199 付与魔法の練習
派生先については色々と思い悩んだが、まずは風呂に入ってさっぱりした。
浴槽に浸かってぼけーっとしてるうちにどうでも良くなって、やはり面白さ重視で“夜会への招待杖”を選ぶ事にした。
こちらを選べば魔物と戦う理由が出来るし、何よりレベル上げを再開したいという欲もあったからだ。
まぁそう決まった所で、早速“影潜り”スキルを確認する。
「“影潜り”」
するといきなりちゃぽん、と腰辺りまで影に沈み込んだ。
そのままズズズズ……と飲み込まれていく。結構怖い感覚だけど……ええい慣れるしかない!
「うぅっ……えいっ!」
ナターシャは杖を持ったまま、影の中に潜り込む。
一気に頭まで沈めてみたが、どうやら息は出来るようで一安心。
そして、影にはちゃんと底もあるようで、7歳の俺でも膝を屈めないと沈んでられない程度だった。横幅も手が届く程度の場所に壁があって、かなり狭い。
思ってたより浅いし狭いけど、使い勝手は良いかも。よし、外の様子を見よう。
次はスマホを操作し、潜るシーンを撮影させている使い魔カメラの視点に切り替え、どうなっているか確かめた。
ナターシャが入り込んだ影は自分の物だが、黒い染みとしてその場に残っている。
おぉ、自分の影だとこうなるんだな。よし、次の検証。
「とうっ」
ナターシャは脚に力を込めて、影から勢いよく飛び出てみた。
すると特に抵抗なく飛び出せて、黒い染みはナターシャの影に戻った。
これも上手くいく、と。
「使いやすいなぁこれ」
そう感じるナターシャ。さて、最後の検証だ。
ナターシャはソファの影に移動して自身の影と一体化させ、ジャンプしながらスキルを発動した。
「“影潜りっ”」
当然、ちゃぽん、と影の中に入った。
影の底は相変わらずの浅さだが、問題は幅。ソファと一体化しているだろうか。
試しに移動してみた所、ソファの幅と同じくらいと思われる位置で、壁に当たった。
なるほど、自分の影と重ねると別の影にも潜れると。やはり便利なスキルだ。
影移動などには負けるが、それでも咄嗟の逃げ込み先として十分な性能を持っていると言える。
「さて外の様子」
スマホを見ると、先ほどのような黒い染みは残っていない。
完全にソファの影と同化しているらしい。
「これは……奇襲用としては最高峰のスキルかも」
やはり影系のスキルはチート、改めて理解した。
またジャンプしてソファの影から抜け出した所で、ちょっとした疲労感に気付く。
「はぁ……激しく動き過ぎた……」
そう、いくら影潜りがチートスキルといっても、ナターシャは7歳の引きこもり系美少女。
先程の2度の全力ジャンプで軽く疲れてしまうほどに瞬発力が無く、筋力も無い。
戦う人間としての基礎がまるでなっていないのだ。
「やっぱ、こういうのを上手く使いこなすには、まずは基礎体力を鍛えないとダメなんだなぁ……はぁ、休憩しよ」
ナターシャはソファにごろんと寝そべって、疲れが抜けるまで休憩した。
◇
次に気付いた時にはお昼になっていて、いつの間にか寝落ちしてしまった事に気付く。
まぁ、かといって急いでいる訳では無いので、寝ている間にテーブルに並べられたのであろう、リズールお手製の昼食を堪能した。
サンドイッチはお手軽だけどもやはり美味しい。
そして早速、地下へと向かう。
付与魔法を練習したいからだ。
扉を開けて研究室に入ると、リズールが2つの宝珠――黄色と水色の宝石で、とても綺麗に光っている――の復活作業を行っていた。
彼女の周囲には魔力なのか、青い光の本流が渦巻いていて、長々と何かを詠唱していた。
「リズール、クーゲルちゃんは?」
『――魔力同調開始、同時にこれより第5使徒、第8使徒魔導核の肉体生成術式にリズールアージェント第32990ページ、第2節から3節の修正術式の上書き作業を開始します。カウントダウン開始、3、2――』
どうやら完全に集中しているようで、話し掛けても一切の反応を示さなかった。
それだけ大変な作業なのだろう。
ナターシャは邪魔にならないように部屋のすみを通って、研究机に座る。
そこで、そこら辺で拾った石ころ3つ――出発前、ユリスタシア村で拾った物だ――を取り出して、天使ちゃんとLINEしながら実践してみる事にした。
ナターシャ
[やっほー天使ちゃーん。元気ー?]
天使
[元気だよー? どしたのー?]
ナターシャ
[付与魔法ってどうすれば良いのか、また教えて貰おうと思って]
天使
[良いよ! あ、今からする感じ?]
ナターシャ
[うん]
天使
[じゃあまずは注意ね! 破片が飛び散っても良い様に眼鏡をしましょう!]
ナターシャ
[はーい]
ナターシャは腰に掛けていた黒・猫・魔・導の見た目を変更して、銀縁眼鏡に変えた。
見た目変更は一瞬で、先ほどまで禍々しかった杖は形を無くし、普通の銀縁眼鏡となって手の内に収まった。ナターシャはチャキンと付けて、見た目INTを上昇させた。
ナターシャ
[準備できたー]
天使
[よく出来ました! じゃ、まずは簡単な付与からしてみよっか♪]
ナターシャ
[はーい]
天使ちゃんが最初に指示したのは、“強度強化”という付与。
これは単純に、魔力を含ませて物質を硬くさせる付与魔法で、初歩中の初歩らしい。
ナターシャ
[なんで魔力を含ませると硬くなるの?]
天使
[なっちゃん、アダマンタイトって知ってる?]
ナターシャ
[まぁ原典の物なら]
天使
[オッケー♪ じゃ、アダマンタイトの硬さも分かってるね?]
ナターシャ
[うん。……あ、まさか硬い理由って]
天使
[そ! アダマンタイトにはとっても豊富に魔力が含まれてるんだ。だからとぉーっても硬いの!]
ナターシャ
[へぇー]
天使
[もっと詳しく言うとね、物質内の魔力量が多いほど、その物質は硬くなるの! 有名な所で言えばミスリルとかオリハルコンがあるけど、実は元を辿れば普通の銀と金。でも、とっても魔力が含まれてるから、その強度はなんと鋼鉄の3倍から10倍! でも、銀と金と同じ柔らかさも、ちゃんと兼ね備えてるの! 凄いよね!]
ナターシャ
[それは凄いね……]
天使
[まぁ雑学はこれくらいにしておいて、ようは魔力が混ざると素材が硬くなる、って覚えておいてね♪]
ナターシャ
[分かった。ファンタジー界隈とかでよく見る、魔物が鉄の剣なんかよりも硬い理由もそれなの?]
天使
[そうそう! この世界ではそういう原理だよ☆ なっちゃん賢い!]
ナターシャ
[ふふ、ありがと。じゃあ付与してみるね]
天使
[気を付けてね! 魔力の込めすぎはヒヤリハット案件だよ!]
ナターシャ
[はい気を付けます……]
最後にそう返信した後、スマホは机に置いて、一つの石ころを手に取る。
そして意識を集中。魔力の流れを掴み、少しづつ、石ころに集めながら付与魔法を掛けた。
「“強度強化”」
瞬間、魔力の流れが速くなって、石ころに集まり――
「うわっ!」(パンッ!)
はじけ飛んだ。破片が頬や肩に当たる。
「失敗かー……いてて」
ちょっと赤くなった頬を触りながら、次の石ころを持つ。
先ほどは、最初から魔力を込めていたから失敗したのかもしれない。
次は魔力を集めずに、詠唱の瞬間にだけ魔力を使って試してみよう。
「“強度強化”」
すると、ギュッ! と魔力が石ころに集中してしまい――
「そう来るっ!? うっ!」(パンッ!)
またしてもはじけ飛んだ。
コン、とつぶてが眼鏡に当たったが、レンズの強度はかなりあるようで、傷にならずに済んだ。
「そっかー……最初から魔力の流れを掴かんで付与しないとダメなんだなー……」
しっかり反省も出来た所で、ふたたび魔力の流れを掴む。
そして流し込まずに滞留させたまま、付与。
「“強度強化”」
魔法が起動し、少しづつ魔力が流し込まれていく。
「うぅっ……キツイ……」
しかし、魔力を制御しているナターシャにとっては辛い状況。
分かりやすく言うと、ひとたび手を離すとドバドバと水が出る蛇口を押さえて、最低限の量だけ出るようにずっと調整するような作業を行っているからだ。精神的にかなり大変である。
魔力の流れはそれから10秒ほどで終わって、石ころに強度強化を付与する事が出来た。
あぁなんとか成功だ。体感時間が半端なく長かった。
「はぁー……疲れたー……」
そう言って椅子にもたれ掛かるナターシャ。天使ちゃんに報告する。
ナターシャ
[天使ちゃーん、付与できたー]
天使
[やるね~♪ 魔力の調整大変だったでしょ!]
ナターシャ
[うん、めっちゃ大変。慣れるまでどれくらい掛かるの?]
天使
[なっちゃんセンスが良いみたいだから、毎日頑張れば2日でいけるよ!]
ナターシャ
[一日何回付与すればいい感じ?]
天使
[そうだねー……大体100個かな!]
ナターシャ
[無理ゲー乙]
天使
[しょうがないじゃない、付与魔法ってそういう物だもの……ま、あと199回の付与成功、頑張って! そしたら付与師スキルのLv1をゲット出来るから!]
ナターシャ
[何それ?]
天使
[付与をする時の魔力調整が楽になるスキル☆ 持ってるのと持ってないのじゃ、100倍くらい楽さが違うんだよー?]
ナターシャ
[おぉ良いスキル……だけど、道は遠いなぁ……]
天使
[付与への道は一歩から! 毎日努力あるのみだよ! なっちゃん!]
ナターシャ
[はーい……]
ま、あと199個だし、まだマシな方かな……
スマホを机に置いたナターシャは、
「とりま休憩しよ……」
練習用の石ころを集めにいく前に、またしても休憩を選択したのであった。




