203 魔導士用品店の女店主が語る、旧市街の秘密《オールドタウン・シークレット》
冒険者ギルドに到着した。そして受付に行った。しかし、
「すみません、魔導書は鑑定に時間が掛かりますので、査定や買い取りはまた明日という事で……」
「「「なんだってー!?」」」
という感じで、冒険者三人組は門前払いを受けていた。
ナターシャがクエスト報告を済ませている傍で起こった出来事なので、中々の衝撃だった。冒険者ギルドって勤務時間に厳格なんだな、と。
そして、受付からとぼとぼと離れた三人は、とても困った感じで話し合っていた。
「ど、どうするよ……」
「えっ……どうしようも何も……お金無いし……」
「あぁ、教会にも泊まれない。今日は馬小屋に行くしかないだろう……」
「「「はぁー……」」」
大きくため息をつく三人。
不機嫌なままのシュトルムも、自身に共鳴してくれた彼らを不憫に思ったのか、ナターシャに尋ねた。
「……なぁジークリンデ。アイツらを何とか救ってやれないのか?」
「んー……」
何とかねぇ……
ナターシャは唸りながら考えて――ふと、自身の着ている魔導服を見て、思いついた。
「あっ、あそこなら魔導書を買い取ってくれるかも」
「本当か!? なら早速伝えてやらないとな! おーいお前達ー!」
「シュトルム!?」
ナターシャが静止する間もなく、シュトルムは冒険者三人組に話し掛けて、『ジークリンデが魔導書を買い取ってくれる場所を紹介してくれるぞ!』と言ってしまった。
「「「ナターシャさん、どうか教えてください!」」」
一縷の望みを掛けて、思いっきり頭を下げる三人。
「はぁー……」
ナターシャは大きなため息を吐いた後、
「分かった。案内するから付いてきて」
そう言って、クイクイッ、と手招きしてから歩き出し、冒険者三人組を引き連れて、現在着用している魔導服を貰ったお店――――魔導士用品店へと足を運んだ。
◇
ナターシャは、歩きながら三人に注意をしておいた。
あくまでも買ってくれる“かも”だという事。
安値でも文句は言わない事。
夜なので、店内で騒がない事。
三人は『『『はい!』』』と大きく返事を返した。ホントに分かってるんだろうか。
「よし、着いた。ちょっと待って」
ナターシャは、道案内をさせていたスマホの画面を消し、ポケットに収納した後、魔導士用品店のドアを開ける。
特に引っ掛かりなどなく、ガチャ、と開いたので、まだ営業中だったらしい。良かった。
そのまま恐る恐る店内を覗き込んで、声を出す。
「こんばんわー……」
すると、奥のカウンターでぼんやりとしていた店主が目を覚ました。
「あら、お客さんかしら? こんばんは~」
店主はカウンターから出てきて、入口に近付き……ナターシャの姿を見て、とても喜んだ。
「あらっ、ナターシャちゃんじゃない! 久しぶりね! 元気だった~?」
「はい、元気でわっぷ」
「ん~元気そうで良かったわ~♪ それにとっても可愛い~♪」
「て、てんひゅひゃん……」
感極まった店主にギュッと抱き締められて、頬ずりされるナターシャ。
ちょっと歓迎が激しすぎやしないかい?
その激しさの理由は、冒険者三人組が呟いた情報で分かった。
「おぉ、久しぶりに見たぜ!」
「うん! 私達もされるよねー!」
「防具屋で装備を買った冒険者が、再び店を訪れた時に再会の抱擁か。僕達も早く受けたい物だ」
おぉ、そうだったのか。
ナターシャは、ずっとすりすりしてくる店主に尋ねた。
「そ、そうにゃんですか? 店主さん」
「そうよ~? だから諦めて、私の愛情を受け取ってね~♪」
「ふぁい」
それならしょうがない、という事で、ナターシャは抱擁を受ける。
“ピロン♪”とLINEにメッセージが入った音が聞こえたが、暫くの間は動けないので返信は後だ。
「やだ~♪ ナターシャちゃんのお肌すべすべ~♪」
まぁ、7歳ですからね。
そして抱擁が終わって、ナターシャ達はようやく店内に入り、冒険者達の事情を説明した。
魔導書を買い取ってくれないか、と。しかし店主はこう言った。
「ごめんなさいね、ウチは服屋だから、魔導書の買い取りはしてないのよー」
その言葉で冒険者達は希望が打ち砕かれてしまい、肩を落としてしょんぼりしてしまった。
だが、店主の言葉はまだ続く。
「でもね、今から教える魔導書店に行けば買い取って貰えるわ。安心して♪」
「ど、どこにあるんですか!?」
フィズが大きな声で聞くと、店主は口に人指し指を当てて、静粛を促す。
夜中だからだろうか、と思っていると、どうやら違う理由らしい。
「……実は内緒なんだけど、この街の南にある、旧市街って知ってる?」
「は、はい。知っています。確か、この街最悪のスラム街と言われている場所ですよね?」
「そう。そうなの。昼間は実際にそうなの。でもね、夜になると――なんと、魔法使いの街へと変貌するのよ」
「魔法使いの街に……!? そ、そんなまさか」
狼狽したフィズは汗を拭う。
なんでそんなに魔法使いにビビってんの?
すると、今まで静かにしていたシュトルムが、突然話に混ざってきた。
「なぁ店主よ、その話は本当なのか? 魔法使い達は今も尚、旧市街に住んでいるのか?」
店主は深刻そうな表情で、コクリ、と一度頷く。
それを聞いたシュトルムは、とても満足そうに微笑んだ。
「フッ――そうか。未だに言いつけを守っているとは流石の一言だな。いや、最高の忠誠心と言うべきか。――――フフッ」
「ねぇ、言いつけって何?」
「いや、ジークリンデは知らなくていい。いずれ分かるからな――フフフッ」
嬉しそうなシュトルム。不機嫌の理由が無くなったようだ。
意味が分からないナターシャは、シュトルムに抗議の視線を送る。
しかし、シュトルムはただ微笑むだけで何も言わなかった。一体何だってんだ……
話は戻って魔導書店の事となり、店主は冒険者に秘密の合言葉がある事を教えた。
どうやらそれを知っていないと夜の旧市街に入れないらしい。
「お、教えてください」
フィズがそう頼むと、店主はこう聞いた。
「ねぇ貴方、魔法は使える?」
「いえ、僕は使えません。そこに居るレンカが使えます」
「分かったわ。じゃあレンカちゃん、コッチに来てくれる?」
「はいはーい?」
店主はレンカの耳元で合言葉を囁いた。レンカは驚く。
「えっ、何ですかそれ?」
「意味を聞いちゃダメ。心で感じるのよ」
「は、はぁ……」
レンカは納得してない様子だったが、たった一度聞いただけで合言葉を覚えたようだった。
きっと心で感じられたのだろう。
そしてその傍で、ワザとらしく耳に手を当て、聞き耳を立てていたナターシャ。
店主はそれを一瞥して大爆笑した。
◇
「――――じゃ、場所は教えた通りよ。もしも迷ったら、現地の人に道を尋ねると良いわ。魔法が使えるなら仲良くなれるから」
「使えないと仲良くなれないんですか?」
「えぇ、使えないなら諦めた方が良いわね。それにあそこの人は、魔法を使える自分達は優れた存在だっていう思想を持ってるから、深く関わるのもやめた方が良いわ。冒険者らしい表面上の付き合いを意識するのよ?」
「分かりました、気を付けます。魔導士用品店の店主さん、お世話になりました」
「あざっす!」
「お世話になりましたっ!」
「えぇ、気を付けてね~」
「行ってらっしゃーい」
ナターシャとシュトルムは店主と共に、用品店を出ていく冒険者三人組を見送った。
カウンター内に戻った魔女服姿の店主は一息つくと、目の前の魔女っ娘に話し掛ける。
「ナターシャちゃんは今からどうするの? あ、ウチでご飯でも食べてく?」
「いえ、ちゃんとお家に帰ります。でもその前に、店主さんに返しておきたい物があるんです」
「返したいもの?」
不思議そうな顔をする店主。
ナターシャはアイテムボックスを開いて、ミスリルの鍵が入った箱を取り出し、店主に手渡した。
店主は見慣れた箱が帰ってきた事にとても驚いて、理由を尋ねた。
ナターシャは理由を説明――このミスリルの鍵は預ける人のオーダーメイドという代物で、とても高価な物だろうから返しに来た、と言い、更に返却が遅れた事を謝罪した。
店主はなんだそんな事か、と理解して、ナターシャに箱を返却しながらこう言った。
「その鍵は返さなくて良いのよ。だってナターシャちゃんの物なんだから」
「じゃあ買い取ります。幾らですか?」
「お金も要らないわ。鍵のお代はもう貰ってるもの」
「どういう意味ですか?」
ナターシャが首を傾げると、店主はこの用品店を指差しながら答えた。
「このお店は、鍵のお代を貰ったから繁盛してるのよ? 魔導書をウチに預けに来た、大賢者ウィスタリアから貰った魔法でね」
それを聞いて、ナターシャはああそうだったのか、と改めて思った。
大賢者が預けたのだから、全て織り込み済みだったのだろう。
そして、話はそのまま大賢者ウィスタリア関連――――店主が既に出したであろう、魔術学会からの推薦状の話になった。
店主は順当に行けば1ヵ月後に取れる予定で、まだまだ掛かる事を教えてくれた。
「ごめんなさいねナターシャちゃん。普段はもっと早いんだけど、なんだか最近の魔術学会は忙しいみたいなのよー。なんでも、新概念を使った魔法が学会に持ち込まれたとかでー」
「へぇーなんででしょうねー」
幾つか心当たりがあるナターシャは、当然のようにすっとぼけておいた。
多分だけど、収納魔法の事だと思う。
二人の会話はそれで終わって、ナターシャは店主に別れを告げながら用品店を出た。
このお店には、マジックアイテムや魔導服を買いにまた訪れたい。店主さんも良い人だし。
「ジークリンデ、これから何処に行くのだ?」
マギカスライムを抱いているシュトルムが、ナターシャに尋ねた。
スライムはかなり眠いようで、身体から小さなシャボン玉が出始めている。
今日はもう帰った方が良いな。
「これから私の家――エメリア旅行雑貨店に帰るよ。ちゃんと付いて来てね」
「フッ、任せろ。ジークリンデの家族の前で、しっかりとした挨拶を見せてやろう」
「う、うん……楽しみにしてるね……」
ナターシャはシュトルムとスライムを連れて、エメリア旅行雑貨店へと向かう。
お兄ちゃん達、元気にしてるかな?




