202 閉鎖空間での精神の破壊者《メンタルブレイカー》
ナターシャは戸惑った。
またあの口上を聞くのか、と。苦しむのか、と。
とても戸惑ったが――――話したくてうずうずしているシュトルムがとても可愛かったので、つい許可してしまった。
「分かった。シュトルム、自己紹介してあげて」
「フッ、これもノルンが定めし運命か。――――良いだろうっ!」
シュトルムは預かったままのマギカスライムを脇に抱えると、バッ、と立ち上がって口上を述べた。
「我が名はシュトルム! 蒼穹の嵐、ヘルブラウ・シュトルム! 前世では戦乱の世を駆け抜け、双対喰刃を振るって戦った、嵐を纏いし簒奪者だ! よろしく頼むぞ? ――フッ」
そして片目を隠す。おぉ別バージョンだ。
ナターシャはメンタルに100のダメージを受けた。
メンタルの最大値が100なので一撃必殺である。
ナターシャは今にも死にそうな笑顔を浮かべたまま苦しんだが、冒険者の反応は彼女とは真逆だった。
「か、かっけぇぇぇぇっ!」
「素敵ー!」
「あ、あぁ、とてもカッコいい……!」
各々、感動で打ち震えていた。うっそだろお前ら……
その反応を見たシュトルムはとても満足そうな笑みを浮かべると、最後にこう言った。
「フフッ――我が魂に共鳴するとは、中々出来るじゃないか。――――お前達の今後の活躍、楽しみにしているぞ?」
そしてカッコよくキメ顔。スカイブルーな髪色に入った、赤いエクステのアクセントが素晴らしく、更に元が美少女という事もあって、とても様になっている。
ナターシャは痛恨の一撃を受けて苦しむ。
「うぐっ、ぐぐっ、ぐっ……!」
「だ、大丈夫かジークリンデ? また封じられし力が暴走しそうなのか?」
「う゛ううっ……!」
シュトルムは慌てた様子で、苦しむナターシャの背中を擦る。
冒険者三人組は顔を見合わせると、ナターシャが苦しんでいる理由を聞いた。
シュトルムはリズールに教わった通りに、『我が主ジークリンデは、封じられし記憶に精神を蝕まれている。害は無いので大丈夫だ』と伝え、更に独自のアレンジを加えて『だから私は、我が主ジークリンデの呪いを解くために、現世へと舞い戻ったのだ』と言った。
冒険者三人組は、上流階級の生まれと思しきナターシャが、わざわざこんな僻地の村へとやってきた理由をやっと察し、ナターシャはそのアレンジのお陰でダメージがオーバーフローして、逆に平静になった。
というより、考える事を放棄した。
「おー、柔らかいねーお前はー」
「~!」
朗らかな笑みを浮かべ、シュトルムから返してもらったマギカスライムを撫でながら、現実逃避に勤しむナターシャ。
冒険者三人組の内一人、フィズは、突然落ち着いたナターシャの事を不安そうに尋ねた。
「シュトルムさん、今のナターシャさんは……?」
「……あぁ、ようやく落ち着いたみたいだ。時折ああして苦しむ事があるから、その時は優しくしてやって欲しい」
「わ、分かりました……」
彼はシュトルムに了承を示すと、次は仲間と会話する。
「まさか、ナターシャさんにそんな呪いが掛かっていたとは」
「あっ、だから一緒の宿に泊まらなかったのかな? 私達に心配させないために……」
「くっ、俺は全然気付けなかった……! こんなに幼い子が、こんなにも近くで苦しんでいたのに……!」
「クランク……」
自身に対して強い憤りを表すクランク。
そして彼は決意新たに、声高々に宣言した。
「俺は……俺は必ず見つけてみせるぜ! ナターシャちゃんの呪いを解く方法を! 白金級冒険者になる誓いに掛けてッ!」
「「クランク……!」」
残り二人も賛同するように声を出して、エイエイオー! と仲良く掛け声を上げる。
思考停止しているナターシャは、彼らを見ながら、コテンと首を傾げた。
◇
日が落ちて、夜に差し掛かった頃。
ようやく見えたフミノキースの城壁と、門前を煌々と照らすライト。
馬車の御者はほぅ、と安心したように息を漏らすと、中に居る客に声を掛けた。
「お客人、お待たせしやした! そろそろ到着ですぜ!」
「ハッ」
ナターシャはその声でようやく正気を取り戻す。俺は一体何を。
馬車の中はとても静かで、シュトルムは目を瞑り、冒険者三人組はうつらうつらとしている。
膝に乗っているマギカスライムは、撫でる手が突然止まった事を不思議に思ったのか、ナターシャを見上げていた。
「お、おはよう」
「?」
マギカスライムは挨拶された理由が分からないようで、首を傾げる。
いや、首は無いけど。
「む、どうしたジークリンデ?」
すると、目を開けたシュトルムが尋ねてきた。
どうやら彼女も、ナターシャが挨拶をした理由が分からないらしい。
何と答えようか迷ったが、ここで嘘をついても場が混乱するだけなので、正直に言った。
「いや、さっきまでの記憶が無くてね。今気が付いた所なんだ」
「それは本当か!? まさか、極神世界に精神が飛んで行っていたとは――――」
「いや、天国には行ってないよ。思考を放棄しただけだから」
「――そ、そうか? なら良いのだが……だが、どこか痛んでないか?」
シュトルムはナターシャの頭を撫でて、どこかが怪我をしてないか心配する。
ゴーレムらしく硬い感触だが――――とても優しく感じた。
「ありがとうシュトルム。大丈夫だよ」
「な、なら良いんだ! でも、怪我をした時はすぐに言うんだぞ!? 一迅の疾風が如く、急いで医者に連れてってやるからなっ!」
そう言って、くしゃっと笑うシュトルム。
ナターシャは“医者”というワードと、彼女の笑い方にふと、中学時代の仲間の笑顔――看護婦となったエリカの笑顔を重ねてしまい、更に、ボロボロなメンタルも相まって――――ほろ、と一筋の涙を流してしまった。
「じ、ジークリンデ!? どうしたのだ!?」
シュトルムはあわわ、と慌てて、ナターシャの涙を拭って、また心配し始めた。
だがナターシャは敢えて――敢えて本当の事を言わず、大きく深呼吸してから、ただこう答えた。
「いや、これはただの嬉し涙だよ。シュトルムちゃんがあんまりにも優しいからね」
「なっ!? うぅっ、名前に“ちゃん”を付けるなぁっ!」
「あはは」
さっきのお返しと言わんばかりにシュトルムをからかうナターシャ。
メンタルが全回復したのか、朗らかに笑っている。
「「「――――」」」
そして、先ほどまで眠りかけていた冒険者三人組も、二人の声で目を覚ましていた。
だけども、シュトルムと話し合っているナターシャがとても幸せそうだったので、三人はお互いに目を合わせて、ここは何も言わずに目を閉じておく事を選んだ。
それから数分ほど経って、乗合馬車はフミノキースに入場する。
馬車の御者は、夜中に入国審査を受ける冒険者達を横目に見ながら、慣れた手つきで馬を動かし、大通りを先に進んで、中央広場の待合所で停車した。
御者は到着した事を客に告げて、疲れを払うように一息ついた。
ナターシャ達は一人づつ馬車から降りて、フミノキースの夜の街並みを見回す。
街灯のような立派な明かりは無く、街民が持っているランタンや、家々の窓から漏れている光が唯一の光源だ。この光景はまるで、夜空を飛び交うホタル達のようだな、とナターシャは思った。
「ここがあのフミノキースか……昔と比べると、かなり悪い方に様変わりしているな」
隣に居るシュトルムが、とても不服そうな表情で呟く。
ナターシャは理由を尋ねた。
「どういう風に悪いの?」
「……ジークリンデは知らない方が良い。だが、何れ分かるだろう。我が師、シグルドがそう言っていた」
「???」
答えになってない言葉に、首を傾げるナターシャ。
ここで中二病発症されても困るんだけど……
「おーいナターシャさーん!」
シュトルムが不満そうに黄昏れ始めた所で、三人組の内一人――クランクがナターシャを呼ぶ。
「はーい!」
ナターシャは振り向いて対応した。
彼らはこれから冒険者ギルドに行くようで、手に入れたお宝――スキル本や魔導書の出自を明らかにするために、一緒について来て欲しいようだ。
ナターシャもそこに用事があったので、快く同行を許可した。
「シュトルム、行くよ」
「あぁ聞こえている。行くとも」
何故か不機嫌になってしまったシュトルムと共に、ナターシャは冒険者ギルドへと向かう。




