビスへのお土産――ではなく、酒を奢らせるための証明品として、鉄ランクの魔物、ビックシールドガーディアーという、角が盾のような形をしているシカと、青銅級の魔物、ディンファングという凶悪な牙を持ったイノシシを狩り、担いで帰って来た。
結構重そうな魔物だけど、それでも彼らが元気なのは、身体強化スキルのお陰だろうね。
「ディビス、これで文句はねぇよな!」
代表のカレーズが爽やかに言った。
ディビスは仕方ない感じで頷いて、酒を奢ると確約した。
他の冒険者達は嬉しそうに、やんややんや、と騒いだ。
一部はマジで『やんや』って言ってた。どういう意味だ。
「ねぇディビス、今日はもうテスタ村に帰るの?」
ナターシャが尋ねると、ディビスはこう返した。
「あぁ、仲間が丁度良い魔物を二頭も狩ってきてくれたからな。今日は持って帰って解体する。だから、明日は早速アレを試してくれよな?」
そう言って彼は、ディンファングの牙を叩く。
しかしその牙は、叩いた時よりも強い力で、その手を大きく弾き返した。
とても面白いスキルを持っていそうだ。
「あぁ、アレだね? フフッ、良いよー?」
ナターシャも了承した所で、カレーズ達は『アレって何だ?』と騒ぎ始める。
だがディビスは『酒を飲むときに話してやるよ』と言って、今は教えなかった。
冒険者達は不満そうにやいのやいの、と騒いだ。
いやだから、『やいの』は抗議の言葉じゃないと思う。
まぁ気にしなくて良いか。
「じゃあまたねー」
「おう、また明日な」
「ナターシャちゃーん、またねー」
ナターシャは、ディビスとアウラ、その他の冒険者達とお別れして、工房へと戻った。
そしてそのまま、シュトルムと共にフミノキースに戻って、一日を終えた。




