205 7歳少女な交渉者《ネゴシエーター》
「ジークリンデ、その人も知り合いか?」
すると、シュトルムが話し掛けてきた。
主の嬉しそうな反応を見ていたので、特に警戒していない。
ナターシャはアウラとの抱擁をやめて、シュトルムに冒険者達との関係性を軽く説明した。
アウラさん達は、旅の護衛に関わってくれた冒険者さんなんだー、程度だ。
シュトルムもそれで分かってくれたらしく、『ジークリンデは知り合いが多いのだな』と呟いた。
ただその表情は、再び訪れるであろう自己紹介のチャンスを期待するように、キラキラと輝いていた。
やめてくださいお願いします。
そして、ナターシャ達の隣で銀等級冒険者のカレーズと話し合ったディビスは、周辺調査の報告を受けて、軽く頭を抱えていた。
「おいおいマジかよ……」
気になったナターシャは、ディビスに可愛さ重点で尋ねる。
ちょっと身体を傾けつつ、目を潤ませ、上目遣いで、相手の顔を覗き込むように、こう。
「ねぇディビス、どうしたの?」
「ん? あぁ、聞きたいか?」
「うん」
スルースキル高すぎだろ。もうちょっとドキッとしてくれよ。
ディビスは少しため息をついたあと、こう言った。
「いいだろう、教えてやる」
なにやらディビスにしては珍しく、お金などを要求してこない。
相当参っているのだろうか。
「実はな――」
「うん」
「――ここフミノキース周辺では、ソロでの冒険者活動は厳しいんだってよ」
「へぇ、なんで?」
ナターシャが首を傾げると、
「まぁ、流石のフミノキースでも、冬場だけあって魔物が減少しててな。ソロで見つけるのがキツイんだとよ。はぁ、困ったもんだぜ」
ディビスは素直に教えてくれる。本当に珍しい。
ナターシャが面を喰らっていると、更に驚く出来事が起こる。
一人の冒険者――髪や服装は、世紀末漫画に出てくる雑魚敵のよう。旅の護衛中に見た顔では無いので、現地の冒険者だろう――が、カレーズを横に押しのけながらディビスの前に現れて、彼を罵倒した。
「フンッ、他国からの流れ者が情けねぇな。それでアイアンってんだから、全くお笑いもんだぜ」
「だ、誰?」
ナターシャは思わずそう呟く。
すると、こちらでの出来事を静観していた現地の冒険者達が、口々にこう囁いた。
「あれは、不屈のダリスじゃねぇか」
「マジかよ初めて見たぜ……!」
異国の冒険者集団が現れた時よりも、ざわざわ、ひそひそ、という話し声が増える。
どうやらモヒカンの彼は“不屈のダリス”なる異名で呼ばれているらしい。有名人なのだろうか?
ディビスは怒りを覚えて、睨むように見上げる――――かに思われたが、なんと、
「しょうがねぇだろダリス。俺はソロ専なんだから」
「ハッ、だったら徒党を組めば済む話だろうが。何が楽しくてソロを選んでるんだ馬鹿め」
「同じソロ専のお前に言われたくねーよ」
以外にも、気を許した友人のように接していた。
とっても知りたがりなナターシャは、空気を読まずに話し掛ける。
「ねぇねぇディビス。二人ってどういう関係? 旧友?」
「ん? いや違う。ダリスは――――」
話し掛けられたディビスは否定すると、こう言った。
「――泊ってる宿で、たまたま相部屋になった現地の冒険者だ。コイツはこう見えて色々と詳しいから、折角なんでって事で、俺達の仲間に誘った」
「おぉ、そうなんだ」
少しだけ感心するナターシャ。
対してダリスは、ナターシャを若干軽んじているような視線を送る。
子供だと思って舐めているのだろうか。
ナターシャはぷくっ、と頬を膨らませて対抗した。
ディビスはあぁそうだ、と思い出したように呟いて、彼の情報を詳しく教えてくれた。
「因みにダリスは――万年青銅の冒険者だ。あんまりにも魔物討伐が下手で、同ランク相手に負けまくってるのに、それでも諦めずに上を目指すその姿勢から、付いた仇名が不屈のダリス。フミノキース界隈では有名人なんだぜ?」
「えぇ……」
困惑するナターシャ。
だがダリスは、その称号がとても誇らしいようだ。
カッコつけるようにこう言い放った。
「フッ、俺の勇猛さを表すような、素晴らしい二つ名だろう? ……おや? 余りに衝撃にビビって声も出ねぇようだな、嬢ちゃん」
「えっ、あ、はい」
ナターシャは何とも言えない返答をして、その場を濁した。
彼は何故そこまで自信たっぷりなんだろうか。
後ろのシュトルムは――当然の事のようにダリスの心構えを理解ったようで、『その絶対に諦めない姿勢――流石だ。いずれはヴァルキュリアに認められ、大英雄として名を残すだろう』と呟いて、ナターシャのメンタルを七割ほど削った。
その様子を傍から眺めていた銀等級のカレーズは、ようやく本題を切り出した。
「ハハ、じゃあディビス。どうせここで魔物狩りをしても実入りが少ないんだ、全員で少し遠出をする選択肢を選んだ方が良いと思うんだが?」
「あー、そうだな。多少遠出してでもプラスになる狩場の情報を仕入れるしかないな」
ディビスが情報屋との交渉を考え始めた所で、ナターシャが見慣れている、三人組の男女がギルドに入場した。
彼らも現地冒険者と同じように、見慣れない冒険者集団に驚いて、何事かとざわつく。
そしてふと右を向いた所で、昨日とてもお世話になった銀髪少女の姿を発見し、元気よく声を出した。
「おおっ! おーい! ナターシャちゃん!」
「おはようございまーすっ!」
「昨日はとてもお世話になった! ありがとう!」
彼らは、テスタ村で色々と関わった青銅三人組、クランク、レンカ、フィズだった。
ナターシャとシュトルムは振り向くと、近付いてくる彼らに軽く手を振った。
「おはよー」
「昨日ぶりだな! 魂の共鳴者達よ!」
カレーズは先輩らしく、微笑ましそうに呟いた。
「お、ナターシャにも現地の冒険者仲間が出来たんだな。ちっこいのにやるじゃんか」
「そうだなカレーズ。ちょっと静かにしててくれ」
「ん?」
対してディビスは少し訝しんだようで、そっぽを向きながら聞き耳を立てて、ナターシャ達の動向を観察する。
これは冒険者としての勘だが、彼らは何か良い情報を知っている、と思ったからだ。
特にナターシャは、出会った時から色々と利益をもたらしてくれていたので、また何か良い事あるかも、と、なおさら気になっていた。
クランク達は早速、ナターシャに昨日の謝礼として金貨2枚を手渡した。
どうやら、色を付けて返して、という言いつけを忠実に守ってくれたらしい。
ナターシャも『魔導書を買い取って貰えて良かったね』と言って『これからどうするの?』と聞いた。
ブロンズ三人組は、豊富な資金を手に入れたので装備を新調する事、その後はまたテスタ村周辺の狩場に向かって、魔物を狩って実力をあげるつもりだ、と言った。
(ビンゴ……!)
ディビスはニヤリと笑うと、すぐさまナターシャ達に話し掛けた。
「おうナターシャ! そいつらは知り合いの冒険者か?」
「え? うん、そうだよ? どしたの?」
「いや、ちょーっと気になる言葉が聞こえて来てな。その、テスタ村って場所が何処か教えてくれるか?」
クランク達はよく分かっていないようだったが、ナターシャはすぐさま察した。
7歳らしからぬ悪い笑みを浮かべると、こう尋ねる。
「あ、ディビス知りたい? なら……分かってるよね?」
相変わらず食えない少女だ、と思いつつも、ディビスは聞く。
「……簡単に出せる物なら出す。何が欲しい?」
「ま、単純な話だよ。テスタ村周辺に暫く滞在しておいてほしいんだ」
「は? なんでだ?」
金とか魔物の素材じゃないのか? と言うディビス。
ナターシャはチッチッチ、と指を振って、理由を話した。
「まぁちょっと深い事情があってね。もしもの時の戦力が必要なんだ」
「何に駆り出す気だ?」
「いや、ホントにもしもの時だけだよ。ただの予備戦力。一か所だけ、狩場内での休憩拠点を提供出来る場所があるから、出来るだけ長い間、そこ周辺で狩りをしていて欲しいんだ」
「ん、ん……?」
考え込むディビス。聞いている限りは悪い条件ではない。
しかし、ナターシャの意図が読めない。情報が無さ過ぎるからだ。
テスタ村がどういう所で、そこの村人はどういう考え方をしているのか、彼は全く知らない。
何も考えずに向かって、骨折り損になるのは避けたかった。
だが、返答をするのに必要な情報は、口の軽いブロンズ三人組によってもたらされる。
新しい装備でどう戦おうか仲間内で考えていて、その時に話していた情報がディビスの耳に入ったのだ。
それは、彼らが再び訪れるテスタ村周辺には、最低でも二ヵ所の狩場があって、魔物の冬眠しない森がそこにあるかもしれない、という情報。
更にクランク達は、酒場の常連の何人かと仲良くなれたようで、次に逢った時はまた一緒に飲みたいな、という些細な話。
ディビスがナターシャの提案を受けるには、十分すぎる情報だった。
「ディビスどうする? やめとく?」
ナターシャの最後通告のような問いかけに、ディビスはこう対応した。
「いや、受けても良いぜ。ただし条件がある」
「条件?」
「簡単な話だ。俺達全員でテスタ村に向かってやる。だから――――行きの駄賃を出してくれ」
「???」
疑問に思うナターシャ。尋ねる。
「なんで行きの駄賃を?」
「多少は節約しときたいからな」
なるほど。
「本当にそれだけで良いの? 今日の分だけ?」
「あぁそれでいい。他は自分達で何とかする。慣れてるからな」
「そっか」
まぁ、長年冒険者やってそうだからなぁ。
わざわざ俺がパトロン――お金を出す人になる必要は無いのだろう。
「分かった。行きは乗合馬車で良いよね?」
「等級は別に何でもいい。ただ、俺達は合計で十四人居るから、その分の座席をちゃんと準備してくれよ?」
「十四……なんか、三人ほど増えてない?」
旅の護衛って確か、十一人の冒険者だったよね?
その質問に対してディビスは、『ダリスも含めて、同じ宿に泊まってた現地の冒険者三人を仲間に引き入れたんだよ』と答えた。
どうやら、旅先で安全な宿を確保するために必要な事なのだそうだ。
ディビスは色々と考えて行動してるんだなぁ、と思った。
座席の必要数も分かった所で、もう少しだけ話を詰める。
「出発はいつ頃が良い? 今から?」
「いや、昼間が良いな。荷物の確認や消耗品の購入をしておきたい」
「ん、分かった。今から乗車券を買って来るから、それまで待ってて」
「おう。ここで待ってるぞ」
よし、話が付いた。
ナターシャはさっそく、アウラやクランク達に『またテスタ村で会おうねー』と言って別れて、シュトルムと共に乗合馬車組合に出発。
乗合馬車・一番安い貸し馬車も含めて、合計で十四枚の乗車券を購入し(職員はちょっとお高めな貸し馬車を進めてきたが、今回は私が乗る訳じゃないんです、と言って理解して貰った)、冒険者ギルドで待機していたディビスに渡しておく。
「はい、全員分の乗車券。確認して」
「……ん、よし。ちゃんと十四枚だな。ありがとよ」
「どういたしましてー」
お互いにビジネスライクな会話が出来た気がする。
ディビスに別れを告げたナターシャは、ギルドの受付で、ブロンズ用のオススメクエストを見せて貰った。
テスタ村周辺で狩りをするついでに、ランク上げとギルドからの評価稼ぎもしておきたいのだ。
幾つか見たが、討伐系は相変わらずマルシェ・ガーディアンの頭数減らしのみ。
ゴブリン掃討とかがあれば良かったのだが、それは何故か人気のようで、クエストが発布される度に、競い合うようにして持っていかれるらしい。
ゴブリン討伐って報酬が不味いクエストで有名なんじゃないのか? 良く分からんね。
まぁ個人的には、今回は縁がありませんでした、と受注を断念したい所。
だがしかし、クエストを受けないとランクは上がらない。魔物討伐で手に入るのはお金だけだ。
なのでナターシャは仕方なく、マルシェ・ガーディアンの頭数減らしを受注する。
わざわざそれを受けたのは、期限が大盤振る舞いの無期限だから。
それなら、空き時間を見つけては軍管轄下の森で討伐すれば良い、と思ったのだ。
マルシェ・ガーディアンの体内にあるという“菌心塊”という素材が、討伐部位だという事は忘れないようにしよう。
よし。これで冒険者ギルドでやりたい事は終わった。
ナターシャは外に出て、次の目的地に歩いていく。
「ジークリンデ、次は何処だ?」
「カリーナさんの食料品店。私用のご飯と、いくつかお土産を買うんだ」
「分かった、付き従おう」
シュトルムの了承も得た所で、ナターシャは食料品店に向かった。




