210 それぞれの野心《エーアガイツ》
工房に着く頃には冒険者達も吹っ切れたようで、いつも通りに振る舞っていた。
やれ酒を用意しろだの、休憩拠点が小さいだの、リズールをデートに誘い始める(約一名の弓兵)だの、わざとらしく喚き始めたので、『あんまりうるさいと斬鬼丸を呼んでくるよ?』と注意すると、途端に静かになった。やはり殺戮熊を討伐した功績はデカいらしい。
「むー」
とりあえず、シュトルムの背中から降りておこぷんしておくナターシャ。
一応、この工房の家主なので、それっぽい威厳を出した。
「まぁ、今の発言は俺らなりの冗談だが――なぁ、ナターシャ。なんでこんな辺鄙な場所に別荘を建てたんだ?」
するとディビスが、皆を代表してナターシャに問いかけた。
どうやらただのジョークのつもりだったらしい。ま、そういう事にしておくか。
落としどころはそれしかないだろうし。
ナターシャは『わざわざ建てた訳じゃ無くて、既に亡くなられた、著名な魔導技師の秘密工房を再起動して、有難く使わせて貰っているだけだよ』と説明した所、銀等級冒険者のアストリカが絶叫した。
「私のお宝がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――ー……ッ!!!」
「いやお前のじゃねぇって……」
リズールから離れたカレーズが、とても呆れた顔でそう呟いた。
なんでもアストリカは、ダンジョンや遺跡などで宝探しをするのが生き甲斐らしく、誰かに先を越されると必ずこう叫ぶらしい。面白い人だ。
「フン、まぁ、嗅覚だけは鋭いようだな。お子様にしては、だがな」
そして突然近付いてきたダリスから、お褒めの言葉なのか、侮辱なのか良く分からない言葉を送られる。何と反応しようか戸惑うナタ―シャに対して、ディビスがこう言った。
「お、ダリスに褒められたなナターシャ。良かったじゃねぇか」
「えぇ……?」
今の誉め言葉だったの?
ナターシャは、相変わらず舐め切ったような視線を送るダリスを見て、本当に褒めてくれたのか疑問に思った。だが、とりあえず『ありがとう』だけは言っておいた。
彼は『フン』と言って、少し不機嫌そうに顔を逸らしたが。
どういう考え方をしているのか全く読めない。
様々な反応が重なって収集が付かなくなってきた所で、リズールがまとめに掛かる。
『では、立ち話はこれくらいにしまして。私達は工房に入りますが、冒険者の皆様も入られますか?』
その言葉を受けて、ナターシャと親交のあるディビスとアウラは『気になるから中に入る』と宣言し、その他の冒険者は『周辺を確認したい』と言った事で、二班に分かれた。
アウラは落ち込んでいるアストリカを心配そうに見送り、ディビスはカレーズに『ダリスはマジで詳しいから色々と聞いとけ』と推奨していた。
その他はまぁ、あわよくば魔物を狩ってこよう、程度の意気込み。
時折、餌を求めて現れるだろう、レッサーサーペントには気を付けて欲しい所だ。
ディビスは、彼らの代表となるカレーズに向かって叫んだ。
「調査は任せたぞカレーズ!」
「あぁ分かった! 後で奢れよな!」
「それは内容次第だ! 期待してるぜ!」
「よっし、言質は取れた! 行くぞお前ら! ディビスに全力で集るぞ!」
「「「おぉーッ!」」」
とても楽しそうに去っていく外出組の冒険者達。
アウラは、ディビスの懐を心配する。
「ホントに奢っちゃって良いんですか? ディビスさん」
「構わねぇよ。今日の酒代くらいならな」
「そうなんですか?」
「あぁ、多めに回収した備品代で埋められるしな」
「うわ、抜け目ないですねー。見習いたいです」
「いや勉強するようなモンじゃねーよ。勝手に身に着くモンだからな」
「へぇー」
先輩と後輩の冒険者らしい会話をする二人。
そこにナターシャからのお呼びが掛かる。
「ディビスー、アウラさーん、入らないのー?」
「あっ、はーい! 今行きまーす!」
「へいへい、今行くよ」
ディビスとアウラは、ナターシャ達と共に工房の中に入る。
◇
リズールは早速、二人に工房内部を案内して、地下の研究室に関しての情報を開示をした。
アウラはいつも通りに驚き、ディビスはある程度の予測が出来ていたようで反応が薄かったが、『我が盟主が事前に行動してくれたお陰で、ここからフミノキースに転移――瞬間的に移動する事も可能です』と伝えられた事で、動きが固まった。
彼が次に話し出した時には、『ただ休憩拠点を提供された感覚でしか無かったのに、街に帰る手段も用意してくれてるとかお前は神様かなんかなのか?』とナターシャに言っていた。
いやぁ、まぁ、それほどでも?
「ただ、無料でとは――――」
「分かってるよ、使用料だろ? 幾らが良い」
「――は、話が早いね。まず一人頭だけど――――
ナターシャは、交渉の余地が無い金額を宣言した。
転移陣の使用料金は、転移一回につき、一人辺り小銀貨一枚。乗合馬車と同価格。
この業務は始めたてなので、とっても安価だ。
当然の事ながらディビスも驚いていた。
「ん、おい、そんなに安くていいのか? 向こうにはノータイムで行けるんだろ?」
「うん、今はこの値段で良いんだよ。全員でフミノキースに帰ったりとかはしないでしょ?」
「まぁそれはそうだが、それでも安すぎやしないか?」
不安そうなディビス。ナターシャは理由を説明した。
「ま、その安さにも理由があって――ここを教えた理由、説明したでしょ?」
「あぁ、戦力が要る、と言っていたな。それの事か」
「そうそう。実はなんだけど――――
ナターシャは、彼らをここに招いた理由をもう一度(ナターシャはそのつもりで)説明した。
ハビリス族、更にはハビリス村の現状、オークの里との対立、逃亡者のシバ兄妹の事。
アウラは変わらず驚愕して、ディビスは眉間を摘まんでいた。
そんな二人の反応を見たリズールが『各種防御魔法、結界を使用して、皆様が怪我をしないように細心の注意を払いますので、どうか予備戦力に加わって頂けませんか?』と言った。
手を降ろしたディビスも『まぁ、支援魔法が完璧なら良いだろう』と答え、『アウラとアストリカ以外の魔法使いや回復術師も必要か?』と聞いた。
何ならギルドで誘ってくるつもりらしい。
「なんだかやる気だねディビス」
とナターシャが聞くと、
「請け負ったのは事実だからな。報酬分の働きはするさ」
と答え、追加の人材が必要なのかもう一度聞いた。
リズールは遠慮して、メイジとヒーラーはもう間に合っている事を伝えた。
代わりのように『どちらかと言うと前衛が欲しい所ですね』と言ったが、ディビス側としてはこれ以上の前衛は要らないらしく、お互いに遠慮する形で話が終わった。
ナターシャは“チャンスかも”と思ったのか、ディビスにアピールする。
「ディビス、魔法使い枠に私なんてどう? 凄い魔法をいっぱい使える――」
「子供だからパスだ。十二歳になってから出直してこい」
「ぶー!」
即座に加入拒否されてむくれるナターシャ。
その後ろに居たシュトルムはあわわ、と慌てて、主をあやしつつ、その威厳を守るためにこう言い放った。
「ディビス! 我が主ジークリンデをあまり舐めるなよ!? こう見えて、凄くカッコよくて強い魔法や武器を持ってるんだぞっ!?」
「へぇ、どんな武器だ?」
ディビスは気になったので聞く。
ただし、少し舐めた態度で。相手の怒りを誘っているのだ。
それでシュトルムもむきになったのか、長々と説明した。
「フンッ、では脳裏に刻み付けるが良い! その武器の名は――黒・猫・魔・導! 漆黒の妖気を纏う魔法の杖で、敵のLv・HP・MPなんかのステータスや所持スキルの確認、採取物の位置確認、更には素材同士を合成して、新しい武器を作れたりする凄い杖なんだぞっ!?」
「ほう、そりゃ凄い――――待て、今なんつった?」
どうせ大した物じゃないだろ、と軽んじようとした所で、ステータスという謎の用語やら、とても気になる機能を聞かされて困惑するディビス。
彼はもう一度シュトルムに尋ねたが、彼女は二度と口を割らなかった。
そっぽを向いているナターシャの機嫌を直す事を優先したからだ。
「いや、どういう物かもっと詳しくだな――――」
ディビスは仕方なく周囲を見渡した事で、リズールと目が合った。
「――ど、どうも?」
『我が盟主が持っている武器に関しての説明が必要ですか?』
「……それは取引を持ち掛けてんのか?」
怪しむディビス。リズールは笑顔で肯定した。
『はい、そうです。コチラの条件は――――ディビス様の事情も加味して、前衛後衛は問わず、後三名の増員です。可能ですか?』
「あー……」
ディビスは少し考えた後――――ふと彼らの事を思い出した。
だが、表面上は悔しそうにして、こう答えた。
「チッ……わぁったよ。ランクは青銅でも良いな?」
『お任せします。では、説明致しましょう』
「あぁ頼む」
話が纏まった所で、ナターシャの黒・猫・魔・導の機能――更に、ステータス表示魔法についての解説が為された。
アウラはナターシャをあやしながら驚いた。
「おいおい……」
話を聞いたディビスは、少し考えた。
黒・猫・魔・導の合成機能とやらがあれば――とても高価な武具である、スキル付きの魔物装備を安価にゲットする事が出来て、例えソロでも、格上の魔物を狩りに行けるようになるんじゃないか、と。
ソロでの大活躍を目指しているディビスにとって、とても魅力的な話だった。
やはりナターシャは幸運の女神だ、と認識するほどに。
「はぁ、仕方ねぇか」
ここでこのチャンスを逃してはいけない。
個人的な信条はこの際だ、ひとまず棚に上げて、まずは引き込んでしまおう。
ディビスは早速、怒りを収めたナターシャに話し掛ける。
「なぁナターシャ。良い話がある」
「なに? パーティに入れてくれるの?」
「いやそうじゃないが、それに近い話だ。ナターシャ、お前――――」
「?」
彼は少し言葉を選んだ後、こう言った。
「――俺達の鍛冶屋にならないか?」
「鍛冶屋に?」
なんで?
全く別方向からのお誘いに、ナターシャは首を傾げた。




