201 蒼穹の嵐《ヘルブラウ・シュトルム》ちゃんと征く、ぶらり乗合馬車の旅
悲鳴を上げられた蒼穹の嵐、ヘルブラウ・シュトルムは、手を降ろして困惑する。
「ど、どうしたのだジークリンデ? まさか、神々の黄昏にて刻まれた聖痕が開いてしまったのか?」
「うぐっ!? うぅぅぅぅぅ~~~~~――……ッッ!」
図星を突かれて悶えるナターシャ。
腕の中のマギカスライムが大変な事になっている。
それを見てあわわわ、と慌ててしまったシュトルムは、沈痛な面持ちのリズールに話し掛けた。
「た、大変だヒルド! 我が主ジークリンデは、邪竜ファブニールに呪いを掛けられてしまったのかもしれない! どどど、どうしよう!?」
『大丈夫ですよストーム。我が盟主は――』
「違う! 蒼穹の嵐、ヘルブラウ・シュトルムだ!」
『――あ、はい。シュトルム。ええと、我が盟主は呪われた訳ではありませんよ』
「で、では、何が起こっているのだ?」
シュトルムが不安そうに尋ねると、リズールはナターシャの気持ちを代弁した。
『……実はですね。我が盟主は、前世の記憶に蝕まれています。普段は強靭な精神力で抑え込んでおられるのですが……時折こうして、自身を喰いつくさんと牙を剥くのです』
「なんと……ジークリンデは呪われし記憶に蝕まれていたのか……」
ただし中二病的な感じで。
決して間違ってはいないのだが、真実を嘘にして隠すにはこうするしか無かったのだ。
そんなリズールの隠蔽は功を奏して、シュトルムは疑問に思う事なく、ナターシャに共感した。
「フッ――そうか、そうだったのか。まだ幼いが故に、封じられし自身の力に翻弄されていたのだな……。フフ、その辛さ、よく分かるよジークリンデ。せめて少しでも安らぐよう、我が嵐の加護で包み込んでやろう……――――」
「う゛~~~~~~~~ッ!!!」
ナターシャはシュトルムに抱きしめられながら存分に悶えた。
◇
それから少しして、ナターシャは復活した。
フミノキースに帰らなくてはならないという強い意思と、シュトルムと赤城恵の中二病性の違いが決定打だった。
シュトルムは神話をベースにしているオーソドックスな中二病――ハイファンタジータイプであるの対し、赤城恵は“世界規模の巨悪や陰謀に抗い続ける、最強の異能と、組織を纏め上げるほどのカリスマ性を兼ね備えた少年”という設定の中二病――ローファンタジータイプであった事が、彼の精神をギリギリの所で救った。
「ふぅー……」
別ジャンルだったから耐えられたけど、同ジャンルだったら耐えられなかった。
運が良かったと言えるかもしれない。
「……よし。さ、行くかー」
『あぁ我が盟主。出発の前に渡したい物が』
「ん?」
ナターシャが出発しようとすると、リズールが話し掛けてきた。
相変わらず申し訳なさそうな表情だ。
「ふふっ、どうしたの?」
それを見かねて可愛らしく尋ねると、一つの指輪を手渡してくれた。
『地下の魔法陣に干渉して、新たに作り出した転移の指輪です。ご自由にお使い下さい』
「おぉ凄ーい! ありがとうリズール!」
とっても良い物だ。
ナターシャは早速装備した。
『それと……』
「?」
リズールは少し言い淀んだが、続けてこうお願いした。
『不測の事態に備えるため、シュトルムと契約を結び、道中の護衛として連れて行って欲しいのです』
「…………」
思わず無言になるナターシャ。
だが、リズールは話を続ける。
『いくら我が盟主がお強いと言えど、まだまだ戦闘経験が少なく、さらにお若い身。斬鬼丸様のように、前に立って戦える者をせめて一人はお傍に置いておくべきです。我が盟主の心情は察しますが――――どうかここは、私リズールアージェントの我儘を聞き入れて下さい。どうか、お願いします』
そう言って深く頭を下げるリズール。
ナターシャも、そこまでされては断れなかった。
静かに頷く事で了承し、蒼穹の嵐、ヘルブラウ・シュトルムと本契約を結ぶ。
それは、彼女が体内から取り出した水色の魔導核に、ナターシャの髪の毛を一本取り込ませる、という不思議な契約方法だった。どうやら血液の代理らしい。
『――はい、これで契約成立です。シュトルムはこれから我が盟主の部下となり、主から供給される魔力を自在に使用する事が出来ます』
「フフ、よろしく頼むぞジークリンデ! このヘルブラウ・シュトルムが、お前に忍び寄る悪鬼や悪竜の悉くを葬り去ろう!」
そう言って片目を僅かに見せながら隠し、カッコいいポーズを決めるシュトルム。
ナターシャは精神攻撃を受けて少しくらくらとしたが、何とか元気よく振る舞った。
「……うん! 宜しくねシュトルムちゃん!」
「な、なっ……名前に“ちゃん”は付けるなっ! は、恥ずかしいだろうっ!?」
どうやら可愛い呼び方がダメだったようで、とても恥ずかしがるシュトルム。
ナターシャは戸惑いつつも謝った。
彼女と上手くやっていくには、もう少しだけ時間が必要かもしれない。
◇
色々あったけども、ナターシャとシュトルム(+マギカスライム)はテスタ村に向かった。
2人と1匹は、ナターシャの隠匿魔法のお陰で安全な道中を過ごし、乗合馬車の来る少し前にテスタ村に到着すると、村の広場にある簡易待合所で静かに待った。
その途中、近付いてきた自警団の男性に、『その青くて丸い物体は何だ』と尋ねられた。
ナターシャは『従魔化魔法で捕まえた、愛玩用のペットです。無害ですよ』と説明すると、自警団の男性は『生き物だったのか……』と呟きながら去っていった。
どうやらこのマギカスライムという魔物は、フミノキース以外での認知度は皆無らしい。
というか生き物としても認識されていないようだ。
「どうすれば有名になれるんだろうね?」
自分の願望と重ね合わせるように、腕の中のスライムに問い掛けるナターシャ。
スライムもナターシャを見上げると、分からないと返答するように、目を斜めに傾けた。
すると、隣のシュトルムからこう言われた。
「そう急くなジークリンデ。大英雄へと至る道の最初には、いつだって地道な努力がある。我が師、シグルドがそう言っていた。だから今はその時だと思っておくといい」
「う、うん、ありがと……」
慰められた事は何となく分かったので、お礼を返しておいた。
そうこうしている内に乗合馬車が来た。
黒塗りの箱型馬車は、雨に濡れた地面を物ともせずに――――しかし、車体を軽く左右に揺らしながら、簡易待合所の前に停車する。
馬車の御者は、ナターシャ達が乗客かどうか聞き、乗客だと分かると、乗車料金をこの場で支払う事を求めた。2人分で小銀貨2枚だった。スライムは無料。
支払ったナターシャは、シュトルムに背中を押されながら馬車に乗り込んだ。
そして、さぁ出発だ、というタイミングで、三人組の冒険者が馬車に駆け寄ってきた。
「待ってくれ御者さん! 俺達も乗せてくれ!」
「どうかお願いしまーすっ!」
「あぁ、何としても乗って帰らなくてはならないんだ!」
何やら聞いた事のある男女の声だった。
御者は呆れた様子で料金を求めると、三人は沈黙する。
話を聞くに、どうやら手元にお金が無いらしい。
だが、帰ればお金が出来るから、頼むから乗せてくれ、と言っていた。
しかし御者は『払えないなら歩いて帰れ、冒険者だろう』と三人を追い払い、馬車を出発させた。
させたのだが……
「ぜ、絶対に通さーん!」
どうやら一人の冒険者が馬車の前に立ち塞がって、道を塞いでしまったらしい。
御者は仕方なく馬を止め、それによって乗合馬車も停止した。
それを見た女性冒険者と、もう一人の男性冒険者が、馬車に向かってこう叫んだ。
「わ、私の名前はレンカでーす! 覚えてますかナターシャさーん!」
「僕はフィズだ! さっき馬車に乗り込んだナターシャさん! 頼むから出て来てくれー!」
どうやら俺の事を呼んでいるらしい。
何も知らないシュトルムは、警戒した様子でナターシャに尋ねる。
「ジークリンデ、どうする? 殺るか?」
「はぁー……」
なんで帰りの金を持ってないんだよ……冒険者なら秘密のへそくりくらい残しとけよな……
そう思いながら大きくため息をついたナターシャは、シュトルムにスライムを預けて立ち上がると、渋々といった感じに馬車のドアを開け、姿を見せた。
その可憐な少女を見た冒険者は、我が世の春が来たかの如く、満面の笑みを浮かべる。
ナターシャは、呆れたままの表情と口調でこう言ってあげた。
「こんばんは三人組さん。ちゃんと色を付けて返してもらうからね?」
「「「勿論です!!!」」」
「宜しい!」
ナターシャはポケットに手を入れ、取り出した小銀貨3枚を彼らに向かって投げる。
大荷物の冒険者三人組はよろこんで受け取り、御者に、
「これで良いだろ!?」
「良いですよね!?」
「良いだろう!?」
と逆切れ気味に支払って、馬車に乗り込んだ。
馬車の御者は『なんで上流階級のお嬢ちゃんが、なんでこんな良く分からん冒険者共を助けるんだ?』と疑問に思いながらも、馬に鞭を打ち、馬車を発進させた。
そしてナターシャと冒険者三人組は、再び道中を共にする事となる。
「「「この度は本当にありがとうございました!!!」」」
大きな声でお礼を言って、頭を下げる冒険者三人組。うるさい。
うちのスライムが怯えているじゃないか。
「どういたしまして。それで最初に聞いておきたいんだけど、なんでお金が無いの?」
ナターシャが直球で尋ねると、冒険者三人組はとても言い辛そうにしながらも、正直に答えた。
「それは……そのだな……」
「お宝発見したから三人とも浮かれちゃってて……」
「テスタ村の酒場で、そこの常連を巻き込んだ大宴会を開いたんだ……」
なるほど、それでお金が底を突いたと。
「なんでそんな事したの?」
「いやだって、余所者扱いされたままじゃ帰れないだろ!?」
「そうそう! なんか悔しいもん!」
「すまない……僕が“彼らと共に酒を飲めば仲良くなれるかも”と言ってしまったからだ……」
「……ん、そっか。分かった」
彼らの言い分を理解したナターシャは、これ以上の追求は止める。
しかし、こう注意しておいた。
「でもね三人共。最後の最後で困らないように、最低限のお金を靴の底に入れておこうね?」
「「「はーい……」」」
三人がしっかりと反省の意を示した所で、ようやく普通の会話――知らない方が同乗されているから、また自己紹介をしようじゃないか、という事になった。
その一番手に選ばれたのが――――――――――シュトルムだった。




