200 お待たせしました邪気眼な仲間(ヤツ)
研究室の机で暫くぼんやりとしていると、背後の魔法陣が起動して、クーゲルと斬鬼丸が転移してきた。
ナターシャが振り返って挨拶をすると、斬鬼丸も元気よく返事をしてくれた。
ただ、斬鬼丸も割とお仕事モードだったようで、魔導核の起動作業に移ったリズールの目の前に、手書きの必要武器一覧表のような物を提示しつつ、ハビリス族の男性陣、更にシバ兄妹の武器・魔法適正の結果を口頭で説明した。
リズールは了承の意を示し、表はナターシャの居る机に置いて欲しい、と最後に呟いて、また作業に集中し始めた。忙しそうだ。
「ナタ―シャ殿、失礼するでありますよ」
「いいよ。ここに置いといて」
「承知」
斬鬼丸はナターシャの邪魔にならない場所に書類を置いた。
彼はそこで肩の力を抜き、思い出したようにナターシャに尋ねた。
「あぁ、そう言えばナターシャ殿」
「どしたの?」
「拙者達は確か、ゴブリン村捜索のクエストを受けていた筈。期限は確か1週間ほどで、今は出発から5日目。今日中にフミノキースに帰還し、報告した方が良いと思うであります」
「あー」
そう、色々な出来事が重なって埋もれていたが、ナターシャ達はゴブリン村捜索ついでに魔物狩りをしようと思ってここに来ただけ。
本来なら3日程度で帰る予定だったので、ここまで拘束されるのは想定外なのだ。
「……うん、そうだね。私達の誰かが代表して報告しに行くしかないね」
「で、ありますなぁ」
思い悩む二人。
ハビリス族をオークから守るため、出来る限りこの地に留まりたいが、かといってこのままクエスト報告期限が過ぎるとギルドからの評価が落ちてしまう。
有名になりたいと考えているナターシャと斬鬼丸にとって、それだけはどうしても避けたかった。
なのでナターシャは勇気を出した。
「……しょうがないね。じゃあ、一番暇な私が報告して来るよ」
「む、ナターシャ殿が行くのでありますか? しかしそれは……」
不安がる斬鬼丸。彼の横で静かに聞いているクーゲルも同意するように頷く。
しかしナターシャは朗らかに言った。
「大丈夫大丈夫。余裕だよ。というか斬鬼丸、私が姿を隠せる魔法を使えるって忘れてない?」
「おぉそうでありましたな! つい失念していたであります」
斬鬼丸も思い出したようで、不安そうな声音から一転、霧が張れたかの如く元気に振る舞う。
クーゲルは少々訝しんだようだが、やはり会話が苦手なのか、話に入って来ることは無かった。
新たなお使いクエストを受注したナターシャは、出発の準備を進めるべく、おずおずとリズールに話し掛ける。
「り、リズールー?」
『はい、なんでしょうか』
作業中だったが、リズールは返答してくれた。良かった。
「ギルドにクエスト達成の報告をしに行きたいんだけど、あとどれくらい掛かりそう?」
『3時間ほどで。それまでは少々お待ち下さい。テスタ村に来る乗合馬車はそれから1時間後ですのでご安心を』
「分かった。頑張ってね」
『お手数をお掛けします』
そう言ってリズールは目を閉じた。
集中力を高めて、少しでも早く終わらせるためだろう。
ナターシャはクルッと振り向いて、転移していこうとする斬鬼丸とクーゲルに手を振りながら、元気よく聞いた。
「ねぇねぇ! 私フミノキースに行ってくるけど、斬鬼丸とクーゲルちゃんは何か欲しい物ある?」
「「欲しい物……」」
二人は考えた後、『特にないから任せる(であります)』と言って、そのまま転移して行ってしまった。
ちょっと不貞腐れるかも。
「まぁ、仕方ないよねー……」
お土産にお菓子とか買ってきても、二人は食べれないだろうし。
あ、でも、自分用の食料調達くらいはするべきか。やる事が多いな。
よし、向こうに着いたら色々と買おう。さーてやる事も決まったし、出来る事をしようか!
「リズール! ちょっと家の傍で石ころ集めしてくる!」
『分かりました、離れすぎないように注意して下さい』
「はーい!」
ナターシャは少しだけワクワクとしながら地上へと向かって、付与魔法の練習素材である、石ころ集めに没頭する事にした。
◇
工房から出ると、冬には珍しい入道雲が真上に出来ていた。
あぁ、あれは魔力を大量に使ってるからだろうな、とテスタ村での経験を思い出す。
だが、そのおかげで青空が増えて、暖かい日差しが浴びられるので結果オーライだ。
「よーし、石ころ集めるかー」
大きく伸びをしながらやる気を表明した後、この眼鏡の探索スキルを使ってみた。
「“探索”」
すると眼鏡のレンズに、今お求めの小さな白い輪郭が出てきた。
工房の傍には大体20個ほどが固まって落ちていて、周囲の草原にもいくつか点在している。
「でも200個には程遠いなー」
付与師スキルを取得する分の石ころを集めるには、もう数日かかりそうだ。
「……ん、あ、でも、ハビリス村に行ったら意外と集まるかも」
畑を耕してる時に出た小石は適当な所に捨ててるだろうし。
その場所を聞いて、譲ってもらうと楽かも。
「でもま、失敗する事もあるし、ここの石も集めとこ」
そ、石ころはあればあるだけ良いのだ。
ナターシャはふんふん、と鼻歌を歌いながら石を拾い始めた。
工房付近で集めきったあと、そこからあまり離れないように草原を歩いては石を拾って、を続けていると、遠くの方で魔物の姿を確認した。
「あれは……」
青く透き通った丸いフォルムに、“||”という縦線二本のおめめ。
「マギカ? スライム……だっけ?」
そう、フミノキース周辺に生息していたスライムだ。
辺りを確かめるように、くるくると身体を動かしている。
そしてナターシャ――人間の姿を視認すると、ぽよんぽよんと跳ねながら寄って来た。
「やっべアクティブモンスターかよ」
逃げよ。
ナターシャは石ころ集めを早々に打ち切り、工房へと走る。
スライムも相手が逃げている事に気付いたようで、速度を上げる。
しかし、ナターシャが工房に辿り着く方が早かった。
バタンバタン、と勢いよく中に入って、ふぅ、と一息つく。
扉の外では、トン、トン、とぶつかる音が聞こえる。スライムが体当たりしているようだ。
「どーしよ……」
困惑するナターシャ。
スマホを確認した所、出発まであと3時間。
それまでにスライムが諦めてくれれば良いが、あまり期待するべきじゃない。
「や、やるしかないか……?」
カチャ、と眼鏡に手を掛ける。
だが、ふと――リズールの解説を思い出した。
「そう言えば、マギカスライムって無害なんだったっけ」
そう、マギカスライムは普通のスライムとは別物だ、という話を。
なら、試してみる価値はある。
「……よし、行くぞ」
ナターシャは緊張しながらもドアを開ける。
ゆっくりと開いたドアの前には、スライムがぷるぷると震えながら待機していた。
◇
リズールは予定通りに作業を終えて、軍服ワンピ姿の少女二人――金色のロングストレートで、12歳前後の美少女と、水色の外ハネショートヘアーに赤のエクステを付けた、14歳程の美少女を連れて地上に出た。
そして、ソファに座っているナターシャを発見すると、丁寧な口調で話し掛けた。
『お待たせしました我が盟主。先ほど復活した十傑作、第5使徒と第8使徒のご紹介を――――おや?』
突然ぷにっ、と何かが足元に当たる感触がしたので、視線を下げると、そこにはマギカスライムが転がっていた。
スライムはリズールを不思議そうに見上げている。
『マギカスライムがどうして此処に……?』
リズールが疑問を呟くと、スライムは声に驚いたように逃げて、ナターシャの膝の上に飛び乗る。
そこでようやくナターシャが振り向いて、リズールにこう話した。
「リズールお疲れ。実はね、数時間前にマギカスライムを従魔化したんだ」
『……何があったのですか?』
リズールは詳しい話を聞いた。
ナターシャはマギカスライムを家の中に入れた後、スライムと対話をしたらしい。
君は何処から来たのか、などと話し掛けている内に、彼は生まれたてで、仲間が居ない事が分かった。
彼もようやく自身の状況を理解したのか、とても怯え始めた。
ナターシャもこのまま一匹で放っておくのは酷だと思い、テイムするに至ったようだ。
『そうだったのですか。我が盟主はとてもお優しいのですね』
「ふふ、ありがと。まぁこっちの事情はこんなもんだよ。リズールの方は?」
『はい。では二人を紹介させて頂きますね』
リズールは改まって、二人の紹介を始めた。
『まずコチラの金髪の子は――スタンリー十傑作、第5使徒。“癒杖”の異名を持つハイゴーレム・ギュネー、名はヒールです』
「癒杖のヒールです! 初めましてっ」
ヒールと呼ばれた金髪ストレートの子は、ぺこっと頭を下げる。
その童顔なフェイスと、可愛らしいロリボイスも相まって、スタンリーは変態だという認識が固まった。
「うんよろしくね。私はナターシャ。ユリスタシア・ナターシャだよ」
「はわわ、よろしくおねがいしますナターシャさんっ!」
再びぺこっ、と頭を下げるヒール。
しかし『はわわ』って。
くそ、ロリロリしてて可愛いじゃん。
美少女ムーブのお手本として見習うべきかもしれない。
ナターシャがちょっとほっこりした所で、リズールは二人目の紹介に移る。
『そしてコチラの水色の髪の子は――スタンリー十傑作、第8使徒。“嵐双剣”の異名を持つハイゴーレム・ギュネー、名は――』
最後に名前を言おうとした所で、第8使徒が静止して、こう発言した。
「待ってくれヒルド。口上は自分で述べる」
『――分かりました。どうぞ』
リズールは第8使徒に発言を譲る。
ナターシャは何となく――ほぼ既視感に近いが、何かを感じ取った。
ヒルド……? あれ、この第8使徒はもしかして――――
「フッ、感謝するよヴァルキュリア。――――では聞いてくれ。新たなる女主人、ジークリンデよ」
そして、その答えが導き出される前に解答は為された。
外に跳ねた、ウォーターブルーなショートヘアーに、真紅のエクステをアクセントとして付けた第8使徒は、まずは黄昏るように身体を背け、世界の闇を垣間見たあと――バッ、と振り返り、片目を隠しながら名乗りだす。
「我こそは蒼穹の嵐、ヘルブラウ・シュトルム! 前世では戦乱の世を駆け抜け、双対喰刃を振るって戦った、嵐を纏いし簒奪者だ。よろしく頼むぞ――フッ」
最後に小さく嗤うと、隠していた片目――金色に輝く右目を露わにし、ルビーのように赤い左目と対比させる事で、自身がオッドアイである事を示した。
「ひぃっ!?」
前世の記憶が蘇ったナターシャは、当然のように悲鳴を上げた。
200話記念




